高圧酸素療法がORN予防に効くと信じて患者に勧めても、実は効果のエビデンスがほとんどないです。
放射線性顎骨壊死(Osteoradionecrosis:ORN)とは、頭頸部がんに対する放射線治療の晩期有害事象として、照射を受けた顎骨が壊死してしまう難治性疾患です。とくに下顎骨に好発し、口腔内・口腔外への骨露出、持続的な排膿、疼痛、開口障害などが主な症状として現れます。痛みがないまま経過する症例もあり、気づいたときには進行しているケースが少なくありません。
発症頻度は報告によって異なりますが、頭頸部がん放射線治療患者の約7〜12%に発症するとされています(国立がん研究センター)。近畿大学の臨床的検討では発症率9.2%で、放射線治療から顎骨壊死発生までの期間は平均33.3か月(範囲:2〜96か月)と、治療から数年後に発症するケースも多く報告されています。つまり、放射線治療後しばらく経過してから患者が歯科を受診してくるケースでも、ORNリスクを念頭に置いた対応が必要です。
病態の核心は、放射線照射による顎骨内の血管障害と低酸素・低細胞密度・低血管化の状態にあります。放射線は腫瘍細胞だけでなく、骨を支える小血管の内皮細胞や骨芽細胞にもダメージを与えます。その結果、骨の修復能力が著しく低下した状態が続くため、抜歯後の創傷治癒不全や歯性感染症が引き金となって壊死が始まるのです。
| 特徴 | 内容 |
|---|---|
| 好発部位 | 下顎骨(上顎骨より血流が乏しく壊死しやすい) |
| 発症頻度 | 頭頸部がん放射線治療患者の約7〜12% |
| 発症までの期間 | 治療後平均33か月(2〜96か月の幅あり) |
| 主な誘因 | 放射線照射後の抜歯・歯性感染症・外傷 |
| 自然治癒 | ほぼ期待できない(難治性) |
重要なのは、ORNは自然治癒がほぼ望めない点です。一度発症すると、骨露出・排膿が持続するだけでなく、重症化すると病的骨折や皮膚瘻孔(膿が出る孔)を形成し、患者の食事・会話・整容など日常生活に深刻な影響をもたらします。難治性であることを理解しておくことが、予防を最優先する姿勢につながります。
放射線治療が終わったあとも、抜歯を含む口腔内への侵襲的処置は危険なリスクを持つことを、歯科従事者として常に認識しておく必要があります。予防に注意すれば大丈夫です。
参考リンク:放射線性顎骨壊死の発症率・晩期障害としての実態について、国立がん研究センターによる詳細な情報
治療晩期障害として放射線性顎骨壊死を発症し — 国立がん研究センター
ORNの発症リスクを正しく把握することは、ガイドラインに沿った対応を行う上での出発点です。リスク因子はいくつかありますが、もっとも重要なのは「照射線量」です。
強度変調放射線治療(IMRT)後のORN発症率を検討した国内研究では、顎骨の最大線量が70Gy以上の場合に発症率が有意に高くなることが示されています。一方で、IMRTの普及以前と比較すると、精度の高い照射技術によって顎骨への過剰な線量を下げられるようになり、ORN全体の発症率は低下傾向にあります。とはいえ、いまだに一定の割合で発症することは変わりません。
神戸大学の研究(2021年)では、下顎骨のV60(60Gy以上が照射される体積の割合)が14%を超えることが独立したORNリスク因子であることも報告されています。これは、放射線治療計画の段階から歯科との連携が求められることを示す、非常に具体的な数値です。
主なリスク因子は以下の通りです。
これらのうち、歯科従事者がとくに介入できるリスク因子は「口腔衛生状態の改善」と「照射前の適切な歯科処置」です。逆に言えば、歯科介入の質がORN発症率を直接左右するということです。これは使えそうです。
アイルランドの10年間の後ろ向き研究(2024年、Radiother Oncol掲載)では、1050名の歯科腫瘍クリニック患者のうちORN発症は47例(4.4%)と、集中的な歯科管理により発症率を低く抑えられた可能性が示されています。診断前後の集中的な歯科治療がORN発症率の低下に貢献したと結論付けられており、生涯にわたる専門的歯科管理の継続が重要であるとされています。
参考リンク:IMRTにおけるORN発症率と線量リスク因子についての国内臨床研究の詳細
Risk factors for osteoradionecrosis of the jaw in patients with head and neck cancer — 神戸大学学術成果リポジトリ(PDF)
2024年、国際的な腫瘍関連学会であるISOO(国際口腔腫瘍学会)・MASCC・ASCOが共同で、「頭頸部がん放射線療法に続発するORNの予防と管理に関するガイドライン」を発表しました。このガイドラインは、1990年〜2023年12月までに発表された1539件の論文を精査し、最終的に80件のシステマティックレビューに基づいて作成された、現時点での最高水準のエビデンスを集約したものです。
このガイドラインで最も注目すべき勧告の一つが、高圧酸素療法(Hyperbaric Oxygen Therapy:HBO)についてです。長年、ORN予防・管理の補助療法として使用されてきたHBOですが、今回のガイドラインでは「ORNの予防および管理における高圧酸素の使用は、ほとんどの場合正当化されておらず、その実践を支持するエビデンスは限られている」と明確に結論付けられました。
これは重大な転換です。多くの施設でORN管理の一環として実施されてきたHBOが、現時点では積極的に推奨できないとされたことを意味します。HBOを当然の選択肢として患者に提示していた場合は、再考が必要です。
同様に、ORN予防目的での白血球・血小板リッチフィブリン(L-PRF)の使用や、光生物学的調節療法(フォトバイオモジュレーション)についても、推奨を行うに足るエビデンスが不十分と判断されています。
一方、エビデンスが強いとされた推奨内容は以下のとおりです。
つまり、化学的・特殊療法への期待よりも、基本的な口腔管理と歯科のタイムリーな介入こそが、エビデンスのある予防戦略だという結論です。予防が原則です。
参考リンク:ISOO-MASCC-ASCO 2024ガイドラインの全文要旨(日本語機械翻訳)と推奨事項の概要
放射線治療を受けた頭頸部癌患者における骨頭壊死症の予防と管理:ISOO-MASCC-ASCO ガイドライン — Whitecross PubMed日本語解説
参考リンク:日本がん口腔支持療法学会が翻訳・発行するISOO-MASCC-ASCOガイドライン日本語版へのアクセス
出版物・ガイドライン — 日本がん口腔支持療法学会(JAOSCC)
ORN予防のなかで、歯科従事者が最も直接的に影響を与えられる局面が「放射線治療前の歯科処置」です。このタイミングを誤ると、治療後のORN発症リスクを大幅に高めることになります。
放射線照射野内の抜歯は「原則禁忌」とされています。これは治療後に感染が起きた際、正常な骨修復ができなくなっているためです。このため、将来的に抜歯が必要になりそうな歯(深いう蝕、根尖病巣、重度歯周病の歯など)は、放射線治療開始の2〜3週間前までに処置を完了させることが求められます。
なぜ「2〜3週間前」なのでしょうか?抜歯後の抜歯窩が正常に上皮化するためには一定の期間が必要で、粘膜の治癒が不十分な状態で放射線照射が始まると、幼若な肉芽組織が脱落し骨壊死の引き金になりやすいからです。上皮化完了が条件です。
処置内容のチェックリストとしては以下が参考になります。
実際の臨床では、がん治療のスケジュールが優先されるため、歯科処置に使える時間が非常に限られているケースが多いです。「10日前でも間に合うか」と主治医から相談されることもありますが、2週間前が基本ラインと考えて、医師と綿密に連携することが求められます。
照射後については、治療直後だけでなく「放射線治療後何年が経過しても顎骨壊死のリスクはほとんど変わらない」という点が非常に重要です(日本歯科医師会)。つまり、放射線治療を受けた患者が数年後に歯科を受診してきた場合でも、照射歴の確認と慎重な対応が必須です。照射歴の確認は必須です。
この情報を把握した上で、照射歴のある患者の診療録に「放射線治療歴:照射部位・線量・時期」を必ず記録し、後の担当者も確認できる体制を整えることが、診療所・病院レベルでのリスク管理に直結します。
参考リンク:放射線治療前の抜歯タイミングと口腔ケアの意義をわかりやすく解説したページ
放射線治療を受ける前に行っておくこと 口のチェックとクリーニング — がんサバイバーシップ
ORNを発症した場合、治療は大きく「保存療法」と「外科療法」に分かれます。この選択において、ガイドラインと実臨床データが示す数字を正確に把握しておくことが重要です。
北海道大学病院口腔内科が2006〜2020年に加療したORN症例34例の検討では、全体の改善率が47%(16/34例)であったと報告されています。このうち、保存療法+外科療法を組み合わせた21例の改善率は57%だったのに対し、保存療法単独の13例では改善率はわずか15%でした。
この差は大きいです。保存療法単独の治癒率15%という数字は、ORNが「待っていても治らない」疾患であることを端的に示しています。適切な時期に外科療法への移行を検討することが、患者のQOLを守ることにつながります。
保存療法の内容としては、口腔ケア・局所洗浄・抗菌薬投与・炎症性組織の掻爬などが中心となります。外科療法が必要となる目安は以下のとおりです。
外科療法では、壊死顎骨の区域切除を行い、血流の良好な他部位からの骨を移植する「血管柄付き骨移植」が選択されることが多いです。骨の採取部位としては腓骨(すね)や肩甲骨が用いられます(東京大学形成外科)。放射線照射後の組織は通常よりも治癒しにくく、再建は非常に困難な手術となるため、最終的にはORNを発症させないための予防が最善の医療です。
なお、臨床現場ではORNのステージング分類としてNotani分類が広く使われています。Notani分類ではⅠ〜Ⅲに分類され、ステージが上がるにつれ外科療法の適応が強くなります。施設によってCTC-AEやLENT SOMAなどを使用するケースもあり、スタッフ間での分類基準の共有も対応均一化に役立ちます。
参考リンク:保存療法と外科療法の改善率データ、3Dシミュレーションを用いた下顎骨再建の新しい試みについての北海道大学の報告
放射線性顎骨壊死(ORN) 治療戦略 — 北海道大学病院口腔内科
参考リンク:重症ORNに対する血管柄付き骨移植による顎骨再建の詳細
放射線性下顎骨壊死の治療 — 東京大学形成外科
ORNへの対応を考えるとき、放射線治療後の口腔合併症を単独で切り離して考えることはできません。照射後の患者は、複数の口腔リスクを同時に抱えています。その全体像を把握することが、より質の高い口腔管理につながります。
まず注目すべきは「放射線性う蝕」の問題です。頭頸部放射線治療では、照射野に唾液腺が含まれることが多く、治療後に唾液分泌が著しく低下します(口腔乾燥症)。唾液は歯の再石灰化・抗菌作用・洗浄作用を担っており、これが失われると、数カ月以内に急速に進行するう蝕が多発します。う蝕が悪化すると、ORN予防のために「抜歯したくない」という状況と「抜かなければ感染が広がる」というジレンマが生まれます。これは難しいところですね。
こうした複合リスクを踏まえると、照射後の患者に対しては以下のような定期管理が有効です。
開口障害(放射線性開口障害)もOR管理を複雑にする要因です。咬筋・翼突筋などへの照射は、筋繊維の線維化と瘢痕化を起こし、口を十分に開けられない状態につながります。開口障害があると、口腔内の観察・処置が難しくなり、ORNの早期発見が遅れるリスクがあります。開口訓練の指導や開口器の活用が、この問題への一つの対策になります。
これらの合併症は、一般的な歯科の定期検診で見落とされやすい点でもあります。患者の問診票や診療録に「頭頸部放射線治療歴」を必ず記載する欄を設けること、スタッフ全員が照射歴のある患者の注意点を共有していることが、チームとしての対応品質を高めます。
また、放射線治療を担当した医療機関と歯科との「医科歯科連携」の構築も、今後の標準的な取り組みとして重要です。がん患者の治療チームに歯科が参画することは、ORNを含む口腔合併症全体の発生率を下げることにつながります。
参考リンク:放射線治療における口腔合併症の全体像(急性・晩期障害の分類、歯科の役割)についての詳細な解説(がん情報サービス・がん医科歯科連携講習会テキスト)
頭頸部放射線療法・化学放射線療法の患者への口腔健康管理 — がん情報サービス(PDF)