あなたの歯科医院で診断した上顎洞炎の患者、CT撮影で根本原因を確認していますか。
上顎洞は頬骨の奥、鼻の横、目の下辺りに広がる空洞で、副鼻腔の一部です。正常な状態では空気で満たされており、黒く見えます。しかし上顎洞炎になると、膿や鼻水が溜まり、レントゲン画像ではグレーから白く映ります。
この空洞は上顎の奥歯の根と非常に近い位置にあります。上顎の第一大臼歯(6番)や第二大臼歯(7番)の根先は、上顎洞の底部に接していることが多くあります。つまり、歯科領域の問題が直接、上顎洞に波及する解剖学的リスクが常に存在しているのです。
上顎洞炎は一般的に蓄膿症と呼ばれることもあります。この疾患は耳鼻科の領域だけでなく、歯科でも重要な診療対象となる理由はこの解剖学的関係にあります。実際に上顎洞炎の原因の10~40%は歯に由来する「歯性上顎洞炎」とされており、決して珍しい疾患ではありません。
上顎洞炎の症状は多彩で、患者本人も症状の原因を特定しにくいケースが大半です。
以下が臨床で多く遭遇する8つの症状です。
歯の痛みと噛んだときの違和感 上顎洞炎になると、上顎洞の粘膜が炎症を起こし、その炎症が上顎洞につながっている上顎の奥歯の根周囲に伝わります。そのため、虫歯がないのに歯が痛くなったり、噛んだときに鈍い痛みが出たりします。患者は虫歯だと信じて歯科を受診することが多いのです。実際、この痛みは虫歯の痛みに酷似しており、医師でも初期診断で誤ることがあります。歯の根元を押さえると痛みが強まるのが特徴です。
頭痛と頭重感 膿が溜まると周りの神経や血管を圧迫し、頭痛や頭重感を引き起こします。この頭痛は出たり引いたりすることが多く、患者は偏頭痛だと勘違いすることもあります。
目の奥の違和感と眼痛 上顎洞は目の下まで広がっているため、膿が目の下まで溜まると目の下の骨を押し上げ、眼痛や違和感が生じます。
鼻づまりと膿性鼻汁 鼻で呼吸する通り道が塞がれ、鼻づまりが生じます。同時に、黄色い粘り気のある膿性鼻汁(臭い鼻水)が出ることが特徴です。
動いたときのひびき感 走ったり体を動かしたりすると、溜まった膿が揺れ動き、上顎のあたりが響く感覚が生じます。この症状は患者本人も説明しにくく、医師も聞き逃しやすいポイントです。
口臭 上顎洞に膿が溜まるため、口臭が強くなったり、鼻の奥が腐ったような臭いがしたりします。
下眼瞼(下まぶた)の腫脹 重症化すると眼球が飛び出し気味になったり、下まぶたが腫れたりすることがあります。これは腫瘍を疑わせる所見にもなり得るため、注意が必要です。
発熱と全身倦怠感 急性期では全身的な症状として発熱や倦怠感が出ることもあります。この場合、患者は風邪だと思い込むケースも多いのです。
これら8つの症状のうち、複数の症状が組み合わさることで診断の判断材料が増えます。特に「虫歯がないのに奥歯が痛い」「頭痛と歯痛が同時に出ている」という訴えは、上顎洞炎を強く疑うシグナルになるでしょう。
上顎洞炎は発症原因によって、歯性と鼻性に大別されます。正確な原因特定が治療方針を左右するため、両者の違いを理解することは極めて重要です。
歯性上顎洞炎 上顎の歯が原因で発症するパターンです。虫歯が神経まで進行し、根の先から細菌が上顎洞に侵入する場合や、歯周病が進行して歯周ポケットから細菌が上顎洞に侵入する場合があります。さらに、過去に根管治療を受けた歯から感染が波及することもあります。抜歯後の穴から細菌が入るケースや、インプラント治療中に上顎洞粘膜が傷つくケースも報告されています。全体の原因の10~40%を占めるとされていますが、診断が難しいため、実際にはさらに多くのケースが見落とされている可能性があります。
これは診断が確定診断。
鼻性上顎洞炎 風邪やアレルギー性鼻炎など、鼻が原因で発症するパターンです。鼻の炎症が続くと、副鼻腔にも炎症が波及し、上顎洞に膿が溜まります。このパターンは全体の約60~90%を占めるとされています。
両者の臨床的な鑑別は簡単ではありません。歯に明らかな虫歯が見当たらなくても、根の先に隠れた病巣がある場合があるからです。
ここが診断の落とし穴となるのです。
多くの歯科医院では患者の訴えに応じて、まずパノラマレントゲンやデンタル撮影を行います。しかしこれら2次元画像では、上顎洞炎と歯の根尖病変との関連性を正確に把握することができません。パノラマレントゲンでは、像の重なりやぼけが生じるため、細かな変化を見逃しやすいのです。実際、研究によると、臨床研修歯科医がパノラマレントゲンで上顎洞炎を診断する能力は、歯科放射線専門医よりも有意に低いことが報告されています。
CT撮影により、初めて3次元的な正確な画像が得られます。歯と上顎洞の交通状況、膿の溜まり方、骨吸収の程度が明確になります。また、原因となっている歯を特定することができ、治療計画の立案が可能になります。
ただし、注意すべき点があります。歯科用CTと医科用CT(耳鼻科で撮影される)は撮影範囲が異なります。耳鼻科で撮影したCT画像だけでは、歯との関連性を判定するのに不十分なことが多いのです。正確な診断のためには、歯科での重撮が必須になります。これは患者にとって被曝が増える課題ですが、診断精度と治療成功率を高めるためには避けられない検査です。
現状として、全国の歯科医院における歯科用CTの導入率は10~20%程度と推定されています。つまり、80~90%の医院では確定診断に必要な機器を保有していないという実態があります。この状況下で上顎洞炎と診断している医院の診断精度にどれだけの信頼性があるかは、業界内でも議論の余地がある問題なのです。
上顎洞炎の症状と診断についての医学的詳細情報 - メディカルノート
診断が確定した後の治療は、その原因によって大きく異なります。誤った原因判定は、患者の治癒を遠のかせる重要な落とし穴になります。
歯性上顎洞炎の場合、単なる抗生物質投与だけでは根本的な治癒は得られません。
原因となっている歯の治療が不可欠です。
虫歯であれば虫歯治療、歯周病であれば歯周病治療、根管治療を必要とする場合はその実施が必須です。重症例では抜歯を余儀なくされることもあります。重症化して膿が眼窩まで波及した場合は、外科的に上顎洞に穴をあけて膿を排出する処置が必要になることもあります。
一方、鼻性上顎洞炎の場合は、抗生物質や炎症を抑える薬の投与が主体となります。耳鼻科医の指導下で、膿吸引やネブライザー療法(薬剤を含んだ蒸気の吸入)も行われます。この場合、歯科的な処置は必要ないことが多いのです。
ここで重要なのは、誤診による治療がもたらす悪影響です。歯性上顎洞炎を鼻性だと誤診し、歯科的な対応をしなければ、症状は改善しません。逆に、鼻性を歯性だと誤診して無意味な歯科治療をすれば、患者の負担と不信感が増すだけです。耳鼻咽喉科と歯科の連携診断が、患者にとっての最良の利益につながるのです。
診断精度を高めるために、臨床で活用できるチェックリストを提示します。
患者の主訴の特徴として、「虫歯がないのに奥歯が痛い」「痛みの部位が特定できない」「頭痛と歯痛が同時にある」「膿性鼻汁と歯痛が組み合わさっている」などが挙げられます。
これらは上顎洞炎を疑う強力なシグナルです。
視診・触診では、上顎の頬骨部分を触診して、押さえて痛みがないかを確認します。特に患側の頬骨を押さえたときの痛みの有無は重要な所見です。また、患側の上顎奥歯部の歯茎を押さえて膿の排出がないか、打診反応がないかを確認することも重要です。
レントゲン診断としては、パノラマレントゲンで上顎洞の透過性が低下していないか(白くなっていないか)を確認します。ただし前述の通り、この診断だけでは不十分です。疑わしい場合は、躊躇なく歯科用CT撮影を勧めるべきです。
CT撮影で確認すべき項目は、上顎洞内の膿の貯留、歯根と上顎洞の交通状況、原因となっているであろう歯の根尖病変の有無、骨吸収の程度などです。これらの情報があれば、治療方針の決定と患者へのインフォームドコンセントが可能になります。
実は、この臨床チェックリストを用いても、完全な診断は難しいケースが存在します。症状が軽微で、X線所見も曖昧な場合、軽度の慢性上顎洞炎は発見が遅れることがあります。医科用CT(耳鼻科での広範囲撮影)でたまたま発見されることもあり、このような症例は「偶然発見」のカテゴリーに分類されています。
上顎洞炎の症状診断は、一見シンプルに見えますが、実際の臨床では多くの落とし穴が存在します。虫歯と酷似した症状、多様な全身症状、診断に必要な機器の普及率の低さなど、複合的な課題があります。患者の訴えを慎重に聴取し、必要に応じて積極的にCT撮影を実施し、耳鼻科医との連携を大切にすることが、正確な診断と良好な治療成績につながるのです。