歯科用の金属を入れたままIMRTを始めると、治療計画のCT画像が狂って腫瘍に当たる放射線量が想定から大きくズレます。
歯科情報
IMRT(Intensity Modulated Radiation Therapy)とは、強度変調放射線治療と呼ばれる高精度な放射線治療法です。コンピュータを使い、がん腫瘍の形に合わせて複数の方向から放射線の強さに強弱をつけながら照射します。腫瘍部分には十分な線量を集中させつつ、周囲の正常組織への照射を最小限に抑えられるのが最大の特徴です。
日本では2000年頃から臨床導入が始まり、2010年(平成22年)以降に「限局性固形悪性腫瘍」を対象として保険適用となりました。つまり今や一般的な保険診療の選択肢のひとつです。
歯科従事者にとって特に重要なのは、IMRTの主要な対象疾患が「頭頸部がん」である点です。口腔がん・中咽頭がん・下咽頭がん・喉頭がんなど、歯科口腔外科や口腔腫瘍と密接に関係する領域の治療に広く使われています。前立腺がんや脳腫瘍などにも用いられますが、頭頸部領域では歯科との連携が必須になります。
IMRTの施設基準では、「放射線治療を専ら担当する常勤の医師または歯科医師が2名以上配置されていること」と定められています(うち1名以上が放射線治療について相当の経験を有すること)。歯科医師がIMRT施設の要件として明示されている事実は、歯科従事者にとって見逃せないポイントです。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 正式名称 | 強度変調放射線治療(Intensity Modulated Radiation Therapy) |
| 国内臨床導入 | 2000年頃〜 |
| 保険適用開始 | 2010年(平成22年) |
| 頭頸部がんでの主な対象 | 口腔がん・中咽頭がん・下咽頭がん・喉頭がんなど |
| 施設基準(医師要件) | 放射線治療担当の常勤医師または歯科医師が2名以上 |
つまりIMRTは歯科と切り離せない医療です。
参考:IMRTの施設基準の詳細(診療報酬点数表より)
特掲診療料の施設基準 第十三 放射線治療|しろぼんねっと
IMRTで頭頸部がんを治療する際、最初に立ちはだかる問題が「歯科金属アーチファクト」です。これは何かというと、治療計画に使うCT画像の中で、歯科用金属(インレー・クラウン・ブリッジなど)が強いノイズとなって画像を乱す現象のことです。
アーチファクトが起きると、腫瘍の輪郭設定が不正確になるだけでなく、CT値(組織の放射線吸収率を示す値)が狂います。IMRT治療計画はこのCT値をもとに線量分布を計算するため、金属周辺の組織の線量計算に大きな誤差が生じます。腫瘍に届く放射線量が変わる可能性があるということです。
実際の報告では、頭頸部癌患者5名を対象にした症例研究で、IMRT前に歯科金属除去を実施した結果、金属12〜19本を1人あたり2〜5回の通院・6〜13日の期間で除去し、その後のCT画像でアーチファクトが消失してCT値も正常化したことが確認されています。除去した金属にはレジン充填やテンポラリークラウンで対応し、咀嚼機能障害は生じませんでした。
金属除去の判断が必要かどうかは放射線腫瘍医と歯科医師が協議して決定します。ポイントは「腫瘍に近い部位の金属かどうか」で、治療計画に影響しない部位の金属まで全て除去する必要はありません。これが基本です。
また、IMRT照射時には頭の位置ブレを防ぐための「マウスピース(口腔内固定具)」も必要となります。このマウスピースは歯科医師・歯科技工士が患者個人の口腔状態に合わせてオーダーメイドで作製します。岡山大学病院では頭頸部がんセンターの歯科部門がこのマウスピース作製を担当し、照射の位置再現性を高める取り組みを実施しています。歯科の専門性が治療精度に直結するわけです。
参考:歯科金属除去の有用性を示した実際の症例報告
IMRTは従来の放射線治療に比べて唾液腺(特に耳下腺)への線量を大幅に下げられるため、口腔乾燥(ドライマウス)のリスクを軽減できます。これはIMRTの大きなメリットのひとつです。しかし、完全に副作用がゼロになるわけではありません。
放射線治療後に起こりうる口腔の急性有害事象として、口腔粘膜炎(平均発生率は約80%という報告もあります)、口腔乾燥、味覚障害があります。晩期有害事象としては、唾液分泌障害の長期化、齲蝕(むし歯)の多発、開口障害、顎骨壊死などがあります。唾液の役割は潤滑だけではありません。唾液には抗菌作用や再石灰化を促す役割もあるため、唾液が減ると口腔内の細菌バランスが崩れ、放射線治療後にむし歯が急増します。
がん治療中の齲蝕発生率は28.1%という報告があり、放射線治療後の頭頸部がん患者では、虫歯原因菌であるStreptococcus mutansやLactobacillusが治療前と比べて大幅に増加することも確認されています。これは問題ですね。
歯科が放射線治療前から介入し、齲蝕処置・歯周病治療・口腔衛生指導を行うことが、放射線後の口腔有害事象を軽減するために有効です。さらに、治療後のフッ化物応用(ジェルトレーや高濃度フッ素うがい薬)が放射線後の虫歯予防に有効とされており、歯科での継続的な管理が求められます。フッ化物トレーの使用を含む口腔ケアプログラムを治療開始前から計画しておくと万全です。
頭頸部がんの放射線治療における最も重篤な晩期口腔有害事象が「放射線性顎骨壊死(Osteoradionecrosis: ORN)」です。国立がん研究センターの報告によると、頭頸部がんの放射線治療を受けた患者のうち7〜12%に放射線性顎骨壊死が発症するとされています。重症化すると病的骨折や皮膚瘻孔(膿の出る穴)を形成し、日常生活に大きな支障をきたします。
2025年の研究では、口腔がん術後のIMRT群とプロトン治療(PRT)群を比較した後ろ向き研究で、IMRT群で11%、PRT群で11.3%のORN発生率が確認されました。IMRTを使っても顎骨壊死は一定の割合で起こるということです。
ORNを引き起こす最大の引き金の一つが「放射線治療後の抜歯」です。放射線が照射された顎骨は血流が低下し、抜歯などの侵襲後に傷口が治りにくくなります。照射後の抜歯による顎骨壊死発生率は20%以上に達するという報告もあります。これは深刻な数字です。
だからこそ、放射線治療開始の2〜3週間前までに必要な抜歯を終わらせることが推奨されています。照射前の予防的抜歯によるORNリスクは10%以下に抑えられると報告されており、タイミングの違いで発症率が大きく変わります。患者から「あの歯、いずれ抜かないといけないと言われている」という情報が出た場合は、放射線科医との緊密な連携のもとで治療前に処置を完了させることが鉄則です。
| 抜歯のタイミング | 顎骨壊死リスク |
|---|---|
| 照射前の予防的抜歯 | 10%以下 |
| 照射後の抜歯 | 20%以上(報告による) |
また、ORNを発症すると自然治癒は困難で、保存的治療(洗浄・抗菌薬・高気圧酸素療法)や外科的な壊死骨切除が必要になります。顎骨骨髄炎の手術には100万円以上かかることもあり、患者負担は非常に大きくなります。予防こそが最大の治療です。
参考:放射線性顎骨壊死と歯科介入に関する研究
治療晩期障害として放射線性顎骨壊死を発症した患者への対応|国立がん研究センター
IMRTを含む頭頸部放射線治療では、歯科が「周術期等口腔機能管理」として系統的に関与することが診療報酬上も認められています。2012年度の改定で保険導入されたこの制度は、放射線治療・化学療法を受ける患者を対象に拡充が続いており、2024年(令和6年)改定でもさらに見直しが行われました。
歯科が算定できる主な項目は以下の通りです。
重要なのは、病院歯科がない施設でも「地域の開業歯科医院」が連携先として機能できる点です。放射線治療が行われる病院から文書での依頼があれば、地域の歯科診療所が周術期等口腔機能管理を担えます。地域歯科にとっても大切な算定機会です。
では実際に何をするのか、IMRT患者への歯科介入のタイムラインを整理するとこうなります。
| 時期 | 歯科が行うこと |
|---|---|
| 放射線治療開始前 | 齲蝕・歯周病の治療、予防的抜歯(照射2〜3週前までに完了)、歯科金属除去(必要例)、口腔清掃指導、マウスピース作製 |
| 放射線治療中 | 口腔粘膜炎のモニタリング・疼痛管理、口腔清掃支援、乾燥対策(人工唾液・保湿剤) |
| 放射線治療後 | フッ化物応用(高濃度フッ素)、定期的な歯科管理、抜歯が必要な場合は放射線科医と協議・慎重に対応、顎骨壊死の早期発見 |
「放射線治療が終わったら歯科は関係ない」という考え方は間違いです。晩期障害は治療終了後も数か月〜数年にわたって現れるため、長期的な歯科管理が必要です。放射線治療から顎骨壊死発生までの平均期間は33.3か月(約2年9か月)という報告があり、治療後も継続フォローが求められます。
参考:周術期等口腔機能管理料(Ⅲ)の算定要件詳細
B000−8 周術期等口腔機能管理料(Ⅲ)|歯科診療報酬点数表(しろぼんねっと)
参考:放射線治療前の口腔ケアと歯科介入の重要性
放射線治療を受ける前に行っておくこと 口のチェックとクリーニング|サバイバーシップ