「過剰」のはずなのに、あなたの医院はスタッフ確保で年間100万円以上の余分なコストを払っている。
歯科医師過剰問題の根本的な原因は、約60年前に遡ります。1960年代、日本では虫歯が深刻な社会問題となっており、「歯科医師が足りない」という国家的な危機感が高まっていました。当時、歯科大学は全国に7校しかなく、国民が歯科治療を受けたくても受けられない状況が続いていたのです。
この「不足」を解消するために、国は歯科大学の新設・増設を積極的に後押ししました。1960年代から1980年代前半にかけて、全国に16校が新設・増設され、最終的には国立11校・公立1校・私立17校の合計29の歯学部が誕生しました。コンパクトに言えば、「足りないから増やした」という政策が、後の過剰問題の直接的な種を蒔いたということです。
しかし、時代は変わります。フッ素塗布の普及やブラッシング指導の定着によって、日本人の虫歯は急速に減少しました。歯科医療の需要が大きく変化する一方で、歯学部の定員はなかなか削減されませんでした。1986年には将来の歯科医師需給に関する検討委員会の提言を受けて入学定員の約20%削減が実施されましたが、新規参入数は年間平均1,500人ペースで増加し続けたのです。
つまり問題の構造はシンプルです。
- 供給の増加:歯学部の乱立により、毎年約1,500人ペースで新規参入が継続
- 需要の頭打ち:虫歯の減少により歯科受診率・歯科医療費が横ばいで推移
- 競争の激化:患者1人に対して複数の歯科医院が競合する構造が定着
2011年(平成23年)の厚生労働省データによると、日本の歯科医師1人当たりの担当人口は1,261人です。アメリカが1,680人、イギリスが1,900人、オーストラリアが2,130人、韓国が2,300人と比較すると、日本の歯科医師密度がいかに高いかが分かります。ちょうど小学校の運動会で1つのボールに大人が20人殺到しているような状態と言えばイメージしやすいでしょうか。これが過剰問題の根本です。
参考情報として、歯科医師需給問題の歴史的経緯と厚生労働省の政策立案背景について、以下のリソースが詳細をまとめています。
帝国データバンクの2024年11月発表によると、同年に発生した歯科医院の倒産(負債1,000万円以上、法的整理)は前年比倍増の25件、休廃業・解散が101件発生し、10月時点で計126件が市場から退出しました。これは年間最多を更新するペースで、前年比1.8倍という記録的な水準です。廃業が加速しているのは事実です。
主な要因は大きく3つに整理できます。
① 歯科医師の高齢化と後継者不在
2024年に廃業した歯科医院の代表者平均年齢は69.3歳と、70歳に迫る水準でした。最高齢は90歳超と、集計可能な2016年以降で最高を更新しています。全体の半数以上が70代以上となっており、後継者を見つけられないまま閉院を選ぶケースが目立ちます。特にユニット3台以下の小規模個人医院では、事業承継の受け皿が非常に乏しい状況です。
② 過剰投資と経費の増大
歯科は設備投資が非常に重い診療科です。CTは500〜3,000万円、マイクロスコープが200〜900万円、歯科用ユニットが250〜600万円と、最新機器を揃えるだけで数千万円の支出が生じます。保険診療報酬の改定で一定の算定が認められるようになったため導入を迫られる場面も増えましたが、患者数の裏付けがないまま投資して経営を悪化させるケースが後を絶ちません。
③ 保険点数の据え置きと収益性の低下
2014年と2024年の診療報酬を比較すると、う蝕処置や咬合調整など同じ点数のものが多く残っています。10年間で大幅なコスト上昇があったにもかかわらず、保険点数が据え置かれているのです。医療法人の人件費比率は平均48%ですが、大型法人では50%超が多く、55%を超えると赤字転落リスクが高まります。厳しいところですね。
特に保険治療依存型の医院は、自費診療への転換ができないまま低採算に陥りやすく、「脱出ルートが見えない」という経営の閉塞感に悩む先生が多いのが現状です。廃業を決断する前に、自院の収支構造を外部の視点で確認することが、回避策の第一歩になります。
「歯科医院はコンビニより多い」というフレーズは、今や多くの人が知っています。厚生労働省の2024年統計によると、全国の歯科診療所数は66,843軒です。これは全国のコンビニ店舗数55,657軒を1万軒以上も上回る数字であり、単純な施設数の多さとして事実です。
ただし、このデータには注意が必要な背景があります。
まず重要なのが「地域偏在」の問題です。歯科医院の過剰は都市部に集中しており、地方・山間部・離島では逆に歯科医師不足が深刻化しています。2022年時点の都道府県別データでは、人口10万人あたりの歯科医師数が最も多い東京都は116.1人であるのに対して、地方の一部では60人台の地域もあります。同じ「日本」でも、都市と地方では歯科医師密度が2倍近く異なるのです。
これは読者にとって非常に重要な意味を持ちます。つまり、都市部で激しい競争に晒されている歯科医師と、地方で患者獲得に困らない歯科医師が同時に存在しているということです。「過剰」という言葉だけで一括りにするのは、実態からかけ離れているということですね。
もう一点、コンビニとの比較で見落とされがちな点があります。歯科診療所数は2017年の68,864件をピークに減少に転じており、2024年9月時点で66,390件となっています。8年間で約2,474件の純減です。倒産・廃業の増加を受けて、徐々に淘汰が進んでいることが分かります。
地方の歯科医療へのアクセス実態や無歯科医地域の問題については、以下が詳しい資料です。
「歯科医師はワーキングプアだ」というイメージは、本当に正確なのでしょうか?
令和5年(2023年)の厚生労働省調査では、勤務歯科医の平均年収は約924万円、開業歯科医の平均年収は約1,238万円という数字が出ています。さらに2024年の同調査では、年収1,135万5,200円という数字も報告されています。一方で、都市部の競争激化した開業医の中には経営難に陥っているケースも多く、まさに「二極化」が進んでいます。
最近注目されているのが、勤務医としてのキャリアの見直しです。ダイヤモンド誌の2024年報告では「勤務5年目で年収1,200万円」を実現している歯科医師の存在が紹介されました。これはかつての「開業して成功しなければ高収入はない」という常識とは大きく異なります。歯科衛生士・歯科技工士の不足が深刻な中で、臨床スキルと患者対応力の高い勤務医への需要が高まっているのです。
年収格差の構造を整理すると次のようになります。
| 属性 | 平均年収目安(2023〜2024年) |
|------|--------------------------|
| 勤務歯科医(全体平均) | 約924万〜1,135万円 |
| 開業歯科医(全体平均) | 約1,238万円 |
| 開業医(経営成功層) | 1,500万〜3,000万円超 |
| 開業医(経営難・競合地域) | 500万円以下も存在 |
つまり開業が必ずしも高収入を保証しなくなっているということです。
重要なのは、自分がどのキャリアパスに向いているかを冷静に見極めることです。地方や郊外での開業、または大型歯科グループへの勤務医転換という選択肢を今から検討することが、10年後の収入に直結します。現在の勤務先の年収水準や経営状況を把握したうえで、転職・開業のタイミングを戦略的に考えることがこれからの歯科医師には必要です。
過剰問題を解消する方向性として、現在すでにいくつかの変化が起きています。これを正確に理解することが、今後のキャリア判断に大きく影響します。
まず国家試験の合格率が急激に低下しています。2026年3月実施の第119回歯科医師国家試験では、合格率が61.9%と大きく低下しました。かつては80%前後だった合格率が、ここ数年で60%前半にまで落ちており、合格者数も年間約2,000人規模に絞られています。10年前の合格者数が約2,200人だったことを考えると、着実に供給が絞られています。
国家試験の難関化に加え、歯学部の定員削減も続いています。私立歯科大学の50%以上では定員割れが続いており、入学者数が自然減しているのが現状です。厚生労働省の推計では、2029年には歯科医師が約1万4,000人過剰になるとされていましたが、足元では歯科医師数の減少が現実に始まりました。2022年の統計では歯科医師数が統計開始以来初めて減少に転じ、現在は約10.5万人となっています。
さらに、海外の先行事例が日本の将来を示唆しています。かつて日本以上の歯科医師過剰国だったオランダは、歯科大学を一時的にすべて廃止するという大胆な政策を実施しました。しかし、歯周管理・摂食機能療法・口腔がん対応などで歯科医療の需要が予想外に拡大し、逆に深刻な歯科医師不足に陥ってしまったのです。結果的に2020年から歯科衛生士がC1(初期う蝕)の治療を行う制度が導入されるほどの対応を迫られました。日本もこの轍を踏む可能性があります。これが条件です。
歯科医師数が減少に転じた今、歯科従事者にとって重要なのは次の点です。
- 🦷 口腔機能管理・予防歯科への軸足移動:虫歯治療だけに頼らず、口腔機能や訪問歯科など需要が拡大する領域へシフトすることが収益安定につながります
- 📊 経営スキルの習得:設備投資の費用対効果、スタッフマネジメント、マーケティングなど経営管理の知識が今後は必須です
- 🌏 地域を選ぶ視点:都市部の過当競争に留まるか、地方で不足地域のニーズを取り込むかを早期に判断することがキャリアの分岐点になります
高齢の歯科医師の引退が加速する2030年代に向けて、「過剰」から「不足」への転換はすでに始まっています。この流れを理解したうえで先手を打てる歯科医師が、生き残るだけでなく大きく飛躍できる時代に入っています。
東京歯科保険医協会:歯科医師需給問題のその後とオランダの先行事例の詳細解説