水酸化カルシウムを使い続けると、3年後の成功率がMTAの半分近くまで落ちます。
二次象牙質とは、歯根が完成したあとも歯髄腔の内壁に向かって継続的に付加されていく新生象牙質のことを指します。教科書的な分類では「生理的第二象牙質」と「病的第二象牙質(第三象牙質・修復象牙質)」の2種に分けられますが、臨床での重要性は両者で大きく異なります。
生理的第二象牙質は、外部刺激に関係なく加齢とともにゆっくり形成されます。これが積み重なると歯髄腔は長年かけて狭窄し、高齢患者の下顎前歯などで根管口の発見が著しく困難になることがあります。臨床経験のある歯科医師なら一度は苦労した場面でしょう。歯髄腔の狭窄は知っておくべき変化です。
一方、病的第二象牙質(第三象牙質)はむし歯・摩耗・知覚過敏といった局所的な刺激に反応して歯髄が形成する象牙質です。さらにその中で、刺激が比較的弱い場合に既存の象牙芽細胞が形成するものを「反応象牙質」、刺激が強く象牙芽細胞が死滅した部位に幹細胞から分化した新たな象牙芽細胞様細胞が形成するものを「修復象牙質」と呼ぶ概念が新潟歯学会の研究などで示されています。
この区別が臨床上なぜ重要かというと、象牙芽細胞はほかの細胞と異なり分裂・増殖能が非常に限られるからです。つまり、刺激が強すぎて細胞が死滅した領域は修復象牙質の質・量ともに低下するリスクがあります。結論は「刺激の強さのコントロールが鍵」ということです。
促進という観点では、深在性う蝕の治療において歯髄近接部位に薬剤を置き、意図的に第三象牙質の形成を誘導することが「間接覆髄法(暫間的間接覆髄:IPC法)」の基本です。これにより感染象牙質を一度完全に除去せず、第三象牙質が形成されてから二次的に完全除去する、という手順が確立されています。
【日本口腔病理学会・口腔病理基本画像アトラス】第二象牙質の病理学的分類(生理的・病的)の解説。象牙質の正確な分類を確認するための参考資料です。
二次象牙質の形成を促進するために古くから用いられてきた薬剤は、主に「パラホルムセメント」「酸化亜鉛ユージノールセメント(ZOE)」「水酸化カルシウムセメント」の3種です。OralStudioの歯科辞書でも、二次象牙質の形成促進剤として明確にこれら3種が挙げられています。これが基本です。
それぞれの特性を整理しておきましょう。
| 薬剤名 | 主な作用 | 特記事項 |
|---|---|---|
| パラホルムセメント | 殺菌・歯髄鎮静 | 殺菌力強いが刺激性あり |
| 酸化亜鉛ユージノールセメント(ZOE) | 歯髄鎮静・抗菌 | 第三象牙質形成能は水酸化カルシウムより劣るとされる |
| 水酸化カルシウムセメント | 硬組織誘導・抗菌(強アルカリ) | 硬化しないため封鎖性に課題あり |
水酸化カルシウムセメントは長年スタンダードとして使われてきました。Ca²⁺の放出と強アルカリ(pH約12)による抗菌作用が象牙芽細胞を刺激し、第三象牙質の形成を誘導します。意外ですね。
しかしこの水酸化カルシウム、硬化しないため経時的に溶出しやすいという弱点があります。「従来の水酸化カルシウム材や酸化亜鉛ユージノール材は処置後1〜2年内に消失することが指摘され、覆髄直下の修復象牙質にトンネル欠損が生じる」という報告もあります(モリムラ・NPMレポート)。これは覆髄処置の長期安定性を脅かす見落とされがちな問題です。
酸化亜鉛ユージノールセメントはユージノール成分が歯髄鎮静に有効なため、急性症状が強い症例での使用が選択肢になります。しかし第三象牙質の形成誘導力という点では水酸化カルシウムに及ばないとされており、あくまでも鎮静目的として位置づけるのが現実的です。
パラホルムセメントは殺菌力が最も強い一方で組織刺激性も強いため、生活歯髄への直接適用は慎重さが求められます。古典的なIPC法での暫間的使用という文脈で登場することが多い薬剤です。
【OralStudio歯科辞書】二次象牙質の形成促進の項目。使用薬剤の分類(パラホルムセメント・酸化亜鉛ユージノールセメント・水酸化カルシウムセメント)を確認できます。
近年、二次象牙質の形成促進において最も注目されているのがMTA(Mineral Trioxide Aggregate)セメントです。ケイ酸カルシウムを主成分とするこの材料は、水との練和で硬化するという特性が従来の水酸化カルシウムと決定的に異なります。硬化するのがポイントです。
硬化することで何が変わるかというと、封鎖性が大きく向上します。MTAは硬化時にわずかに膨張するため辺縁封鎖性に優れ、細菌の侵入を長期にわたって防ぐことができます。さらにCa²⁺の放出によって周辺歯質でハイドロキシアパタイトの形成を促し、象牙芽細胞の分化を直接刺激して第二象牙質(デンティンブリッジ)形成を誘導します。
成功率データで比較すると、その差は年を追うごとに広がります。
3年で約35ポイントの差は、臨床上無視できない数字です。1年後はほぼ同等に見えても、長期ではMTAが明確に優れている—これが現在のエビデンスが示す結論です。
日本歯科保存学会・日本歯内療法学会が2024年に共同発刊した「歯髄保護の診療ガイドライン」では、露髄した永久歯への直接覆髄および断髄において、水酸化カルシウム製剤よりMTAの使用を推奨しています。ガイドライン推奨です。
ただしMTAセメントにもデメリットがあります。まず材料が高価で、マイクロスコープ使用の覆髄処置だと1回あたり4万4千円(税込)程度の自費診療になる施設も少なくありません。また操作性が繊細で、湿潤環境での操作技術が求められます。さらに一部の製品で歯冠変色が報告されており、前歯部への使用には注意が必要です。適応をしっかり見極めることが条件です。
適応外となるケースとしては、「自発痛がある」「温熱刺激で疼痛が持続する」「神経がすでに失活している」といった状態が挙げられます。これらの場合はMTAによる覆髄ではなく抜髄へ移行する判断が必要です。
【麻布十番の歯医者・MTAセメントページ】MTAと水酸化カルシウム製剤の長期成功率比較(3年後80%以上 vs 45%)の数値出典を含む解説があります。
【日本歯科保存学会・日本歯内療法学会 歯髄保護の診療ガイドライン(PDF)】MTA vs 水酸化カルシウムに関するCQ3・CQ4の推奨根拠を確認できます。
薬剤の選択だけでなく、臨床条件の管理が二次象牙質の形成促進に大きく影響します。見落とされがちなポイントがいくつかあります。
まず形成期間についてです。二次象牙質(第三象牙質)が臨床的に確認できる量まで形成されるには、個人差がありますが一般的に3〜6ヶ月程度かかるとされています。一部の文献では「3〜4ヶ月」が目安として挙げられており、これを待てないほど強い疼痛がある場合は再治療(抜髄への移行)が必要になります。形成を待てるかが分岐点です。
形成を促進する観点で意外と重要なのが年齢です。若年層は歯髄の細胞活性が高く、象牙芽細胞の反応も旺盛なため、二次象牙質の形成速度・量ともに有利です。逆に高齢になるほど歯髄腔は生理的第二象牙質で狭窄し、残存歯髄量が減っているため、同じ処置でも形成の期待値が下がります。
暫間的間接覆髄法(IPC法)における感染象牙質の除去量もポイントです。深在性う蝕に対してあえて感染象牙質を全部除去せずに薬剤を置き蓋をするIPC法では、「どこまで除去してどこで止めるか」がその後の第三象牙質形成量を左右します。過剰に感染象牙質を除去して露髄させた場合、その時点で直接覆髄の術式に切り替えるか、抜髄を選択しなければなりません。これは使えそうな知識です。
封鎖性の維持も形成促進に直結します。どれほど良い覆髄材を使っても、その上の仮封・最終修復の封鎖性が不十分だと細菌が侵入し、歯髄への感染が持続します。感染が持続している状態では象牙芽細胞は正常に機能できず、二次象牙質の形成は滞ります。二次覆髄材の上をしっかり封鎖することが前提条件です。
また、患者側の全身状態にも目を向ける必要があります。糖尿病などの全身疾患がある患者では免疫応答が低下しており、歯髄の自然治癒力・象牙質形成能にも影響が出る場合があります。問診でのリスク評価を怠らないことが原則です。
【日本歯科保存学会 歯髄保護の診療ガイドライン 2024年版(PDF)】深在性う蝕への暫間的間接覆髄の適応と手順、エビデンスレベルの解説。CQ1・CQ2が特に参考になります。
近年の研究では、従来の薬剤にとどまらない新たなアプローチが二次象牙質の促進に有効である可能性が示されています。歯科従事者として把握しておきたいトピックです。
低出力レーザー治療(LLLT:Low Level Laser Therapy)は、光化学的な作用によって細胞にダメージを与えることなく細胞活性化を促進する手法です。近年の研究では、低出力の炭酸ガスレーザー照射がヒト歯髄細胞やマウス象牙芽細胞様細胞の増殖・分化を促進することが報告されています(日本補綴歯科学会誌ほか)。また2024年の日本歯科保存学会春季学術大会では、低出力レーザー照射による光バイオモジュレーション(PBMT)がヒト歯髄幹細胞の象牙芽細胞様細胞への分化誘導を促進する可能性が示されました。これは意外ですね。
LLLTはまだ広く臨床応用されているわけではありませんが、疼痛緩和・治癒促進の両面から歯髄保存処置の補助的手段として研究が加速しています。
バイオアクティブ材料という概念も重要です。従来の修復材料はあくまでも欠損を埋めるものでしたが、近年ではCa²⁺・F⁻・Sr²⁺などの有益なイオンを積極的に徐放することで周囲の歯質や歯髄に生物活性を付与する「バイオアクティブ修復材料」が開発されています。松風のS-PRGフィラー含有材料やグラスアイオノマー系材料にその方向性が見られます。これらは単に形態回復をするだけでなく、接触する象牙質に対してミネラル補給と硬組織形成促進の働きをもたらします。
MTAセメント自体も「バイオアクティブセラミクス」に分類されており、硬化時に放出されるCa²⁺がハイドロキシアパタイトの析出を促し、象牙芽細胞分化因子(DSPPなど)の発現を増強するという機序が基礎研究レベルで解明されつつあります。つまり二次象牙質の促進は、材料科学と細胞生物学が融合した領域に進化しているということです。
歯科医従事者として日常臨床に取り入れられる現実的な一歩としては、まず現在使用している覆髄材の長期データを確認し、ガイドラインを踏まえてMTAへの切り替えを検討することが挙げられます。使用する材料を確認するだけで予後が大きく変わる可能性があります。
【日本歯科保存学会 2024年度春季学術大会抄録(PDF)】低出力レーザー照射(PBMT)によるヒト歯髄幹細胞の象牙芽細胞様分化誘導に関する最新演題が掲載されています。

歯科技工 切縁にファセットが生じることで上顎中切歯はどのように変化するのか -二次象牙質の色調への影響を考察する 2021年12月号 49巻12号[雑誌]