腫瘍径が1cmのがんでも、深さ次第でいきなりステージIIに上がります。
歯科情報
TNM分類は「T:原発腫瘍の大きさ・進展」「N:リンパ節転移」「M:遠隔転移」の3要素でがんの進行度を評価する国際共通基準です。UICC(国際対がん連合)とAJCC(米国がん合同委員会)が共同で策定しており、数年ごとに改訂が重ねられています。
AJCC第8版(UICC第8版)は2016年12月に改訂が公表され、2017年から施行されました。第7版からの改訂は決して小さな修正ではありません。口腔癌に関していえば、T分類の評価方法が根本から変わっています。
以前のT分類は「腫瘍の最大径が2cm以下ならT1」「2cmを超えて4cm以下ならT2」というように、腫瘍径だけで分類を決めていました。ところが第8版では、腫瘍径に加えてDOI(depth of invasion:深達度)という概念が新たにT分類に組み込まれたのです。
深達度は「腫瘍の表面から底部までの距離」ではなく、「仮想的な正常粘膜の基底膜部から腫瘍の最深部までの距離」と定義されています。この定義が臨床上の計測を難しくしている一因でもあります。
3,149名の口腔癌症例を分析した11施設共同研究のデータが改訂の根拠となっており、DOIが予後と強く相関することが証明されています。この事実こそが第8版改訂の科学的根拠です。
| 版 | T分類の決め手 | N分類の変更 |
|---|---|---|
| AJCC第7版 | 腫瘍の最大径のみ | 転移の大きさ・個数・側性 |
| AJCC第8版 | 腫瘍の最大径+DOI(深達度) | 節外浸潤(ENE)の有無を追加 |
改訂前後でこれだけの差があります。口腔外科が専門でない歯科医師・歯科衛生士にとっても、ステージングの基準変更を知っておくことは患者への説明精度に直結します。
参考:日本癌治療学会 がん診療ガイドライン(口腔癌)
http://www.jsco-cpg.jp/oral-cavity-cancer/guideline/
第8版のT分類を正確に理解するには、腫瘍径とDOIの「組み合わせ」で分類が決まることを把握する必要があります。結論は「どちらか大きい方の基準が適用される」です。
境界値は5mmと10mmの2段階。5mmはおよそ鉛筆の芯の直径ほど、10mmは小指の爪幅くらいと覚えると実感しやすいです。
| 腫瘍最大径 ↓ / DOI → | 5mm以下 | 5mm超〜10mm以下 | 10mm超 |
|---|---|---|---|
| 2cm以下 | T1 | T2 | T2 |
| 2cm超〜4cm以下 | T2 | T2 | T3 |
| 4cm超 | T3 | T3 | T4a(+骨浸潤等) |
たとえば「最大径1.5cm、DOI 6mm」という症例を見てみましょう。腫瘍径だけなら第7版ではT1でしたが、第8版ではDOIが5mmを超えているためT2に分類されます。
これは「腫瘍径が変わっていないのにステージが上がる」という現象です。患者に治療方針を説明する際、突然ステージが上がったように感じさせてしまうリスクがあります。
東京医科歯科大学が427例の舌癌を分析した研究では、第7版から第8版への変更でアップステージになったのが約10%(43例)、ダウンステージになったのは約2%(9例)でした。アップステージが圧倒的に多い点は覚えておく価値があります。
また、T4aについても変更があります。第7版では「外舌筋への浸潤」がT4a相当でしたが、第8版では外舌筋浸潤の項目が除外されました。外舌筋は比較的表層に位置するため、予後との相関が薄かったためです。第8版のT4aは「下顎または上顎洞の骨皮質を貫通する腫瘍、または顔面皮膚に浸潤する腫瘍」と再定義されています。これが原則です。
参考:頭頸部癌45(1):舌癌における新T分類(UICC第8版)に導入された深達度(DOI)評価
第8版でN分類に加わった最大の変更点が「節外浸潤(Extranodal Extension:ENE)」の追加です。
節外浸潤とは、転移したリンパ節から癌細胞がリンパ節の被膜を破って外部へはみ出している状態を指します。この状態は再発リスクや予後と強く結びついています。
第7版のN分類はリンパ節の大きさと個数・側性だけで決まっていました。第8版では節外浸潤の有無が分類に直接反映されています。
臨床的ENEが確認された瞬間にN3bとなります。これは厳しいところですね。
N3bはそのままステージIVB以上を意味するため、術後補助療法の適応判断において非常に重要な意味を持ちます。「節外浸潤なし」と「節外浸潤あり」では治療戦略がまるで変わると理解してください。
臨床的なENEの確認方法としては、触診での皮膚固定感や神経浸潤症状(しびれなど)の有無、CTやMRI画像でのリンパ節被膜外への腫瘤様突出の確認が主体となります。ENEが疑われる場合は、より積極的な術後化学放射線療法の適応となります。
口腔癌診療において日常の触診・視診とその記録は、ENEの臨床判断に直結しています。早期発見時の丁寧な所見記録が後の治療方針を大きく変える可能性があります。
T・N・M分類が決まると、それらの組み合わせで病期(ステージ)が決まります。口腔癌のステージ分類は0〜IVCに分けられます。
| ステージ | 組み合わせ | 概要 |
|---|---|---|
| ステージ 0 | Tis、N0、M0 | 上皮内癌(基底膜を超えない) |
| ステージ I | T1、N0、M0 | 小径かつ深達度5mm以下、転移なし |
| ステージ II | T2、N0、M0 | やや大きいか深い、転移なし |
| ステージ III | T3またはN1(M0) | 進行または同側単発リンパ節転移 |
| ステージ IVA | T4aまたはN2(M0) | 骨浸潤または多発・両側転移 |
| ステージ IVB | T4bまたはN3(M0) | 頭蓋底浸潤またはENEあり転移 |
| ステージ IVC | M1(任意のT・N) | 遠隔転移あり |
5年生存率についても整理しておきましょう。口腔がん全体ではステージIで90%以上、ステージIIで約70%、ステージIIIで約60%、ステージIVで約40%とされています。舌癌単独の国内データでは、T1分類で96.7%(第8版)、T3分類で78.8%(第8版)という報告があります。
ステージが1段階上がることで、5年生存率は10〜20%ほど変わります。これがDOI計測の重要性と直結します。小径でも深いがんを「T1」と誤分類し、頸部郭清をスキップしてしまえば後発頸部転移のリスクが高まります。
DOI10mmを超える症例(T3以上)では、N0であっても予防的頸部郭清の適応が検討されます。逆に言えば、DOIが5mm未満に収まるような非常に浅い早期病変は、リンパ節転移リスクが相対的に低く、慎重なフォローアップで経過観察できる可能性があります。
早期癌を早期に拾い上げるためには、口腔癌スクリーニングの習慣化が有効です。VELscope(蛍光観察装置)などの口腔粘膜可視化ツールを補助的に用いることで、肉眼だけでは見落としやすい病変の発見率が向上します。
参考:愛知県がんセンター 口腔がん 病期分類解説
https://cancer-c.pref.aichi.jp/about/type/oral/
第8版のT分類において核心となるDOI計測には、臨床現場でいくつかの重要な注意点があります。
まず「腫瘍の厚さ(Tumor Thickness)」と「深達度(DOI)」は異なる概念である点を押さえましょう。厚さは腫瘍の表面から底部までを単純に測定するものです。一方DOIは、仮想的に正常粘膜の基底膜部を基準面として設定し、そこから腫瘍の最深部までの距離を測定します。外向性(盛り上がる)腫瘍では厚さよりDOIが小さくなることがあり、これが混乱のもとになります。
臨床的DOI(術前計測)と病理組織学的DOI(摘出標本の計測)にも乖離が生じることが知られています。東京医科歯科大学の研究では、病理組織標本作製の過程で平均6.8%の収縮が生じることが報告されており、これを補正する計算式も提示されています。つまり、術前画像でのDOI計測値は標本の値と完全一致はしないということです。
術前のDOI計測方法としては、超音波(US)とMRIが主に用いられます。同研究では生検前MRIが病理学的DOIに最も近似していたと報告されており(相関係数0.982)、生検後のMRIでは炎症反応の影響でDOI評価精度が下がることが示されています。USは簡便で再現性があり有用ですが、計測可能範囲がおよそ15mm以内に限られます。
これは使えそうです。生検前にMRIを取るという流れを意識しておくだけで、ステージングの精度が変わってきます。
歯科医師や歯科衛生士が口腔癌を発見して専門機関に紹介する際、「画像撮影のタイミングとして生検前のMRIが望ましい」という情報を添えると、受け取る専門医にとっても有益な情報になります。また、触診で硬結範囲を詳しく記録しておくことが、臨床的DOI推定の補助的情報として役立ちます。
参考:日本口腔腫瘍学会 TNM分類(第8版)訂正についての資料
https://jsoo.org/wordpress/wp-content/uploads/96104b684c3fa034b200a38b4128f7c5.pdf
口腔癌の中で最も頻度が高いのは舌癌(全体の59.2%)で、次いで歯肉癌(17.5%)、口底癌(9.6%)、頬粘膜癌(7.1%)と続きます。舌側縁、口底、歯肉という「いつも見ている部位」に発生頻度が集中しているのは、歯科従事者にとって重要な意味を持ちます。
口腔癌は一般歯科診療で発見される確率が高いとされています。義歯調整や定期検診の際に舌・口底・頬粘膜を診察することが多く、患者が主訴として口腔内の異変を最初に相談する相手は歯科医師である場合がよくあります。
早期症状として注意したい所見は以下の通りです。
AJCC第8版での最大のポイントは、DOIが5mmを超えた時点でT1からT2に変わるという点にあります。触診で盛り上がりの乏しい「平坦型・内向型」の腫瘍はDOIが大きくなりやすく、見た目の大きさよりも進行度が高いケースが存在します。発育様式が内向型の腫瘍こそ、DOI超過によるアップステージが起きやすいということです。
気になる粘膜病変を専門機関に紹介する際には、「初診時の所見写真(カラーアトラス)」「硬結の触診所見(硬さ・範囲)」「病変の持続期間」をまとめて伝えると、紹介先での迅速なステージング評価に役立ちます。生検前のMRI撮影が望ましい旨を情報として添えることも有効です。
口腔癌の5年生存率はステージIとIVで約50%もの差があります。発見する場面に最もいる可能性が高い歯科従事者の「気づき」が、患者のステージを左右します。AJCC第8版のステージング基準を理解することは、診断精度そのものに直結します。
参考:歯科衛生士向け口腔がん情報(日本歯科衛生士会)
https://www.jdha.or.jp/topics/health/c/153/