耳下腺腫瘍と多形腺腫の特徴と診断法

耳下腺腫瘍の中でも最も多い多形腺腫について、その特徴や診断方法、治療法を詳しく解説しています。歯科医療従事者として知っておくべき耳下腺腫瘍の基礎知識から最新の診断技術まで網羅していますが、実際の臨床現場ではどのように対応すべきでしょうか?

耳下腺腫瘍と多形腺腫

耳下腺腫瘍の基本情報
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発生頻度

良性:悪性の比率は約8:1~9:1で良性が多い

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多形腺腫の割合

耳下腺腫瘍の約70%を占める最も一般的な良性腫瘍

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臨床的特徴

無痛性で緩徐に増大、良性だが悪性転化の可能性あり

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耳下腺腫瘍は唾液腺に発生する腫瘍の中でも最も頻度が高く、その約80~90%が耳下腺に発生します。耳下腺は耳の前下方に位置する唾液腺で、顔面神経が内部を貫通しているという解剖学的特徴があります。この特徴が耳下腺腫瘍の診断や治療において重要な意味を持ちます。

 

耳下腺腫瘍の良性と悪性の比率は約8:1~9:1と言われており、良性腫瘍が圧倒的に多いのが特徴です。良性腫瘍の中でも特に多形腺腫は耳下腺腫瘍全体の約70%を占める最も一般的なタイプです。

 

多形腺腫は30~60歳の女性に多く見られ、男女比は1:2と女性に多い傾向があります。また、耳下腺浅葉に発生することが多く、無痛性の腫瘤として緩徐に増大するのが特徴です。

 

耳下腺腫瘍の多形腺腫の病理組織学的特徴

多形腺腫は病理組織学的に非常に多彩な像を示すことから「多形」という名前がつけられています。上皮成分と間質成分が混在し、その割合や分布パターンは症例によって大きく異なります。

 

上皮成分は導管上皮や筋上皮細胞から構成され、腺管構造や索状構造を形成します。一方、間質成分は粘液腫様、軟骨様、硝子様など多彩な像を呈します。この多彩な組織像が画像診断にも反映され、MRI検査ではT2強調像で高信号を示す部分(粘液腫様・軟骨間質)と等~低信号を示す部分(細胞成分、線維化)が混在する不均一な像として観察されます。

 

多形腺腫の特徴的な所見として、被膜構造の存在があります。多形腺腫は通常、薄い線維性被膜に覆われていますが、この被膜は完全ではなく、腫瘍細胞が被膜を超えて周囲組織に微小浸潤していることがあります。この特性が不完全な切除による再発の原因となるため、手術時には腫瘍を被膜ごと一塊として摘出することが重要です。

 

耳下腺腫瘍における多形腺腫のMRI画像診断

多形腺腫のMRI画像診断は、その特徴的な所見から比較的高い精度で行うことができます。MRI画像所見の特徴は以下のとおりです:

  1. 形態的特徴
    • 楕円形または分葉状(八つ頭状)の形態を呈する
    • 境界明瞭で被膜構造を有する
    • 良性腫瘍の特徴として類円形あるいは分葉状形態を示す
  2. 信号強度の特徴
    • T1強調像:周囲脂肪組織より低信号
    • T2強調像:内部が高信号で、低信号の被膜を持つ
    • 内部不均一(粘液腫増生と多彩な組織構造を反映)
  3. 造影効果の特徴
    • 造影後は強く濃染し、被膜が明瞭に描出される
    • ダイナミック造影では漸増型の増強効果を示し、造影後期相でより強い造影効果を認める
    • 粘液腫様成分が少なく細胞成分が多い場合は、早期濃染と遷延性造影効果を示すことがある
  4. 拡散強調像の特徴
    • 拡散強調像から得られるADC(みかけの拡散係数)最高値が2.0以上と高値を示すことが多い

これらの特徴的なMRI所見は、多形腺腫の診断において非常に有用です。特に、T2強調像での高信号と被膜構造の存在、造影後の漸増型増強パターンは多形腺腫を示唆する重要な所見です。

 

ただし、T2強調像での信号強度は症例によって異なり、約3割の症例では等~低信号を示すことがあります。これは腫瘍内の細胞成分や線維化の程度を反映していると考えられています。

 

耳下腺腫瘍と多形腺腫の鑑別診断

耳下腺腫瘍の鑑別診断において、多形腺腫と他の腫瘍を区別することは重要です。特に鑑別すべき腫瘍には以下のようなものがあります:

  1. ワルチン腫瘍(腺リンパ腫)
    • 多形腺腫に次いで多い良性腫瘍
    • 中高年の男性に多い(多形腺腫は女性に多い)
    • MRIではT1強調像で等~高信号、T2強調像で高信号
    • 造影ダイナミック検査で急増・急減の特徴的パターンを示す(多形腺腫は漸増型)
  2. 基底細胞腺腫
    • 境界明瞭な充実性腫瘍
    • MRI所見は多形腺腫と類似するが、内部がより均一
  3. 悪性腫瘍(粘表皮癌、腺様嚢胞癌など)
    • 境界不明瞭で浸潤性増殖を示す
    • 痛みや顔面神経麻痺を伴うことがある(悪性三徴候)
    • MRIでは被膜構造が不明瞭または断裂
  4. 多形腺腫由来癌
    • 多形腺腫内の一部が悪性転化したもの
    • MRIではT2強調像で高信号の腫瘤内に低信号域が出現
    • 被膜の断裂や周囲組織への浸潤像を認める

鑑別診断には画像検査だけでなく、臨床症状や経過も重要です。多形腺腫は通常、無痛性で緩徐に増大する腫瘤として現れますが、悪性腫瘍では痛み、急速な増大、顔面神経麻痺などの症状を伴うことがあります。

 

また、穿刺吸引細胞診(FNA)も鑑別診断に有用ですが、多形腺腫は細胞像が多彩で、時に悪性腫瘍との鑑別が困難な場合があります。そのため、画像所見と細胞診の結果を総合的に判断することが重要です。

 

耳下腺腫瘍の多形腺腫に対する治療法と予後

多形腺腫を含む耳下腺腫瘍の治療は、基本的に外科的切除が第一選択となります。多形腺腫は良性腫瘍ですが、以下の理由から手術による完全切除が推奨されています:

  1. 徐々に増大する性質
    • 多形腺腫は緩徐ではあるものの、時間とともに増大する傾向があります
    • 大きくなるほど手術の難易度が上がり、合併症のリスクも高まります
  2. 悪性転化の可能性
    • 長期間放置すると、約15%が多形腺腫由来癌へと悪性転化する可能性があります
    • 悪性転化のリスクは腫瘍の存在期間に比例して高まります
  3. 再発のリスク
    • 不完全な切除を行うと再発のリスクが高まります
    • 再発した多形腺腫は多発結節として現れることが多く、初回手術より難易度が上がります

多形腺腫に対する手術方法としては、以下のようなものがあります:

  1. 腫瘤核出術
    • 腫瘍だけをくりぬく方法
    • 再発率が高いため、現在はあまり推奨されていません
  2. 耳下腺部分切除術
    • 腫瘍と周囲の正常耳下腺組織を含めて切除する方法
    • 再発率は2~5%程度と比較的低く、現在最も推奨される方法です
  3. 耳下腺全摘術
    • 耳下腺全体を切除する方法
    • 再発率は0.4%以下と最も低いが、機能障害のリスクが高いため、通常は選択されません

手術の際には、顔面神経の温存が最も重要な課題となります。耳下腺内を走行する顔面神経を損傷すると、顔面筋の麻痺を引き起こす可能性があります。そのため、手術中は神経刺激装置(Nerve Integrity Monitor; NIM)を用いて顔面神経を同定し、慎重に温存する必要があります。

 

術後の予後は一般的に良好ですが、不完全な切除を行った場合は再発のリスクがあります。再発した多形腺腫は、集簇する多発結節影として現れることが多く、再手術はより複雑になります。そのため、初回手術で適切な切除を行うことが重要です。

 

歯科医療従事者が知っておくべき耳下腺腫瘍の臨床的意義

歯科医療従事者にとって、耳下腺腫瘍、特に多形腺腫に関する知識は臨床的に重要な意義を持ちます。以下にその理由と注意点をまとめます:

  1. 早期発見の機会
    • 歯科治療中に耳下腺部の腫脹を発見できる可能性がある
    • 患者の顔面を観察する機会が多い歯科医療従事者は、無症状の初期段階で異常を発見できる立場にある
  2. 鑑別診断の重要性
    • 耳下腺腫瘍は顎関節症や歯性感染症と症状が類似することがある
    • 適切な鑑別診断により、不要な歯科治療を避け、適切な専門医への紹介が可能になる
  3. 歯科治療時の注意点
    • 耳下腺腫瘍の既往がある患者では、開口制限や顔面神経麻痺の可能性に注意が必要
    • 術後の患者では、唾液分泌量の減少による口腔乾燥症のリスクがある
  4. 医科歯科連携の重要性
    • 耳下腺腫瘍が疑われる場合は、耳鼻咽喉科や頭頸部外科への適切な紹介が必要
    • 術後の口腔ケアや顎機能リハビリテーションにおいて歯科の役割は重要

特に注目すべき点として、多形腺腫は良性腫瘍であるにもかかわらず、臨床的には悪性として扱うべき特性を持っています。不適切な処置(生検や不完全な切除)を行うと、腫瘍細胞の播種による再発リスクが高まります。そのため、疑わしい所見を認めた場合は、安易に穿刺や切開を行わず、専門医への紹介を検討することが重要です。

 

また、耳下腺は顎関節に近接しているため、顎関節症状と耳下腺腫瘍の症状が混同されることがあります。顎関節症と思われる症状が改善しない場合や、非典型的な経過をたどる場合は、耳下腺腫瘍の可能性も考慮する必要があります。

 

歯科医療従事者は、口腔内だけでなく顔面全体を観察する習慣を持ち、耳下腺部の無痛性腫脹を認めた場合は、その経過や性状に注意を払い、必要に応じて適切な画像検査や専門医への紹介を行うことが望ましいでしょう。

 

耳下腺腫瘍の診断と治療に関する詳細な情報(日本口腔外科学会雑誌)

耳下腺腫瘍における多形腺腫の再発と悪性転化のメカニズム

多形腺腫は良性腫瘍でありながら、再発や悪性転化のリスクを持つという特異な性質があります。これらのメカニズムを理解することは、適切な治療方針の決定や患者への説明において重要です。

 

再発のメカニズム
多形腺腫の再発は主に以下の要因によって引き起こされます:

  1. 被膜の不完全性
    • 多形腺腫は被膜に覆われているように見えるが、実際には被膜は完全ではなく、腫瘍細胞が被膜を超えて周囲組織に微小浸潤していることがある
    • 単純な核出術では、これらの微小浸潤部分が残存し、再発の原因となる
  2. 腫瘍細胞の播種
    • 手術中に腫瘍被膜が破れると、腫瘍細胞が周囲組織に播種される可能性がある
    • 播種された細胞が新たな腫瘍結節を形成し、多発性再発の原因となる
  3. 腫瘍の多中心性発生
    • 稀に、耳下腺内の複数の部位で独立して多形腺腫が発生することがある
    • このような場合、一つの腫瘍を切除しても他の部位の腫瘍が成長して再発のように見える

再発した多形腺腫は、初発の腫瘍と比較して以下のような特徴があります:

  • 多発結節として現れることが多い
  • 境界明瞭な円形結節が集簇する
  • MRIではT1強調像で低信