放射線治療を受ける患者に、あなたが行う口腔ケアが治療成否を左右します。
歯科情報
強度変調放射線治療(Intensity Modulated Radiation Therapy:IMRT)は、コンピュータの制御により腫瘍部位にのみ放射線を集中照射し、周囲の正常組織への線量を可能な限り低減する革新的な照射技術です。従来の三次元原体放射線治療(3DCRT)では、各ビーム内の放射線強度が均一であったため、腫瘍に十分な線量を届けようとすると、隣接する正常臓器にも同等の放射線が及んでしまう構造的な問題がありました。
IMRTの最大の目的は、この問題を解決することです。つまり、「腫瘍制御率の向上」と「副作用の軽減」を同時に実現することが、IMRTが存在する理由といえます。
では、具体的にどのような仕組みで実現しているのでしょうか。IMRTではマルチリーフコリメータ(MLC)という装置を用いて、多方向からの放射線それぞれの強さを細かく変化させます。コンピュータが何万通りもの照射パターンを逆方向計算(インバースプランニング)で最適化し、腫瘍の形状に沿った複雑な線量分布を作り出します。これにより、腫瘍のすぐ隣に重要臓器が位置していても、その臓器を避けながら腫瘍に高線量を届けることが可能となります。
頭頸部がんの場合、病変の周囲には脳幹・脊髄・耳下腺・内耳・視神経といった極めて繊細な臓器が密集しています。3DCRTでこれらを完全に避けることは事実上不可能でしたが、IMRTによってそれが現実のものとなりました。結論は、従来不可能だった理想的な線量分布を実現できることです。
なお、近年ではIMRTの発展形として、ガントリを回転させながら照射するVMAT(Volumetric Modulated Arc Therapy)も普及しています。VMATは通常のIMRTと比較して1回の照射時間がさらに短縮でき(通常のIMRTが20分程度かかるのに対し、VMATはその約半分程度)、患者負担の軽減という点でも優れています。
慶應義塾大学病院KOMPASによるIMRTの詳細解説(治療の原理・手順・適応疾患を網羅)
IMRTが特に有用とされる疾患として、頭頸部がん(中咽頭がん・下咽頭がん・口腔がん・喉頭がん・上咽頭がんなど)、脳腫瘍、前立腺がんの3領域が代表的です。これらのうち、歯科従事者にとって最も関係が深いのは、当然ながら頭頸部がんです。
歯科との接点が多い理由は明確です。頭頸部がんの放射線照射野には、必然的に口腔・顎骨・唾液腺が含まれるからです。これは大きな問題につながります。
特に唾液腺(耳下腺)への影響は深刻で、一定量以上の放射線が当たると機能が低下し、唾液分泌量が大きく減少します。唾液量の低下は口腔乾燥(ドライマウス)を引き起こし、食物が飲み込みにくくなるほか、口腔内の自浄作用が失われることで齲蝕(むし歯)や歯周炎が急激に進行するリスクが高まります。IMRTが登場する以前の3DCRTでは、耳下腺への放射線量を制御することが困難でしたが、IMRTにより耳下腺の平均線量を26Gy以下に抑えることが治療計画上の目標として設定されるようになりました。
中咽頭がんに対するIMRTでは、口腔線量と耳下腺線量の両方を有意に低減できることが臨床的に証明されています。これは歯科従事者にとって「意外ですね。」と感じられるかもしれませんが、IMRTの恩恵を最大化するには、治療前から始まる適切な口腔管理が不可欠です。口腔ケアが整っていないと、いくら精度の高い放射線照射を行っても、口腔内の細菌感染から合併症が生じるリスクを排除できません。
また、口腔がんの術後照射においても、IMRTは健側の口唇や正常口腔への線量を大幅に低減できるため、術後の口腔機能回復において歯科リハビリとの連携が一層重要になっています。つまりIMRTの進歩が、歯科の役割を拡大させているということです。
日本頭頸部外科学会による頭頸部がん放射線治療の副作用・IMRT適応の詳細解説
放射線性顎骨壊死(Osteoradionecrosis:ORN)は、頭頸部がんの放射線治療における代表的な晩期合併症です。放射線による血流障害が生じた顎骨部位で感染が起こり、骨が壊死した状態です。重症化すると、顎骨の病的骨折や皮膚瘻孔(膿の出る孔)を形成し、患者の日常生活に甚大な支障をきたします。一度発症すると自然治癒は困難です。
国立がん研究センターの報告によると、頭頸部がんの放射線治療を受けた患者の7〜12%に放射線性顎骨壊死が発症するとされています。IMRTの登場によってこの頻度は低下傾向にあるものの、依然として無視できない数字です。徳島大学病院が2011年から2017年に行ったIMRT後の後ろ向き研究(114例)では、顎骨壊死の発症率は6.1%(7例)で、発症した部位の顎骨最大線量は平均74.4Gyでした。重要な点は、顎骨の最大線量が70Gy以上になると発症率が統計的に有意に高くなること(p=0.042)が明らかになったことです。
この知見から、IMRTの治療計画において下顎骨の最大線量を70Gy未満に、上顎骨の平均線量を35Gy以下に抑えることが顎骨壊死予防の重要な指標となっています。上顎骨壊死が下顎骨に比べて見落とされやすいという課題も同研究で指摘されており、上下顎骨ともに線量制約を設けることの重要性が強調されています。顎骨壊死の予防が条件です。
もう一つの重要な事実として、発症リスクとして年齢・性別・糖尿病の有無・喫煙歴などの因子は統計的に有意ではなく、最も決定的なリスク因子は顎骨への最大照射線量であることが示されました。一般に糖尿病や喫煙が顎骨壊死の危険因子と考えられがちですが、少なくとも照射線量を適切に管理すれば、それらの因子を超えてリスクを制御できる可能性があります。
国立がん研究センターによる放射線性顎骨壊死の発症率・重症化リスクに関する情報
歯科従事者が頭頸部がん患者の放射線治療に関わる際、最も重要な介入の一つが「放射線治療開始前の適切な口腔処置」です。とりわけ抜歯のタイミングは、顎骨壊死リスクに直結します。
放射線治療後に抜歯が必要になった場合、その傷口から感染が起こり、すでに血流障害を受けた顎骨が壊死に至る可能性が非常に高くなります。そのため、放射線照射野内に予後不良歯(いずれ抜歯が必要と見込まれる歯)がある場合は、放射線治療開始の2〜3週間前までに抜歯を終了させることが基本原則とされています。これが原則です。
2025年にJ Cancer誌に発表された宮城県立がんセンターの研究(2011〜2018年、進行口腔・中咽頭がん患者を対象とした後ろ向き観察研究)では、放射線治療前に「追加的口腔ケア(AOC)」として照射野内の感染巣・予後不良歯を放射線治療2週間前に抜歯した群では、そうでない群に比べて骨放射線壊死(ORN)の発生リスクが約90%低減したことが示されました。約90%という数字は想像以上に大きいです。
この研究は、IMRT時代においても放射線前処置としての歯科介入が絶大な効果を持つことを改めて示しています。従来からも「放射線治療前に歯科受診を」という指針は存在しましたが、具体的に「2週間前の抜歯」という時間軸でこれだけのリスク低減効果が確認されたことの意義は大きいといえます。
一方、放射線治療後に残存する問題歯の処置は極めて慎重を要します。照射野内の歯に感染が広がった場合でも、安易な抜歯は禁忌に近い状況が生じます。根管治療で感染をコントロールしながら経過観察するという判断が求められることも少なくありません。放射線治療を受けた患者が来院した際は、必ず照射部位と照射線量を確認することが必要です。
放射線治療前の口腔チェックと抜歯タイミングに関する患者向け・医療者向け情報
IMRTにおける歯科従事者の役割は、口腔ケアや治療前処置だけにとどまりません。放射線照射の精度管理という観点からも、歯科・歯科技工士が果たす役割は極めて独自的です。
IMRTの特徴の一つに、照射精度への高い要求があります。腫瘍に集中して放射線を当てる技術であるため、照射中に患者の頭部が少しでもずれると、重要臓器に過剰な放射線が当たってしまうリスクが生じます。これは通常の3DCRTよりも問題が大きくなります。このため、頭頸部固定用のシェル(プラスチックのマスク状の固定具)が使用されますが、IMRTではさらに精度を高めるために専用マウスピース(ポジショニングデバイス)の使用が推奨されています。
岡山大学病院の頭頸部がんセンターでは、放射線治療前から歯科医師と歯科技工士が連携し、患者個々の口腔状態に合わせたカスタムマウスピースを作製しています。このマウスピースは、頭部の位置ズレや回転を防ぐだけでなく、口腔内の組織(特に舌や口腔底)を放射線から遠ざけるスペーサーとしての機能も兼ねることがあります。これは使えそうです。
スペーサーとしてのマウスピースは、口腔内の金属補綴物(金属冠など)が引き起こす散乱線の影響を軽減する目的でも使用されます。金属補綴物周囲では放射線の散乱が起こり、周辺粘膜の線量が局所的に高くなることがあるためです。歯科金属は放射線を散乱させるため、できれば金属補綴物を照射前に除去する、あるいはスペーサーで粘膜を遠ざけるといった対応が口腔粘膜炎の予防に有効とされています。
このように、歯科技工士・歯科医師・歯科衛生士がチームとしてIMRT治療チームに組み込まれることで、放射線治療の精度向上と副作用低減の両方に貢献できます。つまり歯科の関与は「治療の補助」ではなく「治療の精度を高める本質的な介入」です。
岡山大学病院における頭頸部がんIMRTと歯科連携(マウスピース作製・口腔ケアの実際)
IMRTによる照射が終了した後も、歯科従事者の関与は継続的に必要です。放射線の晩期障害は、治療終了から数か月後、場合によっては数年後に発症することがあるためです。これには期限があります。
代表的な晩期障害とその特徴:
- 🦷 放射線性う蝕(放射線性齲蝕):唾液分泌量の低下により口腔内の自浄作用が失われ、歯頸部を中心に急速に進行するう蝕。治療終了後も長期にわたってフッ化物応用と口腔清掃指導が必要です。
- 🦴 放射線性骨壊死(顎骨壊死):上述の通り、発症後は治療が困難。早期発見が生命線です。照射野内に疼痛・腫脹・骨露出の徴候がある場合は速やかに専門機関に紹介する必要があります。
- 😮 開口障害(トリスムス):咀嚼筋や顎関節周囲の瘢痕化・線維化により開口が制限される状態。放射線治療終了後は開口訓練の指導が重要です。
- 💧 口腔乾燥(ドライマウス)の慢性化:耳下腺への照射線量によっては、唾液分泌が長期にわたり低下します。人工唾液・唾液分泌促進薬(サリグレン®など)との連携も視野に入れましょう。
- 👅 味覚障害の遷延:舌へ放射線が当たった場合に生じることがあり、軽症例では6か月〜1年後にほぼ改善しますが、重症例では長期にわたることがあります。
晩期障害の中でも特に注意が必要なのは、放射線性顎骨壊死の誘発因子となる「抜歯」の問題です。照射後の抜歯は顎骨壊死の最大リスクとされているため、やむを得ず抜歯が必要な場合には、高気圧酸素療法(HBO)との併用を考慮することがあります。高気圧酸素療法は損傷組織への酸素供給を高め、治癒促進と感染リスク低減を期待する治療で、照射後の外科処置前後に用いられることがあります。放射線治療後の外科処置は慎重にというのが原則です。
また、患者が他院で放射線治療を受けていた場合、その情報が歯科カルテに記載されないまま来院するケースもあります。問診で「過去に頭頸部への放射線治療を受けたことがあるか」を必ず確認することが重要です。放射線照射歴の確認は必須です。