耳下腺腫瘍の症状と診断から治療まで

耳下腺腫瘍の症状や診断方法、治療法について詳しく解説します。歯科医療従事者として知っておくべき耳下腺腫瘍の特徴や見分け方とは?患者さんへの適切な対応のためにどのような知識が必要なのでしょうか?

耳下腺腫瘍の症状について

耳下腺腫瘍の基本情報
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発生頻度

唾液腺腫瘍の80〜90%は耳下腺と顎下腺に発生し、良性と悪性の比率は約10:1

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組織学的分類

WHO分類では良性腫瘍は11種類、悪性腫瘍は21種類(亜分類含め23種類)に分類

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重要な解剖学的特徴

耳下腺内には顔面神経が走行するため、腫瘍の位置によっては顔面神経麻痺のリスクがある

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耳下腺腫瘍の初期症状としての無痛性腫瘤

耳下腺腫瘍の最も一般的な初期症状は、耳の前方から下方にかけて現れる無痛性の腫瘤(しこり)です。この腫瘤は通常、ゆっくりと成長し、患者自身が偶然に気づくか、あるいは家族や友人に指摘されて発見されることが多いです。

 

良性腫瘍の場合、特に多形腺腫やワルチン腫瘍では、腫瘤は柔らかく、可動性があり、触っても痛みを感じないことが特徴です。多形腺腫は全耳下腺腫瘍の約60〜70%を占める最も一般的なタイプで、女性にやや多く見られます。一方、ワルチン腫瘍は喫煙者の男性に多く、両側性に発生することもあります。

 

初期段階では、腫瘤以外の症状がほとんどないため、患者さんが医療機関を受診するのが遅れることもあります。歯科医療従事者として、顎関節症などの診察時に偶然この腫瘤を発見することもあるため、耳下腺部の視診・触診の重要性を認識しておく必要があります。

 

耳下腺腫瘍の悪性を示す三大徴候と進行性の症状

耳下腺腫瘍が悪性である可能性を示す「悪性三徴候」と呼ばれる重要な症状があります。これらは「痛み」「周囲組織との癒着」「顔面神経麻痺」です。

 

痛みについては、良性腫瘍ではわずか5%程度にしか見られないのに対し、悪性腫瘍では約50%の症例で痛みを伴うことが報告されています。この痛みは、腫瘍が周囲の神経に浸潤することで生じます。

 

周囲組織との癒着は、触診時に腫瘤の可動性が制限されていることで確認できます。良性腫瘍は通常、周囲組織から独立して動かすことができますが、悪性腫瘍は周囲組織に浸潤するため、固定されたように感じられます。

 

顔面神経麻痺は、悪性腫瘍の約20%で見られる重要な症状です。耳下腺内を走行する顔面神経が腫瘍に浸潤されることで、顔の表情筋の麻痺が生じます。具体的には、口角の下垂、目の閉じにくさ、前額のしわ寄せ困難などの症状が片側に現れます。

 

これらの症状に加えて、腫瘍の急速な増大、皮膚の発赤や潰瘍形成、頸部リンパ節の腫大なども悪性を示唆する重要なサインです。特に、数週間から数ヶ月の間に急速に大きくなる腫瘤は、悪性の可能性が高いと考えられます。

 

耳下腺腫瘍の症状と歯科診療時の注意点

歯科医療従事者として、耳下腺腫瘍の症状を理解し、日常の診療で注意深く観察することが重要です。特に、顎関節症や顔面痛の診察時には、耳下腺部の視診・触診も併せて行うことで、早期発見につながる可能性があります。

 

歯科診療中に気をつけるべき点として、以下のようなケースでは耳下腺腫瘍の可能性を考慮する必要があります:

  1. 患者が片側の頬部の腫れや違和感を訴える場合
  2. 開口障害がある場合(特に腫瘍が下顎枝付近に位置する場合)
  3. 説明のつかない片側の顔面神経麻痺がある場合
  4. 耳下腺部の触診で硬い腫瘤を触知する場合
  5. 口腔内の唾液分泌に左右差がある場合

また、耳下腺腫瘍の患者に対する歯科治療では、以下の点に注意が必要です:

  • 長時間の開口は患者に不快感を与える可能性があるため、適宜休憩を入れる
  • 腫瘍部位への過度な圧迫を避ける
  • 顔面神経麻痺がある患者では、口腔内の自浄作用が低下している可能性があるため、口腔衛生指導を丁寧に行う
  • 悪性腫瘍の治療後の患者では、放射線治療による口腔乾燥症や放射線性顎骨壊死のリスクに注意する

早期発見・早期治療が予後を大きく左右するため、歯科医療従事者としての観察眼が患者の生命予後に影響を与える可能性があることを認識しておきましょう。

 

耳下腺腫瘍の症状と鑑別診断のポイント

耳下腺腫瘍の症状は、他の疾患と類似していることがあるため、適切な鑑別診断が重要です。耳下腺部の腫脹を引き起こす可能性のある主な疾患と、それらの鑑別ポイントについて解説します。

 

  1. リンパ節炎・リンパ節腫大
    • 炎症性のリンパ節腫大は通常、発熱や全身倦怠感などの全身症状を伴うことが多い
    • 上気道感染症や歯性感染症に続発することが多い
    • 通常、抗生物質治療に反応して縮小する
  2. 耳下腺炎(ムンプス・流行性耳下腺炎)
    • 両側性の腫脹が特徴的(片側のみの場合もある)
    • 発熱や全身倦怠感を伴うことが多い
    • 酸味のある食物摂取時に痛みが増強する
    • 通常、1〜2週間で自然軽快する
  3. 唾石症
    • 食事の際に痛みと腫脹が増強する特徴的な症状(食事時唾液分泌増加に伴う)
    • 間欠的な症状を示すことが多い
    • 画像検査で唾石が確認できる
  4. 顎関節症
    • 開口時のクリック音や開口障害を伴うことが多い
    • 顎関節部の圧痛がある
    • 咀嚼筋の緊張や圧痛を伴うことが多い
  5. 脂肪腫・嚢胞
    • 通常は柔らかく、可動性がある
    • 長期間サイズが変化しないことが多い
    • 超音波検査で特徴的な所見を示す

耳下腺腫瘍と他疾患との鑑別において、以下の点が重要です:

  • 発症の経過:耳下腺腫瘍は通常、緩徐に増大する(悪性の場合は比較的急速)
  • 痛みの性質:良性腫瘍は通常無痛性、悪性では痛みを伴うことが多い
  • 腫瘤の性状:境界明瞭で可動性があれば良性の可能性が高い
  • 随伴症状:顔面神経麻痺の有無は悪性の重要な指標となる
  • 両側性か片側性か:ワルチン腫瘍以外の耳下腺腫瘍は通常片側性

適切な鑑別診断のためには、詳細な問診と身体診察に加えて、画像検査(超音波、CT、MRI)や細胞診が必要になります。歯科医療従事者として疑わしい所見を認めた場合は、耳鼻咽喉科への適切な紹介が重要です。

 

耳下腺腫瘍の症状と顔面神経麻痺の関連性

耳下腺腫瘍と顔面神経麻痺の関連性は、特に歯科医療従事者が理解しておくべき重要なポイントです。耳下腺は解剖学的に顔面神経と密接な関係にあり、腫瘍の位置や性質によっては顔面神経機能に影響を及ぼすことがあります。

 

顔面神経は耳下腺内で複雑に分岐しており、主に5つの主要枝(側頭枝、頬骨枝、頬筋枝、下顎縁枝、頸枝)に分かれています。耳下腺腫瘍がこれらの神経枝に影響を与えると、支配領域に応じた部分的な麻痺症状が現れます。例えば:

  • 側頭枝の障害:前額のしわ寄せ困難、眉毛の挙上不全
  • 頬骨枝・頬筋枝の障害:目の閉鎖不全、鼻唇溝の平坦化
  • 下顎縁枝の障害:口角の下垂、口笛が吹けない
  • 頸枝の障害:広頸筋の機能不全(通常は目立った症状なし)

顔面神経麻痺を伴う耳下腺腫瘍の場合、悪性の可能性が高まります。良性の耳下腺腫瘍では顔面神経麻痺を伴うことは非常にまれであり、研究によれば良性腫瘍965例で顔面神経麻痺を併発した例はなかったのに対し、悪性の耳下腺がん200例のうち18%が顔面神経麻痺を起こしていたというデータがあります。

 

また、顔面神経麻痺の程度は、House-Brackmann分類などを用いて評価されます:

  1. 正常な顔面機能
  2. 軽度の機能低下(軽い非対称性)
  3. 中等度の機能低下(明らかな非対称性だが、目は完全に閉じられる)
  4. 中等度〜高度の機能低下(目の閉鎖不全あり)
  5. 高度の機能低下(わずかな動きのみ)
  6. 完全麻痺(全く動きなし)

歯科医療従事者として注意すべき点は、顔面神経麻痺の原因は耳下腺腫瘍以外にも、ベル麻痺(特発性顔面神経麻痺)、ヘルペスウイルス感染、外傷、中耳炎など多岐にわたることです。しかし、顔面神経麻痺と耳下腺部の腫瘤が同時に認められる場合は、悪性腫瘍の可能性を考慮して早急に専門医へ紹介する必要があります。

 

顔面神経麻痺を伴う患者の歯科治療では、以下の点に注意が必要です:

  • 目の閉鎖不全がある場合、治療中に角膜保護のための人工涙液の使用や保護眼鏡の着用を勧める
  • 口角からの唾液漏れに対応するため、頻繁な吸引や適切な体位の工夫
  • 麻痺側の頬粘膜や舌が咬傷しやすいため、治療後の注意喚起
  • 口腔衛生状態が不良になりやすいため、より丁寧な口腔衛生指導

顔面神経麻痺の程度や経過は、耳下腺腫瘍の予後評価や治療方針決定にも重要な情報となるため、適切な観察と記録が求められます。

 

耳下腺腫瘍の症状と唾液分泌異常の関係

耳下腺腫瘍に伴う唾液分泌異常は、患者のQOL(生活の質)に大きく影響する症状であり、歯科医療従事者が特に注目すべき点です。耳下腺は混合性唾液腺であり、主に漿液性の唾液を分泌します。この唾液は口腔内の自浄作用や初期消化、抗菌作用など重要な役割を担っています。

 

耳下腺腫瘍による唾液分泌異常は、主に以下のようなメカニズムで生じます:

  1. 腫瘍による導管の閉塞:腫瘍が唾液腺導管を圧迫または閉塞することで、唾液の流出が妨げられます。この場合、食事時に耳下腺部の腫脹や痛みが増強することがあります(唾液うっ滞)。

     

  2. 腺組織の破壊:特に悪性腫瘍では、腫瘍の浸潤により正常な腺組織が破壊され、唾液産生能が低下します。

     

  3. 自律神経への影響:腫瘍が耳下腺周囲の自律神経に影響を与えることで、唾液分泌の調節機能が障害されることがあります。

     

  4. 治療の影響:手術や放射線治療後に唾液分泌が減少することがあります。特に放射線治療は唾液腺組織に不可逆的なダメージを与えることがあります。

     

唾液分泌異常の具体的な症状としては:

  • 口腔乾燥感(ドライマウス):唾液分泌量の減少により、口腔内が乾燥し、会話や食事が困難になることがあります。

     

  • 味覚障害:唾液は味物質を溶解し味蕾に運ぶ役割があるため、唾液減少により味覚が鈍くなることがあります。

     

  • 口腔カンジダ症:唾液の抗菌作用が低下することで、カンジダなどの日和見感染が生じやすくなります。

     

  • う蝕・歯周病リスクの上昇:唾液の緩衝作用や洗浄作用が低下することで、口腔内細菌が増殖しやすく