歯周病安定期治療を開始後に算定すると点数が半額になります
歯肉弁根尖側移動術は、J063歯周外科手術の6のイに該当し、1歯につき770点で算定可能な保険適用の術式です。この手術は付着歯肉の幅が狭く付着歯肉の幅の増加を目的として行った場合、または歯周病で深いポケットが歯肉歯槽粘膜境を超えて存在しその歯周ポケットの除去を目的として行った場合に算定できます。
保険請求における注意点として、歯周病治療を目的としない場合は所定点数の100%である770点を算定できますが、歯周病治療を目的とする場合は歯周精密検査の実施が前提となります。この精密検査の有無が、審査で問題になるケースが多いため注意が必要です。
また、歯周病安定期治療(SPT)を開始した日以降に歯肉弁根尖側移動術を実施した場合は、所定点数の100分の50に相当する点数、つまり385点での算定となります。これは多くの歯科医療従事者が見落としがちな減額ルールです。
例えば、3割負担の患者さんの場合、770点なら窓口負担は約2,310円ですが、SPT開始後の385点だと約1,155円になります。
つまり半額です。
患者負担が軽減されるという意味ではメリットですが、医院経営の観点からは収益が大きく変わるため、治療計画の段階でSPTと歯周外科手術のタイミングを戦略的に考える必要があります。レセプト請求時には摘要欄に「歯周病安定期治療開始後」という記載を忘れずに行い、適正な点数での算定を心がけてください。
歯周外科手術の詳細な算定ルールについては、しろぼんねっとの診療報酬点数表で確認できます
歯肉弁根尖側移動術の適応症例は大きく分けて二つあります。一つ目は付着歯肉の幅が狭く、プラークコントロールが困難な場合や補綴物を装着するために付着歯肉の幅を増加させる必要がある場合です。二つ目は歯周ポケットが歯肉歯槽粘膜境を超えて5~6mm程度の中等度歯周炎が存在し、そのポケットの除去を目的とする場合です。
病名選択は保険算定において非常に重要です。歯周病を目的としない場合、P病名ではなく「付着歯肉狭小」という病名を使用します。この病名であれば、歯周精密検査を実施しなくても算定可能です。
実際の臨床現場では、歯肉縁下カリエスに対して歯冠延長術を行いたいケースがあります。しかし歯冠延長術そのものは保険算定できません。このような場合、術式は似ているため歯肉弁根尖側移動術として算定することが可能です。ただし適応を満たしていることが条件となります。
例えば、前歯部の補綴治療前に歯肉縁下まで虫歯が進行しているケースでは、歯肉弁根尖側移動術により歯冠長を延長し、適切なマージンを確保できます。この場合の病名は「付着歯肉狭小」または「歯肉縁下齲蝕」などを使用します。
具体的な適応基準として、付着歯肉の幅が2mm以下の場合は要注意です。イメージとしては、小指の爪の幅の半分以下といったところです。
歯周病が原因の場合は「慢性歯周炎」などのP病名を使用しますが、この場合は必ず歯周精密検査の実施が必要になります。検査結果で4mm以上の歯周ポケットと出血が確認できることが算定の条件です。病名と検査結果、手術の目的が一致していないと返戻の対象になりますので、カルテ記載と診療録の整合性を常に確認してください。
歯肉弁根尖側移動術とフラップ手術は、どちらも歯肉を切開剥離する点では似ていますが、目的と術式に明確な違いがあります。フラップ手術(歯肉剥離掻爬術)は歯根面に付着した歯石や不良肉芽組織を除去することが主目的で、歯肉を剥離した後は元の位置に戻して縫合します。
一方、歯肉弁根尖側移動術は歯肉弁を根尖側(歯の根っこの方向)に移動させて固定することで、付着歯肉の幅を増やしたり歯周ポケットを物理的に除去したりすることが目的です。
つまり歯肉の位置そのものを変えるのです。
臨床現場では、フラップ手術と歯肉弁根尖側移動術を同じ部位に併用することがあります。例えば、深い歯周ポケットが存在し、かつ付着歯肉が狭小な場合、フラップ手術で歯石除去と不良肉芽の掻爬を行った後、歯肉弁を根尖側に移動して縫合する手技を組み合わせます。
保険算定上は、このような併用ケースでは両方の手術を別々に算定することはできません。歯肉弁根尖側移動術の中にフラップ手術の要素が含まれていると解釈されるためです。算定は歯肉弁根尖側移動術として770点のみとなります。
具体的な手術の流れとしては、まず歯肉に切開を入れて粘膜骨膜弁を剥離し、歯石や感染組織を徹底的に除去します。その後、歯肉弁を根尖側に位置づけて骨膜に縫合固定します。この時、歯冠側に露出した骨面は二次治癒に任せるか、場合によっては歯肉移植を併用することもあります。
術後は約1~2週間で抜糸となりますが、完全な治癒には1~2ヶ月程度かかります。はがきの長辺(約15cm)ほどの範囲を一度に手術する場合もありますが、通常は片顎ずつ、あるいは7歯以内で区切って実施します。術後の痛みや腫れを最小限にするため、侵襲範囲の計画は患者さんの状態を見て慎重に判断してください。
歯肉弁根尖側移動術とフラップ手術の術式の違いについては、学建書院の資料で詳しく解説されています
歯肉弁根尖側移動術のレセプト請求時には、摘要欄への記載が査定回避の重要なポイントになります。摘要欄には手術の術式を明記する必要があり、「歯肉弁根尖側移動術(APF)」または略称で「APF」と記載します。さらに実施した歯の部位を明確にするため、「21に対し実施」のように歯式を記入してください。
歯周病安定期治療開始後に実施した場合は、「SPT開始後に実施」または「歯周病安定期治療開始後」といった文言を必ず追加します。これがないと、50%減算が適用されず、満額の770点で請求してしまい、後日返戻される可能性が高くなります。返戻されると再請求の手間がかかり、入金も遅れます。
歯周病を目的としない場合、例えば付着歯肉狭小や歯肉縁下齲蝕に対する処置の場合は、「付着歯肉の幅の増加を目的として実施」「歯冠長延長を目的として実施」など、手術の目的を簡潔に記載すると審査がスムーズです。
実際の記載例を挙げると次のようになります。「21 歯肉弁根尖側移動術 付着歯肉狭小に対し、付着歯肉の幅の増加を目的として実施」、あるいは「11~21 歯肉弁根尖側移動術 慢性歯周炎に対し、歯周ポケット除去を目的として実施。
SPT開始後50%算定」といった形です。
また、診療録にも手術記録を詳細に残すことが重要です。術前の歯周ポケット深さ、付着歯肉の幅、手術の術式、使用した器具、縫合糸の種類、術後の経過観察内容などを記録しておくことで、万が一個別指導や監査の対象になった場合でも、適切な治療であったことを説明できます。
レセプトコンピュータのコメント欄には文字数制限がありますが、最低限「術式名」「実施部位」「目的」「SPT後の場合はその旨」を盛り込むようにしてください。略語を使う場合も、APFのように一般的に通用する略称を使用しましょう。カルテとレセプトの記載内容に齟齬がないよう、ダブルチェック体制を整えることで請求ミスを防げます。
歯肉弁根尖側移動術の算定でよくある失敗例を知っておくと、返戻や査定を避けられます。最も多いのが、歯周精密検査を実施せずにP病名で算定してしまうケースです。慢性歯周炎などのP病名を使用する場合、歯周外科手術前には必ず歯周精密検査を実施し、4mm以上の歯周ポケットと出血が記録されている必要があります。
次に多いのが、歯周病安定期治療開始後の50%減算を適用し忘れるミスです。SPTは一度開始すると、その後の歯周外科手術はすべて385点での算定になります。これを知らずに770点で請求すると、差額の385点分が返戻されます。3割負担の患者さんでも医院側の収入は約1,155円減るため、年間で複数症例があれば大きな損失につながります。
また、歯肉弁根尖側移動術と歯冠延長術を混同するケースも要注意です。歯冠延長術は保険収載されていないため、その名称で請求することはできません。実際には歯肉弁根尖側移動術として算定しますが、適応条件を満たしていることが前提です。適応がない状態で算定すると、不正請求と見なされるリスクがあります。
さらに、同一部位に複数の歯肉歯槽粘膜形成手術を同日に実施した場合、算定は主たる手術のみとなる点も見落としがちです。例えば、同じ部位に歯肉弁根尖側移動術と遊離歯肉移植術を併用した場合、点数の高い方のみを算定します。
両方を算定すると過剰請求になります。
個別指導でよく指摘される事項としては、根管充填材が根尖孔外へ著しく溢出している症例での算定や、埋伏歯抜歯時に隣接歯に対して不必要に歯肉歯槽粘膜形成手術を算定しているケースがあります。これらは医学的必要性が疑われるため、カルテに明確な理由と所見を記載しておくことが防衛策になります。
患者説明と同意取得も忘れてはいけません。外科手術である以上、術式の内容、リスク、術後の注意事項、費用などを事前に説明し、同意を得ておく必要があります。同意書を取得し、カルテに「説明同意済み」と記録しておくことで、トラブルを未然に防げます。
レセプト請求の際は、電子カルテやレセコンの入力ミスにも注意してください。歯式の入力間違い、点数の桁間違い、コメントの入力漏れなど、単純なミスが査定につながることもあります。請求前に必ず複数人でチェックする体制を作り、ミスを最小限に抑える工夫が大切です。
歯肉歯槽粘膜形成手術の病名と算定要件については、兵庫保険医新聞の解説記事が参考になります