VPIがあるままブローイングをやり続けると、口蓋帆挙筋が疲弊して鼻漏出がかえって悪化します。
歯科情報
鼻漏出(呼気鼻漏出)とは、発声・発話・嚥下の際に口腔から鼻腔へ呼気が漏れ出る現象のことを指します。正常であれば、口腔と鼻腔は口蓋帆(軟口蓋)が挙上することで分離されます。この口蓋帆咽頭閉鎖機能(VPF:Velopharyngeal Function)が何らかの理由で不十分になると、鼻咽腔閉鎖機能不全(VPI:Velopharyngeal Incompetency)が生じ、鼻漏出や開鼻声が現れます。
VPFの主役は口蓋帆挙筋です。この筋は耳管に沿って走行し、左右の筋が合流して「筋輪(muscle sling)」を形成します。この筋輪と上咽頭収縮筋の協調した動きによって、口腔と鼻腔が気密に分離されます。重要なのは、VPFは単なる「軟口蓋が上に動く」だけの二次元運動ではなく、口蓋帆・咽頭側壁・咽頭後壁が三次元的に接触し合う精緻な運動だという点です。
つまり鼻漏出ということですね。
鼻漏出の臨床的な影響は大きく2つあります。まず発話への影響として、「開鼻声(フガフガした声)」や「子音の弱音化」が生じ、会話明瞭度が著しく低下します。「パタカ」が「マナガ」のように聞こえるケースはその典型です。次に嚥下への影響として、食物・水分が鼻腔に逆流し(鼻腔逆流)、誤嚥性肺炎のリスク増大にもつながります。嚥下時の鼻咽腔閉鎖はわずか1秒以内で完了しますが、この精密な動作がVPIによって妨げられることで嚥下効率が大きく損なわれるのです。
歯科医療従事者がこのメカニズムを正確に把握することは、後述する訓練法の選択に直結します。口蓋帆挙筋が疲労しやすい筋であることを知っているかどうかが、臨床判断の質を決定的に左右します。
訓練を開始する前に、鼻漏出の評価・検査を適切に行うことが欠かせません。臨床現場で広く使われているのは「鼻息鏡(nasal mirror)」と「ブローイング検査(blowing ratio)」です。
鼻息鏡は鋼製の小さな板で、鼻孔の下に当てたときに生じる曇りの大きさで鼻漏出の程度を判定します。評価の段階は以下の通りです。
| 段階 | 評価の目安 |
|------|-----------|
| 0度(5度以上の曇り) | 極めて顕著な鼻漏出 |
| 1度(3〜4度の曇り) | 顕著な鼻漏出 |
| 2度(1〜2度の曇り) | 若干の鼻漏出 |
| 3度(曇りなし) | 鼻漏出なし |
ここで注意が必要です。鼻息鏡は「漏れがあるかないか」の定性的評価にとどめるべきとされています。理由は、吹く力(口腔内圧)によって口蓋帆挙筋の活動量が変わり、曇りの大きさも変動してしまうからです。単音節での発声と連続発話とでは、筋疲労の程度が異なるため、鼻漏出の結果も変わってきます。定量的な重症度判定には向いていません。
これは意外ですね。
ブローイング検査では、吹き戻し(carnival blow:CB)を口唇で咥えて吹かせ、口腔からの呼気流量と鼻腔からの呼気流量の比(blowing ratio)を求めます。一般にblowing ratio≧1.0で鼻咽腔閉鎖良好、0.7〜1.0未満でほぼ良好または軽度不全、0.7未満で不良と判定されます。ただし、吹き戻しは医療器具として規格化されていないため、製造会社や製品ロットによって伸展に必要な口腔内圧が異なります。さらに同じ製品でも、一度伸展させた後の2回目以降は必要な空気圧が著しく低下します。このことは、同じ患者に対して評価のたびに条件が変わることを意味し、再現性に問題がある点を理解しておく必要があります。
定量的な評価が必要な場合は、ナゾメータや内視鏡検査・X線的評価といった客観的手法が用いられます。ただし内視鏡やX線は医師・歯科医師免許が必要な侵襲的検査であるため、歯科での運用ルールを確認しておくことが前提条件です。
評価の質が訓練の質を決めます。評価結果が軽度であれば訓練継続で改善を狙えますが、重度のVPIがある場合は装置や手術との組み合わせを検討する段階に入ります。評価の段階を正確に押さえるのが条件です。
参考:ブローイング検査・鼻咽腔閉鎖機能検査の詳細(クインテッセンス出版)
ブローイング検査の評価基準と鼻咽腔閉鎖機能判定(クインテッセンス出版)
VPIに対する訓練・治療法を選ぶ際には、原因の分類が最初のステップです。原因は大きく①誤学習、②神経筋障害、③実質欠損の3種類に分かれます。
🔵 ①誤学習によるVPI
発声・発話パターンの学習エラーによって生じるケースです。主に小児の口蓋裂術後や構音発達の遅れに伴うものが多く、この場合は構音訓練単独での改善が最も期待されます。正常な口蓋帆咽頭閉鎖機能が備わっているにもかかわらず、誤った発音習慣によって鼻漏出が生じているからです。
🟡 ②神経筋障害によるVPI
脳卒中・パーキンソン病・ALS等の神経疾患や筋疾患によって軟口蓋の運動機能が低下しているケースです。この場合は構音訓練に加え、PLP(軟口蓋挙上装置) や スピーチエイド(バルブ型発音補助装置) の装着、あるいはCPAPによる賦活訓練プログラムが有効とされています。
🔴 ③実質欠損によるVPI
口蓋腫瘍切除後や外傷による口蓋欠損など、物理的に軟口蓋の組織量が不足しているケースです。この場合は口腔装置または外科的手術(咽頭弁形成術・口蓋延長手術等) との組み合わせが必要になります。
3つの原因を正確に鑑別するのが基本です。ここを省略すると、誤った訓練を続けることになります。特に注意すべきなのは、重度のVPIに対してブローイング訓練を繰り返すケースです。口蓋帆挙筋は発音時に最大筋活動の30〜40%を使えば十分な健常者と比べ、境界線上のVPIでは70%以上の筋活動を要求されます。これは「最大努力の70%以上では筋疲労により作業継続が困難になる」とされる筋疲労の閾値を超えており、ブローイングを続けるほど筋が疲弊し機能が低下するリスクがあるのです。
つまり原因分類なしの訓練開始は禁物です。
参考:VPI分類と治療選択の考え方(日本ディサースリア臨床研究会)
口蓋帆咽頭閉鎖機能の評価と治療(舘村卓,ディサースリア臨床研究 Vol.6 No.1)
ブローイング訓練は、軽度〜中等度のVPIや機能的な鼻漏出に対して行われる、最もオーソドックスな訓練法です。目的は「吹く動作を通して鼻咽腔を閉鎖し口腔内圧を高める感覚を学習させること」にあります。
代表的なブローイング訓練の方法は以下の3つです。
| 方法 | 手順 |
|------|------|
| ペットボトルブローイング | 水を入れたペットボトルにストローを差し込み、泡が立つように長く吹き続ける。ペットボトルの蓋の締め具合で呼気圧を調整(緩め:低圧、締め:高圧)。目標は10秒以上の持続 |
| コップ水ストロー法 | コップの水をストローで吹いてブクブク泡立てる。簡便で患者の理解が得やすい |
| 吹き戻し法 | 吹き戻し玩具(まき鳥など)を使用。ただし製品規格がばらつくため評価用途での利用には注意が必要 |
訓練は1回あたり10〜30秒の吹き続けを目安に、食事前後を除いた時間帯に毎日複数セット実施します。実施後は必ず疲労度を確認し、声質の変化(開鼻声の増悪)や構音の乱れが生じていないかを評価します。
注意点が3点あります。
まず、呼気鼻漏出がある状態での構音訓練はすべて鼻孔閉鎖下で行うことが原則とされています。これは、鼻腔に呼気が漏れている状態で構音パターンを練習しても、正しい口腔内圧フィードバックが得られないからです。鼻孔を指先で軽く押さえながら発音練習を行うことで、正確な感覚入力が確保されます。
次に、VPI重症例に対してはブローイング訓練の効果は期待できない点です。前述した筋疲労の問題から、まずPLPやスピーチエイドで物理的に口腔と鼻腔を分離し、感覚フィードバック機構が正常に働く環境を整えてから構音訓練を行う順序が推奨されています。
さらに、寒冷刺激法(コールドスティミュレーション) の併用も有効な場合があります。凍らせた綿棒等で軟口蓋に冷刺激・圧刺激・微振動刺激を与えて軟口蓋反射を誘発する方法で、ブローイング訓練前の準備運動的な位置づけで使われることが多いです。
ブローイング訓練だけでは限界がある中等度以上のVPIに対して、歯科が持つ強力なアドバンテージが口腔装置の製作と調整です。代表的な2種類の装置を確認します。
🦷 PLP(軟口蓋挙上装置:Palatal Lift Prosthesis)
PLPは、義歯型の口蓋床に「挙上子(尻尾の部分)」を付加した補綴装置です。軟口蓋の下面を挙上子が物理的に押し上げることで、神経筋障害により自力では挙上できない軟口蓋を支持します。装着の効果として、①開鼻声の改善(発話明瞭度の向上)、②嚥下時の鼻腔逆流防止、③嚥下時の正常咽頭圧形成、の3点が期待されます。特に発話明瞭度については即時効果(装着直後の改善)が確認されており、患者・家族が変化を実感しやすい点が特徴です。
PLP装着時の大切なポイントは、挙上量を段階的に増やす調整過程にあります。一気に軟口蓋を挙上すると口蓋舌筋が引き伸ばされ嘔吐反射が生じるリスクがあるため、数週間〜数ヶ月かけて徐々にレジンや即時重合レジンで挙上子を延長します。装置調整と構音訓練を並行して行うことで、口蓋帆挙筋の自発的な活動を引き出すことが目標です。
🦷 スピーチエイド(バルブ型発音補助装置)
スピーチエイドは上顎に装着する口蓋床の先端部に「バルブ(栓)」を設けた装置です。このバルブが口腔と鼻腔の境界を物理的に塞ぐことで、呼気が鼻腔へ漏れるのを防ぎます。PLPとの違いは、挙上子で軟口蓋を押し上げる代わりに、鼻咽腔の開口部を直接塞ぐ設計にある点です。実質欠損が大きく軟口蓋の挙上力だけでは閉鎖が難しい症例や、PLPに嘔吐反射が強く出る症例での代替として選択されます。
構音訓練との連携における重要な視点があります。PLPもスピーチエイドも、装置を装着した状態で構音訓練を行うことで、口腔と鼻腔が気密に分離され、本来の感覚フィードバック機構が機能します。つまり「装置でフィードバック環境を整えてから言語訓練を行う」ことで、訓練効果が大幅に高まるのです。歯科医療職と言語聴覚士が連携する意義はまさにここにあります。
これは使えそうです。
参考:PLP・スピーチエイドの詳細と治療効果(日本摂食嚥下リハビリテーション学会 訓練法まとめ2014)
訓練法のまとめ(2014版)日本摂食嚥下リハビリテーション学会(軟口蓋挙上装置を用いた訓練の項参照)
参考:PLPの効果と構造についての解説(栃木県歯科医師会 摂食嚥下指導マニュアル)
摂食嚥下指導マニュアル(栃木県歯科医師会)−PLPの効果と調整ポイント
一般的なブローイング訓練やPLPの使用法は多くの現場で知られていますが、近年の音声言語生理学的研究が示す「感覚フィードバック制御」という視点は、まだ臨床に十分浸透していません。ここにVPI訓練の本質的な改善ポイントがあります。
口蓋帆挙筋の活動は、口腔内圧の変化を検出するフィードバック機構によって制御されています。健常者であれば、呼気が鼻腔に漏れ始めると口蓋帆挙筋の活動が自動的に高まり、閉鎖状態を回復します。ところがVPIでは、鼻腔気流が増加してもこの自動修正機構が十分に作動しません。この問題に対するアプローチがCPAP(持続陽圧呼吸療法)を用いた鼻咽腔閉鎖賦活訓練です。
CPAPを鼻に装着し、鼻腔内圧を人工的に上昇させることで口蓋帆挙筋の活動を引き出す、約2ヶ月間のプログラムが提案されています。研究結果では、CPAP施行直後にナゾメータ値(鼻音化度)が低下した症例が一定数報告されており、特に境界線上のVPI(単音節は正常だが会話レベルで閉鎖が破綻するケース)への効果が示されています。
一方で、歯科臨床において即座に導入できるより実践的なアプローチとして、訓練環境のフィードバック整備が重要です。具体的には以下のような工夫が有効です。
- 鼻息鏡のリアルタイム使用:訓練中に鼻孔下に鼻息鏡を当て、患者自身が曇りの変化を見ながら発声する視覚的フィードバック
- スマートフォンアプリによる音声分析:開鼻声の特徴周波数帯を可視化できる無料アプリを活用し、発話の変化を数値で確認
- 録音・再生フィードバック:訓練前後の発話を録音・比較再生することで、患者の自己モニタリング能力を高める
これらのアプローチは、口蓋帆挙筋の「運動感覚学習」を促進するという意味で理にかなっています。鼻漏出は目に見えない問題だからこそ、視覚・聴覚フィードバックを積極的に補助に使うことで訓練の定着率が上がります。
厳しいところですね。
また見落とされがちな点として、プッシング・プリング法の活用があります。壁を強く押す・椅子の座面を引き上げるといった上肢への力入れ動作が、反射的な息こらえと軟口蓋挙上を同時に誘発します。この方法はVPIの重症度を問わず比較的早期から導入しやすく、構音訓練前のウォームアップとしても機能します。ただし、高血圧や心疾患のある患者には過度な力入れを避けるよう指導が必要です。
VPI訓練は「吹く練習」だけではない、これが条件です。原因分類・環境整備・装置との協働という3軸を整えることで、はじめて鼻漏出の改善は確実なものになります。
参考:VPI評価と治療の生理学的根拠(日本摂食嚥下リハビリテーション学会 認定試験関連)
鼻咽腔閉鎖・咽頭収縮・喉頭閉鎖訓練の理論的背景(日本摂食嚥下リハビリテーション学会 eラーニング)

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