咬合紙を噛ませれば痛みの原因はすぐわかる、と思っているなら、それは調整ミスの入口です。
義歯の咬合調整は、「痛いところを削れば終わり」という単純な作業ではありません。調整には明確な順序があり、その順番を守ることが結果の精度を大きく左右します。北海道医療大学の診療マニュアルをはじめとする複数の資料では、以下の7ステップが標準的な手順として示されています。
| ステップ | 内容 | 使用材料・器具 |
|---|---|---|
| ① | 着脱時の疼痛・小帯との干渉確認 | 適合試験材(ペーストタイプ) |
| ② | 手指圧下での義歯床粘膜面の調整 | フィットチェッカー等(シリコーンタイプ) |
| ③ | ロールワッテ介在下での義歯床粘膜面の調整 | ロールワッテ |
| ④ | 咬頭嵌合位での咬合調整 | 咬合紙・咬合紙ホルダー |
| ⑤ | 疑似咀嚼運動時の義歯床粘膜面の調整 | ロールワッテ・適合試験材 |
| ⑥ | 偏心運動時(側方・前方)の咬合調整 | 咬合紙 |
| ⑦ | 最終確認・患者指導 | — |
重要なのはステップ④についてです。咬頭嵌合位での咬合調整をしている最中に粘膜面の痛みが出た場合、その痛みは「咬合の不調和に起因した粘膜圧迫」です。このとき、義歯床粘膜面を削ってしまう誤りを犯すと問題が解決しません。咬合調整を先に完結させることが原則です。
つまり「痛い場所=削る場所」ではない、という認識が基本です。
北海道医療大学 診療マニュアル(義歯調整):義歯調整の7ステップを詳細に記載した公式資料
咬合調整の主役は咬合紙(こうごうし)です。噛んだときにカーボンのインクが歯面に転写され、接触している部位が可視化されます。ただし、咬合紙の色が付いた箇所を「どちらの顎から削るか」の判断が、実際の難しさの核心です。
上顎にも下顎にも着色するため、どちらを削るべきかで悩む場面が多く出てきます。そこで役立つのが以下の法則です。
法則の使い分けが条件です。どの法則を使うにしても、咬合紙は光に透かして「抜け方」も確認する習慣をつけると、接触の均一性がより正確に把握できます。また、咬合紙は短冊状と馬蹄状のどちらでも使えますが、用途に応じて使い分けると検査精度が上がります。
咬合紙の色が均等にバランスよく抜けていれば問題なしです。
3B Laboratories「咬合調整の上手なやり方とは?調整方法とコツを解説」:BULL則・DUML則・MUDL則を詳しく解説した専門コラム
義歯を口腔内に入れたまま咬合調整するだけでは、精度に限界があります。それがリマウント法が重要視される理由です。
総義歯は粘膜の上に乗っているだけなので、タッピング(コンコン噛む動作)をしても義歯床が少し動いてしまいます。その状態で咬合紙を印記すると、一見バランスよく当たっているように見えても、実際には左右どちらかに早期接触が隠れているケースが多くあります。ある症例報告では、口腔内では均等に見えた咬合接触が、リマウント後に咬合器上で確認すると左右第一小臼歯部に明確な早期接触が認められた、という事例も報告されています。
リマウント法の基本的な流れは次のとおりです。
リマウント時の咬合採得で重要なのは、上下の人工歯同士が接触する直前の高さで採得することです。人工歯同士を完全に接触させると義歯床が動いてしまい、正確な顎位を記録できません。これはプレス直前の「触れる手前」でコンパウンドなどを用いて採得するイメージです。
リマウントが手間でも、チェアサイドでの調整時間は逆に短くなるというのは意外ですね。
実際の臨床報告によると、リマウント調整を新義歯装着時に行った症例では、装着後の調整回数が少なくて済む傾向があるとされています。先にリマウントで咬合の問題を解決しておくことで、後の調整は義歯床の適合調整だけに集中できる、という考え方が広まっています。
GC「迷わない総義歯調整のポイント」:リマウント法と適合試験材の使い方を症例とともに詳解した専門資料
義歯調整では咬合紙と並んで、適合試験材の選択が仕上がりの質を決めます。適合試験材には大きく分けてシリコーンタイプとペーストタイプの2種類があります。それぞれに得意・不得意があるため、場面に応じて使い分けるのが現場のプロです。
シリコーンタイプで均一に試験材の厚みが出ていれば適合良好のサインです。一方、特定部位だけ試験材が薄く抜けていれば、そこに過剰な圧がかかっていることを意味します。例えるなら、粘土を義歯に乗せて押しつけたとき、一か所だけ薄くなっているイメージです。
2種類の使い分けが条件です。どちらか一方だけに頼らず、目的に応じて組み合わせることで見落としを防げます。なお、フィットチェッカーの後継として開発されたフィットチェッカーONEは、垂れにくく操作性が高まったと評価されており、従来品と結果の差はほとんど見られないとされています。
義歯の辺縁が長すぎる部位も、シリコーンタイプで機能運動を行うと明確に検出できます。小帯部のような動きの大きい粘膜には特に有効です。
GC 専門資料(上記と同一):シリコーンタイプとペーストタイプの特性比較表を含む参考資料
義歯咬合調整は保険診療の対象ですが、算定には明確な要件があります。これを正確に把握していないと、レセプト査定(差し戻し)や不正請求とみなされるリスクがあります。意外に思えるかもしれませんが、咬合調整の保険点数は算定できる回数が法律で厳格に制限されています。
算定要件として認められている病態は次の4つに限定されます。
保険点数は歯数によって2区分に分かれています。
| 調整した歯数 | 点数 |
|---|---|
| 1歯以上10歯未満 | 40点 |
| 10歯以上 | 60点 |
5本調整しても9本調整しても40点という点は重要です。つまり1回の来院でまとめて調整した方が患者・医院双方にとって効率的です。
さらに重要なのが算定頻度です。咬合調整は同一初診内において、6ヶ月に1回しか算定できません。複数の対象病態が重なっていても、何度も算定することはできない点に注意が必要です。レセプトの適応欄には「どの目的での咬合調整か」を明記する義務があります。
また、歯周炎の治療中に咬合調整を行った場合でも、SPT(歯周病安定期治療)や歯周病重症化予防治療を開始した後は、これらの点数に含まれることになり、咬合調整の点数を別途算定できなくなります。これは知らないと損する点です。
算定タイミングと記録が正確に揃えば問題ありません。
3B Laboratories「咬合調整の診療報酬」:令和2年度時点の算定要件・点数・算定回数制限を整理したコラム(最新版は厚労省告示で要確認)