顎関節症は、顎の関節や咀嚼筋に痛みや機能障害が生じる疾患です。日常生活において口を大きく開けたり、硬いものを噛んだりする際に痛みを感じることが特徴的です。この症状は一時的なものから慢性的なものまで様々で、適切な診断と治療が重要となります。
顎関節症の診断には、詳細な問診や顎関節の動きの観察、必要に応じてCTやX線撮影などの画像診断が行われます。歯科医院では、顎関節症に対して関節、筋肉、噛み合わせの3つを軸に診査・診断を行い、患者さん一人ひとりに最適な治療計画を立てていきます。
世界的な研究によると、顎関節症患者の約9割は適切な治療によって症状が改善するとされています。かつては侵襲的な治療法が主流でしたが、現在は患者さんへの負担が少ない非侵襲的な治療法が優先されるようになっています。
顎関節症の症状は多岐にわたりますが、主な症状としては以下のようなものがあります。
顎関節症は症状や原因によって、I型からIV型までの4つのタイプに分類されています。
分類 | 主な症状 | 特徴 |
---|---|---|
I型 | 咀嚼筋障害 | 筋肉の痛みやこわばりが主症状 |
II型 | 関節包・靭帯障害 | 顎関節の運動痛や開口障害 |
III型 | 関節円板障害 | 関節円板のずれによる雑音や開口障害 |
IV型 | 変形性顎関節症 | 骨の変形を伴う慢性的な症状 |
III型はさらに進行度によって第1期から第4期に分けられます。第1期では開閉口時のクリック音が特徴的で、第2期になるとクローズドロックと呼ばれる状態になり、口を開けることが困難になります。第3期では開口領域は回復しますが、摩擦音(クレピタス)が生じるようになり、第4期になると関節円板に穿孔が起こったり、骨の変形が進行したりします。
これらの症状が一つでも当てはまる場合は、顎関節症の可能性があるため、専門医への相談をおすすめします。
顎関節症の原因は複合的であり、単一の要因だけでなく、複数の要因が組み合わさって発症することが多いです。主な原因としては以下のようなものが考えられています。
診断においては、まず詳細な問診から始まります。症状の発現時期や程度、生活習慣などについて丁寧に聞き取りを行います。その後、顎関節や咀嚼筋の診査を行い、口の開閉の状態や動きのスムーズさ、関節音や痛みの有無、筋肉の緊張や圧痛の有無などをチェックします。
さらに、噛み合わせの確認も重要な診査項目です。歯並びや噛み合わせのズレが顎関節症の原因になることもあるため、精密な診査が必要です。必要に応じてCTやX線撮影を行い、顎関節の状態や骨の形態を詳細に確認します。
日本顎関節学会では、診断基準として「Diagnostic Criteria for Temporomandibular Disorders(DC/TMD)」に相当する基準を採用しており、これに基づいた正確な診断が行われています。
顎関節症の治療法は、過去数十年で大きく変化してきました。かつては「咬み合わせや歯並びが悪いことが原因」という考え方から、歯を削ったり、親知らずを抜いたり、歯列矯正や外科手術で咬み合わせを変えるといった侵襲的な治療が主流でした。
しかし、これらの治療法の成功率は50%を超えることはなく、むしろ症状が悪化するケースも報告されました。そのため、現在では「顎関節症は複数の原因によって生じるので、多面的な治療が必要だが、患者さんに害のほとんどない安全性の高い治療法を選択すべき」という考え方に変わってきています。
現在推奨されている治療アプローチは以下の通りです。
1. セルフケア(ホームケア)
2. 歯科医院での治療(オフィスケア)
特に一般的な治療法として用いられるのが「スプリント療法」です。これは上顎あるいは下顎の歯列に被せるプラスチック製の装置(マウスピース)を使用する方法で、特に夜間の無意識のくいしばりや歯ぎしりによる顎関節や筋肉への負担を軽減させる効果があります。
日本顎関節学会の診療ガイドラインでは、「咬合調整(歯を削ってかみ合わせを調整する)は行うべきではない」と提言されています。これは、世界中の研究論文を集めて調査した結果、咬合調整の効果が認められなかったためです。
日本顎関節学会の診療ガイドライン(顎関節症治療の最新情報)
重症例では、関節鏡を使用した手術や関節を切開する外科的治療が選択されることもありますが、これはごく限られたケースに適用されます。
顎関節症の症状改善や予防には、患者さん自身によるセルフケアが非常に重要です。世界的にも、積極的なセルフケアの実施が推奨されており、「セルフケアなしで症状の完全消失はあり得ない」とさえ言われています。
効果的なセルフケアの方法としては、以下のようなものがあります。
急性期(痛みが強い時期)のセルフケア
回復期のセルフケア
顎関節症の予防には、日常生活での習慣の見直しが効果的です。特に以下の点に注意しましょう。
日常的なセルフケアと予防策を実践することで、顎関節症の発症リスクを大幅に減らすことができます。また、軽度の症状であれば、適切なセルフケアによって症状が改善することも多いです。
顎関節症は単に顎の問題だけではなく、全身の健康状態と密接に関連していることが近年の研究で明らかになってきています。これは顎関節症の治療において、歯科的アプローチだけでなく、全身的な視点からの評価と治療が重要であることを示しています。
顎関節症と関連が指摘されている全身疾患には以下のようなものがあります。
1. 自己免疫疾患
関節リウマチや全身性エリテマトーデスなどの自己免疫疾患を持つ患者さんは、顎関節症の発症リスクが高いことが報告されています。これらの疾患では、体内の免疫システムが自分自身の組織を攻撃し、関節に炎症を引き起こすため、顎関節にも影響を及ぼす可能性があります。
2. 線維筋痛症
全身の筋肉や軟部組織に慢性的な痛みを引き起こす線維筋痛症の患者さんでは、顎関節症の有病率が高いことが知られています。両者は中枢性感作(痛みに対する脳の過敏反応)というメカニズムを共有している可能性があります。
3. 頭痛・片頭痛
顎関節症と頭痛、特に緊張型頭痛や片頭痛との間には強い関連性があります。顎関節症の患者さんの多くが頭痛を訴え、逆に慢性頭痛の患者さんに顎関節症が見られることも少なくありません。これは三叉神経系を介した神経学的な連関によるものと考えられています。
4. 睡眠障害
顎関節症と睡眠時無呼吸症候群や不眠症などの睡眠障害との関連も指摘されています。特に睡眠時の歯ぎしりやくいしばりは、顎関節症の重要な危険因子であると同時に、睡眠の質を低下させる要因にもなります。
5. 心理社会的要因
うつ病や不安障害などの精神疾患と顎関節症との関連も報告されています。ストレスや心理的要因が筋緊張を高め、顎関節症の発症や悪化に寄与する可能性があります。
これらの関連性を考慮すると、顎関節症の治療においては、歯科医師だけでなく、内科医、リウマチ専門医、神経内科医、精神科医など、複数の専門家による学際的なアプローチが重要となります。特に慢性的な症状を持つ患者さんや、通常の治療に反応しない患者さんでは、背景に全身疾患が隠れている可能性を考慮する必要があります。
顎関節症と全身疾患の関連性に関する最新研究(英語)
顎関節症の症状がある場合は、歯科医師に相談するとともに、他の全身症状についても医師に伝えることが、適切な診断と治療につながります。また、全身疾患の治療が顎関節症の症状改善に寄与することもあるため、総合的な健康管理が重要です。