抜歯前に骨露出がなくても、あなたの患者はすでにMRONJを発症している可能性があります。
薬剤関連顎骨壊死(Medication-Related Osteonecrosis of the Jaw:MRONJ)は、2003年にMarxが初めて報告して以来、歯科臨床で対応を迫られる重要な疾患です。その後、ビスホスホネート(BP)製剤だけでなく、デノスマブ(Dmab)、ロモソズマブ、血管新生阻害薬など対象薬剤が拡大し、2023年に日本口腔外科学会を中心とした顎骨壊死検討委員会が最新のポジションペーパー(PP2023)を発表しました。
MRONJの診断基準は、以下の3項目すべてを満たす場合に確定されます。
- ① ビスホスホネート(BP)またはデノスマブ(Dmab)製剤による治療歴がある
- ② 8週間以上持続して、口腔・顎・顔面領域に骨露出を認める。または口腔内・口腔外から骨を触知できる瘻孔を8週間以上認める
- ③ 原則として、顎骨への放射線照射歴がない。また顎骨病変が原発性がんや顎骨へのがん転移ではない
この3要件が原則です。
ただしPP2023では重要な補足が追加されています。「8週間以上」という期間条件について、「8週以内であっても経過や画像所見などから明らかに治癒傾向のない骨壊死がみられる場合はMRONJと診断できる」とされた点は見逃せません。これは、抜歯前にすでに潜在的にMRONJが発症しているケースが多く確認されてきたことが背景にあります。
また、放射線照射歴がありBP・Dmab製剤も投与されている場合には、照射線量や累積投与量、画像所見を総合的に判断することが求められます。画像所見も病理組織学的所見も、他の顎骨骨髄炎と区別できる特異的な所見はないため、多くの臨床情報をもとにした総合診断が基本です。
日本口腔外科学会:顎骨壊死検討委員会ポジションペーパー2023(全文PDF)
MRONJのステージングはPP2023において整理されており、臨床での評価指針として機能します。ステージが上がるほど病変は重篤化し、治療方針も大きく変わります。
| ステージ | 主な臨床症状 |
|---------|-------------|
| ステージ1 | 無症状・感染なし。骨露出またはプローブで骨触知できる瘻孔 |
| ステージ2 | 感染・炎症を伴う骨露出または瘻孔。発赤・疼痛あり |
| ステージ3 | 下顎下縁・下顎枝への骨露出/壊死、上顎洞・鼻腔への病変、病的骨折、口腔外瘻孔 |
ステージ1では保存的治療または外科的治療の両方が選択肢になります。ステージ2・3では外科的治療のほうが治癒率は高く、全身状態が許すかぎり優先されます。
ここで特に注意が必要なのは「ステージ0(潜在性・非骨露出型病変)」の取り扱いです。これは臨床的に骨壊死の確証はないものの、歯周病や根尖性歯周炎と区別のつかない歯痛、顎の鈍い骨痛、神経感覚機能の変化、歯の動揺、口腔内外の腫脹などを呈するケースです。
PP2023ではステージ0を「分類」として残しつつも、診断基準(骨露出・瘻孔)を満たさないため、MRONJの診断・統計から外すと明記しました。一見すると重要度が下がったように見えますが、実際には逆です。ステージ0の約半数が治癒に向かう一方で、残り約半数はMRONJへ進展します。つまり、骨露出がなくても「通常の歯周病・根尖病変」として処理してしまうと、すでに潜在発症しているMRONJを見落とすリスクがあるということです。
これが歯科臨床において重大な意味を持ちます。ARA(BP・Dmab製剤)使用中の患者に根尖病変や歯周病の症状がある場合、MRONJの潜在的な進行を念頭に置いた慎重な診断が必要です。
厚生労働省:重篤副作用疾患別対応マニュアル「薬剤関連顎骨壊死・顎骨骨髄炎」(医療関係者向け)
MRONJの発症頻度は、薬剤の種類・用量・投与期間によって大きく異なります。この数字を把握しているかどうかは、患者説明の質にも直結します。
🔴 高用量(がん患者向け)の場合
高用量BP製剤(ゾメタ点滴静注など)を投与されたがん患者では、日本の調査で1.6〜32.1%にMRONJが発症しています。年間発症率は10万人あたり1,609.2人という報告もあります(呉市調査)。高用量Dmab(ランマーク皮下注)でも年間10万人あたり3,084.8人との報告があり、発症頻度は相当高い水準です。
🟡 低用量(骨粗鬆症向け)の場合
低用量では頻度がかなり下がります。骨粗鬆症患者への低用量ARA投与では、日本のレセプトデータを基にした調査で年間22.9人/10万人と報告されています。これは「10万人に1年間投与すると約23人に発症する」水準です。決して高くはないですが、ゼロではありません。
🔵 BP製剤の投与期間との関係
ゾレドロン酸では、投与2年間での発症率が1.6〜4%であるのに対し、2年超では3.8〜18%に増加するという報告があります。投与期間が長くなるほどリスクは段階的に上がることが数字からも明確です。
原因薬剤もPP2023でアップデートされました。従来の骨吸収抑制薬(BP製剤・デノスマブ)に加え、現在注目すべき対象薬剤は以下の通りです。
| カテゴリ | 代表的な薬剤名 |
|---------|-------------|
| BP製剤(高用量) | ゾメタ点滴静注、ゾレドロン酸点滴静注 |
| BP製剤(低用量) | フォサマック錠、ボナロン錠、アクトネル錠、ベネット錠 など |
| デノスマブ | ランマーク皮下注(高用量)、プラリア皮下注(低用量) |
| 抗スクレロスチン抗体 | ロモソズマブ(イベニティ皮下注)⚠️ |
| 血管新生阻害薬 | ベバシズマブ、スニチニブ |
| 免疫抑制薬 | メトトレキサート、エベロリムス |
ロモソズマブ(イベニティ)は骨形成促進と骨吸収抑制のデュアルエフェクトを持つ比較的新しい薬剤ですが、MRONJの報告が増えており、PP2023でも明確にリスク薬剤として記載されています。この薬剤を処方されている患者が来院した際には、他のARA使用患者と同様の注意が必要です。
国立がん研究センター:薬剤関連顎骨壊死(MRONJ)の予防と治療(全国共通がん医科歯科連携講習会テキスト)
「抜歯の前にBP製剤やデノスマブを休薬すべきか」という問いは、歯科臨床において長年議論されてきました。PP2023は、この問いに対して明確な答えを出しています。
結論は「原則として休薬しないことを提案する」です。
PP2023では、抜歯に際しての予防的休薬の有用性(MRONJ発症率の低下)を検討した複数の論文を系統的にレビューしましたが、いずれも休薬の利益を示す結果は得られませんでした。休薬の有用性を示すエビデンスが現時点では存在しないということです。
ここが重要なポイントです。
一方で、短期間の休薬による「害」(骨粗鬆症関連骨折の発症率増加・生存率低下・骨関連事象増加)を検討した論文は見当たらず、害については不明のままです。つまり「休薬しても予防効果があるとは言えない」ということを根拠に、原則休薬なしとしています。
ただし、薬剤別にいくつかの考慮事項があります。
低用量BP製剤の場合
長期投与(3〜5年以上)では非定型大腿骨骨折のリスクが上昇するため、脆弱性骨折リスクを評価した上でBP製剤自体の休薬または変更が検討されることがあります。ただし、これはMRONJ予防目的の休薬とは別の話です。
低用量Dmab製剤の場合
Dmab製剤は中止後に骨密度が急速に低下し、中止・長期延期後に椎骨骨折が増加するリスクが明確に示されています。そのため、中止しないことが望ましいとされています。なお、Dmab製剤投与後の血中濃度の推移を考えると、最終投与から約4か月後に抜歯を行うと骨の治癒面で良い結果が得られる可能性があり、予定手術では参考になります。
高用量ARAの場合
がんの骨転移などで高用量を投与されている患者については、抜歯の適否を慎重に判断し、他に代替できる治療法がないか先に検討することが求められます。
つまり、「全員に休薬」という一律対応は過剰であり、薬剤の用量・種類・全身状態に応じた個別判断が求められるということです。これは重要な認識転換です。
MRONJの予防において、歯科単独では対処できない現実があります。医師・歯科医師・薬剤師が情報を共有する医歯薬連携こそが、発症リスクを下げる実践的な鍵になります。
PP2023では、骨粗鬆症の治療を開始するすべての患者が歯科スクリーニングの対象であると明記しています。全例対象というのは重要な前提です。
歯科医師として連携時に処方医(主治医)へ提供すべき情報には、以下が含まれます。
- 口腔衛生状態の評価(歯周病・根尖病変の有無)
- 侵襲的歯科治療の予定・実施状況
- 不適合義歯・インプラント周囲炎の有無
- MRONJの発症・疑い症状の有無
一方、歯科医師が処方医から得るべき情報としては、使用中の薬剤名と用量・投与形態(経口か静注か)・投与期間、そして合併している全身疾患(糖尿病・自己免疫疾患・腎疾患など)が挙げられます。
実際、前立腺がん骨転移患者253例に対する前向き研究では、ゾレドロン酸投与中に3か月ごとの歯科的介入を行わなかった群では、行った群と比較してMRONJ発症リスクが2.59倍高かったと報告されています。これは歯科介入の効果を数字で示した重要なデータです。
連携が機能しないと、歯科医師は薬剤情報なしに抜歯を行い、処方医は口腔内の感染状況を把握しないまま骨吸収抑制薬を投与し続けるという状況が生じます。患者が被るリスクの大部分は、この情報断絶から生まれます。
実際の連携では、診療情報提供書や連携用紙(医科→歯科・歯科→医科の双方向)を活用することが推奨されています。地域によっては歯科医師会・医師会間で専用の連携フォーマットが整備されているため、確認しておく価値があります。
PMDA(医薬品医療機器総合機構):重篤副作用疾患別対応マニュアル「薬剤関連顎骨壊死・顎骨骨髄炎」
診断基準を正確に覚えていても、実臨床では見落としが起こりやすいポイントがあります。それが「通常の根尖病変や歯周病と見分けがつかないケース」です。
PP2023では、「歯周病や根尖性歯周炎の診断でもMRONJに進展するケースが存在するので注意を要する」と明記されています。つまり、ARA使用中の患者において根尖病変を通常通りに処置していたとしても、その時点ですでに骨壊死が潜在していた可能性があるということです。
問題を複雑にしているのが画像診断の限界です。パノラマX線・口内法X線では、骨融解像・骨硬化像・虫食い像が確認できることもありますが、MRONJに特異的な画像所見は現時点では報告がありません。CTでも同様で、通常の顎骨骨髄炎との鑑別が困難なケースが多く存在します。
MRIはこの点で比較的優位性があります。T1強調像で低信号、T2強調像・STIRで高信号という所見から、骨露出がない段階での骨髄炎や壊死前の病変を検出できる場合があります。ただし過小評価・過大評価の両方のリスクがあるため、CT・その他の画像と組み合わせた総合評価が必要です。
骨シンチグラフィーも有用です。排膿や骨露出がない段階(いわゆるステージ0相当)の症例でも、顎骨への集積を骨シンチで検出できたという報告があります。ARA使用患者に顎の鈍痛・歯の動揺・原因不明の違和感が続く場合には、骨シンチグラフィーによる精査を検討することが早期発見につながります。
歯根膜腔の拡大はMRONJの予兆所見として注目されてきましたが、歯槽硬線の肥厚はBP製剤の効果であり予兆所見ではないとの報告もあります。ルーチンの読影でこれらを混同しないよう注意が必要です。
また、抜歯後に骨露出を認めた場合、「抜歯によってMRONJが誘発された」と判断しがちですが、実際には抜歯前から潜在していた病変が抜歯によって顕在化(露出)したケースが多いと考えられています。抜歯操作自体がMRONJの原因とは一概に言えないという点は、PP2023が特に注意喚起している認識の転換です。
ARA使用中の患者への侵襲的処置前には、パノラマX線での「骨硬化の著明さ」「根尖透過像の境界不明瞭さ」「抜歯窩の長期残存」の有無を注意深く評価し、必要に応じてCT・MRIでの精査へ進む判断が求められます。
MSDマニュアル プロフェッショナル版:薬剤関連顎骨壊死(MRONJ)の診断と治療