悪性の細胞診結果が出ても、組織型が「SDC」と一致する確率はわずか14%前後しかありません。
唾液腺導管癌(Salivary duct carcinoma:SDC)は、1968年にKleinsasserらが初めて報告した高悪性度の唾液腺悪性腫瘍です。その最大の特徴は、病理組織学的に乳腺の浸潤性乳管癌(invasive ductal carcinoma)と極めて類似した像を呈する点にあります。
顕微鏡で観察すると、腫瘍細胞は大型で好酸性の細胞質を持ち、明瞭な核小体と類円形の核を有します。増殖パターンは篩状構造(cribriform pattern)、乳頭状(papillary)、充実性(solid)の3つが混在することが多く、腫瘍内部には面皰壊死(comedonecrosis)がしばしば認められます。これはちょうどカーネーションの断面のように、壊死細胞が管状構造の中心部に詰まったように見える所見で、SDCの診断において重要な所見です。
乳腺の浸潤性乳管癌との組織像上の類似は非常に高く、転移巣や生検材料から診断する際には「唾液腺原発か乳腺転移か」の鑑別が問われることもあります。重要な鑑別点として、SDCはエストロゲン受容体(ER)・プロゲステロン受容体(PR)がほぼ全例陰性である一方、アンドロゲン受容体(AR)が高率に陽性を示すという免疫組織化学的プロフィールが挙げられます。乳腺の浸潤性乳管癌ではARが陽性になることも一部ありますが、ER・PRが陽性の例が多い点で区別の手がかりになります。
つまり「ER陰性・PR陰性・AR陽性」が基本です。
好発部位は耳下腺(耳の前の最大の唾液腺)で、症例の大半を占めます。顎下腺発生例も報告されており、歯科・口腔外科が遭遇する機会もあります。患者背景は60歳代の男性に偏っており、性差・年齢分布も乳腺の導管癌とは対照的な特徴を示します。
参考となる病理組織像と免疫染色の解説は、日本口腔病理学会による口腔病理基本画像アトラスで確認できます。
SDCの病理診断において免疫組織化学染色(IHC)は欠かせない手段です。なかでも臨床的に重要なのが、AR・HER2・EGFRの3つのマーカーです。
ARの陽性率は報告によって差はありますが、概ね85〜100%の症例で陽性とされています。前述の通り、ER・PRがほぼ全例陰性のなかでARが高率に陽性を示すパターンは、SDCを他の唾液腺悪性腫瘍から区別するうえで強力な根拠になります。また、ARの発現は治療標的としても近年注目されており、アンドロゲン遮断療法の適応判断に直結します。
HER2(HER-2/neu:ヒト上皮成長因子受容体2型)の陽性率は約50〜57%と報告されており、乳腺の浸潤性乳管癌での陽性率(約20%)を大きく上回ります。判定方法は乳癌に準じてASCO/CAPガイドラインに基づくIHCスコアリングが用いられ、「3+」が明確な陽性、「2+」は蛍光in situハイブリダイゼーション(FISH法)による遺伝子増幅の確認が推奨されます。HER2陽性例ではトラスツズマブをはじめとする抗HER2療法の恩恵が期待でき、薬物療法の戦略に大きく影響します。
EGFRの陽性率は約71%との報告があり、こちらも比較的高率です。ただし現時点ではEGFR陽性に対する標準的な分子標的治療はSDCで確立されていないため、現状は研究的位置づけです。
MIB-1(Ki-67)ラベリングインデックスは腫瘍細胞の増殖活性を示す指標で、SDCでは平均値が30%前後と非常に高い値を示します。一般的に20%以上で「高増殖活性」と判定され、予後不良と相関するとされています。
これが条件です:AR・HER2・MIB-1の3項目がSDC診断の柱になります。
ER・PRは全例陰性が原則です。もしER・PRが陽性であれば、乳腺原発の転移や別の組織型との鑑別を優先する必要があります。
SDCの発生起源による分類は、病理的にも臨床的にも重要な視点です。大きく2つに分けられます。
ひとつは、正常な唾液腺組織から新たに発生する「de novo SDC(新規発生型)」です。もうひとつは、良性腫瘍である多形腺腫(pleomorphic adenoma:PA)が長年経過ののちに悪性転化して生じる「多形腺腫由来癌に含まれるSDC(SDC ex pleomorphic adenoma:SDC ex PA)」です。
多形腺腫は唾液腺腫瘍の中で最も頻度が高い良性腫瘍で、全唾液腺腫瘍の約60%を占めます。30〜40歳代に多く発生し、緩慢な発育が特徴ですが、長期間放置または繰り返し再発すると、その一部(約6〜10%)が悪性転化します。悪性転化した場合の主な組織型がSDCです。つまり「20年来の耳下腺しこりが急に大きくなった」という訴えがあれば、SDC ex PAを積極的に疑う必要があります。
意外ですね。良性腫瘍が放置で命に関わるがんになりうるということです。
病理組織学的には、SDC ex PAの切除標本の中に残存する多形腺腫成分(良性部分)と、悪性転化した導管癌成分の両方が確認されます。ER・PR・AR・HER2の発現パターンはde novo SDCと基本的に同様ですが、HER2がequivocal(判定保留)になりやすいという報告もあり、注意が必要です。
歯科・口腔外科の外来では、患者が「昔から耳の前にコリコリしたものがある」と話す場面は珍しくありません。そのような既往を持つ患者が急速な増大や顔面神経麻痺の症状を呈した際には、単純な炎症や再発多形腺腫として経過観察するのではなく、迅速な生検・病理検索が求められます。
日本医事新報社:唾液腺悪性腫瘍の現在の治療(多形腺腫由来癌の概説含む)
SDCの最大の臨床問題は、手術後の再発・転移率の高さです。5年生存率は20〜30%とされており、唾液腺悪性腫瘍の中で最も悪性度が高い組織型のひとつに位置づけられています。リンパ節転移率は約60%、遠隔転移率は約50%、死亡率は約65%という報告があり(耳鼻咽喉科学会誌)、手術と術後放射線療法を行っても予後は依然として不良です。
これは使えそうです。病理レポートで脈管浸潤・神経浸潤の有無をいかに正確に読むかが、患者の転帰を左右します。
病理的な予後因子として複数の研究で挙げられているのは次の項目です。
なかでも「脈管浸潤もしくは神経浸潤の所見がある症例は、その後の全例で再発・転移が認められた」という単施設の検討結果は注目に値します。逆に、両者がともに陰性の症例は再発・転移なしで生存していたとの報告があり、術後フォローアップの強度を判断する根拠として活用できます。
病理レポートを受け取った際、脈管浸潤・神経浸潤の記載を見逃さないことが基本です。これらの所見は術後化学放射線療法(CCRT)の適応、照射野の設定、さらにはHER2標的治療・アンドロゲン遮断療法の検討タイミングに直結します。
KAKEN(科学研究費データベース):唾液腺導管癌の個別化治療へ向けた癌ゲノム解析研究(予後因子・分子病理学的解析)
手術前の診断手段として、唾液腺腫瘍に対する穿刺吸引細胞診(FNA:fine needle aspiration)は広く行われています。しかしSDCにおいては、FNAの特性をしっかり理解しておかないと判断を誤る危険性があります。
まず悪性の判定精度については、SDCのFNAは比較的良好で、悪性正診率は85〜87%と報告されています。悪性かどうかを大まかに判定するうえでは有用です。
厳しいところですね。問題は「組織型」の推定精度です。
唾液腺悪性腫瘍全体での組織型一致率は20〜33%と非常に低く、SDCに限るとさらに低い報告があります。ある検討では7例中6例が「Class V(悪性)」と正しく診断されたものの、術前にSDCと組織型まで診断できたのは1例のみ(14.2%)にとどまっていました。細胞診で最も多く推定されたのは粘表皮癌であり、SDCは過小評価されやすい傾向があります。
この背景には、SDCの細胞診所見が他の高悪性度腺癌と重複することが多く、篩状構造や乳頭状構造の識別が難しいこと、さらに採取量が不十分な場合に判定が困難になることが挙げられます。
対策として近年注目されているのが、細胞診検体に対してAR免疫染色を追加する手法です。ARは組織切片だけでなく細胞診検体にも適用可能であり、AR陽性の所見が得られればSDCを強く示唆できます。複数回の穿刺とAR免疫染色の組み合わせが、SDCの術前組織型診断の精度向上に寄与するとの報告があります。
歯科・口腔外科従事者が関わる局面としては、耳下腺・顎下腺腫瘍の紹介や術前インフォームドコンセントの補助が多いでしょう。「FNAで悪性と出たが組織型は不明」という状況は決して珍しくありません。その場合でも「術後の病理でSDCと確定することがある」「脈管浸潤や神経浸潤の有無が追加治療を左右する」という知識を持っていることが、患者への適切な説明につながります。
| 指標 | SDCにおける数値 | 備考 |
|---|---|---|
| FNA悪性正診率 | 85〜87% | 悪性判定は比較的精度が高い |
| 組織型一致率 | 14〜20% | SDCと術前確定は困難 |
| AR陽性率 | 85〜100% | 細胞診へのAR免疫染色適用が有効 |
| HER2陽性率(3+) | 約50〜57% | 抗HER2療法の適応判断に使用 |
| MIB-1 index(平均) | 約30〜32% | 20%以上で高増殖活性・予後不良 |
| 5年生存率 | 20〜30% | 唾液腺癌中最高悪性度のひとつ |