耳下腺腫瘍の最も一般的な初期症状は、耳の前方から下方にかけて現れる無痛性の腫瘤(しこり)です。この腫瘤は通常、ゆっくりと成長し、患者自身が偶然に気づくか、あるいは家族や友人に指摘されて発見されることが多いです。
良性腫瘍の場合、特に多形腺腫やワルチン腫瘍では、腫瘤は柔らかく、可動性があり、触っても痛みを感じないことが特徴です。多形腺腫は全耳下腺腫瘍の約60〜70%を占める最も一般的なタイプで、女性にやや多く見られます。一方、ワルチン腫瘍は喫煙者の男性に多く、両側性に発生することもあります。
初期段階では、腫瘤以外の症状がほとんどないため、患者さんが医療機関を受診するのが遅れることもあります。歯科医療従事者として、顎関節症などの診察時に偶然この腫瘤を発見することもあるため、耳下腺部の視診・触診の重要性を認識しておく必要があります。
耳下腺腫瘍が悪性である可能性を示す「悪性三徴候」と呼ばれる重要な症状があります。これらは「痛み」「周囲組織との癒着」「顔面神経麻痺」です。
痛みについては、良性腫瘍ではわずか5%程度にしか見られないのに対し、悪性腫瘍では約50%の症例で痛みを伴うことが報告されています。この痛みは、腫瘍が周囲の神経に浸潤することで生じます。
周囲組織との癒着は、触診時に腫瘤の可動性が制限されていることで確認できます。良性腫瘍は通常、周囲組織から独立して動かすことができますが、悪性腫瘍は周囲組織に浸潤するため、固定されたように感じられます。
顔面神経麻痺は、悪性腫瘍の約20%で見られる重要な症状です。耳下腺内を走行する顔面神経が腫瘍に浸潤されることで、顔の表情筋の麻痺が生じます。具体的には、口角の下垂、目の閉じにくさ、前額のしわ寄せ困難などの症状が片側に現れます。
これらの症状に加えて、腫瘍の急速な増大、皮膚の発赤や潰瘍形成、頸部リンパ節の腫大なども悪性を示唆する重要なサインです。特に、数週間から数ヶ月の間に急速に大きくなる腫瘤は、悪性の可能性が高いと考えられます。
歯科医療従事者として、耳下腺腫瘍の症状を理解し、日常の診療で注意深く観察することが重要です。特に、顎関節症や顔面痛の診察時には、耳下腺部の視診・触診も併せて行うことで、早期発見につながる可能性があります。
歯科診療中に気をつけるべき点として、以下のようなケースでは耳下腺腫瘍の可能性を考慮する必要があります:
また、耳下腺腫瘍の患者に対する歯科治療では、以下の点に注意が必要です:
早期発見・早期治療が予後を大きく左右するため、歯科医療従事者としての観察眼が患者の生命予後に影響を与える可能性があることを認識しておきましょう。
耳下腺腫瘍の症状は、他の疾患と類似していることがあるため、適切な鑑別診断が重要です。耳下腺部の腫脹を引き起こす可能性のある主な疾患と、それらの鑑別ポイントについて解説します。
耳下腺腫瘍と他疾患との鑑別において、以下の点が重要です:
適切な鑑別診断のためには、詳細な問診と身体診察に加えて、画像検査(超音波、CT、MRI)や細胞診が必要になります。歯科医療従事者として疑わしい所見を認めた場合は、耳鼻咽喉科への適切な紹介が重要です。
耳下腺腫瘍と顔面神経麻痺の関連性は、特に歯科医療従事者が理解しておくべき重要なポイントです。耳下腺は解剖学的に顔面神経と密接な関係にあり、腫瘍の位置や性質によっては顔面神経機能に影響を及ぼすことがあります。
顔面神経は耳下腺内で複雑に分岐しており、主に5つの主要枝(側頭枝、頬骨枝、頬筋枝、下顎縁枝、頸枝)に分かれています。耳下腺腫瘍がこれらの神経枝に影響を与えると、支配領域に応じた部分的な麻痺症状が現れます。例えば:
顔面神経麻痺を伴う耳下腺腫瘍の場合、悪性の可能性が高まります。良性の耳下腺腫瘍では顔面神経麻痺を伴うことは非常にまれであり、研究によれば良性腫瘍965例で顔面神経麻痺を併発した例はなかったのに対し、悪性の耳下腺がん200例のうち18%が顔面神経麻痺を起こしていたというデータがあります。
また、顔面神経麻痺の程度は、House-Brackmann分類などを用いて評価されます:
歯科医療従事者として注意すべき点は、顔面神経麻痺の原因は耳下腺腫瘍以外にも、ベル麻痺(特発性顔面神経麻痺)、ヘルペスウイルス感染、外傷、中耳炎など多岐にわたることです。しかし、顔面神経麻痺と耳下腺部の腫瘤が同時に認められる場合は、悪性腫瘍の可能性を考慮して早急に専門医へ紹介する必要があります。
顔面神経麻痺を伴う患者の歯科治療では、以下の点に注意が必要です:
顔面神経麻痺の程度や経過は、耳下腺腫瘍の予後評価や治療方針決定にも重要な情報となるため、適切な観察と記録が求められます。
耳下腺腫瘍に伴う唾液分泌異常は、患者のQOL(生活の質)に大きく影響する症状であり、歯科医療従事者が特に注目すべき点です。耳下腺は混合性唾液腺であり、主に漿液性の唾液を分泌します。この唾液は口腔内の自浄作用や初期消化、抗菌作用など重要な役割を担っています。
耳下腺腫瘍による唾液分泌異常は、主に以下のようなメカニズムで生じます:
唾液分泌異常の具体的な症状としては: