下顎骨壊死の治療とステージ別対応の最新指針

下顎骨壊死(MRONJ)はなぜ起こり、どのステージにどの治療を選ぶべきか?保存的治療と外科的治療の寛解率の差や、休薬不要というPP2023の新指針まで、歯科従事者が知っておくべき最新情報を解説します。

下顎骨壊死の治療をステージ別に理解する最新ガイド

抜歯前に骨吸収抑制薬を休薬しても、MRONJの発症率はほとんど変わりません。


🦷 この記事の3ポイント
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ステージで治療方針が変わる

MRONJはステージ1〜3で対応が異なり、ステージ2以降は外科的治療が優先されます。保存的治療の寛解率は36.7%、外科的治療では83.7%と大きな差があります。

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休薬は原則不要(PP2023)

ポジションペーパー2023では「抜歯時にBP製剤・デノスマブを原則休薬しない」と明記。休薬の有用性を示す質の高いエビデンスが得られていないためです。

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医歯薬連携が予防の要

骨粗鬆症治療開始患者は全例が歯科スクリーニングの対象。処方医・歯科医・薬剤師の3者連携が、発症リスクを大きく下げます。

歯科情報


下顎骨壊死(MRONJ)の定義と診断基準を正確に把握する

MRONJとは、特定の薬剤投与を受けた患者に生じる顎骨壊死のことで、正式名称は「薬剤関連顎骨壊死(Medication-Related Osteonecrosis of the Jaw)」です。日本口腔外科学会など6学会の顎骨壊死検討委員会が発行した最新版「ポジションペーパー2023(PP2023)」では、以下の3項目をすべて満たす場合にMRONJと診断します。


診断基準 内容
①薬剤投与歴 BP製剤またはデノスマブ製剤(Dmab)の治療歴がある。または血管新生阻害薬・免疫調整薬との併用歴がある。
②骨露出の持続 8週間以上持続して口腔・顎・顔面領域に骨露出を認める、または口腔内外から骨を触知できる瘻孔を8週間以上認める。
③除外条件 原則として顎骨への放射線照射歴がない。顎骨病変が原発性がんや顎骨へのがん転移でない。


重要なポイントは、8週間という期間についての解釈です。PP2023では、8週以内でも画像所見や経過から明らかに治癒傾向のない骨壊死が認められる場合は、MRONJと診断できると支持しています。


また、骨露出を伴わない「ステージ0(潜在性・非骨露出型病変)」については、分類としては残しますが、診断基準(骨露出・瘻孔)を満たさないため診断・統計からは除外されています。ただし、歯周病根尖性歯周炎と区別のつかない歯痛、顎の鈍い骨痛、神経感覚の変化を呈する場合はMRONJへの進展リスクがあるため注意が必要です。


好発部位は下顎が圧倒的に多く(47〜73%)、上顎は20〜22.5%、上下顎同時発症は4.5〜5.5%程度とされています。つまり、下顎骨壊死が全体の約3分の2を占めるということですね。


参考:PP2023を中心にMRONJの診断基準・ステージングをわかりやすくまとめた歯科医向け解説記事
3分でチェック!歯科医のための「薬剤関連顎骨壊死(MRONJ)」|三鷹歯科


下顎骨壊死のリスク因子と発症メカニズムを理解する

MRONJの主な原因薬剤は、骨粗鬆症や悪性腫瘍の骨転移に使われるビスホスホネート(BP)製剤とデノスマブ(Dmab)製剤です。近年はロモソズマブ(イベニティ®)やベバシズマブ(アバスチン®)、スニチニブなどの血管新生阻害薬による発症も報告されており、原因薬剤は多様化しています。


発症頻度には投与経路で大きな差があります。経口BP製剤では1万人に1〜2人程度ですが、静注(注射)BP製剤では100人に1人程度と約50〜100倍に跳ね上がります。さらに、注射薬使用者が抜歯を受けた場合、発症率は6.67〜9.1%にまで上昇するとされています。これは患者10人に1人近い水準です。


リスク因子は薬剤、局所、全身の3つに分類して考えると整理しやすいです。


分類 主なリスク因子
💊 薬剤関連因子 高用量BP・Dmab、長期・累積投与、ステロイド、抗悪性腫瘍薬との併用
🦷 局所因子 歯周病・根尖病変・骨髄炎などの顎骨感染、侵襲的歯科治療、口腔衛生不良、不適合義歯
🩺 全身因子 糖尿病関節リウマチ、人工透析、貧血(Hb<10g/dL)、喫煙・飲酒・肥満


発症メカニズムについての理解は、治療方針の選択に直結します。


PP2023では、ARA(骨吸収抑制薬)を投与されている患者の顎骨に細菌感染が生じることで骨髄炎を経てMRONJが発症するという見解が示されています。根尖病変や重度の歯周病が感染源となり、これが抜歯という処置よりも先行してMRONJを引き起こしているケースが多いと考えられています。つまり、「抜歯がMRONJの原因」という従来の認識は、見直しが必要です。


長崎大学の研究グループ(五月女ら、2021年)は骨吸収抑制薬投与中の患者において、重度の歯周病や根尖病変などの感染源が顎骨に存在する状態を放置することこそが、MRONJリスクを高めるという研究結果を報告しています。積極的な歯科治療によって感染源を除去することがリスク軽減につながるということですね。


参考:顎骨壊死の発症頻度や薬剤別リスクについての詳細データ(愛媛大学医学部附属病院)
歯科受診勧奨 Q&A(顎骨壊死)|愛媛大学医学部附属病院


下顎骨壊死の治療:ステージ別の保存的・外科的アプローチ

MRONJの治療は、ステージに応じて大きく方針が変わります。これが基本です。


PP2023では「近年、ステージによらず外科的治療が有効であるというエビデンスが集積している」として、新しい治療戦略を明記しました。ある臨床検討では、保存療法の寛解率は36.7%であったのに対し、外科療法では83.7%と報告されており、その差は歴然としています。


ステージ 状態 推奨される治療
ステージ1 無症状で感染を伴わない骨露出 保存的治療(抗菌性洗口液・洗浄など)または外科的治療
ステージ2 感染・炎症を伴う骨露出、排膿あり 外科的治療を優先(全身状態が許せば)。不可能な場合は保存的治療
ステージ3 下顎縁・下顎枝に至る骨壊死、病的骨折など 外科的治療(腐骨除去・区域切除など)


保存的治療では、抗菌性洗口液(クロルヘキシジン系など)による洗浄、局所的抗菌薬の注入、ステージ2以上では抗菌薬の全身投与が行われます。外科的治療では、壊死骨のみを摘出するconservative surgeryと、壊死骨に加えて周囲の健常骨も一定量削除するextensive surgeryの2種類が主な方針です。


PP2023では「extensive surgeryが推奨される」と明記されており、下顎骨発症例で壊死骨が下顎管より上方に限局している場合は、下顎管を温存する手術が行えるケースもあります。これは使えそうな情報です。


ステージ3の重症例では、下顎骨の区域切除が必要となることもあります。その場合は腓骨皮弁移植(足の骨と皮膚を下顎に移植する方法)などによる再建手術が検討されます。


また、補助療法として高気圧酸素療法(HBO)の有用性も報告されています。大気圧より高い気圧環境下で酸素を吸入することで組織への酸素供給を高め、骨壊死部位の創傷治癒を助ける治療です。手術の補助療法としての活用が多く、難治例にも期待される選択肢のひとつとなっています。


参考:骨吸収抑制薬関連顎骨壊死の治療と管理についての詳細解説(兵庫医科大学病院)
骨吸収抑制薬関連顎骨壊死|みんなの医療ガイド|兵庫医科大学病院


下顎骨壊死の予防に直結する歯科治療のタイミングと口腔管理の要点

MRONJの予防において最も重要なのは、骨吸収抑制薬(ARA)の投与「開始前」に感染源を徹底して除去することです。


PP2023では、ARA投与開始前に実施すべき歯科処置として以下を挙げています。


- 抜歯の適応疾患:骨縁下う蝕、重度歯周病、活動性の根尖病変
- 注意が必要なケース:境界不明瞭で比較的大きな根尖周囲透過像、根尖周囲に著明な硬化性骨炎がある場合も抜歯を検討
- 義歯調整:不適合義歯は粘膜損傷を起こしMRONJに進展する可能性があるため、投与前から継続した調整が必要


根管治療はARA投与中でも実施可能ですが、治療が数か月単位に及ぶ場合はARA投与開始を遅らせないよう抜歯を先に選択することも一つの考え方です。歯科的優先事項の判断にも配慮が必要ということですね。


ARA投与開始後は、良好な口腔衛生状態の維持が最大の予防策となります。歯周病のコントロール、定期的なプロフェッショナルクリーニング、そして患者へのセルフケア指導が継続的に求められます。


投与中の抜歯が避けられない場合には、以下の点に注意します。


  • 術前に十分な口腔清掃を行い口腔内細菌数を減らす
  • 予防抗菌薬はペニシリンアレルギーがなければアモキシシリン250〜1000mgを術前1時間に投与(最長48時間まで)
  • 抜歯創処理は骨鋭縁を削去し、可能であれば粘膜骨膜弁で閉鎖する
  • ドライソケット予防と上皮化の経過を丁寧に観察する


インプラント治療については、低用量ARA投与中でも「絶対に禁忌」という根拠は現時点ではないとされています。ただし、高用量ARA(注射剤など)投与中のインプラント埋入は、代替治療が存在することから行うべきではないとPP2023に明記されています。意外ですね。


参考:日本口腔外科学会による公式のMRONJポジションペーパー2023(最新版)
顎骨壊死検討委員会ポジションペーパー2023|日本口腔外科学会


下顎骨壊死における医歯薬連携:歯科医師が担う独自の役割とは

MRONJの予防と治療において、歯科医師が単独で完結できることには限界があります。医師・歯科医師・薬剤師の3者が連携する「医歯薬連携」が、発症リスクの低減と患者QOLの保護に直結します。


PP2023では、「原則として骨粗鬆症治療を開始する患者は全例が歯科スクリーニングの対象」と明記されました。これは非常に重要な方針転換です。


歯科医師として処方医に伝えるべき情報は、次のとおりです。


  • 📌 口腔内の感染状態(歯周病・根尖病変の有無と程度)
  • 📌 抜歯や外科的歯科処置の予定・実施の有無と時期
  • 📌 義歯の適合状態と粘膜損傷の有無
  • 📌 口腔衛生状態と患者のセルフケアレベル


逆に、処方医から歯科医師が把握すべき情報は以下になります。


  • 📌 使用している薬剤の種類(BP製剤/デノスマブ/血管新生阻害薬 etc.)
  • 📌 投与経路(経口か静注か)と累積投与量・投与期間
  • 📌 ステロイドや化学療法などの併用状況
  • 📌 全身疾患(糖尿病・リウマチ・腎不全など)の有無


これらの情報を双方向で共有することで、歯科治療のタイミングや侵襲度の調整、患者説明の精度が大きく向上します。医歯薬連携が条件です。


歯科医師が処方医に情報提供する際は、日本歯科医師会や各都道府県歯科医師会が提供する「歯科診療情報提供書」の様式を活用すると、医師側にとっても受け取りやすい形で連携できます。実際に連携を機能させるには、地域ごとの連携ネットワークへの参加や、紹介経路の構築も重要な実務的取り組みとなります。


また、薬剤師との連携も見逃せません。薬局では処方された薬剤の骨吸収抑制薬リスクを把握しやすい立場にあります。患者が複数の医療機関を受診している場合、薬剤師が情報の橋渡し役を担うことが期待されています。


参考:MRONJの予防における医歯薬連携の実際と処方医・歯科医が共有すべき情報(厚生労働省PMDA)
医・歯・薬連携で顎骨壊死・顎骨骨髄炎を防ぐ|PMDA(医薬品医療機器総合機構)