上顎大臼歯用鉗子の種類と選び方、使用時の注意点

上顎大臼歯用鉗子は抜歯における基本器具ですが、適切な選択と使用方法を知らないと重大なトラブルにつながる可能性があります。種類や特徴、上顎洞穿孔などのリスク回避の方法を詳しく解説します。正しい知識で安全な抜歯を実現できるでしょうか?

上顎大臼歯用鉗子の種類と選び方

把持が浅いと滑って歯根が上顎洞に迷入します。


📋 この記事の3つのポイント
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上顎大臼歯用鉗子の基本規格

#10Sは左右共用、#18L/Rは左右専用で先端形状が異なります。 把持部の設計により確実な保持が可能です。

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上顎洞穿孔と歯根迷入のリスク

上顎大臼歯は上顎洞に近接しており、不適切な鉗子操作で歯根が洞内に迷入する偶発症が発生します。

ダイヤモンド加工による把持力向上

把持面にダイヤモンドダスト加工を施すことで滑りを防止し、歯質を確実に把持できます。


上顎大臼歯用鉗子の基本規格と形態的特徴


上顎大臼歯用鉗子は抜歯における基本的な器具であり、部位に応じた複数の規格が存在します。最も一般的な規格は#10Sで、これは上顎大臼歯の左右両側に使用できる汎用タイプとして知られています。この鉗子の特徴は、茎の部分に2つの屈曲があることです。


この屈曲は奥歯へのアクセスを容易にする設計となっています。


つまり屈曲が基本です。


一方、#18L(左側用)と#18R(右側用)は、第一大臼歯や第二大臼歯に対してより専門的に設計された左右専用の鉗子となります。これらは頬側の歯根形態に合わせた細かいフック状の突起を嘴部に持っているため、より確実な把持が可能になるのです。


上顎大臼歯は通常3本の歯根を持ち、その形態は複雑です。頬側に2本(近心頬側根と遠心頬側根)、口蓋側に1本の配置となっています。鉗子の嘴部はこの解剖学的特徴に対応する形状を持ち、歯頸部をしっかりと把持できる設計が施されています。全長は一般的に182mm~186mm程度で、術者の手に馴染みやすいサイズとなっているのが特徴です。


鉗子の材質はステンレス製が主流であり、滅菌処理に耐える耐久性を備えています。柄の内部には使用部位が明記されているモデルも多く、器具の取り違えを防止する工夫がなされています。価格帯は標準的なステンレス製で21,500円~26,100円程度です。


株式会社ヨシダの抜歯鉗子製品情報では、各規格の詳細な仕様や価格が確認できます


上顎大臼歯用鉗子の選択基準と部位別の使い分け

適切な鉗子選択は抜歯の成功率を大きく左右する要素となります。上顎大臼歯用鉗子を選ぶ際には、抜歯する歯の位置、歯冠の残存状況、歯根の形態、患者の開口量などを総合的に判断する必要があります。第一大臼歯と第二大臼歯では歯根の形態や歯冠の大きさが異なるため、同じ「上顎大臼歯用」でも最適な鉗子が変わることがあるのです。


歯冠が十分に残存している場合は、標準的な#10Sで問題なく抜歯できます。左右の区別なく使用できるため、診療の効率性が高いという利点があります。一方で、歯冠の崩壊が進んでいる場合や歯根の形態が特殊な場合には、左右専用の#18L/Rを使用することで、より確実な把持が可能になります。これらは頬側根の形態に沿った設計となっているため、滑りにくいという特徴を持っています。


智歯(親知らず)の抜歯には#8や#210Sといった専用の鉗子が用意されています。これらは通常の大臼歯よりもさらに奥に位置する歯へのアクセスを考慮した、より角度のついた設計となっているのです。智歯は萌出状態が不完全なことも多いため、鉗子での把持が難しい場合は挺子ヘーベル)との併用や分割抜歯を検討する必要があります。


小臼歯と大臼歯の鉗子を誤って使用すると、把持力が不十分となり歯冠破折のリスクが高まります。小臼歯用の#32や#4は嘴部が細く設計されているため、大臼歯には適用できません。逆に大臼歯用を小臼歯に使用すると、把持部が大きすぎて適切な位置に配置できないという問題が発生します。


器具の選択ミスによる医療事故も報告されており、平成16年から平成21年の期間だけで歯科における部位取り違えが70件報告されています。


つまり選択が重要です。


上顎大臼歯抜歯時の上顎洞関連リスクと予防策

上顎大臼歯の抜歯で最も注意すべき合併症が上顎洞穿孔と歯根の上顎洞迷入です。上顎洞は頬骨の内側に存在する空洞で、上顎大臼歯の根尖部と極めて近接しています。特に第一大臼歯と第二大臼歯の根尖は上顎洞底に突出していることが多く、抜歯時に上顎洞粘膜を損傷したり、歯根が洞内に落下したりするリスクが常に存在するのです。


上顎洞穿孔が発生すると、口腔と上顎洞が交通してしまい、飲食時に液体が鼻腔へ漏れる、鼻をかむと空気が口から抜ける、といった症状が現れます。放置すると上顎洞炎を引き起こし、片側の鼻閉、膨満感、上顎骨の痛みや圧痛が生じることになります。歯根が上顎洞内に迷入した場合は、感染源となって慢性的な上顎洞炎を引き起こすため、速やかな摘出が必要となるのです。


上顎洞迷入の統計を見ると、偶発症として患者が受診する時期は当日または翌日が57.9%を占めています。


つまり発見が早期です。


しかし逆に言えば、術中に気づかれずに終了してしまうケースも存在するということです。CBCT(コーンビームCT)による術前評価が推奨される理由は、歯根と上顎洞底の位置関係を三次元的に把握できるためです。


鉗子操作での予防策としては、把持位置を歯頸部にしっかりと設定することが最も重要となります。把持が浅いと鉗子が滑り、歯冠が破折して歯根だけが残る状況になります。この状態で無理に挺子を使用すると、歯根を上顎洞内に押し込んでしまうリスクが急激に高まるのです。鉗子は頬舌方向にゆっくりと持続的な弱い力で揺さぶり、歯槽骨を拡大させながら脱臼させることが原則となります。


上顎洞穿孔が発生した場合には、コラーゲン製の吸収性局所止血材を抜歯窩に填入し、必要に応じて縫合を行います。患者には鼻を強くかまない、ストローを使わない、くしゃみをする際は口を開けるなどの注意事項を伝えることが重要です。穿孔が小さければ2~3週間で自然閉鎖しますが、大きな穿孔の場合は外科的な閉鎖術が必要になることもあります。


銀座ソレイユ口腔外科のサイトでは上顎洞内歯牙迷入の詳細な解説と治療法が紹介されています


ダイヤモンド加工鉗子と把持力向上技術

従来のステンレス製鉗子では、歯質が湿潤状態にあると把持面が滑りやすいという課題がありました。この問題を解決するために開発されたのが、把持面にダイヤモンドダスト加工を施した抜歯鉗子です。ダイヤモンド粒子を電着させることで、鋸歯状のギザだけでは得られない強力なグリップ力を実現しています。


ダイヤモンド抜歯鉗子の最大の利点は、滑りを防止しながらも歯根膜を傷つけにくいという点にあります。自家歯牙移植を行う際には、歯根膜の保存が成功の鍵となりますが、通常の鉗子では把持力を高めようとすると歯根膜にダメージを与えてしまうジレンマがありました。ダイヤモンド加工により、適度な把持力で確実に歯を保持できるため、歯根膜を温存した抜歯が可能になったのです。


上顎大臼歯は把持が浅いと特に滑りやすい部位です。株式会社タスクのダイヤモンド抜歯鉗子#10Sは、上顎大臼歯専用の規格として把持面全体にダイヤモンド加工を施しており、価格は22,000円程度となっています。ヒューフレディグループ製の製品も同様の技術を採用しており、把持部内側のダイヤモンドダスト加工により滑りにくく、歯牙を確実に把持できると評価されています。


通常のギザ付き鉗子との比較では、ダイヤモンド加工鉗子は約30~40%把持力が向上するとされています。これは東京ドーム約0.3個分の面積に相当する把持面積の増加に匹敵するグリップ力です(あくまで比喩的表現ですが、それほどの差があるということです)。特に歯冠が部分的に崩壊している症例や、エナメル質が滑らかで通常の鉗子では把持しにくい症例において、その効果が顕著に現れます。


ダイヤモンド加工鉗子を使用する際の注意点としては、滅菌処理後もダイヤモンド粒子の脱落がないか定期的に確認することが挙げられます。高圧蒸気滅菌を繰り返すことで、わずかながら粒子が脱落する可能性があるためです。適切にメンテナンスすれば、通常使用で3~5年程度は十分な把持力を維持できるとされています。


上顎大臼歯用鉗子の正しい使用手技と安全管理

鉗子による抜歯は挺子(ヘーベル)よりも組織への損傷を抑えることができ、力や方向の調節がしやすいという利点があります。しかし正しい使用手技を理解していなければ、これらの利点は活かされません。上顎大臼歯用鉗子を使用する際の基本原則は、嘴部を歯頸部にしっかりと適合させて確実に把持することです。


嘴部を適合させる際は、舌側(上顎大臼歯の場合は口蓋側)から先に挿入するのが鉄則となります。頬側から先に入れてしまうと、口蓋側の嘴部が適切な位置に届かず、浅い把持となってしまうためです。把持が浅いと鉗子が滑脱し、歯冠破折や周囲組織の損傷を引き起こします。舌側には歯の落下に備えてガーゼを添えておくことも重要な安全対策です。


鉗子で歯を把持した後は、頬舌方向にゆっくりと揺さぶります。急激に強い力を加えると歯根破折や歯槽骨骨折のリスクが高まるため、持続的な弱い力を加えることを意識します。上顎前歯や下顎小臼歯のような単根で円錐状の歯であれば、頬舌的な揺さぶりに回転運動を組み合わせると効果的ですが、上顎大臼歯のような複根歯では回転運動を加えると歯根破折のリスクが高まるため避けるべきです。


鉗子の持ち方も重要なポイントです。柄の部分を手のひら全体で包み込むように持ち、示指を嘴部に近い位置に添えることで、細かい力の調節が可能になります。手首だけで操作するのではなく、肘や肩の動きも使って、身体全体で力をコントロールする意識を持つことが大切です。


抜歯後の確認事項として、抜去した歯の形態をよく観察し、歯根が完全に抜去できているかを確認します。歯根が破折している場合は、残存した破折片を必ず除去しなければなりません。破折片が残ると感染源となり、抜歯後の治癒不全や慢性的な疼痛の原因となります。抜歯窩底部に不良肉芽がある場合は、キュレットでよく掻爬しますが、この際に上顎洞への穿孔に十分注意する必要があります。


鉗子の滅菌管理も安全使用の重要な要素です。使用後は超音波洗浄で血液や組織片を完全に除去し、高圧蒸気滅菌(オートクレーブ)を行います。ヒンジ部分に可動不良がないか、嘴部に変形や摩耗がないかを定期的にチェックし、問題があれば速やかに交換または修理することが求められます。器具の寿命は使用頻度にもよりますが、適切に管理すれば5~10年程度は使用可能です。


上顎大臼歯用鉗子に関するトラブル事例と対策

実際の臨床現場では、鉗子の使用に関連した様々なトラブルが報告されています。最も深刻なケースとしては、抜歯鉗子の誤った使用法により患者が窒息死した事例も存在します。これは乳歯や過剰歯の抜歯時に、鉗子で把持した歯が咽頭へ落下し、誤嚥や窒息につながったものです。「空飛ぶ歯」と呼ばれるこの偶発症は、鉗子を「歯を掴むもの」ではなく「脱臼させた後に取り出すもの」として正しく理解していれば防げた事故といえます。


左右の歯の取り違えも報告されている医療事故の一つです。平成16年から平成21年までの統計では、歯科診療における左右取り違えが7件発生しており、そのうち抜歯が4件を占めています。上顎大臼歯の左右を取り違える原因としては、レントゲン画像の左右表示の誤認、カルテ記載の不備、術者と患者の認識のずれなどが挙げられます。


上顎大臼歯特有のトラブルとして、歯根の上顎洞迷入は依然として高頻度で発生しています。第一大臼歯は解剖学的に上顎洞底が特に低く、歯根が洞内に突出していることが多いため、迷入のリスクが最も高い部位です。鉗子での把持が不十分な状態で挺子を使用すると、歯根を上方へ押し込んでしまい、洞内への迷入を招きます。この場合、耳鼻科との連携による摘出手術が必要となり、患者負担が大きく増加することになるのです。


トラブルを防止するための具体的な対策としては、術前のCBCT撮影による解剖学的評価が挙げられます。歯根と上顎洞の位置関係を三次元的に把握することで、穿孔や迷入のリスクを事前に予測できます。リスクが高いと判断された場合は、無理に通常の抜歯手技を行わず、口腔外科専門医への紹介や、分割抜歯などの慎重な手技を選択することが賢明です。


また、器具の選択ミスを防ぐためには、抜歯前に必ずカルテと口腔内を確認し、使用する鉗子の規格を声に出して確認する「ダブルチェック」の習慣が有効です。歯科助手や歯科衛生士との連携も重要で、器具を受け渡す際にも「上顎右側第一大臼歯用、#10S」のように具体的に伝えることで、取り違えのリスクを大幅に低減できます。


確認が基本です。


医療事故情報収集等事業の報告書では、歯科診療における部位取り違えの詳細な分析が公開されています






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