コンポジットレジンで形成した窩洞は、「大きくするほど長持ちする」は完全な誤解です。
窩洞形成(かどうけいせい)とは、う蝕に罹患した歯質を除去し、修復材料を填入するために適切な形状の腔を歯に作る手技のことです。単純に「虫歯を削る」という言葉で括られがちですが、実際にはその後に用いる修復材料の種類、う蝕の部位・深度、歯の状態(生活歯か失活歯か)によって求められる形態がまったく異なります。
窩洞形成の目的は大きく分けて3つあります。まず、感染した歯質を確実に除去して再感染のリスクを最小化すること。次に、修復材料が十分な保持力・抵抗力を持って歯に定着できる形態を与えること。そして、修復後に機能的・審美的に問題のない形を取り戻すことです。これら3つのバランスが崩れると、治療後の脱離や二次う蝕、最悪の場合は歯質の破折につながります。
歴史的に見ると、19世紀末にアメリカの歯科医師G.V.Black(ジー・ヴィー・ブラック)博士が体系化した窩洞の概念が今日の歯科臨床の基礎となっています。当時の修復材料は金箔やアマルガムなど「歯質に接着しない材料」が主流でした。そのため、修復物が脱離しないよう機械的な保持形態(内開き、アンダーカット)を付与することが不可欠でした。つまり、当時の「しっかり削って形を整える」という概念は、接着材料のない時代の合理的な解答だったわけです。
現代では接着性コンポジットレジンが普及し、歯質への接着強度が飛躍的に向上しています。そのため、窩洞形成の考え方はかなり変容しました。基本です。まず「感染歯質を確実に除去すること」が最優先であり、「窩洞の形態を追求すること」の優先度は相対的に下がっています。
【参考:GC公式】Minimal Interventionを意識したう蝕除去と窩洞形成(京都府・宮地歯科医院 宮地秀彦先生) ← MIコンセプトに基づく窩洞形成の具体的なプロトコールが解説されています
G.V.Blackによる窩洞分類は現在も歯科の基礎として活用されています。分類の概要と現代臨床でのポイントを以下にまとめます。
| 分類 | 発生部位 | 代表的な適用歯・部位 | 現代臨床での注意点 |
|---|---|---|---|
| Ⅰ級 | 小窩裂溝 | 臼歯咬合面・前歯舌面小窩 | 裂溝への「予防拡大」は最小限に。C-factor(配置係数)が大きいため重合収縮に注意 |
| Ⅱ級 | 臼歯隣接面 | 小臼歯・大臼歯の近心・遠心面 | 初発は「トンネリング」でエナメル質を温存。術前にエックス線(咬翼法)で病巣位置を確認 |
| Ⅲ級 | 前歯隣接面 | 切端隅角を含まない前歯・犬歯隣接面 | 接着修復で機械的保持形態の追求は不要。隅角・隆線を跨がない外形設定が審美的に有利 |
| Ⅳ級 | 前歯切端 | 切端隅角を含む前歯隣接面 | 審美修復の要求が高い。ベベル付与で接着面積と色調適合性を向上 |
| Ⅴ級 | 歯頸部 | すべての歯の唇・頬・舌面の歯頸側1/3 | 根面側のマージンは象牙質に至る場合が多く辺縁漏洩リスクあり。積極的エッチングは避ける |
Blackの分類は、あくまでう蝕の好発部位に基づく分類です。当時は「歯頸部のくさび状欠損」や「根面う蝕」については言及されていないため、現代の臨床では補完的な理解が必要となります。
Ⅱ級窩洞は特に注意が必要ですね。切削介入前に咬翼法X線写真や透照診で病巣位置を確認し、対合歯との咬合接触状態を把握しておくことが二次トラブルの回避につながります。また術中に偶発的に隣在歯の隣接面にもう蝕が発見された場合、トータルでの削除量を勘案してミニボックス窩洞でアプローチすることも選択肢に入ります。
Ⅴ級窩洞については、高齢化社会を背景に根面う蝕やNCCL(非う蝕性歯頸部歯質欠損)を有する患者が増加しており、今後さらに遭遇する機会が増えると考えられます。この部位の大きな課題は、歯根側マージンを耐酸性の低い象牙質に求めざるを得ないことで、充塡時の収縮応力が不均一になりやすく辺縁漏洩が懸念される点です。
【参考:OralStudio歯科辞書】ブラックの分類 ← 各級窩洞の定義と発生部位を簡潔に確認できます
窩洞形成の5原則(総山孝雄)とは、①適切な窩洞外形、②充分な保持形態、③充分な抵抗形態、④必要な便宜形態、⑤正しい窩縁形態、の5つです。これらは長年にわたり歯科臨床教育の基盤となってきました。つまり、歯科従事者であれば一度は必ず学ぶ内容です。
ところが、コンポジットレジン修復が普及した現代においては、この5原則のうち特に「保持形態」の追求という側面は大きく変容しています。1950年代にBuonocoreらがリン酸処理によるエナメル質へのレジン接着を発表して以来、歯質への高分子材料の接着技法は世界中で研究・開発が進み、現在では象牙質への接着も高いレベルで実現しています。これは使えそうです。
接着修復が主体となった現代では、修復物の保持のためにアンダーカットや鳩尾形などの機械的保持形態を過剰に付与する必要はありません。むしろ健全歯質を余計に削ることで歯の強度を下げるリスクのほうが問題となります。日本歯科保存学会の「う蝕治療ガイドライン第2版」でも、臼歯コンポジットレジン修復の窩洞形成において、健全歯質の削除と窩洞幅径の増大を伴う咬合面へのベベル付与を行わないよう推奨しています。
一方で「窩洞の形態をまったく無視してよい」わけでもありません。Blackの窩洞の部位分類は、現代においてもう蝕の好発部位を整理する上で有効な概念です。感染歯質の選択的除去を行いながら、修復材料の特性に合った最小限の形態付与を行う——これが現代の窩洞形成の原則だといえます。
MIコンセプト(Minimal Intervention Dentistry)は2016年のFDI総会で改訂されており、その中核には「健全歯質を誤って削らないための的確な診査」「脱灰した歯質への再石灰化誘導」「削る治療は必要最小限に留める」という姿勢があります。
【参考:日本歯科保存学会】う蝕治療ガイドライン第2版(詳細版) ← MIコンセプトに基づく具体的な窩洞形成推奨内容が記載されています
う蝕除去の判断基準として長らく用いられてきたのは、「歯質の硬さ」と「着色の程度」です。しかしこれらは術者の主観に依存しやすく、過剰切削や感染歯質の取り残しが生じやすいという課題がありました。そこで現在広く使われているのが「う蝕検知液」による染色法です。
う蝕象牙質は大きく2層に分けられます。細菌が侵入してコラーゲン線維まで崩壊した「う蝕感染象牙質(第1層)」と、酸の影響を受けているが細菌は存在しない「う蝕影響象牙質(第2層)」です。第1層は除去が必須ですが、第2層は生活歯の場合、再石灰化によって生理的に回復できる可能性があるとされています。
う蝕検知液の主な成分には2種類あります。アシッドレッド(赤色106号)含有のプロピレングリコール溶液は分子量が約76g/molと小さく、感染象牙質だけでなく影響象牙質にも染色が及ぶことがあります。一方、近年登場したポリプロピレングリコール溶液(分子量300g/mol)は、過剰染色を防ぐ目的で成分変更されており、感染象牙質をより選択的に識別できます。
現役歯科医の9割がう蝕検知液を使用していると回答した調査もあり、その有用性は広く認識されています。窩洞内に染色が認められない状態になったとき、感染象牙質の除去終了と判断するのが基本です。
ただし、深在性う蝕に接する歯髄側(最深部)については注意が必要です。この部位に感染象牙質が残存するリスクと、過剰除去による露髄リスクのバランスを考慮し、選択的除去(Selective Removal to Soft Dentine / Firm Dentine)のコンセプトに従って判断することが推奨されています。日本歯科保存学会ガイドラインも、この判断を支持する根拠を示しています。
実際の臨床では、低速球形スチールバーとスプーンエキスカベーターを組み合わせてう蝕感染象牙質を除去し、う蝕検知液で染色して視覚化するという手順が標準的です。この「視覚化して確認する」プロセスが、過剰切削の回避と感染取り残しの防止の両方に貢献します。
【参考:日本歯科保存学会】う蝕治療ガイドライン(2009年版) ← う蝕象牙質除去の基準とう蝕検知液の推奨使用について詳細な解説があります
窩洞形成で多くの歯科従事者が意識する場面のひとつが、失活歯(神経を除去した歯)への対応です。失活歯は生活歯と比べて歯質が脆弱化しており、同じ感覚で窩洞形成を行うと歯根破折リスクが高まります。
特に問題になるのが、MOD窩洞(近心・咬合・遠心の3面に及ぶ窩洞)を含む失活歯のケースです。日本歯科保存学会の学術誌(2025年4月号)に掲載されたデータによると、失活歯のCAD/CAMインレーは生活歯と同じ形成デザインでは生存率が低下することが報告されており、特にMOD窩洞では歯質の破折リスクが高くなるとされています。
一般に、失活歯の歯質は時間が経つほど脆弱になる傾向があり、「失活後3年を超えると破折しやすくなる」という臨床上の目安も言われています。これはちょうど竹や木の枝を切り取った後、乾燥してパキパキ折れやすくなるイメージに近いです。そのため失活歯への窩洞形成では、残存歯質の厚みを慎重に確認し、必要に応じてオーバーレイ型の設計やクラウン修復への移行を検討することが求められます。
CAD/CAMインレーについては、2022年4月の診療報酬改定で保険収載された比較的新しい選択肢です。現在は小臼歯および大臼歯の隣接面を含む「複雑窩洞」のみが保険適用となっており、窩洞形成の保険点数は「単純なもの60点、複雑なもの86点」で算定されます。2024年6月改定からはCAD/CAMインレーのための窩洞形成に150点が所定点数に加算されており、算定漏れに注意が必要です。
もうひとつ見落としやすいのが、保険算定上のルールです。窩洞形成は1歯単位での算定が原則であり、同一歯に2箇所以上の窩洞形成を行った場合も、窩洞の数にかかわらず1回のみ算定できます(厚生労働省通知に明記)。算定が1回で打ち止めというのが原則です。この点を誤ると査定・返戻の原因になりますので、レセプト作成時には注意が必要です。
【参考:しろぼんねっと】M001 歯冠形成(1歯につき) ← 窩洞形成の算定ルール・注意事項が条文レベルで確認できます
窩洞形成の教科書的な解説では「バーの種類と使い分け」として、ラウンドバー・テーパードフィッシャーバー・ダイヤモンドポイントなどが紹介されます。しかし現場では「なんとなく使い慣れたバーで形成している」というケースも少なくありません。MIコンセプトが普及した今、バー選択の見直しが二次う蝕の予防と歯質保護の両方に直結することを改めて整理しておく価値があります。
まず大前提として、感染象牙質(軟化したう蝕象牙質)の除去には、切削方向に関係なくすべての方向へ切削できる球形のスチールラウンドバー(低速回転)が適しています。高速のダイヤモンドポイントやタングステンカーバイドバーを感染象牙質の除去に使うと、軟化した組織ごとの除去制御が難しく、健全歯質まで削りすぎるリスクがあります。感染歯質の除去にはスチールラウンドバーが原則です。
一方、窩洞の外形を整える段階や壁を立てる場面では、テーパードフィッシャーバーやカーバイドバーが選ばれます。近年のMIコンセプトに特化したバーセットとして、作業部最大径が0.9〜1.5mm(0.1mm間隔)で構成されたラウンド〜ヘミスフェリカルタイプのMIコンセプトバーセットも登場しており、最小限の歯質削除で必要な窩洞形態を確保する目的に対応しています。
見落としがちなポイントとして、コンポジットレジン充塡後の「形態修正」に用いるバーの種類も重要です。コンポジットレジンの形態修正にはカーバイドバー(切削加工)が推奨されており、ダイヤモンドバー(研削加工)を使用すると表面に細かな傷が入って二次う蝕の起点になりやすい、という臨床上の注意事項があります。意外ですね。
さらに、窩縁部(修復と歯質の境界線)の仕上げには、シリコーンポイントや研磨用バーを段階的に粒度を変えながら使うことで辺縁適合性が高まります。辺縁部に隙間があれば、プラークが滞留して二次う蝕の起点となります。これは実際に臨床で問題になりやすい場所で、術後のメインテナンスのしやすさにも影響します。
バーの形状・種類・回転数を場面ごとに使い分けることは、窩洞形成の精度を高め、患者の歯を長く機能させることに直結します。コンポジットレジンの形態修正にカーバイドバーを使うか確認する、このワンステップが数年後の二次う蝕リスクを下げます。
【参考:ORTC】歯科治療におけるダイヤモンドバーの基礎知識と活用法 ← バーの種類と形状ごとの用途が図解付きで解説されています