頬骨隆起の切除レベルを見誤ると、軟部組織だけでは整容的な再建に失敗することがあります。
歯科情報
頬骨隆起の欠損に対する膨隆再建は、主として「整容的改善」を目的としています。機能回復が優先される舌癌術後の再建と異なり、頬骨隆起欠損ではQOL向上の観点から顔貌の対称性を取り戻すことがゴールになります。
では、どのような症例に対して積極的に再建を行うべきでしょうか。日本癌治療学会の形成外科診療ガイドラインには重要な指摘があります。「頭蓋底を含まない上顎および頬骨の欠損においては、たとえ再建しなくても機能障害を生じないこともある」とされており、硬組織再建を省略できる症例が一定数存在します。一方で、「ある程度の硬組織の低形成であれば、軟部組織のみを再建するだけで整容的には十分に改善できることも多い」(厚生労働省研究班報告書)という知見もあります。つまり、すべての頬骨隆起欠損症例に硬組織再建が必要なわけではないということです。
重要なのが切除レベルの評価です。日本大学の学術集会報告では「上顎全摘以上の整容的再建の成否は、頬骨隆起の切除レベルで大きく左右された」と明示されています。頬骨隆起が温存できる部分切除のケースでは軟部組織再建単独でも良好な結果が得られやすいのに対し、頬骨隆起を合併切除する場合は硬組織再建も含めた複合的な再建計画が必要となります。
| 切除範囲 | 再建の方向性 | 備考 |
|---|---|---|
| 頬骨隆起温存の部分切除 | 軟部組織のみで整容可 | 遊離皮弁・有茎皮弁が中心 |
| 頬骨隆起を含む上顎全摘 | 硬組織再建の検討が必要 | チタンプレート・腓骨皮弁等 |
| 副咽頭間隙合併切除あり | 再建法選択が特に複雑化 | 多職種カンファレンス必須 |
適応判断は複雑です。患者の全身状態(ASAスコア)や術前放射線治療の有無、手術時間の見込みなどを総合的に考慮したうえで計画を立てることが原則です。
参考:日本癌治療学会 形成外科診療ガイドライン(口腔再建CQ)
日本癌治療学会 形成外科診療ガイドライン1章 口腔再建(CQ1〜)
膨隆再建に使われる手法は大きく「軟部組織再建」と「硬組織再建」に分けられます。どちらを選ぶかは欠損の大きさ・深さ・患者状態によって変わります。
軟部組織再建の代表的な方法が皮弁移植です。
- 遊離皮弁(マイクロサージャリー):腕(前腕皮弁)、太もも(前外側大腿皮弁)、腹部(腹直筋皮弁)などから血管付きで組織を採取し、頸部血管に吻合して移植します。組織量の調整がしやすく、現在の頭頸部再建の主流です。
- 有茎皮弁:大胸筋皮弁など、血管の届く範囲で組織を移動させる方法です。全身状態が不良な患者や遊離皮弁壊死後のサルベージ手術に有用とされています。
- 局所皮弁・植皮:欠損が小さい場合に選択されます。
硬組織再建については、チタンプレートや複合組織移植が代表的です。頬骨隆起のような顔面骨欠損では、腓骨(足の外側の細い骨)、肩甲骨、腸骨を皮膚・筋肉と複合させた「血管柄付き骨皮弁」が選択されることもあります。腓骨皮弁は長さ約25cm(B5用紙の縦幅ほど)の再建が可能で、大きな顎骨欠損にも対応できます。
硬組織再建が必要かどうかは、頬骨隆起の欠損量とその周囲の軟部組織量のバランスで判断します。つまり欠損量と再建素材のバランスが基本です。
軟部組織再建のみを行った場合のリスクとして、「皮弁の下垂」「容量過多による顔貌変化」があります。上顎再建では欠損が大きいほどこの傾向が強くなることが日本癌治療学会のガイドラインでも指摘されています。そのため、大きな頬骨隆起欠損の症例では軟部+硬組織の組み合わせ再建が検討されます。
参考:口腔がんの再建方法についてわかりやすく解説されたページ
口腔がん.com「再建について」(軟組織・硬組織再建の解説)
再建術後の合併症を増加させる主な因子として、日本癌治療学会ガイドラインでは高いASAスコア(American Society of Anesthesiologists score)と手術時間の延長(特に10時間以上)が挙げられています。これは口腔再建全体に共通するデータですが、頬骨隆起を含む上顎再建においても同様です。
意外に思われるかもしれませんが、年齢・糖尿病・放射線照射の既往が合併症を増加させるという科学的根拠は現時点では確立されていません。これは「高齢だから手術できない」「糖尿病があるから危険」という判断を一概に下せないことを意味します。個別の患者状態を丁寧に評価することが必要です。
皮弁壊死は再建術後最も注意すべき合併症のひとつです。遊離皮弁の失敗率はおよそ1〜5%前後とされており、壊死した場合は二次的なサルベージ手術(有茎皮弁など)が必要になります。術後48〜72時間はモニタリングが特に重要です。これは見逃せない時間帯です。
放射線治療後の骨壊死(骨放射線壊死:ORN)も重大なリスクです。頬骨インプラントなどの金属材料を照射野に埋入する際は、周囲の軟組織への血流障害が生じやすく、壊死につながるリスクがあります。従来の頬骨インプラント埋入では大きな全層粘膜骨膜弁を挙上する必要があり、照射骨のORNリスクが問題視されてきました。
このリスクに対し、2025年5月にInternational Journal of Oral and Maxillofacial Surgery誌に報告された新技術では、3Dプリント製ドリルガイドを使って粘膜弁を挙上せずにインプラントを埋入する「フラップレス技術」が紹介されました。放射線治療後の患者において骨壊死リスクを最小限に抑えながら頬骨インプラントを正確に埋入できる点が、臨床的に注目されています。
参考:頭頸部がん術後の新しい頬骨インプラント再建技術についての解説
CareNet Academia「頭頸部がん術後の顎顔面欠損に対する新たな再建法を開発」(2025年5月)
頬骨隆起欠損の再建は、外科的切除のみで完結しません。術後の義歯装着や補綴的閉鎖装置(オブチュレーター)との連携が不可欠です。
上顎切除後には口腔と鼻腔・副鼻腔が交通するケースがあります。この「口鼻瘻」を補綴的に閉鎖することで、嚥下・発音・咀嚼機能を補完できます。しかし皮弁移植後の上顎では義歯の装着がかえって困難になることも多く、頬骨インプラントによる補綴再建が有効な代替手段となります(東京歯科大学の頬骨インプラント報告、2000年代)。これは臨床家が見落としやすい盲点です。
この背景から、頬骨隆起を含む膨隆再建には以下の多職種連携が必要とされています。
- 🔬 頭頸部外科医(耳鼻科医):腫瘍の切除範囲を判断
- 🛠️ 形成外科医:皮弁選択と採取・吻合
- 🦷 腫瘍歯科医・補綴専門医:義歯・オブチュレーター・インプラント設計
- 💻 エンジニアリングチーム:3Dプリント・バーチャル手術計画
岡山大学の医科歯科連携報告(2009年)では、「切除・再建・咬合の専門家が連携して手術を含め治療を行う」体制の重要性が強調されており、単科完結型の対応が難しい領域であることが示されています。
なお、即時再建(腫瘍切除と同時に行う再建)か二次再建(腫瘍再発の確認後に行う再建)かの判断も、多職種チームで慎重に決定する必要があります。即時再建は機能・整容回復の早さで優れますが、再発確認前の施行には腫瘍制御上のリスクも伴います。二次再建が選ばれるのは安全確認を優先する症例です。
参考:岡山大学プレスリリース「口腔がん切除後の顎骨再建における医科歯科連携」
岡山大学 顎骨再建の医科歯科連携に関するプレスリリース(PDF)
2025年5月に報告された3Dガイド下フラップレス頬骨インプラント埋入技術は、従来法と比べて大きく異なる点があります。従来の頬骨インプラント(Zygomatic implant)埋入は粘膜骨膜弁を大きく挙上する必要があり、術後放射線治療を受けた患者では骨放射線壊死の懸念が常につきまとっていました。新技術では3Dプリント製の「組織支持型ドリルガイド」を使うことで、角度偏差を最小限に抑えながらフラップを切開しない(フラップレス)手術を実現しています。
実際の症例では、74歳男性(右上顎の扁平上皮がんにより上顎切除後、Brown分類IId欠損)に対して2本の頬骨インプラントを埋入し、補綴的閉鎖装置を安定支持させることに成功しています。この症例が示すように、従来であれば「遊離組織移植は全身状態から難しい」と判断されるような患者にも新たな再建の道が開かれています。
これは患者の選択肢が広がることを意味します。
ただし、著者らはこの技術の精度と予測可能性を検証するためにさらなる多症例研究が必要であると結論づけており、現時点ではまだ標準術式とはなっていません。今後の症例蓄積と長期的な補綴安定性の評価が課題です。
一方、デジタル技術の活用は膨隆再建全体に広がりつつあります。島根大学歯科口腔外科では、「最先端デジタルテクノロジーを駆使した口腔がん下顎再建治療」が研究されており、バーチャルサージカルプランニング(VSP)による術前シミュレーションが精度向上に貢献しています。
| 技術・手法 | メリット | 現時点での課題 |
|---|---|---|
| 3Dガイド下フラップレス頬骨インプラント | 骨壊死リスク低減・低侵襲 | 多症例データが不足 |
| バーチャルサージカルプランニング | 術前精度向上・多職種共有 | コスト・導入施設の限界 |
| 腓骨血管柄付き骨皮弁 | 大欠損に対応・実績豊富 | 手術時間が長く侵襲大 |
| チタンプレート単独固定 | 短時間・比較的低コスト | 長期的なプレート露出リスク |
歯科従事者として知っておくべきポイントは、「頬骨隆起の膨隆再建は一つの正解がない領域」であるということです。切除レベル・患者全身状態・放射線治療歴・補綴計画という複数の要素が絡み合い、最適解は症例ごとに異なります。最新のデジタル技術や多職種連携の在り方を継続的にアップデートしていくことが、今後の臨床水準向上の鍵となります。
参考:東北大学病院 顎顔面口腔再建治療部の取り組み
東北大学病院「顎顔面口腔再建治療部」(機能・補綴再建の専門外来)