ノギスさえあれば垂直的顎間関係は単独で正確に決定できると思っていませんか?実は単一器具での決定は現在の補綴ガイドラインでも否定されています。
垂直的顎間関係(Vertical Jaw Relation)とは、上顎に対する下顎の垂直的な位置関係のことを指します。臨床的には「咬合高径(Occlusal Vertical Dimension:OVD)」という言葉と実質的に同義で使われることが多く、一般には鼻下点(Sn)とオトガイ点(Gn)を結ぶ距離として表します。
GPT(Glossary of Prosthodontic Terms)の定義によると、咬合接触時の垂直顎間距離を「咬合垂直顎間距離(Occlusal Vertical Dimension)」、安静位での距離を「安静垂直顎間距離(Rest Vertical Dimension)」と区別します。この2つの差が「安静空隙(Interocclusal Rest Space)」であり、Posselt(1962)は安静空隙量を2〜5mm、角田(1951)は平均1.4mmと報告しています。
この概念が臨床上重要である理由は、単に数字の問題ではありません。咬合高径を増大しすぎると閉口筋が常時緊張状態になり、筋疲労・咀嚼筋の疼痛・会話中の歯の接触感が生じます。逆に減少しすぎると、嚥下時の上下顎歯の接触が困難となり、異常な嚥下習癖が形成されます。つまり咬合高径の過不足は、患者の筋・関節・口腔機能すべてに直結する問題です。
有歯顎者の場合、垂直顎間距離は歯の存在によって比較的安定しています。しかしフルマウス・リコンストラクションや大規模なインプラント補綴の場面では、事前に鼻下点・オトガイ点間の距離を記録しておくことが不可欠です。無歯顎者では計測の基準となる歯そのものが存在しないため、筋により決まる垂直顎間距離は感情や疲労の影響を受けやすく、計測はより困難になります。
結論はシンプルです。垂直的顎間関係の正確な把握こそが、患者が長期間快適に使用できる義歯製作の第一条件です。
クインテッセンス出版の咬合学事典では、垂直顎間距離の定義や有歯顎・無歯顎における考え方が詳細に解説されています。
垂直的顎間関係を記録するための代表的な器具が「ノギス」と「バイトゲージ」です。これらはいずれも鼻下点〜オトガイ点間の垂直距離を計測するために用いられますが、その形状と使い方には違いがあります。
ノギスは工業計測でもおなじみのL字型精密計測器で、外径・内径・深さをミリ単位で測定できます。歯科臨床では患者の安静位を再現した状態で、鼻下点とオトガイ点の間の垂直距離を皮膚上で計測する際に用います。計測値から安静空隙量(通常2〜3mm)を差し引いた値が、求めるべき咬合高径の目安です。ノギスを使う手順は次のとおりです。
計測は重要です。ただし1回の計測値だけを信頼するのではなく、複数回計測して平均値を用いるほうが安全です。
バイトゲージ(坪根式など) は、ノギスに近い形状ながら歯科専用に設計された器具で、片側の先端を下顎に、もう一方を鼻下点にあてて直接的に顎間距離を計測します。計測する際は、患者の姿勢を必ず端座位(正座位)にします。半座位やリクライニング状態では筋緊張が変化し、安静位が正確に再現できないためです。これは見落とされがちなポイントのひとつです。
国家試験の問題でも問われる知識として確認しておきましょう。「全部床義歯製作過程の咬合高径決定時に使用する器材」の正解は「バイトゲージ」です。一方、「垂直的顎間関係の記録に用いる器具」を2つ選ぶ問題では「ノギス」と「バイトゲージ」の両方が正解になる場合があります。ゴシックアーチトレーサーは水平的顎間関係の記録器具であり、垂直的顎間関係とは混同しないようにしましょう。
バイトゲージ(坪根式)| 異事増殖大事典 – クインテッセンス出版
「科学的に完全に実証された咬合高径の決定法は、現在のところ存在しない」——これは日本補綴歯科学会のガイドラインをはじめ複数の文献が共通して示している事実です。意外ですね。
つまり、ノギスやバイトゲージで測定した安静空隙法だけを根拠に咬合高径を決定することは、単独では不十分です。臨床では「形態的方法」と「機能的方法」を組み合わせることが原則とされています。
形態的方法には、ノギスによる安静空隙利用法・Willis法(顔面3分割法)・タッピング法などがあります。Willis法は瞳孔〜口裂間の距離と鼻下点〜オトガイ底間の距離を等しいとみなして咬合高径を求める手法で、日本人の場合は鼻下点〜オトガイ底の平均値が約40mm(小柄な方は38mm、大柄な方は42mm前後)とされています。
機能的方法の代表が「発音法」と「嚥下法」です。発音法では「S音」(さ行)を発音した際、上下の咬合堤の間に1〜3mmの空隙がある状態が適切な咬合高径の目安となります。一方、「M音」を発音させて第一小臼歯が咬合接触した際に2〜4mm低い状態(安静位)を確認する方法も有効です。嚥下法は患者に唾液を飲み込んでもらったときの下顎位を記録する方法で、習慣的な閉口位に近い情報が得られます。
さらに先進的な手段として、筋電計(EMG)とマンディブラ・キネジオグラフ(MKG)を組み合わせた「K-6ダイアグノスティック・システム」があります。このシステムでは側頭筋・咬筋・顎二腹筋の放電量を1.0〜2.5MicV/divという正常範囲で確認しながら安静空隙量を精密計測します。K-6システムで求めた安静空隙量の正常範囲は1.0〜1.2mm(三谷ら、1979)とされており、ノギス計測の2〜3mmより幅が狭い点に注意が必要です。
実際の手順では以下の順序が推奨されます。
複数の方法で一致した値が出て初めて、信頼できる垂直的顎間関係の記録が得られます。これが基本です。
日本補綴歯科学会の有床義歯補綴診療ガイドラインに、形態的・機能的決定法の比較や組み合わせ推奨の詳細が記載されています。
有床義歯補綴診療のガイドライン – 日本補綴歯科学会(PDF)
垂直的顎間関係の計測器具だけでは記録は完結しません。計測値を口腔内の情報として「固定」するために必要なのが咬合床(こうごうしょう) です。咬合床は義歯床の形態に倣ったレジン製またはワックス製のプレートで、その上に咬合堤(ろうで形成された堤状の構造)を形成して顎間関係を記録します。
咬合堤の調整は、次の順序で行います。まず上顎の咬合床を口腔内に装着し、咬合平面の高さと傾きを設定します。咬合平面板(カンペル平面板)は上顎の咬合堤が下唇上縁の高さに合っているか、前後的に鼻翼耳珠線に平行かどうかを確認するための器具です。次に上顎咬合床の咬合平面が適切であることを確認した後、下顎の咬合堤を必要な咬合高径になるまでワックスで肉盛り・削除して調整します。
この際「レディーキャスティングワックス」は咬合堤の形成に用いますが、咬合堤調整材そのものとしては「パラフィンワックス」が標準的な選択肢です。国家試験では「全部床義歯製作における顎間関係記録で咬合堤の調整に用いるのはどれか」という問題でパラフィンワックスが正解となる知識として確認しておきましょう。
咬合高径が咬合床で確定したら、上下の咬合堤をシリコーン系咬合採得材料などで固定し、咬合器への取り付けへと進みます。咬合器への下顎模型の取り付けに際しては、開口位でセントリック・バイトを採得する場合でも、ターミナル・ヒンジアキシスを実測することが推奨されています。咬合器の開閉軸と患者の開閉軸がずれた状態で垂直顎間距離を変更すると、補綴物の咬合が正しく再現できなくなるためです。
また、患者の座位管理も器具の使用精度を左右します。顎間関係の記録中は、患者を必ず正しい端座位(背すじを伸ばした状態)にします。義歯の顎間関係記録中のリクライニング位は、筋緊張が変化して誤登録の原因になります。
咬合床に使うワックス素材の特徴と国家試験頻出知識について、歯科診療補助論の観点からまとめたコンテンツが参考になります。
【歯科診療補助論】垂直的顎間関係の記録に用いる器具はどれか – 歯科からのDH国試対策
口腔内スキャナ(IOS)やCAD/CAMシステムの普及が加速している現在、「垂直的顎間関係の記録もデジタルで完結できる」と考える方も増えています。しかし現時点では、デジタル技術は垂直的顎間関係の決定を「補助」するものであり、物理的器具による計測と咬合床を用いた口腔内確認を完全に代替することはできていません。
スウェーデンの文献(Tangerud・Silness, 1987)も明確に述べています。「デジタル化はまだ成熟していない。デジタル化はまだ完全には進んでいない」と。IOSによる顎間関係の3Dスキャンは、有歯顎の少数歯欠損ケースでは有効性が示されつつありますが、無歯顎や広範囲の補綴ケースでは咬合高径の信頼性において従来法に及ばない部分が残ります。
デジタルと従来の器具の現実的な使い分けは以下の通りです。
| 場面 | 推奨アプローチ | 主な器具・ツール |
|---|---|---|
| 有歯顎・少数歯欠損 | デジタル補助+口腔内確認 | IOS+咬合採得材 |
| 無歯顎(全部床義歯) | 従来の物理的計測中心 | ノギス・バイトゲージ・咬合床 |
| 広範囲インプラント補綴 | 従来法ベースでデジタル記録を併用 | 咬合床+IOSスキャン |
デジタル技術の最大の利点は、記録した顎間距離をCAD/CAMシステムで迅速に補綴物製作に反映できる点です。ただし、咬合高径の決定精度そのものは術者の計測精度に依存しています。デジタルはプロセスを効率化しますが、初期値の正確性はアナログ器具と術者の技量にかかっています。
2024年6月の診療報酬改定でCAD/CAMインレーへの口腔内スキャナ(IOS)による光学印象採得が保険収載されましたが、これは咬合高径の決定法そのものを変えるものではありません。IOSを導入している医院でも、垂直的顎間関係の記録は依然としてノギスや咬合床を中心とした従来の手順が基本です。
もし今後デジタル咬合採得ワークフローの導入を検討している場合は、IOSと咬合記録ソフトを連携できる機種(メディット社やDentsply Sirona社など)の仕様確認を先に行ったうえで、従来法との精度比較評価を事前に把握しておくことをおすすめします。
無歯顎患者における垂直方向の寸法設定に関するデジタルアプローチの最新知見については、以下のリンクが参考になります。
無歯顎患者における垂直方向の寸法:デジタルアプローチ – Medit(口腔内スキャナメーカー)
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