帯状疱疹後神経痛の治療ガイドラインと歯科での対応

帯状疱疹後神経痛(PHN)の治療ガイドラインを歯科従事者向けに解説。第一選択薬の選び方から神経ブロックのタイミング、三叉神経領域での見落としリスクまで、現場で役立つ知識を網羅。あなたの患者は適切に診断できていますか?

帯状疱疹後神経痛の治療ガイドラインと歯科での鑑別・対応

歯科受診患者の「歯の痛み」が、帯状疱疹後神経痛(PHN)だったケースで、患者が10か所以上の歯科医院を4年間転々とした実例があります。


この記事の3ポイントまとめ
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PHNは歯髄炎そっくりの歯痛を起こす

三叉神経第Ⅱ・Ⅲ枝領域の帯状疱疹は歯髄炎に酷似した激痛を生じさせ、歯科での誤診・不必要な抜歯につながるリスクがあります。

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第一選択薬はNSAIDsではなくプレガバリン・三環系抗うつ薬

ガイドラインでは神経障害性疼痛であるPHNにNSAIDsは効きにくく、プレガバリン(リリカ®)・デュロキセチン・三環系抗うつ薬が第一選択です。

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発症後1か月以内の神経ブロックが移行予防の鍵

帯状疱疹発症後2週間〜1か月以内に神経ブロック療法を開始することで、慢性化するPHNへの移行を防ぎやすくなります。


帯状疱疹後神経痛(PHN)の定義と病態:帯状疱疹との違い

帯状疱疹後神経痛(Postherpetic Neuralgia:PHN)とは、帯状疱疹の皮疹が治癒した後もなお痛みが持続する神経障害性疼痛です。一般的には、帯状疱疹発症後3か月以上痛みが残る状態をPHNと定義することが多く、ペインクリニック領域ではこの基準が広く用いられています。


帯状疱疹の急性期に生じる痛みは「侵害受容性疼痛」ですが、PHNは神経そのものが損傷・変性することで起こる「神経障害性疼痛」であり、発生メカニズムがまったく異なります。それが重要です。ウイルスが神経を傷つける過程で髄鞘(ミエリン鞘)が失われると、触覚を伝える神経繊維と痛覚を伝える神経繊維が誤って接触(エファプス形成)し、軽い刺激だけで強烈な痛みを感じる「アロディニア」が起こります。この誤配線はいったん形成されると元に戻ることはまずなく、だからこそ「急性期に神経の損傷をいかに最小化するか」が予防の核心となります。


PHNの危険因子として確認されているのは、高齢であること(特に60歳以上)、急性期の痛みが強いこと、皮疹の重症度が高いこと、皮膚の知覚異常が早期から出ることなどです。帯状疱疹診療ガイドライン2025(日本皮膚科学会)によると、日本では年間約60万人が帯状疱疹を発症しており、80歳までに3人に1人が経験するとされています。60歳以上のPHN移行率は20%前後、80歳以上では30%以上に上るという報告もあります。


帯状疱疹の急性期疼痛とPHNの比較
項目 急性期疼痛(帯状疱疹痛) 帯状疱疹後神経痛(PHN)
疼痛分類 侵害受容性疼痛 神経障害性疼痛
痛みの性状 ピリピリ・ズキズキ・灼熱感 針で刺す・電気が走る・アロディニア
皮疹との関係 皮疹と同時〜数日前から 皮疹治癒後も持続(3か月以上)
主な治療 抗ウイルス薬・NSAIDs・神経ブロック プレガバリン・三環系抗うつ薬・神経ブロック


PHNの痛みの1/5は1年以上持続するというデータもあります。治療が長期化することを理解しておくことが大切です。


参考:日本ペインクリニック学会「帯状疱疹とPHNの治療指針」。急性期から慢性期にかけての神経ブロックの適応・薬物療法のアルゴリズムが詳述されています。


日本ペインクリニック学会 ペインクリニック治療指針(帯状疱疹とPHN)


帯状疱疹後神経痛の治療ガイドライン:薬物療法の第一・第二・第三選択

日本ペインクリニック学会「神経障害性疼痛薬物療法ガイドライン 改訂第2版」では、PHNの薬物療法を3段階に整理しています。この選択の順番が基本です。


  • 第一選択薬:プレガバリン(リリカ®)・ガバペンチン(Caチャネルα2δリガンド)、三環系抗うつ薬(アミトリプチリン・ノルトリプチリン)、SNRI(デュロキセチン)
  • 第二選択薬:ワクシニアウイルス接種家兎炎症皮膚抽出液(ノイロトロピン®)、トラマドール
  • 第三選択薬:オピオイド鎮痛薬(フェンタニル・モルヒネ・オキシコドン・ブプレノルフィンなど)


ここで多くの歯科従事者が驚くのは、よく使われるNSAIDs(ロキソニン®など)や一般的な消炎鎮痛薬が、PHNにはほぼ効果を示さないという点です。NSAIDsは「炎症」を抑える薬であり、PHNのような神経障害性疼痛には作用機序が根本的に合いません。意外ですね。患者が「歯が痛い」と来院してロキソニンを処方してもらっても痛みが引かない場合、PHNの可能性を念頭に置く必要があります。

プレガバリンはNNT(治療必要数)が4.9とされており、投与量は通常75〜300mg/日を2分割で服用します。腎機能低下のある患者では減量が必要になるため、高齢患者では事前確認が欠かせません。三環系抗うつ薬(アミトリプチリン)はNNTが1.6〜4.2と高い鎮痛効果を示しますが、口腔乾燥・便秘・眠気などの副作用が出やすく、緑内障や心疾患のある患者には使用が制限されます。歯科領域でも口腔乾燥は重要な副作用として認識が必要です。

2025年の研究では、デュロキセチン+プレガバリンの併用とアミトリプチリン+プレガバリンの併用が、単剤投与よりも高い鎮痛効果を示すことが二重盲検無作為化クロスオーバー試験(220例対象)で確認されています。これは使えそうです。

オピオイドは第三選択に位置づけられており、長期投与の安全性確認が十分でないことから、慎重な適用が原則です。





PHNに用いる主な薬剤一覧

薬剤分類

代表的な薬剤名

選択順位

注意点

Caチャネルα2δリガンド

プレガバリン(リリカ®)、ミロガバリン(タリージェ®)

第一選択

腎機能低下時は減量。めまい・眠気

三環系抗うつ薬

アミトリプチリン、ノルトリプチリン

第一選択

口腔乾燥・緑内障・心疾患には禁忌

SNRI

デュロキセチン

第一選択

肝障害・高齢者での使用に注意

ワクシニア製剤

ノイロトロピン®

第二選択

腎・肝障害でも使用可能。副作用が少ない

オピオイド

トラマドール・モルヒネ・フェンタニル

第三選択

依存性・副作用に十分注意


参考:神経障害性疼痛に対する薬物療法の詳細アルゴリズムが確認できます。

日本ペインクリニック学会 神経障害性疼痛薬物療法ガイドライン 改訂第2版

帯状疱疹後神経痛の治療ガイドライン:神経ブロック療法のタイミングと種類


神経ブロック療法は、PHNの治療において薬物療法と並ぶ重要な柱です。特にタイミングが治療成績を左右します。

帯状疱疹発症後、2週間〜1か月以内に神経ブロックを開始することが、PHNへの慢性化移行を防ぐ鍵とされています。急性期の強い痛みそのものがPHN移行の危険因子であるため、痛みを早期に抑えることが神経保護につながるのです。発症1か月を超えてPHNが確立してしまうと、神経ブロックの有効性は下がるため、早期介入が原則です。

急性期に使用される神経ブロックには、持続硬膜外ブロック、傍脊椎神経ブロック、末梢神経ブロックなどがあります。三叉神経領域の場合は、星状神経節ブロック、三叉神経の各枝ブロック(眼窩上神経ブロック・上顎神経ブロック・下顎神経ブロックなど)が候補として挙げられます。顔面領域のPHNを扱うペインクリニックでは、週1〜4回の頻度でブロックを施行し、痛みの軽減に合わせて回数を減らしていく管理が一般的です。

PHNが慢性化した段階での神経ブロックについては、効果を示すエビデンスが限られているものの、他の治療で改善しない症例では一定期間の試行に価値があるとされています。なお、脊髄硬膜外電気刺激法(SCS)は帯状疱疹後神経痛では有効性の報告が多くはありませんが、発症1年以内の早期例では効果があるという報告も出ています。


  • 抗凝固薬・免疫抑制剤を使用中の患者には神経ブロックの適応が制限されます
  • 腎機能障害のある患者では抗ウイルス薬・プレガバリンの用量調整が必須です
  • 緑内障・心疾患がある患者への三環系抗うつ薬は禁忌ないし慎重投与となります


歯科口腔外科や口腔顔面痛を専門とする歯科医師は、三叉神経領域のPHN疑い例をペインクリニックや麻酔科に紹介するタイミングを見逃さないようにすることが大切です。「皮疹がない」「原因不明の顔面痛・歯痛」が続く患者では、迷わず専門科への紹介を検討します。早期紹介が患者のQOLを守ります。


歯科従事者が見落としやすい:三叉神経領域PHNの非歯原性歯痛

歯科医師がPHNを見落としやすい最大の理由は、三叉神経第Ⅱ・Ⅲ枝(上顎神経・下顎神経)領域に帯状疱疹が生じると、歯髄炎と区別のつかない激痛が出現するからです。しかもこの歯痛は「夜も眠れない」ほど強く、1週間程度で一旦収まるという特徴があります。そのため初期に受診した歯科医院では「虫歯」「根尖性歯周炎」と誤診され、根管治療や抜歯が繰り返されてしまうことがあります。


愛知学院大学の症例報告(日本口腔顔面痛学会誌、2023年)では、三叉神経第Ⅲ枝領域のPHNが歯痛として認識されないまま、患者が4年間で10か所の歯科医療機関を転々とし、20年前に根管充填した健全な歯の再根管治療まで行われた事例が報告されています。最終的にノイロトロピン投与で痛みはほぼ消失しましたが、不必要な歯科処置が繰り返された点は痛いですね。


PHNによる非歯原性歯痛を疑う際のポイントをまとめると、次のとおりです。


  • 「眠れないほどの歯痛」が突然出現し、1週間程度で一旦収まる
  • 1か月後から性質の違う鈍痛・しびれ感が同部位に現れる
  • X線・CT検査で訴えに見合う器質的病変が見つからない
  • 動的触診でアロディニアが確認できる(軽く触れるだけで強い痛み)
  • 帯状疱疹の既往または水痘帯状疱疹ウイルス(VZV)-IgG抗体が高値
  • 無疱疹性帯状疱疹(皮疹が出ない)のケースも存在する


三叉神経痛患者を誤診して不必要な抜歯を受けたケースを分析した海外研究(2025年)では、88人中55人(約63%)に抜歯が実施され、そのうち92.7%で抜歯後も痛みは改善しなかったと報告されています。これは歯科界にとって深刻なデータです。


こうした悲劇を防ぐためには、①帯状疱疹・水痘の既往歴を問診に追加する、②訴えに見合う歯科的原因が見つからない場合は非歯原性歯痛の鑑別を行う、③早期に口腔顔面痛専門医やペインクリニックへ紹介するという3つのステップが有効です。


参考:口腔顔面痛を4年間訴え続けたPHN症例の詳細報告。歯科医師向けに診断ポイントがわかりやすく解説されています。


参考:歯科における非歯原性歯痛の診断ガイドラインを掲載。PHNによる歯痛の鑑別診断フローが参照できます。


日本口腔顔面痛学会 非歯原性歯痛の診療ガイドライン改訂版(PDF)


帯状疱疹後神経痛の予防:ワクチン接種と歯科従事者として知っておくべきこと

PHNを根本から防ぐうえで最も効果的な戦略は、帯状疱疹そのものにかからないことです。その有力な手段が帯状疱疹ワクチンの接種であり、歯科従事者も患者指導・自身の健康管理の両面で知識を持っておく価値があります。


現在日本で使用できる帯状疱疹ワクチンは2種類あります。1つは弱毒生ワクチン(水痘ワクチン、ビケン®)で1回接種、予防効果は約50〜60%とされています。もう1つはサブユニットワクチン(シングリックス®)で、2か月間隔での2回接種が必要ですが、臨床試験では50歳以上で約97%、70歳以上でも約90%という高い帯状疱疹予防効果が報告されています。PHNへの移行予防効果も非常に高く、9年以上にわたる免疫効果の持続が確認されています。


費用面では、シングリックスは1回あたり自費で約2万円前後かかり、2回接種で合計4〜5万円程度の出費になります。2024年から一部自治体で公費助成が始まっており、例えば補助を受けた場合は1回あたり1万円台前半に収まるケースもあります。コスト面の相談を受けた場合は、住んでいる自治体の助成情報をまず確認するよう案内するのが最善です。


歯科臨床においてワクチン接種状況を直接確認することは通常の診療範囲外ですが、「歯科処置を行う前後に免疫力が低下しやすい患者」「ステロイドを長期服用している患者」「高齢患者でストレスが多い状況にある方」などに対して、かかりつけ医や内科医への相談を促すことは十分な付加価値を持ちます。帯状疱疹は免疫の低下が引き金になります。


また、歯科医師・歯科衛生士を含む医療従事者は職業的なストレスや感染リスクへの曝露機会が多く、自らがVZVの再活性化を起こすリスクを低く見積もらないことが重要です。特に50歳以上の歯科従事者は、シングリックスの接種を個人の健康管理の観点からも検討する意義があります。


参考:帯状疱疹診療ガイドライン2025(日本皮膚科学会)。PHNへの言及、ワクチン推奨の根拠となるエビデンスが確認できます。