動悸を抑えるために飲んだ漢方薬が、逆に動悸を引き起こすことが約15%の服用者で報告されています。
柴胡加竜骨牡蛎湯は、12種類の生薬を組み合わせた漢方処方です。柴胡・竜骨・牡蛎・黄芩・桂枝・茯苓・大黄・半夏・人参・大棗・生姜・鉛丹(現在は除かれる場合が多い)が主な構成成分です。
動悸・不眠・神経症を主な適応症とする処方ですが、そのメカニズムは単純ではありません。竜骨と牡蛎にはカルシウムが豊富に含まれており、神経の過興奮を抑える働きがあります。
一方、桂枝(シナモンの樹皮)は交感神経を軽度に刺激する作用を持ちます。つまり、鎮静作用と興奮作用の生薬が同時に含まれているということです。
通常は鎮静作用が上回るため「動悸を抑える薬」として機能しますが、個人差・体質・服用量・他剤との組み合わせによっては、桂枝の交感神経刺激が優位になることがあります。これが「副作用としての動悸」が生じる主な原因の一つとされています。
特に以下のような患者では反応が異なります。
歯科医院でも、患者の問診時に服用中の薬として漢方薬を記録しておくことが基本です。
副作用による動悸は、服用開始後1〜2週間以内に最も多く報告されています。これは「初期反応」と呼ばれる体が薬に慣れる過程で起こるものが含まれます。
症状としては以下のようなパターンがあります。
意外ですね。動悸を治すために飲んでいるのに、動悸が悪化することがあるのです。
ただし重要なのは「副作用の動悸」と「疾患由来の動悸」の鑑別です。柴胡加竜骨牡蛎湯を服用している患者が動悸を訴えた場合、①薬の副作用、②治療対象の症状が悪化、③全く別の疾患(不整脈・狭心症など)の3パターンを想定する必要があります。
歯科従事者として押さえておきたいのは、患者が「漢方薬だから安全」と思い込んで副作用を見逃しているケースが少なくない点です。漢方薬は天然由来ですが、副作用が存在することを患者に丁寧に説明できる知識が求められます。
副作用が疑われる際は、まず処方した医師・薬剤師への相談を促すことが原則です。
参考:柴胡加竜骨牡蛎湯の添付文書(副作用情報)については、医薬品医療機器総合機構(PMDA)のデータベースで確認できます。
独立行政法人 医薬品医療機器総合機構(PMDA)公式サイト|漢方薬の添付文書・副作用情報の一次情報源として活用できます
歯科治療において最も注意が必要な点は、局所麻酔薬とのかかわりです。これは見落とされがちなリスクです。
歯科で一般的に使用されるリドカイン塩酸塩・エピネフリン配合製剤(例:キシロカインカートリッジ)は、エピネフリン(アドレナリン)を血管収縮目的で含有しています。エピネフリンは交感神経作動薬であり、心拍数増加・血圧上昇作用を持ちます。
柴胡加竜骨牡蛎湯の桂枝も軽度の交感神経刺激作用を持つため、両者が重なると循環器への負荷が増大する可能性があります。つまり相乗効果でリスクが高まるということです。
特に以下の状況では慎重を要します。
対策として、治療前のバイタル測定(血圧・脈拍)と問診票への漢方薬記入欄の設置が有効です。エピネフリン含有量を減らしたフェリプレシン配合製剤(オクタプレシン)への変更も選択肢の一つですが、これは医師・歯科医師の判断になります。
確認すべき行動は「問診票に漢方薬を記入する欄があるかチェックする」1点です。
動悸以上に警戒すべき重篤な副作用があります。それが間質性肺炎です。
柴胡(サイコ)を含む漢方製剤全般で、間質性肺炎の発症リスクが報告されています。小柴胡湯での発症事例が1990年代に多数報告され、現在は柴胡含有製剤全体に添付文書での警告が義務付けられています。症状としては、乾いた咳・発熱・呼吸困難が2〜3週間で急速に悪化します。
間質性肺炎は見逃すと命に関わります。
歯科治療においては直接的な対応は限られますが、患者から「最近、咳が止まらない」「少し動くだけで息切れする」といった訴えがあった場合、服用中の薬を確認し、柴胡含有製剤があれば主治医への相談を強く勧めることが重要です。
その他、柴胡加竜骨牡蛎湯で報告されている副作用には以下があります。
漢方薬だから安全、という先入観は捨てることが大切です。
参考:日本東洋医学会が発表している漢方薬の副作用に関するガイドラインも一次情報として有用です。
一般社団法人 日本東洋医学会公式サイト|漢方薬の適正使用・副作用情報に関する学術情報が掲載されています
ここからは、一般的な漢方の解説記事ではほぼ触れられない視点をお伝えします。
歯科医院は、患者が「漢方薬を服用していること」を最初に打ち明けるきっかけになれる医療機関です。内科や心療内科では「薬を飲んでいます」と言い出しやすい状況がありますが、歯科では患者自身が「歯の治療なんだから、動悸の薬は関係ない」と思い込んでいるケースが非常に多いです。
問診票の設計が、見えないリスクを可視化します。
具体的には以下の工夫が有効です。
歯科衛生士・歯科助手を含むスタッフ全員が「漢方薬にも薬物相互作用がある」という認識を持つことが、医院全体のリスク管理レベルを引き上げます。これは知識コストゼロで実践できる対策です。
また、患者への説明の際には「漢方薬は副作用がない」という誤解を丁寧に解くことも歯科従事者の重要な役割になりつつあります。患者教育の観点から、来院のたびに少しずつ情報を提供していくスタイルが信頼構築にもつながります。
歯科の問診が、全身疾患の早期発見につながることがあります。
参考:全身疾患を持つ患者の歯科診療に関する指針については、日本歯科医学会の情報が参考になります。
公益社団法人 日本歯科医学会公式サイト|全身疾患患者の歯科治療ガイドラインや学術情報を確認できます