腫瘍径が2cm以下でも、DOI次第であなたの診断はT2に跳ね上がります。
歯科情報
UICC(国際対がん連合)のTNM分類は、口腔癌の進行度を国際標準として評価するための体系です。T(原発巣の大きさ・進展)、N(所属リンパ節転移)、M(遠隔転移)の3因子を組み合わせ、最終的なStage(病期)を決定します。
2016年に第8版が公表され、日本では2017年より臨床適用が始まりました。これが実務に直結する大きな転換点です。口腔癌のT分類に「DOI(Depth of Invasion:浸潤の深さ)」が加わり、N分類には「ENE(Extra Nodal Extension:被膜外進展)」の概念が導入されました。
| 改訂項目 | 第7版 | 第8版(現行) |
|---|---|---|
| T分類の基準 | 腫瘍最大径のみ | 腫瘍最大径+DOI(5mm・10mm閾値) |
| T4aへの外舌筋浸潤記載 | あり(T4aの条件) | 削除(T4a条件から除外) |
| N分類 | リンパ節径・数・部位のみ | 上記+ENEの有無を追加 |
| 最上位N分類 | N3(径6cm超) | N3a(径6cm超、ENE−)/ N3b(ENE+) |
つまり第7版で「T1、経過観察」と判断されていた症例が、第8版では「T2」として治療戦略が変わる可能性があるということです。これは小さい病変も油断できないということですね。
ある研究では舌扁平上皮癌107例を第7版と第8版で再分類したところ、臨床的T分類(cT)が変更されたのは17例(15.9%) でした(岡山大学口腔外科、2018年報告)。数字で見ると約6人に1人の割合でステージが見直されることになります。
第8版のT分類でまず押さえるべきは、DOIの閾値が「5mm」と「10mm」に設定されている点です。腫瘍最大径だけでなく、この深さが分類を左右します。
DOI 10mmを「深い」と感じにくいかもしれませんが、10mmは約1cm──小指の爪の幅程度です。口腔内では十分な深さです。この1cmを超えた浸潤がある場合、腫瘍の外見がそれほど大きくなくてもT3に分類されます。
臨床的なDOIの評価方法については明確な推奨があります。DOI 5mm超かどうかの判定には口腔内超音波検査、10mm超かどうかには造影MRIを採用するのが精度上の理由から推奨されています。超音波検査はDOI 1mm以上の病変でも描出可能という利点がある一方、ホルマリン固定などによる病理標本での評価は生体時より約20%縮小するとされ、過小評価につながる点には注意が必要です。
DOIが5mm増えるごとにT分類が1段階上がる基準は妥当であることが、頸部リンパ節への後発転移率との相関から裏付けられています。DOI 5mm以上の症例では後発転移率が有意に高くなるため、予防的頸部郭清術の適応を考える上でも重要な指標となります。
参考:口腔がんの検査・診断について / 国立がん研究センター
N分類の改訂ポイントはENE(被膜外進展)の明示的な評価です。ENEとは転移リンパ節の被膜を超えてがん細胞が周囲組織へ浸潤している状態を指します。この概念は以前「ECS(被膜外浸潤)」と呼ばれていたものが、第8版でENEという用語に統一されました。
臨床的ENEの評価基準は以下の通りです。
ENEが陽性かどうかで、N分類は大きく変わります。たとえば同側単発で3cm以下のリンパ節でも、ENE陰性ならpN1、ENE陽性ならpN2aに上昇します。さらに3cmを超えたり多発・両側の転移にENEが加わればpN3bとなります。
これが厳しいところですね。旧分類のpN2bに分類されていた3例がpN3bに変更された研究では、その3例全員が頸部再発または遠隔転移(骨・肺)により経過不良になったと報告されています。ENEの有無を見逃すことは、患者の予後管理に直結するリスクがあります。
ただし、画像所見から臨床的ENEを評価するには限界があります。同研究では画像でENE陽性と判断した2例のうち1例は、病理学的にはENEを認めなかった逆のケースも。画像評価と病理評価の乖離があることは念頭に置いておく必要があります。
| 分類 | 内容(第8版) | ENE |
|---|---|---|
| N0 | 所属リンパ節転移なし | − |
| N1 | 同側単発、3cm以下 | − |
| N2a | 同側単発、3cm超〜6cm以下 | −(または同側単発3cm以下でENE+) |
| N2b | 同側多発、6cm以下 | − |
| N2c | 両側または対側、6cm以下 | − |
| N3a | 6cm超 | − |
| N3b | 単発または多発(臨床的ENE+) | + |
M分類はシンプルです。M0(遠隔転移なし)かM1(遠隔転移あり)の二択で、M1であれば自動的にStageⅣCとなります。
ステージ(病期)の決定には、T・N・Mを組み合わせます。口腔癌のステージ分類には実務で使える法則があります。
これが基本です。つまり原発巣が小さくても(T1でも)、頸部リンパ節への転移がN2以上あればStageⅣになります。口腔癌では「頸部リンパ節の制御が予後を左右する」とされており、このステージ分類はその考え方を反映しています。
5年生存率のデータも把握しておきましょう。StageⅠでは76〜100%、StageⅡで67〜76%、StageⅢは48〜56%、StageⅣでは22〜32%という報告があります(舌がんのデータより)。StageⅠからⅣにかけて生存率が急落するため、早期発見・早期診断の意義は統計的にも明確です。
StageⅣAとⅣBは異なります。ⅣAはT4a、またはN2(M0)、ⅣBはT4bまたはN3(M0)が対応し、ⅣCはM1です。T4aとT4bの境界である「咀嚼筋間隙・翼状突起・頭蓋底・内頸動脈全周性浸潤」がT4bの条件で、これは切除不能に相当することが多いため、治療方針選択において重要な分岐点になります。
参考:口腔癌の症状、病期分類と治療成績 / 歯科塾(臨床データ詳細)
UICCによる口腔癌の定義では、頬粘膜・上顎歯肉・下顎歯肉・硬口蓋・舌・口底の6亜部位に発生したものを「口腔癌」として扱います。なお、口唇はUICC分類上では口腔と一括して取り扱われる一方、上唇・下唇・唇交連に細分される点も覚えておきましょう。
亜部位ごとにT4aの定義が異なる点は見落とされやすいです。口腔癌取扱い規約では以下のように記載されています。
一般歯科で口腔癌を最初に発見するのは珍しいことではありません。口腔癌の59.2%は舌に発生しますが、歯肉癌も17.5%を占め、日常の歯科診療の中で遭遇する可能性は十分にあります。
大切なのは「疑いがある段階で専門機関に紹介できるかどうか」です。2週間以上治癒しない口腔粘膜の潰瘍・白板・硬結を認めたら、T分類を確定できなくても良い、まず疑い・紹介が原則です。自然脱落歯が出現し、周囲粘膜に硬結や腫瘤があれば歯周炎との鑑別が必要です。片側下唇・オトガイのしびれ(numb chin syndrome)は骨転移を示すサインであり、口腔内に所見がなくても悪性腫瘍の可能性を念頭に置く必要があります。
こうした臨床的な判断基準の整理には、日本口腔腫瘍学会・日本口腔外科学会が共同作成した「口腔癌診療ガイドライン2023年版」が最新の拠り所になります。最新のエビデンスに基づいた内容にアップデートされており、手元に置いておく価値があります。
参考:口腔癌診療ガイドライン2023の英語版(オープンアクセス)/ 日本口腔腫瘍学会
UICC分類を正確に運用するうえで、実務上の落とし穴が3点あります。これは教科書には書かれにくい独自の視点です。
落とし穴① cNとpNのズレを過信しないこと
画像診断でのリンパ節転移評価(cN)と、手術後の病理評価(pN)は必ずしも一致しません。頸部郭清術を施行した症例の約10.3%が病理学的には反応性リンパ節炎であったという報告があります。逆に画像でN0と判断しても後発転移が生じるケースもあります。意外ですね。cN0でも予後管理は継続が原則です。
落とし穴② 病理標本のDOI評価は生体より小さく出やすい
ホルマリン固定・スライド作製時の組織収縮により、病理標本でのDOI計測は生体時の口腔内超音波による計測より約20%過小評価されることが報告されています。術前のDOIと術後の病理学的DOIの差が生じる理由として把握しておくと、診断プロセスのどこに誤差が入りやすいか整理できます。
落とし穴③ 外舌筋浸潤はもうT4aではない
第7版まではオトガイ舌筋などの外舌筋浸潤はT4aの診断根拠でした。しかし第8版でこの記載は削除されています。舌がんで外舌筋浸潤があっても、DOIや径の基準に照らして再分類する必要があります。旧来の基準で判断するとT分類が過剰に高く評価されるリスクがあります。
これら3点を知っているかどうかで、分類の精度に差が出ます。これは使えそうです。
第8版の施行以来、各施設での再分類研究では「主にStageが上昇する方向」に動くことが示されています。つまり第8版はより予後を正確に反映させるための改訂です。ステージが上がる≒治療強度が上がる可能性があるため、患者への適切な説明と治療計画に直結します。
参考:TNM分類(第8版)の一部訂正について / 日本口腔腫瘍学会(正誤情報含む公式文書)