インレーとアンレーを混同すると診療報酬で返戻されます。
アンレーは歯科カルテにおいて「On」という略号で表記される補綴物です。この記号は「Onlay」の頭文字を取ったものであり、インレー(In)よりも広範囲の歯質欠損を補う修復物を指します。
アンレーとインレーの最も重要な区別基準は、咬頭(こうとう)の被覆状況にあります。咬頭とは歯の噛む面にある山のような突起部分のことで、1本以上の咬頭を含めて修復する場合にアンレーと判断されます。これは単なる形態的な違いではなく、診療報酬請求における算定区分にも影響する重要な分類です。
臨床現場では、う蝕(虫歯)が咬頭部分に及んでいるケース、既存の咬頭が薄くなり破折リスクが高いケース、歯の側壁が広範囲に失われているケースなどでアンレーが選択されます。インレーでは歯冠の窩洞(くぼみ)のみを充填しますが、アンレーは咬合面全体または一部の咬頭を覆う形態となるため、より強度と安定性が求められるのです。
つまり咬頭被覆が判断の鍵です。
歯式記載においては、治療を完了した歯の番号の外側に「On」と記入します。例えば右上第一大臼歯(右上6番)にアンレーを装着した場合、カルテ上では患者と対面した状態を想定して左右反転で記載するため、術者から見た左上の位置に「6 On」のように記録されます。この左右反転ルールは歯科カルテの基本原則であり、レントゲン写真の配置とも一致するため、視覚的な確認がしやすくなっています。
材質による記載の違いも存在します。保険診療では金属製アンレーが一般的ですが、審美性を重視する自費診療ではセラミックやハイブリッドレジンを使用することもあります。カルテには材質を併記する場合もあり、「On(CAD/CAM)」「On(e-max)」などと詳細を記録することで、後日の治療計画や患者説明に役立てることができます。
カルテの正確性は診療の継続性に直結します。特にアンレーは中等度から重度の歯質欠損に対応する治療法であり、将来的に二次う蝕や補綴物の脱落が生じた際、過去の治療履歴が正確に記録されていることで適切な再治療方針を立てられるのです。
咬頭被覆の有無が両者を分ける決定的な要素となります。歯科補綴学において、インレーは窩洞内部のみを充填する詰め物であるのに対し、アンレーは1つ以上の咬頭頂を含む形態で歯冠を部分的に被覆する修復物と定義されています。
具体的な判断基準として、日本歯科保存学会のガイドラインでは「咬頭の頂点を覆う範囲が修復物に含まれる場合」にアンレーと分類することが推奨されています。大臼歯には通常4〜5個の咬頭が存在しますが、このうち1個でも被覆する設計であればアンレーに該当します。例えば下顎第一大臼歯で遠心頬側咬頭のみを被覆する場合でも、技工指示書や診療録にはアンレーとして記載する必要があります。
咬頭被覆が必要と判断される臨床状況にはいくつかのパターンがあります。第一に、う蝕が咬頭斜面の広範囲に及び、残存歯質の厚みが薄くなっているケースです。エナメル質の厚みが1mm未満になると破折リスクが高まるため、予防的に咬頭を含めた修復を行います。第二に、非作業側での咬合干渉が予想される場合です。側方運動時の早期接触を回避するため、咬頭形態を修復物で再現する必要性が生じます。
これは破折予防が狙いです。
インレーとアンレーの境界線上にある形態として「3/4冠」や「4/5冠」があります。これらは部分被覆冠と呼ばれ、歯冠の一部分だけを覆う設計です。例えば3/4冠は唇側面(前方の見える面)を残して他の3面を金属で被覆するもので、審美性と強度の両立を図ります。歯式記載では「3/4CK」などと表記されますが、咬合面を含む形態であるため広義のアンレーに分類されることもあります。
形成時の切削量も判断材料となります。インレー形成では窩洞の深さが象牙質内に留まることが多いですが、アンレー形成では咬頭を削合するため切削量が増加します。特に失活歯(神経を取った歯)では歯質が脆弱になるため、咬合力による破折を防ぐ目的でアンレーまたは全部被覆冠(クラウン)が選択されます。日本接着歯学会の2022年度セミナーQ&Aでは、「咬合力が強くかかる大臼歯の失活歯に対してはクラウンまたは咬頭被覆のアンレーが望ましい」との見解が示されています。
日本接着歯学会2022年度学術セミナーQ&A(失活歯の修復に関する推奨事項が記載)
歯科技工所への依頼時にも明確な指示が必要です。技工指示書には「インレー」「アンレー」「3/4冠」など具体的な形態名を記入し、被覆する咬頭の位置を図示することで、術者の意図通りの補綴物が製作されます。特にCAD/CAMシステムを使用する場合、デジタルスキャンデータに修復範囲を正確に反映させることが求められます。
歯科カルテの歯式記載は、患者と対面した状態を前提として左右が反転します。これは術者の視点ではなく患者の口腔内を直感的に記録するための国際的な慣習です。つまり、カルテ用紙やデジタル記録の右側には患者の左側の歯が記載され、左側には患者の右側の歯が記録されることになります。
この左右反転ルールの理由は、レントゲン写真との整合性にあります。歯科用パノラマX線写真やデンタルX線写真も同様に左右反転で表示されるため、カルテ上の歯式とX線画像を並べて確認する際に視覚的な混乱を防げます。例えば右上6番のアンレーを確認する場合、カルテ上では左上の位置に記載された「6 On」と、X線写真の左上に写る該当歯が一致するため、瞬時に対応関係を把握できるのです。
記録ミスは治療ミスに繋がります。
歯式の表記方式には複数の国際標準が存在し、日本国内でも併用されています。最も一般的なのは「Zsigmondy & Palmer方式」で、上下左右を十字の線で区切り、各象限に1〜8の番号を振る方法です。この方式では右上6番を「6┐」、左下3番を「└3」のように表記します。視覚的にわかりやすい反面、デジタル入力では特殊記号の入力が必要となります。
国際歯科連盟が推奨する「FDI方式(Two-digit system)」では、2桁の数字で歯を特定します。1桁目が象限(右上1、左上2、左下3、右下4)、2桁目が歯の番号を示し、例えば右上6番は「16」、左下3番は「33」と表記されます。この方式はデジタルカルテシステムでの入力が容易であり、国際的な症例報告やデータベース化に適しています。アンレーを装着した右上6番は「16 On」と記載されます。
アメリカで使用される「Universal方式」は、右上8番から時計回りに1〜32の通し番号を付ける方法です。右上6番は「3番」、左下3番は「22番」となり、シンプルな番号体系が特徴です。ただし日本国内での使用頻度は低く、海外論文を読む際や国際学会での症例発表時に知識として必要とされる程度です。
乳歯の歯式記載では、永久歯の番号の代わりにアルファベットA〜Eを使用します。中央の乳中切歯をAとし、奥に向かってB、C、D、Eと続きます。混合歯列期(乳歯と永久歯が混在する時期)のカルテでは、例えば「右上E On」「右上6 萌出中」のように乳歯と永久歯の状態を併記することで、成長段階に応じた治療計画を記録します。
歯科医院によってはオリジナルの記載ルールを設けている場合もあります。例えば補綴物の材質を色分けする、セット日を併記する、保証期間を記入するなどです。ただし基本的な歯式表記と左右反転原則は普遍的なルールであり、転職や医院間での情報共有においても共通言語として機能します。新人歯科衛生士や歯科助手が最初に習得すべき知識として、カルテ記載の正確性が強調されるのはこのためです。
保険診療におけるアンレーの算定は、インレーとは異なる点数体系となっています。2024年(令和6年)6月改定の歯科診療報酬点数表では、金属歯冠修復の項目内で「インレー」と「アンレー・3/4冠・4/5冠」が明確に区別されており、形成や印象採得、装着の各段階で算定する点数が異なります。
具体的には、「M009 う蝕歯インレー修復形成」と「M010 金属歯冠修復」の項目があり、アンレーは後者に分類されます。大臼歯のアンレー形成では「M010 金属歯冠修復 2 アンレー」として算定し、複雑なケースではさらに点数が加算されます。この区分を誤ってインレーとして請求すると、審査機関から返戻(返送)や減点査定を受ける可能性があります。
特に注意が必要なのは、形成時の判断と請求内容の一致です。治療開始時にインレーを予定していても、形成過程で咬頭被覆が必要と判断してアンレーに変更した場合、カルテの主訴欄や経過記録に変更理由を明記する必要があります。「咬頭菲薄のためアンレー形成に変更」「破折予防目的で咬頭被覆」などの記載があれば、審査時の説明根拠となります。
返戻を防ぐには記録が鍵です。
摘要欄への記載も重要です。レセプト電算処理システムでは、摘要欄に治療内容の詳細を記入することが推奨されており、「右上6アンレー形成 咬頭被覆範囲:遠心頬側咬頭」のように具体的な情報を残します。特に複数歯にわたる連結アンレーやブリッジの支台歯としてアンレーを使用する場合、歯式と部位を正確に記載しないと、技術料や材料料の算定根拠が不明確になります。
CAD/CAM冠の保険適用拡大により、2024年からはアンレー形態のCAD/CAM冠も一部の歯種で認められています。ただし適用条件として、対合歯の状態や咬合力の評価が必要であり、カルテには「CAD/CAMアンレー適用理由」を記載することが求められます。金属アレルギーの既往がある患者では、その旨をカルテと摘要欄に明記することで、セラミックやレジン系材料の選択根拠を示せます。
エンドクラウンとCAD/CAM冠の保険適用情報(2024年改定内容を含む詳細解説)
算定ミスの典型例として、インレー除去後にアンレーで修復した際、除去料を算定し忘れるケースがあります。2024年6月改定から、金属インレーを除去した場合に「除去(簡単なもの)20点」が算定可能となりました。これは形成料とは別に請求できる項目であり、カルテに「金属インレー除去」と明記することで算定根拠を残します。アンレー除去の場合は形成手技に含まれるため別途算定できませんが、この区別を理解しておく必要があります。
歯式間違いによるトラブルも散見されます。義歯の歯式間違いで点数が変わらない軽微なケースでは、摘要欄に訂正内容を記載することで取り下げを回避できることもありますが、アンレーとインレーの区別間違いは点数が異なるため、原則として請求の取り下げと再請求が必要です。レセプト提出前の院内チェック体制として、歯科医師による最終確認、カルテ記載と技工指示書の照合、X線写真との整合性確認などを実施することで、請求ミスを未然に防げます。
アンレー形成の深度は、残存歯質の量と咬合力への耐性を考慮して決定されます。教科書的な基準として、咬合面の削除量は1.5〜2.0mm、軸面(側面)の削除量は1.0〜1.5mmが推奨されています。これは補綴物に十分な厚みを確保し、咬合時の破折を防ぐためです。
形成深度の判断基準として、象牙質の色調変化が重要な指標となります。健全な象牙質は淡黄色を呈しますが、う蝕罹患象牙質は褐色や黒褐色に変色しています。う蝕検知液を使用して感染部分を染色し、完全に除去した後の窩洞形態からアンレーの必要性を判断します。特に深部う蝕では歯髄に近接するため、間接覆髄や直接覆髄の処置を行い、カルテには「深部う蝕 IPC施行後アンレー形成」のように記載します。
深度記録が再治療の鍵です。
咬頭被覆の範囲は歯種によって異なります。上顎第一大臼歯では、近心頬側咬頭、遠心頬側咬頭、近心口蓋咬頭、遠心口蓋咬頭の4つの咬頭が存在し、このうちどの咬頭を被覆するかを技工指示書に明記します。「MB(近心頬側)、DB(遠心頬側)被覆」のように略号を用いることで、技工士が正確な形態を再現できます。下顎大臼歯では5咬頭(近心頬側、遠心頬側、遠心、近心舌側、遠心舌側)があり、より複雑な形態設計が求められます。
形成マージン(補綴物と歯質の境界線)の位置設定も記録に値します。歯肉縁上マージンは清掃性に優れ二次う蝕のリスクが低い反面、審美性に劣ります。歯肉縁下マージンは審美的ですが、印象採得の難度が上がり、歯肉の炎症を引き起こすリスクもあります。カルテには「マージン位置:歯肉縁上1mm」のように記録することで、メンテナンス時の参考情報となります。
形成後の印象採得方法もカルテに残すべき情報です。シリコーン印象材を用いた二段階印象法が一般的ですが、口腔内スキャナー(IOS)によるデジタル印象も普及しています。デジタル印象の場合、スキャンデータのファイル名や保存場所をカルテに記載しておくと、再製作時のデータ参照が容易になります。特にCAD/CAMアンレーでは、スキャンデータが技工所との唯一の情報伝達手段となるため、データ管理の正確性が治療品質に直結します。
支台築造の有無も重要な記録項目です。失活歯でアンレーを選択する際、歯質欠損が大きい場合は事前に支台築造(コアの築造)を行います。レジンコアやファイバーコアなどの材料名と築造範囲をカルテに記載し、「レジンコア築造後アンレー形成」のように一連の処置を明記します。これにより、将来的に再治療が必要となった際、既存の築造体の状態を把握しやすくなります。
仮封材の選択と期間も記録します。アンレー装着までの期間は通常1〜2週間であり、その間は仮封材で窩洞を保護します。酸化亜鉛ユージノールセメント(IRM)やグラスアイオノマーセメントなどが使用され、カルテには「IRM仮封 次回Set予定」と記入します。仮封期間が長期化すると仮封材の脱落や二次う蝕のリスクが高まるため、患者の来院予定とともに管理します。
装着時のセメント選択も記録事項です。グラスアイオノマーセメント、リン酸亜鉛セメント、レジン系セメントなど、使用するセメントの種類をカルテに明記します。特にレジン系セメントは接着強度が高い反面、手技が繊細であり、「レジンセメント接着 防湿・エッチング処理実施」のように詳細な記録が望ましいです。これはトラブル発生時の原因究明や、他院への紹介時の情報提供に役立ちます。
Please continue.

補綴臨床 インレー・アンレー・ラミネートベニアに最適な超高透光性ジルコニアの開発と特徴 2022年5月号 55巻3号[雑誌]