虫歯を放置している患者は、耳下腺炎を繰り返すリスクが数倍高まります。
歯科情報
急性耳下腺炎とは、耳の下からあごにかけて位置する耳下腺(じかせん)に、細菌またはウイルスが感染し、急激な腫れと痛み・発熱を引き起こす疾患です。耳下腺は三大唾液腺(耳下腺・顎下腺・舌下腺)のなかで最も大きく、唾液産生の中心的な役割を担っています。
原因によって大きく「細菌性」と「ウイルス性」に分かれます。この分類は治療方針にも直結するため、まずここを正確に理解することが基本です。
| 分類 | 代表的な原因 | 主な特徴 |
|---|---|---|
| 細菌性(急性化膿性耳下腺炎) | 黄色ブドウ球菌・溶連菌・肺炎球菌 | 片側性が多い、膿の流出あり |
| ウイルス性(流行性耳下腺炎) | ムンプスウイルス | 両側性が多い、発熱強い |
| その他 | 唾石症・シェーグレン症候群 | 食事中の疼痛・反復性腫脹 |
細菌性の急性化膿性耳下腺炎は、口腔内の常在菌がステノン管(耳下腺の排泄管)を通じて逆行感染することで起こります。口腔衛生状態が悪化しているほど、原因菌となる黄色ブドウ球菌・溶連菌・肺炎球菌のリスクが高まります。
つまり、口腔ケアの質が発症率に直結するということです。
一方、ウイルス性の代表である流行性耳下腺炎(おたふく風邪)は、ムンプスウイルスへの飛沫感染・接触感染によって起こります。小児に多い疾患ですが、成人が感染すると精巣炎・卵巣炎を合併し、不妊の原因になることもあります。これは歯科患者の既往歴確認でも重要な情報です。
参考リンク(急性化膿性耳下腺炎の原因菌・発症機序の詳細)。
MSDマニュアル プロフェッショナル版「唾液腺炎」
急性化膿性耳下腺炎の発症において、最も重要な引き金となるのが「唾液分泌の低下」です。意外に見落とされがちな点ですが、唾液が正常に分泌されているときは、その抗菌作用がステノン管内に常に働いており、口腔内細菌の逆行を物理的・化学的に防いでいます。
唾液分泌が低下する代表的な原因には以下があります。
唾液は「口の中の見えないバリア」です。
このバリアが失われると、通常は問題にならない黄色ブドウ球菌のような常在菌が一気に耳下腺まで逆行侵入します。歯科診療を受ける患者のなかには、複数の薬を常用している方も多く、それらの薬が唾液分泌を抑制していることがあります。問診時に服薬歴を確認し、ドライマウスの有無をスクリーニングすることが、急性耳下腺炎のリスク評価として非常に有用です。
なお、唾液分泌を低下させる薬剤として日本補綴歯科学会が挙げているのは、降圧薬・抗ヒスタミン薬・抗てんかん薬・抗パーキンソン病薬・精神安定薬などです。複数の薬を処方されている高齢患者では、薬剤性口腔乾燥が慢性化しており、急性耳下腺炎の背景因子になっているケースが少なくありません。
参考リンク(薬剤と唾液分泌低下の関係・口腔乾燥のメカニズム)。
日本補綴歯科学会「薬剤と口腔機能」(PDF)
歯科従事者にとって特に意識すべき点が、「口腔不衛生そのものが急性耳下腺炎の直接的な誘因になる」という事実です。
急性化膿性耳下腺炎の発症機序は、次のように整理できます。
つまり「きっかけは口の中」ということです。
J-STAGEに収載された研究(1984年、耳鼻と臨床)においても、急性化膿性唾液腺炎の発症機序として「唾液がうっ滞し乾燥した不潔な口腔から、口腔内細菌叢のうち毒力の強いものがステノン管を経て耳下腺内へ逆行して感染を起こす」と明確に記述されています。
う蝕が多発している患者や歯周病が進行している患者は、常に高濃度の病原性細菌にさらされています。こうした患者が脱水や投薬などで唾液分泌が低下するタイミングに重なると、急性耳下腺炎のリスクが一気に高まります。
また、東大阪市のにしかわ耳鼻咽喉科も「口の中に虫歯があるなど不潔になっている場合、それが原因となって発症を繰り返してしまうこともある」と明示しています。反復性の耳下腺炎を抱える患者において、歯科的な観点からのアプローチが根本的な改善につながるケースがあるのです。
参考リンク(口腔不衛生と耳下腺炎の関係・歯科辞書による誘因解説)。
OralStudio歯科辞書「急性耳下腺炎」
急性耳下腺炎の原因として、細菌やウイルス以外に見逃せないのが「唾石症(だせきしょう)」です。唾石症とは、唾液に含まれるカルシウムが導管内で結石化し、唾液の流れを妨げる疾患です。
唾石症の主な特徴は以下のとおりです。
唾石症は放置すると危険です。
口腔外科学会の情報によれば、唾石症を長期間放置すると細菌感染が起こり、炎症が悪化して高熱が出たり、顔が腫れたり、膿が出ることもあります。さらに、唾液不足による口腔内細菌の増加で口臭や歯周病が進行するリスクも上昇します。
歯科診療の際、「食事中に顎の下や耳の下が腫れる」「しばらくすると腫れが引く」という症状の患者がいたら、唾石症を念頭に置くべきです。これは唾石症の典型的な症状であり、放置することで急性耳下腺炎や急性顎下腺炎に発展するリスクがあります。超音波検査やX線・CTで唾石の有無を確認し、耳鼻咽喉科または口腔外科への早期紹介が重要な役割となります。
参考リンク(唾液腺疾患・唾石症の概要と治療方針)。
公益社団法人 日本口腔外科学会「唾液腺の疾患」
ここで、検索上位では語られない視点を取り上げます。急性化膿性耳下腺炎は、歯科患者だけでなく「歯科治療を必要とする入院患者・周術期患者」において特に高リスクとなることを、歯科従事者は意識する必要があります。
入院患者における急性耳下腺炎のリスク要因を整理すると次のようになります。
8020推進財団の「入院患者に対するオーラルマネジメント」においても、唾液分泌低下の主な要因として「薬剤の副作用、絶食、脱水、GVHD(移植片対宿主病)など」が明記されており、耳下腺炎はその関連疾患として記載されています。
これは歯科チームが動くべき場面です。
歯科医師や歯科衛生士が術前・入院中の口腔衛生管理に積極的に介入することで、急性耳下腺炎の発症リスクを大幅に下げることができます。具体的には、術前の口腔内清掃・スケーリング、入院中の口腔ケア指導、および唾液腺マッサージの実施が有効です。
唾液腺マッサージは、耳下腺(耳前部と耳の間を指で円を描くように押す)・顎下腺(下あご内側を押す)・舌下腺(あご下の中央部分を押す)を外側から刺激することで唾液の流れを促す方法です。特別な道具は不要で、1回あたり5〜10回程度のマッサージを1日数回行うだけで効果が期待できます。
参考リンク(入院患者の口腔管理と急性耳下腺炎リスクの関係)。
8020推進財団「入院患者に対するオーラルマネジメント」(PDF)
参考リンク(化膿性唾液腺炎の治療・鑑別・診断プロセス)。
済生会「唾液腺炎(だえきせんえん)とは」