若年層でも歯並びが原因で舌癌が発症するのは、本来、初期段階では自覚症状がほぼありません。
舌がんは口腔内に発生するため、歯科医院での定期検診時に最初に診察される部位です。患者さんが「治らない口内炎がある」「舌に違和感がある」と訴えたときこそが、歯科医師の出番です。実際に、他の医療機関で見落とされた舌がんが、歯科医院での詳細な観察により初期段階で発見されるケースは珍しくありません。
歯科医院の強みは、頻繁に患者さんを診ることです。3~6ヶ月おきの定期検診を受けていれば、数週間単位での粘膜の変化も捉えやすくなります。患者さん自身でセルフチェックを行う際、舌の裏側や側面など見えにくい部分は気づきにくいものです。
一般常識では、口内炎は2週間程度で自然に治ると考えている患者さんも多いでしょう。しかし「2週間以上治らない口内炎」という症状が、舌がんの初期信号である可能性は十分にあります。この「なかなか治らない」という点を見落とさないことが、歯科医師の重要な役割なのです。
2020年に東京歯科大学口腔外科チームが発表した論文によれば、若年層(20~30代)の舌がん症例の実に90%近くで「原因となった歯」が特定できるとされています。これは従来の舌がん像(高齢者、喫煙者、飲酒習慣がある患者)とは全く異なる新しい傾向です。
舌癌患者の若年化は過去50年で10倍に急増しており、その背景にあるのが現代人特有の「狭く小さな歯並び」です。食生活の軟食化により、咀嚼が減少する傾向が続いています。すると歯列弓が狭くなり、歯並びが悪くなりやすいのです。
特に下顎の奥から2番目の歯(6番目の歯)が舌側に傾いているケースで、舌がんの発症が多く報告されています。見た目では目立たない部位だからこそ、患者さん自身も気づかない間に、慢性的な物理刺激が加わり続けることになります。この「終わりのない刺激」が、5~10年の長期にわたって舌の粘膜に影響を与えるのです。
舌がんが疑われるとき、歯科医院ではまず視診と触診を行います。通常の肉眼検査でも、「赤みを帯びている」「白っぽくなっている」「硬いしこりがある」といった変化は判定可能です。ただし初期段階では、その違いが微妙であるため、肉眼だけでは見落としやすいのが実情です。
そこで活躍するのが「口腔内蛍光観察装置(ベルスコープなど)」です。特殊な青い蛍光を口腔内に照射すると、正常な粘膜は黄緑色に発光し、異常な病変部は黒く観察されます。この原理により、肉眼では判別しにくい初期的な変化もはっきりと視認できるようになります。
導入している歯科医院は少数ですが、この機器の有用性は非常に高いものです。細胞診検査も重要で、疑わしい部位を綿棒でこすって細胞を採取し、顕微鏡で分析することで、より確実な診断が可能になります。
症状が2週間以上続いている場合は要注意です。歯科医院での検診で「念のため専門医に」という判断が下されたら、躊躇せず大学病院や口腔外科への紹介を受けることをお勧めします。
舌がんと口内炎は外見が似ているため、患者さんが混同することは多々あります。
ただし、いくつかの相違点があります。
舌がんは舌の側面や裏側に発生することがほとんどで、舌の先端や中央部分ではめったにできません。また、初期段階では「硬いしこり」が特徴的です。爪で押さえてみると、やや硬い感触があれば要注意です。口内炎は通常、柔らかく、押すと痛みが出やすい傾向があります。
粘膜の色調も判断材料になります。舌がんでは「赤い」「白い」「赤と白が混在している」といった色の変化がみられます。特に赤い斑点(紅板症)が現れた場合は、悪性化のリスクが白板症よりも高くなり、約50%の悪性化率が報告されています。
2週間以上治らないという経過が、最も重要な指標です。通常の口内炎であれば7~10日程度で改善する傾向にありますが、それ以上長引く場合は医療機関への相談が必須です。また、口臭の強化、話しづらさ、飲み込みづらさといった進行症状がみられたら、即座に専門医の診察を受けてください。
舌がんの予防において、歯科医師の役割は極めて重要です。まず患者さん側からできることは、定期的な歯科検診です。3~6ヶ月に1回の受診習慣により、粘膜の微妙な変化を見逃さない環境が整います。
歯科医院では、虫歯や歯周病の治療だけでなく、口腔粘膜全体の状態確認も日常診療に組み込むべきです。舌・歯ぐき・頬の内側・口腔底全般を系統的に観察することで、早期発見の確率が格段に向上します。
歯並びが舌を刺激している場合、矯正治療による改善も有効な予防法となります。特に若年層の患者さんに対しては、単に見た目の改善だけでなく、舌がんリスク軽減という重要な健康効果があることを伝えるべきです。
また、既に白板症や紅板症が認められている場合は、定期的な経過観察が必須です。白板症の悪性化率は5~10%程度ですが、10年経過すれば約30%までリスクが高まるとの報告があります。紅板症の場合はさらに警戒が必要で、その50%近くが既に悪性化している可能性があります。
患者教育も重要な要素です。セルフチェックの方法、危険信号となる症状、受診の目安などを患者さんに丁寧に説明することで、医療リテラシーの向上につながり、結果として早期発見が促進されます。
参考リンク:舌がんのスコープを用いた早期発見に関する詳細な診断法について、歯科医院での実践的な取り組みを解説した情報。
日本口腔外科学会チェアサイドで行う口腔がん検診(スクリーニング)
参考リンク:若年層に増える舌がん発症のメカニズムと、歯並びの関与について最新の医学的知見をまとめた記事。歯科医師として知っておくべき現代的な課題を網羅。
20年で倍増…増える若年層の「舌がん」現代人特有の狭い歯並び