総数が増えていても、あなたの診療圏ではすでに勤務医が消えかけている。
歯科医師数は長らく「増え続ける職種」の象徴でした。厚生労働省「医師・歯科医師・薬剤師統計」によると、1982年(昭和57年)時点の届出歯科医師数は約54,000人程度でしたが、そこから右肩上がりに増加を続け、2020年(令和2年)には107,443人とピークに達しました。これは約40年間で2倍近い増加という、他の職種ではなかなか見られないペースです。
しかしその後、流れが大きく変わります。2022年(令和4年)には105,267人と2,176人の減少(▲2.0%)を記録。そして2024年(令和6年)末には103,652人へとさらに1,615人減少(▲1.5%)しています。減少への転換は一過性ではなく、構造的な流れであることが統計から見えてきます。
| 調査年 | 届出歯科医師数 | 前回比増減 | 人口10万対 |
|---|---|---|---|
| 2010年(平成22年) | 101,576人 | +1,000人前後 | 79.3 |
| 2016年(平成28年) | 104,533人 | +561人 | 82.4 |
| 2018年(平成30年) | 104,908人 | +375人 | 83.0 |
| 2020年(令和2年) | 107,443人 | +2,535人 | 85.2 |
| 2022年(令和4年) | 105,267人 | ▲2,176人 | 84.2 |
| 2024年(令和6年) | 103,652人 | ▲1,615人 | 83.7 |
つまり増加から減少への転換点は2020年です。この背景にあるのは、1970〜80年代に歯科大学・歯学部の新設ラッシュで大量に誕生した歯科医師たちの高齢化です。昭和40〜50年代に歯科医師になった世代が今まさに引退期を迎えており、国家試験の新規合格者数がそれを補いきれていない状況が生まれています。
人口10万人対比で見た歯科医師数の減少は2022年が初めての記録と言われており、「増え続ける歯科医師」という常識が完全に崩れた年と位置づけられています。歯科従事者にとって、この数字が持つ意味は非常に大きいです。
参考:厚生労働省による最新の歯科医師統計の概況(2024年12月末時点の公式データ)
令和6年 医師・歯科医師・薬剤師統計の概況(厚生労働省)
将来の歯科医師数については、複数の機関が試算を発表しており、数字にかなりのばらつきがあります。見方によって「不足する」とも「まだ過剰」とも読める点が、議論を複雑にしています。
まず届出総数ベースで見ると、船井総合研究所の試算では2030年に約118,400人という予測があります(2018年時点の統計をベースにした推計)。この数字だけ見ると「まだ増えるのでは」と思うかもしれません。ただし注意が必要です。
重要なのは「現役世代の歯科医師数」です。一般に24〜65歳を現役と見なした場合、この年齢層は2018年の約85,000人から2030年には約72,000人まで縮小するとされています。約13,000人・15%超の減少であり、「仕事を担える歯科医師」が大幅に減るということです。これは大きなデメリットです。
また、M&D医業経営研究所の木村泰久氏によれば、2022年から2030年の間に約8,800人が純減し、総数は約93,000人になるとの予測もあります。
総数の横ばいが条件です。しかし「いる」と「働ける」は別の話です。65歳以降でも届出上は歯科医師としてカウントされますが、実際に患者を診られる現役世代の数こそが、現場の経営や採用に直結しています。
参考:歯科医師数減少の構造的要因と2030年予測をコンサルタントの視点から解説
コンサルタントの視点から:「歯科医師減少の影響を考える」(M&D医業経営研究所)
参考:日本歯科医師会が発表する2040年を見据えた歯科ビジョン
データで見る2040年の社会と今後の歯科医療(日本歯科医師会)
歯科医師数の減少は偶然ではなく、複数の要因が重なった結果です。それを理解しておくと、今後の採用戦略や経営判断がより具体的になります。
① 歯科医師の高齢化による大量退職
2022年時点の年齢別データでは、60代の歯科医師が23,566人で最多、50代も22,398人と続きます。50代以上の合計は6万人近くに達し、全体の約57%を占めています。これはまるで「頂点がすでに過ぎた山」の形そのものです。
一方、20代の歯科医師はわずか5,963人(全体の約5.9%)、30代も16,942人(16.6%)と少なく、世代交代が追いついていません。2030年には、60代の歯科医師が約25,000人で最大層になり、70歳以上が約17,000人まで膨らむと予測されています。高齢化が基本です。
② 歯科医師国家試験の合格率低下と合格者数の激減
2026年3月に発表された第119回歯科医師国家試験の結果は、歯科業界に衝撃を与えました。全体合格率61.9%(受験者2,837人、合格者1,757人)は過去10年で最低水準となり、前年(70.3%)から一気に8.4ポイントも低下しました。合格者数1,757人は近年で最も少ない数字です。
合格率が下がれば志望者も減る可能性があります。歯科医師になるまでの道のりが「6年間の歯学部+留年リスク+低合格率」という厳しいルートになっているため、優秀な学生が他の医療系や理系に流れるという問題も指摘されています。
③ 国家試験合格者数抑制という政策的な選択
1970〜80年代に「歯科医師過剰」が問題になり、文部科学省と厚生労働省は歯学部の入学定員削減・合格者数抑制という方向に舵を切りました。その政策が今も継続中です。毎年の合格者数は約2,000人前後で推移しており、かつての3,000人超の時代と比べると明らかに絞られています。
意外ですね。「過剰対策」として作られた仕組みが、今度は「不足」を生み出しているというわけです。
参考:第119回歯科医師国家試験の合格者数・合格率の詳細データ
第119回歯科医師国家試験の結果発表(デンタルウェブ)
歯科医師数の問題は、全国一律の話ではありません。地域によってまったく異なる現実があります。これが現場にとって最も重要な視点のひとつです。
2022年末時点で、人口10万人当たりの歯科医師数が100人を超えていたのは東京・徳島・福岡の3地域のみ。東京23区に至っては133.7人という高密度です。一方で、全国平均(81.6人)を下回る道県が大半を占め、60人を割っていたのは青森・富山・福井・滋賀・島根・沖縄の6県にのぼります。東京と地方の差は2倍以上であり、その格差はさらに広がる見通しです。
特に深刻なのが「無歯科医地区」の増加です。歯科医師が不在の地区は全国に1,200か所以上存在し(日本歯科大学協会・櫻井薫氏指摘)、岩手県・高知県では令和元年〜令和4年の間に急増しています。
無歯科医地区では、高齢者が歯科治療を受けようにも移動手段がなく、訪問診療に頼らざるを得ない状況が生まれます。しかし、訪問診療を担える歯科医師もその地域にいない、という二重苦が現実として起きています。
では、都市部の歯科医院は安心なのでしょうか?それで大丈夫でしょうか?
そうとも言い切れません。地方からの若い歯科医師が都市部に集中する流れは続いており、むしろ都市部では「分院展開を目指す医院間での勤務医争奪戦」が激化しています。歯科医院管理者は歯科医師でなければならないという医療法の規定上、勤務医が採用できなければ分院の閉院を迫られるリスクが実際に存在します。
地域格差が条件です。今いる地域の状況を正確に把握することが、経営判断の出発点になります。厚生労働省が公表している都道府県別・人口10万対歯科医師数のデータは、定期的に確認しておく価値があります。
参考:都道府県ごとの歯科医師数・地域格差の最新状況(厚生労働省資料)
歯科医療提供体制・歯科医師の現状について(厚生労働省)
歯科医師数の推移と今後の予測を踏まえると、歯科医院経営に対する影響は「採用」「診療体制」「収益性」の3つの軸で具体的に考える必要があります。
採用への影響:勤務医争奪戦が本格化する
2018年に約85,000人いた24〜65歳の現役歯科医師が、2030年には約72,000人まで減少する見通しであることは先述のとおりです。単純計算で現役歯科医師が約15%減るということは、求人競争がそれ以上に激しくなることを意味します。
歯科衛生士に至っては、2024年以降の新卒求人倍率がすでに23倍を超えているという報告もあります(参考:歯科採用関連調査より)。これは20医院に1医院しか新卒者を採用できないという計算です。痛いですね。
こうした人材確保の問題に対して、今すぐ打てる手として有効なのが「採用ブランディング」です。給与水準の引き上げだけでなく、院長のビジョンや職場環境、キャリアアップの仕組みを言語化し、求人票や院内SNSに反映させておくことで、選ばれやすい医院になる土台が作れます。
診療体制への影響:訪問診療の担い手不足が加速
高齢化社会の深化とともに、訪問歯科診療の需要は急速に高まっています。要介護認定を受けた高齢者のうち64.3%に歯科治療が必要と判断されているにもかかわらず、実際に歯科医療機関で治療を受けているのは2.4%に過ぎないというデータもあります(厚生労働省調査)。これほど大きなギャップがある分野はほかにありません。
訪問診療を行う歯科医師の数が減れば、高齢患者への医療提供が滞ります。逆に言えば、訪問診療に対応できる歯科医院は競合が少なく、患者ニーズが確実に存在するという経営上のメリットがあります。訪問診療に必要な機材や研修情報は、日本訪問歯科協会などで確認できます。
収益性への影響:患者数の減少と人件費上昇が同時進行
患者数についても楽観視できません。厚生労働省「患者調査」をもとにした試算では、2030年の歯科外来患者数は125万人程度まで減少する可能性があります。人口減少と高齢化による「かかれない層の増加」が相まって、歯科医院の患者獲得競争が激化します。
一方で、歯科衛生士や歯科助手の賃金は上昇傾向にあります。売上が横ばいか減少する中で、人件費コストが増え続ける構造は、多くの歯科医院経営者にとってリアルな課題です。生産性が基本です。チェア1台あたりの月間売上や、スタッフ1人当たりの売上という「生産性指標」を今から把握しておくことが経営判断の基礎になります。
参考:2030年に向けた歯科業界の需給予測と経営上の留意点
歯科業界の2030年予測 歯科医院が生き残るための重要キーワード(明晴歯科)