付着歯肉幅の計算と正確な測定が歯周治療を左右する理由

付着歯肉幅の正確な計算方法から部位別の正常値、角化歯肉との違いまで歯科従事者が臨床で使える知識を詳解。プロービング値だけを見ていませんか?

付着歯肉幅の計算と正確な測定で変わる歯周治療の精度

付着歯肉幅が2mmあれば歯周組織の健康は維持できると思っている歯科衛生士ほど、プラークが残ったまま患者をメンテナンスに移行させています。


この記事のポイント
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付着歯肉幅の計算式

「角化歯肉の幅 − プロービング値 = 付着歯肉幅」が基本。プロービング値だけを単独で見ても付着歯肉幅は評価できない。

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正常値には大きな部位差がある

下顎小臼歯部は0.7mmと極めて狭く、上顎前歯部・大臼歯部では最大5.1mmに達する。部位ごとの基準値を知らないと過小評価・過大評価につながる。

⚠️
「2mm神話」には再考の余地がある

1972年のLang & Loeの研究が根拠だが、その後の研究ではプラークコントロールが良好なら2mm未満でも健康維持できるとの報告もある。臨床判断に幅をもたせることが重要。


付着歯肉幅の計算で歯科従事者が最初に理解すべき構造

付着歯肉とは、歯肉溝底部(ポケット底部)から歯肉歯槽粘膜境(MGJ:Mucogingival Junction)までの部分を指します。遊離歯肉とは異なり、下層の歯槽骨や骨膜に強固に付着していて動かない組織です。コラーゲン線維が豊富で、機械的刺激や細菌に対する抵抗力を担うバリアとして機能しています。


付着歯肉幅の計算は、以下の計算式で求めます。


$$\text{付着歯肉幅(mm)} = \text{角化歯肉の幅(mm)} - \text{プロービング値(mm)}$$


「角化歯肉の幅」は、歯肉辺縁(歯肉縁)から歯肉歯槽粘膜境までの距離です。対して「プロービング値」は、歯肉溝(または歯周ポケット)の深さです。この2つを測定することで、臨床的な付着歯肉の実際の幅を算出できます。


つまり計算式が原則です。


ここで注意が必要なのは、プロービング値が同じでも、角化歯肉の幅が違えば付着歯肉幅はまったく変わってくるという点です。たとえばプロービング値が同じ3mmでも、角化歯肉幅が5mmの部位と3.5mmの部位では、付着歯肉幅はそれぞれ2mmと0.5mmになります。プロービング値だけを診ていると、付着歯肉幅を正しく評価することができません。


また、この計算式は「付着歯肉」とセメントエナメル境(CEJ)が直接関係しないことも押さえておく必要があります。歯肉退縮が起きている場合は、付着レベル(CEJからの距離)と付着歯肉幅を混同しないように、別々の視点で総合的に判断することが求められます。




参考:付着歯肉幅の定義と計算方法の詳細(クインテッセンス出版 歯科臨床検査事典)
https://www.quint-j.co.jp/dictionaries/clinical_examination/18844


付着歯肉幅の計算に欠かせない部位別の正常値と見落としやすい差

付着歯肉幅の正常値は、部位によって大きく異なります。これが臨床現場での評価を難しくしている要因の一つです。クインテッセンス出版「歯科臨床検査事典」によれば、正常値は1.1mm〜5.1mmとされており、部位による差が非常に大きいことがわかります。


具体的な部位別の特徴をまとめると、以下のとおりです。


部位 付着歯肉幅の傾向 補足
上顎前歯部 広め(最大5.1mm程度) 骨の形態と歯根長が影響
上顎大臼歯 比較的広い 頬側で広い傾向
下顎前歯部(中切歯) 約2.9mm 比較的安定
下顎小臼歯部 ⚠️ 約0.7mmと極めて狭い 最も注意が必要な部位
下顎大臼歯部 約0.9mm 小臼歯部と同様に注意


下顎小臼歯部の0.7mmという値は、鉛筆の芯(直径約0.5〜0.7mm)とほぼ同じ細さです。これだけ薄いと、歯周ポケットが1mmでも深くなれば計算式上の付着歯肉幅がゼロ以下になってしまいます。


下顎小臼歯部は要注意です。


この部位差を無視して「付着歯肉幅が○mm以上あれば問題ない」と一律に判断すると、見落としが生じます。特に下顎臼歯部については、小さな変化でも臨床的意義が大きく変わるため、検査時には常に部位を意識した評価が必要です。


上顎で付着歯肉幅が広く、下顎で狭くなる傾向は、天然歯だけでなくインプラント周囲の角化組織にも同様のパターンが見られます。上顎インプラントで3.10±1.57mm、下顎では2.34±1.33mmという研究報告もあり、この解剖学的特性を念頭に置いた診査が不可欠です。




参考:部位別の付着歯肉幅と歯周健康の数値的根拠(WHITE CROSS Numbers #2)


付着歯肉幅の計算を正確にするMGJの確認方法と臨床的な落とし穴

付着歯肉幅を正確に計算するためには、歯肉歯槽粘膜境(MGJ)の位置を正確に把握することが前提です。ここを曖昧にすると、角化歯肉幅の測定値そのものがブレてしまいます。MGJが確認できない場合、計算式自体が意味をなしません。


MGJの確認方法として臨床でよく用いられるのは、大きく2つです。


  • 🔍 視診:付着歯肉は淡いピンク色(角化上皮)で不動性、歯槽粘膜は赤みが強く(非角化・血管が透けて見える)可動性がある。この色調の差を視認することでMGJの位置を確認する。
  • 🧪 染色法:ヨードチンキ(ルゴール液)を使い、グリコーゲンを豊富に含む非角化の歯槽粘膜は濃染(茶褐色〜黒)され、角化上皮の付着歯肉は染まらない性質を利用してMGJを明確にする。


視診だけでは判断が難しいケースも多く、炎症があると歯肉が発赤・腫脹して色調の差がわかりにくくなります。こういった場合はヨードチンキによる染色が有効です。これは使える方法ですね。


また、歯周プローブを使って歯槽粘膜を側方から押し上げることでMGJを確認する方法もあります(機能的動揺法)。口唇・頬粘膜を外側から牽引したときに、歯肉辺縁まで動く部分が歯槽粘膜であると判断できます。


MGJの位置は年齢・炎症・過去の治療歴(歯肉弁根尖側移動術など)によって変化することも知られています。過去に歯周外科を受けた部位では、MGJの位置が通常とは異なる場合があります。この点を見逃すと計算値に誤差が生じるため、患者の治療歴を問診で確認しておくことが欠かせません。




参考:MGJの確認方法と付着歯肉・歯槽粘膜の識別法(OralStudio 歯科辞書)
https://www.oralstudio.net/dictionary/detail/6506


「2mmあれば大丈夫」は危険な思い込み?付着歯肉幅計算と研究データの実態

歯科臨床では長年、「付着歯肉幅は最低でも2mm(角化歯肉幅として)必要」という考え方が浸透しています。この数値の根拠は、1972年にLangとLoeが発表した研究です。当時、付着歯肉幅が2mm未満の部位すべてに炎症症状が持続していたことから、「角化歯肉の幅は2mm必要」という概念が広まりました。


意外ですね。


しかし、その後の研究ではこの考え方に再考を促す結果が相次いで報告されています。Dorfmanら(1980年)の研究では、2mm以下の角化歯肉・1mm以下の付着歯肉を持つ92名を対象に、遊離歯肉移植術(FGG)を施した側と施さない側を比較しました。2年間の観察の結果、両群ともにアタッチメントロスは認められなかったのです。


さらにKennedyら(1985年)による6年間の追跡調査でも、十分な角化歯肉がなくても歯肉退縮や付着の喪失が進行しなかったと報告されています。


これらの研究から言えることは、「プラークコントロールが良好であれば、2mm未満でも長期的な健康維持は可能」ということです。つまり、付着歯肉幅の数値だけで治療方針を決定するのではなく、患者のプラークコントロールの質・セルフケアの意欲・進行性の歯肉退縮の有無を複合的に評価することが求められます。


一方で、プラークコントロールが困難な患者・ブラッシング時に痛みを訴える患者・インプラント治療を予定している患者には、積極的にFGGなどの歯周形成手術を検討する意義は十分あります。


以下が判断の目安です。


  • FGGを急ぐ必要が低いケース:付着歯肉幅が2mm未満でも、プラーク指数が良好で進行性退縮がない場合
  • ⚠️ FGGを積極的に検討すべきケース:ブラッシング時に痛みがある、プラークコントロールが難しい、インプラント埋入予定部位、補綴前処置として付着歯肉が不足している場合


結論は「あるに越したことはないが、なくても管理次第」です。




参考:LangとLoe研究の解説と現代臨床での再評価(WHITE CROSS)


付着歯肉幅の計算を補綴・インプラント前処置に活かすための独自視点

付着歯肉幅の計算は、歯周診査の文脈でのみ語られることが多いですが、実は補綴治療やインプラント治療前の計画立案においても非常に重要な評価指標になります。これはまだ広く共有されていない視点です。


補綴物のマージンを設定する際、付着歯肉幅が著しく狭い場合(目安として付着歯肉幅が1mm以下)は、歯冠修復物の装着によって付着歯肉を消失させるリスクがあります。実際に厚生労働省の歯科診療報酬点数表でも「付着歯肉の幅が著しく狭い場合」に歯肉弁根尖側移動術や口腔前庭拡張術の適応が認められており、補綴前処置として位置付けられています。


補綴前に確認が必要です。


インプラント治療においても同様です。インプラント周囲に十分な角化粘膜(=付着歯肉に相当)がないと、プラーク蓄積リスクが高まり、インプラント周囲炎への移行を招く可能性があります。現状で1mm幅の付着歯肉しかない部位にインプラントを埋入する場合は、少なくとも3mm程度に増やすことが推奨されているケースもあります。


インプラント周囲では天然歯と異なる生物学的幅径にも注意が必要です。天然歯の生物学的幅径が約2mmであるのに対し、インプラントでは約2.7mmとされており、この違いを無視してマージン設定やインプラント埋入深度を決めると、周囲組織に慢性的な炎症が生じるリスクがあります。


計算で見落とせないポイントを整理すると、次のようになります。


  • 🦷 補綴前の評価:付着歯肉幅が1mm以下の場合は、補綴物装着前に歯周形成手術を検討する。特にクラウンマージンを歯肉縁下に設定する場合は、付着歯肉幅の評価が不可欠。
  • 🔩 インプラント前の評価:インプラント埋入予定部位の付着歯肉幅を術前に計算し、FGGの必要性を判断する。目安は付着歯肉幅を3mm以上確保すること。
  • 📊 長期経過観察:補綴後・インプラント後も定期的に付着歯肉幅を計算・記録し、退縮の進行がないかを追跡することが予防的管理の要になる。


さらに、付着歯肉幅の計算値を電子カルテや歯周組織検査シートに記録する際は、角化歯肉幅・プロービング値・MGJの位置を一括して記録する習慣をつけることで、経時的な変化が一目でわかるようになります。これが数年後の治療判断に大きく役立ちます。


記録の習慣が条件です。


患者への説明資料として視覚的なチャートを活用することも有用です。「歯肉の硬い部分がどれくらいあるか」を模式図で示すことで、患者本人がケアの重要性を理解しやすくなり、プラークコントロールへの動機付けにもつながります。




参考:歯周治療ガイドライン2022(日本歯周病学会)― 付着歯肉幅と歯周形成手術の関係
https://www.perio.jp/publication/upload_file/guideline_perio_2022.pdf