上顎の奥歯へのインプラントは、骨が柔らかいだけで成功率が約20〜30%も下がることがあります。
骨を輪切りにすると、外側に硬くて緻密な層と、内側にスポンジのような網目状の層があることが分かります。前者が皮質骨(ひしつこつ)、後者が海綿骨(かいめんこつ)です。皮質骨は緻密骨や緻密質とも呼ばれ、ハイドロキシアパタイトとコラーゲン線維が密に詰まった硬い組織です。海綿骨は骨梁(こつりょう)が網目状に走り、その隙間に血管や骨髄が豊富に含まれています。
この2つの組織は、役割がまったく異なります。皮質骨は機械的強度と外形の維持を担い、海綿骨は骨髄造血・代謝・エネルギー貯蔵・力の分散に貢献しています。つまり、どちらかが多ければよいというわけではありません。
代謝速度にも大きな差があります。海綿骨は表面積が皮質骨と比べて著しく大きいため、骨のリモデリング(骨吸収と骨形成の繰り返し)が活発に起こります。その速度は皮質骨の約8倍とされています(岩井医院)。これは骨粗鬆症でも歯科臨床でも重要な数字です。海綿骨が多い部位ほど、全身疾患や加齢、閉経後のホルモン変化による骨密度低下の影響を早く、大きく受けるからです。
つまり基本です。皮質骨=硬くて遅い・海綿骨=柔らかくて速い、という対比で理解するのが臨床では出発点になります。
インプラント治療において、この割合の把握が術前評価の核心になります。埋入部位の骨が皮質骨と海綿骨をどのくらいの比率で持っているかによって、初期固定の強さ、治癒期間の長さ、そして使うべき術式がすべて変わってくるからです。
参考:骨の構造と代謝速度についての解説(岩井病院)
https://www.iwai-hp.com/media/3/20190131-___tyouonnpakotu.pdf
皮質骨と海綿骨の割合を臨床的に体系化したのが、1985年にLekholmとZarbが提唱した骨質分類です。この分類はD1からD4の4段階で骨の硬さを表し、今もインプラント治療計画の世界標準として使われています。
| 分類 | 骨の硬さ | 皮質骨と海綿骨の状態 | 主な出現部位 |
|---|---|---|---|
| D1 | 非常に硬い | ほぼ全体が皮質骨 | 下顎前歯部など |
| D2 | 硬い | 厚い皮質骨+高密度の海綿骨 | 下顎前歯〜臼歯部 |
| D3 | やや柔らかい | 薄い皮質骨+低密度の海綿骨 | 上顎全体・下顎臼歯部 |
| D4 | 非常に柔らかい | 皮質骨がほぼなく、低密度海綿骨のみ | 上顎奥歯部 |
インプラントに理想的とされるのは、D2またはD3です。D2は固定が得やすく治癒も安定しており、D3は日本人の上顎に多く見られる「標準的に難しい骨」として頻繁に対応が求められます。
D1は逆に問題があります。骨が硬すぎると、ドリリング時の発熱でオーバーヒートが起こりやすく、骨細胞の壊死(圧迫壊死)から骨吸収につながることがあります。D4は初期固定が得にくく、インプラント体が埋入直後に空回りするリスクがあります。
結論はD2とD3が目標です。どちらの方向に外れた骨質でも、それなりの対策が必要になります。
歯科用CT(CBCT)では骨の硬さの指標としてHU値(ハンスフィールドユニット)に相当する数値の計測が可能で、D1は概ね1250HU以上、D4は150〜350HU程度が目安になります。ただしCBCTは絶対値としてのHU測定には限界があるため、あくまで傾向の把握として活用します。
参考:日本口腔インプラント学会「口腔インプラント治療指針2020」
https://www.shika-implant.org/publication/dl/2020_guide.pdf
参考:Lekholm & Zarb骨質分類の解説(ナース専科)
https://knowledge.nurse-senka.jp/500930
同じ患者の口の中でも、上顎と下顎では皮質骨と海綿骨の割合が大きく異なります。これは解剖学的な機能の違いによるものです。
下顎骨は咬合力をすべて一人で受け止める構造になっています。咀嚼時にかかる力は数十kgにも達するため、骨そのものが頑丈に作られており、皮質骨の割合が高くなっています。特に下顎前歯部はD1〜D2相当の骨が多く、インプラントの初期固定が得やすい場所です。
一方、上顎骨は咬合力を頭蓋骨全体で分散できるため、骨自体がそれほど強くある必要がありません。その結果、海綿骨の割合が高く、皮質骨が薄い傾向があります。特に上顎後方部(奥歯の部分)は、上顎洞(サイナス)という大きな空洞が存在し、骨量も骨質も不利な条件が重なりやすいです。
意外ですね。同じ人の骨なのに、部位が違うだけで骨質タイプが2〜3ランク変わることがあるのです。
この違いはインプラントの成功率にも反映されます。下顎でのインプラント成功率は、上顎よりも一般的に高い傾向があります。上顎の奥歯部位はD4相当の疎な海綿骨が多く、標準的な術式では初期固定が得られないリスクがあるため、あらかじめ骨質に応じた手技の選択が不可欠です。
骨量も見逃せません。上顎では上顎洞の底が歯槽頂に近接している場合があり、インプラントに必要な骨の高さ(最低10mm程度)が確保できないケースがあります。こうした場合には、サイナスリフトやソケットリフトといった骨量増大術を組み合わせて対応することになります。
この情報が条件です。「上顎か下顎か」「前歯部か奥歯か」という部位の確認が、術前診断の第一歩になります。
D3やD4のような海綿骨優位の骨に対して、通常のドリリングプロトコルをそのまま適用するのは禁物です。初期固定が不十分なまま上部構造を装着すると、インプラントと骨の結合(オッセオインテグレーション)が失敗するリスクが高まります。
そこで活用されるのが、アンダードリリング法(骨圧縮法)です。通常のインプラント径より0.5〜1mm細いドリルで形成した穴にインプラントを埋入することで、周囲の海綿骨が側方に圧縮され、人工的に骨密度の高い層を作り出します。これは発泡スチロールに太いネジを押し込むイメージに近く、柔らかい骨でも確実な固定を生み出す手技です。
インプラントの形状選択も重要です。ストレート型よりもテーパー型(円錐形)のインプラントの方が、クサビを打ち込む要領で海綿骨を圧縮しながら固定力を高めやすいため、D3・D4の骨質では積極的に選択されます。
治癒期間の延長も必要な対応の一つです。硬い骨(D1・D2)では手術当日に仮歯を入れる「即時荷重」が可能なケースもありますが、D4の骨質では上顎で4〜6ヶ月以上の治癒期間を設けることが原則とされています。焦って荷重をかけることが、もっとも失敗を招きやすい行動です。
これは使えそうです。アンダードリリング・テーパー型選択・治癒期間延長の3つをセットで把握しておくと、D3・D4への対応が体系的になります。
また、インプラント体の表面性状も骨結合のスピードに影響します。骨の主成分であるハイドロキシアパタイト(HA)コーティングや、血液との親和性を高める親水性処理を施したインプラント体は、骨との結合を促進する効果が期待されます。特に海綿骨優位で骨との接触面積が少ない環境では、こうした表面処理の選択が予後を左右することがあります。
参考:骨質D1〜D4分類と柔らかい骨への対応手技の解説
https://sengakuji-ekimae-dental.com/column/%E3%82%A4%E3%83%B3%E3%83%97%E3%83%A9%E3%83%B3%E3%83%88/4441/
歯科の現場では長年、「骨密度が高い=骨が良い」という前提で骨質を評価してきました。しかし2000年、米国国立衛生研究所(NIH)はこの常識を正式に否定しています。骨強度は骨密度と、それとは完全に独立した「骨質」という2つの要素から成るという新しい定義が提唱されたのです。
新しい概念における骨質は、「骨折への抵抗性に影響を与える骨の総合的な特徴」と定義され、骨構造・骨代謝回転・石灰化・損傷の蓄積という4つの要素から構成されます(黒嶋ら,日補綴会誌,2018)。この定義では、骨密度は骨質の一側面にすぎないのです。
具体的にはどういうことでしょうか?たとえば骨吸収抑制薬(ビスフォスフォネート製剤など)を使って骨密度を増大させても、骨折リスクが必ずしも低下しないことが報告されています。骨密度が高いのに骨が脆いというケースが実際に存在するのです。これはコラーゲン線維の状態や生体アパタイト結晶(BAp)の配向性など、骨密度では測れない要素が骨の強度に大きく関与しているためです。
歯科領域ではいまだに骨密度に基づく骨質評価がゴールドスタンダードとなっている現状がありますが、研究レベルでは「骨質=骨密度」という等式は既に崩れています。臨床家として、この認識のアップデートは重要です。
つまり、皮質骨と海綿骨の割合はあくまで骨質評価の入口であり、コラーゲン線維の配向性や骨細胞の機能、荷重環境による適応変化なども含めた総合的な評価が、より精度の高いインプラント計画につながります。これからの臨床では、「骨の量」「骨の比率」に加えて、「骨の質的な特性」まで踏み込んで考える視点が求められています。
参考:歯科補綴学における骨質のパラダイムシフト(日補綴会誌 2018年)
https://www.hotetsu.com/s/doc/irai2018_1_01.pdf