唾液腺の治療にアンドロゲン阻害薬が既に承認されているのをご存じですか?
アンドロゲン受容体(AR)は、男性ホルモンであるテストステロンやジヒドロテストステロン(DHT)と結合する核内受容体です。この受容体は精巣、前立腺、骨格筋、骨、脳、肝臓、皮膚だけでなく、女性の乳腺や卵巣にも発現しています。 ja.wikipedia(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%83%B3%E3%83%89%E3%83%AD%E3%82%B2%E3%83%B3%E5%8F%97%E5%AE%B9%E4%BD%93)
口腔領域では、唾液腺に特に高い発現が認められます。耳下腺、顎下腺、舌下腺といった大唾液腺と、口腔粘膜内に広く分布する小唾液腺の両方がアンドロゲン受容体を持っています。マウスの研究では、顎下腺のアンドロゲン受容体は雄性では核内に多く、雌性では細胞内に多く存在することが確認されています。 ncc.go(https://www.ncc.go.jp/jp/information/pr_release/2026/0323/index.html)
つまり唾液腺が男性ホルモンの標的臓器ということですね。
歯周組織においても、歯肉線維芽細胞や歯槽骨を構成する骨芽細胞にアンドロゲン受容体が存在します。これらの組織では、アンドロゲンが細胞質内のアンドロゲン受容体に結合すると、受容体の核内移行が誘導され、標的遺伝子の発現を制御します。 ir.library.osaka-u.ac(https://ir.library.osaka-u.ac.jp/repo/ouka/all/61665/28789_Abstract.pdf)
興味深いことに、唾液腺導管癌は前立腺がんと類似した特徴を持っています。前立腺がんではアンドロゲンによるホルモン刺激に依存して増殖するため、アンドロゲン遮断療法が有効です。同様に、唾液腺導管癌に対してもアンドロゲン遮断療法の有効性が検証されてきました。 acrf.or(https://www.acrf.or.jp/joseikin/H28/020.pdf)
2026年3月23日、アンドロゲン受容体陽性唾液腺がんに対して、アンドロゲン受容体阻害薬ダロルタミドとゴセレリンの併用療法が効能追加承認されました。国内多施設共同第II相試験(DISCOVARY試験)では、奏効割合45.2%、無増悪生存期間中央値13.1か月という良好な抗腫瘍効果が示されています。 ncc.go(https://www.ncc.go.jp/jp/information/pr_release/2026/0323/index.html)
これは唾液腺がんに対する世界初のホルモン療法承認です。 ncc.go(https://www.ncc.go.jp/jp/information/pr_release/2026/0323/index.html)
この承認により、再発・転移を有する予後不良な患者さんにとって、生活の質(QOL)を維持しながら治療を継続できる期間が延長することが期待されます。歯科医療従事者としては、唾液腺腫瘍の診断時にアンドロゲン受容体の発現を確認することが、治療選択において重要な意味を持つようになりました。 ncc.go(https://www.ncc.go.jp/jp/information/pr_release/2026/0323/index.html)
国立がん研究センターの発表
唾液腺がんに対するダロルタミドの効能追加承認と臨床試験の詳細な結果が掲載されています。
ホルモンバランスの変化は歯周組織に予想外の影響を及ぼします。特に注目すべきは、乳がん治療で使用されるアロマターゼ阻害薬アナストロゾールの副作用です。 ir.library.osaka-u.ac(https://ir.library.osaka-u.ac.jp/repo/ouka/all/61665/28789_Abstract.pdf)
アロマターゼ阻害薬は、アンドロゲンからエストロゲンへの変換を阻害する薬剤です。大阪大学の研究では、アナストロゾールを服用した70代女性が、薬剤投与後1か月以内に著明な浮腫性の歯肉腫脹を発症した症例が報告されています。この患者さんは近医で歯周治療を受けていたにもかかわらず症状が改善せず、全顎的に重度の歯槽骨吸収が認められました。 ir.library.osaka-u.ac(https://ir.library.osaka-u.ac.jp/repo/ouka/all/61665/28789_Abstract.pdf)
in vitro研究では、アナストロゾールが歯肉線維芽細胞におけるI型およびIII型コラーゲンのmRNA発現を亢進させることが明らかになっています。さらに、歯肉線維芽細胞における歯周病原性細菌依存性の炎症反応を亢進させることも確認されました。 ir.library.osaka-u.ac(https://ir.library.osaka-u.ac.jp/repo/ouka/all/61665/28789_Abstract.pdf)
骨吸収を亢進させ歯周病を悪化させる可能性があります。
このメカニズムには、エストロゲン濃度低下とアンドロゲン濃度増加という性ホルモンバランスの変調が関与しています。アナストロゾールは歯周組織構成細胞に直接作用し、浮腫性歯肉腫脹の病態を引き起こすと同時に骨吸収を亢進させると考えられています。 ir.library.osaka-u.ac(https://ir.library.osaka-u.ac.jp/repo/ouka/all/61665/28789_Abstract.pdf)
歯科診療において、乳がん治療中の患者さんの服薬歴を確認することは、歯周病の進行リスクを評価する上で重要です。特にアロマターゾ阻害薬を服用している患者さんでは、より積極的な歯周病予防処置が必要になる可能性があります。
アンドロゲンは骨形成を促進する重要なホルモンです。テストステロンの血中濃度が低下すると骨量減少が認められることから、アンドロゲンによる骨量維持作用の存在が想定されています。 webview.isho(https://webview.isho.jp/journal/detail/abs/10.19020/J02201.2014295633)
骨芽細胞には細胞質型と膜結合型の両方のアンドロゲン受容体が存在します。ジヒドロテストステロン(DHT)がこれらの受容体を活性化すると、骨芽細胞の増殖と分化が刺激されます。興味深いことに、アンドロゲンは細胞膜結合型シグナル伝達ノードを迅速に活性化させ、核内アンドロゲン受容体機能を促進することが明らかになっています。 cosmobio.co(https://www.cosmobio.co.jp/aaas_signal/archive/ra-20240130-2.asp)
核内受容体と膜受容体の連携が鍵です。
歯槽骨もこのアンドロゲンシグナルの影響を受けます。骨シアロタンパク質(BSP)遺伝子の転写に対するアンドロゲン受容体の影響が研究されており、歯周組織の骨代謝調節におけるアンドロゲンの役割が注目されています。 jstage.jst.go(https://www.jstage.jst.go.jp/A_PRedirectJournalInit/-char/ja/?sryCd=perio&noVol=49&noIssue=1&kijiCd=49_1_27&screenID=AF06S010)
近年の研究では、アンドロゲン受容体の骨組織での機能や転写調節におけるエピジェネティクス制御が明らかになりつつあり、骨粗鬆症治療の新たな標的となりうると考えられています。歯科領域においても、インプラント治療や歯周組織再生療法における骨代謝の理解に、アンドロゲン受容体の知識が役立つ可能性があります。 academia.carenet(https://academia.carenet.com/share/news/b0e5a960-7360-4e48-bd72-d61a2e73bdaa)
口腔粘膜におけるアンドロゲン受容体の分布は、組織によって大きく異なります。口腔粘膜のアンドロゲン受容体局在と反応性を調査した研究により、ヒト口腔粘膜はアンドロゲン反応性が限定的であることが示されています。 academia.carenet(https://academia.carenet.com/share/news/775e0508-daba-4be6-9d76-0026fa14be66)
この発見は尿道下裂手術における口腔粘膜移植の有効性を評価する上で重要な意味を持ちます。尿道組織はアンドロゲン受容体を豊富に発現しており、男性ホルモンの影響を強く受けますが、移植に使用される口腔粘膜はアンドロゲン反応性が低いため、移植後の組織の振る舞いが異なる可能性があります。 academia.carenet(https://academia.carenet.com/share/news/775e0508-daba-4be6-9d76-0026fa14be66)
限定的な反応性が移植材料として重要です。
唾液腺における受容体分布も特徴的です。マウス唾液腺の研究では、耳下腺、顎下腺、舌下腺の順にアンドロゲン受容体のmRNA発現量が高いことが報告されています。顎下腺ではアミラーゼmRNA発現に性差が認められ、アンドロゲン受容体の機能的な性差が示唆されています。 kaken.nii.ac(https://kaken.nii.ac.jp/file/KAKENHI-PROJECT-23590231/23590231seika.pdf)
げっ歯類の顎下腺における顆粒管導管は、雌性に対し雄性で発達しており、これはアンドロゲン受容体を介した作用と考えられます。口腔組織における上皮成長因子や神経成長因子、カリクレイン、レニンなどがアンドロゲンで強く誘導されることも知られています。 ir.tdc.ac(https://ir.tdc.ac.jp/irucaa/bitstream/10130/79/1/107_163.pdf)
前立腺がん治療や唾液腺がん治療でアンドロゲン受容体阻害薬を服用している患者さんが増加しています。これらの薬剤は口腔環境に様々な影響を及ぼす可能性があるため、歯科医療従事者は適切な管理が必要です。
服薬中の患者さんでは唾液腺機能の変化に注意が必要です。アンドロゲンは唾液腺機能を修飾することが知られており、アンドロゲン受容体阻害により唾液分泌量が変化する可能性があります。唾液分泌量の減少は口腔乾燥症を引き起こし、う蝕リスクや歯周病リスクを高めます。 iwatemed.repo.nii.ac(https://iwatemed.repo.nii.ac.jp/record/8581/files/A021830223.pdf)
定期的な唾液分泌量のチェックが推奨されます。
また、前述のアロマターゼ阻害薬服用患者さんでは、歯周状態が健常者と比較して悪化するという報告があります。アンドロゲン受容体阻害薬やホルモン療法を受けている患者さんに対しては、通常よりも短い間隔でのメインテナンス来院を提案することが望ましいでしょう。 ir.library.osaka-u.ac(https://ir.library.osaka-u.ac.jp/repo/ouka/all/61665/28789_Abstract.pdf)
服薬歴の確認と口腔内の定期的な評価を組み合わせることで、ホルモン療法に伴う口腔合併症を早期に発見し、適切に対応することが可能になります。患者さんには口腔衛生指導を徹底し、セルフケアの質を向上させるサポートも重要です。