「三叉神経運動核は咀嚼筋だけを動かす」と思っていると、国試でも臨床でも痛い目を見ます。
歯科情報
三叉神経運動核(V mot核)は、脳幹の橋(きょう)の被蓋部に位置しています。より正確に言うと、三叉神経主感覚核(主知覚核)のすぐ内側で、外転神経核の上外側方向に当たる場所です。橋の断面図を思い浮かべると、被蓋部の背外側寄りの位置に卵円形に広がる核群として確認できます。
この核には大形多極性細胞が含まれており、鰓弓運動核(さいきゅううんどうかく)のうちで最も頭側(吻側)に位置するという特徴があります。つまり、鰓弓由来の運動核の中では最も頭側にある核です。これは発生学的にも重要で、三叉神経は第一鰓弓の神経であり、その支配領域は第一鰓弓由来の横紋筋(顎弓筋)全体に及びます。
三叉神経は橋の外側縁から脳を出ますが、運動性の線維(小部、運動根)は感覚性の線維(大部、知覚根)と並走して走行します。運動根は三叉神経節(半月神経節)には加わらず、その傍らを通って下顎神経に合流します。運動根の線維本数は約9,000本であるのに対し、感覚根は約140,000本と約15倍以上の差があります。感覚根のほうがはるかに太いことが分かります。
国試対策として「橋・主感覚核の内側」という位置関係は必ず押さえてください。
参考:三叉神経の詳細な解剖構造(船戸和弥の解剖学サイト)
https://funatoya.com/funatoka/anatomy/cranial/cn5.html
三叉神経運動核から出る遠心性の運動線維は三叉神経の小部(運動根)となり、下顎神経の運動神経線維として機能します。この核が支配する筋は、よく「咀嚼筋支配」とひとくくりにされますが、実際には咀嚼筋4種に加えて4種の非咀嚼筋、合計8筋を支配します。
咀嚼筋4種は以下の通りです。側頭筋・咬筋・内側翼突筋・外側翼突筋です。これに加えて、顎二腹筋前腹、顎舌骨筋、鼓膜張筋、口蓋帆張筋の4種も三叉神経運動核の支配下にあります。これは使えそうです。
なかでも鼓膜張筋と口蓋帆張筋の2つは見落とされがちです。鼓膜張筋は耳の中にある筋肉で、過大な音刺激から内耳を守る役割があります。口蓋帆張筋は軟口蓋を緊張させて嚥下・発音に関与します。どちらも「咀嚼とは関係ない場所にある筋肉」が三叉神経運動核に支配されているという点で、受験生が見落としやすいポイントです。
各筋への運動線維の経路を確認しましょう。三叉神経運動核から起こった運動根は、下歯槽神経に加わって伴走し、咬筋神経・深側頭神経・外側翼突筋神経・内側翼突筋神経・顎舌骨筋神経として分岐し、それぞれ対応する筋に分布します。つまり三叉神経運動核が基本です。
歯科臨床では、三叉神経損傷や炎症により咀嚼筋だけでなく鼓膜張筋の機能低下が生じた場合、耳症状(耳鳴り、聴覚鈍麻)につながることがあります。ただし、三叉神経障害だけで臨床的に明確な聴覚障害をきたすケースはまれです。
| 分類 | 筋名 | 主な機能 |
|---|---|---|
| 咀嚼筋(閉口筋・開口筋) | 側頭筋 | 閉口・後退 |
| 咬筋 | 閉口(最大咬合力) | |
| 内側翼突筋 | 閉口・側方運動 | |
| 外側翼突筋 | 開口・前進・対側移動 | |
| 非咀嚼筋 | 顎二腹筋前腹 | 開口補助・舌骨挙上 |
| 顎舌骨筋 | 舌骨挙上・舌底挙上 | |
| 鼓膜張筋 | 鼓膜緊張(音圧調節) | |
| 口蓋帆張筋 | 軟口蓋緊張・耳管開放 |
参考:クインテッセンス出版「新編咬合学事典」三叉神経の詳細
https://www.quint-j.co.jp/dictionaries/occlusion/20040
三叉神経核群の中で、三叉神経運動核との関係で特に重要なのが三叉神経中脳路核です。この核は中脳水道灰白質の外側縁に沿って縦走する細胞群であり、中脳から橋上部にかけて存在します。三叉神経運動核とは場所が明確に異なります。
三叉神経中脳路核の最大の特徴は、感覚情報が末梢神経系の感覚神経節を経由してから中枢に入るという一般原則に対する「唯一の例外」であることです。通常、一次感覚ニューロンの細胞体は三叉神経節(末梢)に存在しますが、中脳路核の細胞体は中枢神経系の中に存在します。これは意外ですね。
この核の機能は固有感覚の中継です。咀嚼筋の筋紡錘や腱受容体(歯根膜受容体を含む)からの固有感覚情報が、三叉神経節を介さずに直接中脳根線維を経て中脳路核に伝達されます。中脳路核からの軸索のうち一部は三叉神経運動核に直接シナプスを形成し、下顎張反射( jaw-jerk reflex)の反射弓を構成します。下顎張反射は膝蓋腱反射と同じ仕組みの反射です。
具体的な経路は「咀嚼筋の筋紡錘 → 中脳路核 → 三叉神経運動核 → 咀嚼筋」という単シナプス反射であり、脊髄での膝蓋腱反射と同じ構造をしています。この経路によって、咬合力や下顎位に関する情報が即座に咀嚼運動にフィードバックされます。これは使えそうです。
歯科補綴や咬合治療において、歯根膜の固有感覚が適切に機能していることがいかに重要かという根拠の一つがここにあります。インプラントには歯根膜がないため、この固有感覚ルートが機能しない点は臨床的に大きな違いを生みます。
三叉神経運動核の場所を理解する上で、もう一つ欠かせない知識があります。それは「大脳皮質からの両側性支配」です。三叉神経運動核は、大脳皮質(一次運動野)からの皮質核線維により両側性の支配を受けています。これが原則です。
この両側支配という特性から、片側の大脳皮質〜皮質橋路(上位運動ニューロン)が障害されても、三叉神経運動核への入力は反対側から確保されるため、明らかな咀嚼筋麻痺は生じません。片側の脳梗塞で顔面神経麻痺や上下肢麻痺が出ても、咀嚼はほぼ維持されることが多い理由です。厳しいところですね。
一方で、下位運動ニューロン(三叉神経運動核そのもの、または末梢の運動線維)が障害された場合は話が変わります。障害側の咀嚼筋に弛緩性麻痺が生じ、外側翼突筋の麻痺では開口時に下顎が患側へ偏移するという特徴的な所見が現れます。この「下顎の患側への偏移」は国試でも頻出です。
顔面神経麻痺との鑑別でも、この両側支配の知識は直結して役立ちます。顔面神経の運動核は対側の大脳皮質から単側支配(前額部は両側支配)を受けているのに対し、三叉神経運動核は完全両側支配です。そのため、片側の中枢性障害(例:脳梗塞)では顔面神経麻痺は出ても、咀嚼筋麻痺は出ないという差が生まれます。
臨床的な確認方法としては、患者に歯を食いしばってもらい側頭筋・咬筋の収縮を左右で触診する方法、大きく開口して下顎の偏移方向を確認する方法があります。どちらも歯科医師が日常的に行える診査手技です。
参考:三叉神経障害の鑑別診断(医學事始)
http://igakukotohajime.com/2021/07/04/三叉神経-trigeminal-nerve/
三叉神経運動核の場所を学ぶ際に、教科書があまり触れていない関係性があります。それが大脳基底核(特に黒質網様体:SNr)との線維連絡です。研究データによると、ラットを用いた実験において黒質網様体が三叉神経運動核の神経細胞活動に明確な影響を与えることが確認されており、大脳基底核が咬筋などの咀嚼運動を抑制的に調節していると考えられています。
この知識は、パーキンソン病患者にブラキシズム(歯ぎしり・食いしばり)が高頻度で観察されることの神経学的背景を説明します。パーキンソン病では黒質のドパミン産生ニューロンが変性脱落し、大脳基底核の機能異常が生じます。その結果、三叉神経運動核への抑制入力が低下して咀嚼筋の過剰活動が起きやすくなるという仮説が成り立ちます。これは使えそうです。
歯科臨床においてパーキンソン病患者を診る際、咬合や補綴物の設計に影響するブラキシズムの存在を念頭に置く必要があります。三叉神経運動核が橋に単独で機能しているわけではなく、中脳・大脳基底核ループの一部として機能しているという視点は、口腔習癖・咬合異常を扱う上での重要な知識です。
また、ストレスや不安による咬合力亢進(食いしばり)についても同様の説明が可能です。大脳辺縁系から大脳基底核を経て三叉神経運動核に至るルートが、感情状態が咀嚼筋活動に影響する経路と考えられます。ブラキシズムに対するバイトプレートや認知行動療法の介入は、この神経回路の過活動を間接的に抑制する手段と捉えることができます。つまり三叉神経運動核の機能は橋だけで完結しません。
参考:三叉神経運動核神経細胞における大脳基底核の影響(科学研究費補助金データベース・NII)
https://kaken.nii.ac.jp/ja/grant/KAKENHI-PROJECT-10771123/