声門閉鎖のトレーニングを「声を鍛えるだけのもの」と思っていると、患者さんの誤嚥リスクを見落として誤嚥性肺炎を防げない危険があります。
歯科情報
声門閉鎖とは、喉頭内部の声帯が左右に閉じ合わさる動作のことです。この動作は「声を出す」という行為だけでなく、食べ物や唾液が気管へ入り込むのを防ぐ、生命に直結した防御機能でもあります。
声門閉鎖に直接関わる内喉頭筋は主に3つです。まず、側輪状披裂筋(外側輪状披裂筋)は、輪状軟骨の外側から披裂軟骨の筋突起に向かって走り、収縮すると披裂軟骨を内転させて声門前部を閉じます。次に披裂筋(横披裂筋・斜披裂筋)は、左右の披裂軟骨をつなぎ、後部の軟骨間声門を閉鎖します。そして甲状披裂筋は、声帯靱帯と並行して走り、声帯そのものの内側から閉鎖力を補います。
つまり3種類が協調して働くということですね。
| 筋肉名 | 走行・付着部位 | 主な働き |
|---|---|---|
| 側輪状披裂筋 | 輪状軟骨外側部 → 披裂軟骨筋突起 | 披裂軟骨を内転させ声門前部を閉じる |
| 横披裂筋・斜披裂筋(披裂筋) | 左右の披裂軟骨を結ぶ | 軟骨間声門(後部)を閉じる |
| 甲状披裂筋(声帯筋含む) | 甲状軟骨内側面 → 披裂軟骨前面 | 声帯の閉鎖と緊張を高める |
一方、声門を開く唯一の筋肉が後輪状披裂筋です。この筋肉だけが外転(開大)方向に働き、呼吸時に常時収縮しています。この筋肉が損傷されると呼吸困難が生じる点は、歯科国家試験でも頻出の重要ポイントです。
さらに輪状甲状筋は「声帯緊張筋」とも呼ばれ、声門閉鎖そのものには直接関与しませんが、甲状軟骨と輪状軟骨を接近させることで声帯を伸展させ、声のピッチ調節に働きます。これが唯一、上喉頭神経(外枝)に支配される内喉頭筋であり、それ以外の内喉頭筋はすべて下喉頭神経(反回神経)に支配される点も押さえておきましょう。
反回神経支配が原則です。
参考リンク(内喉頭筋の詳細な解剖・分類について)。
OralStudio 歯科辞書「内喉頭筋」:声門閉鎖筋(声帯内転筋)と声門開大筋(声帯外転筋)の分類・走行が確認できる
咽頭期における嚥下のメカニズムを理解することは、歯科診療において非常に重要です。食塊が咽頭に達すると、嚥下反射が誘発され、複数の協調動作が瞬時に起こります。その中の一つが「声門閉鎖」であり、食べ物が気管へ侵入するのを防ぐ最後の砦として機能しています。
具体的には以下の流れで進みます。
この4番目のステップが「嚥下性無呼吸」です。嚥下の瞬間、声門が完全に閉じることで呼吸が一時的に止まり、食塊は気管ではなく食道へと安全に送り込まれます。声門閉鎖は誤嚥を防ぐ最後の鍵ということです。
注意したいのが「喉頭蓋による喉頭口閉鎖」と「声門閉鎖」はまったくの別物であるという点です。喉頭蓋が倒れても、その直下で声帯が閉じていなければ食塊は気管へ侵入できます。両方の閉鎖が同時に機能して、はじめて誤嚥が防がれます。
これは意外ですね。
加齢とともに声門閉鎖力は低下します。高齢になると喉頭の安静位が下降し、嚥下時に喉頭をより高く引き上げる必要が生じるため、筋疲労が起こりやすくなります。声帯を閉じる側輪状披裂筋や甲状披裂筋も徐々に萎縮するため、閉鎖力の低下と声門閉鎖のタイミングのズレが生じやすくなります。これが高齢者の誤嚥リスクを高める主要因のひとつです。
参考リンク(咽頭期の嚥下メカニズム・声門閉鎖の位置づけについて)。
声門閉鎖不全が起きると何が問題になるのか。端的に言えば、食物・唾液・口腔内細菌が気管へ流入しやすくなり、誤嚥性肺炎の発症リスクが大幅に上昇します。
代表的な原因として反回神経麻痺があります。反回神経は迷走神経の分枝で、側輪状披裂筋・披裂筋・甲状披裂筋などの内喉頭筋(輪状甲状筋以外)をすべて支配しています。この神経が麻痺すると声門が開いたままになり、嚥下時に閉鎖が不完全になります。論文データでは、片側性喉頭麻痺のある患者の約50%において、嚥下時の声門閉鎖不全を原因とした誤嚥が生じると報告されています(Onlinelibrary, 2021)。
50%という数字、痛いですね。
歯科従事者にとっての具体的なリスクは「口腔内細菌の誤嚥」です。口腔ケアが不十分であれば、1mLの唾液に含まれる細菌数は最大10億個にも達します(健康成人でも10⁸個程度)。これが声門閉鎖不全によって気管・肺に流れ込めば、誤嚥性肺炎として発症します。歯周病原細菌(ポルフィロモナス・ジンジバリスなど)が肺炎の起炎菌として検出された症例報告もあり、口腔衛生の管理が誤嚥性肺炎の一次予防になることが示されています。
声門閉鎖が弱い患者を見逃すと、丁寧に口腔ケアをしても誤嚥性肺炎を繰り返す可能性があります。歯科衛生士として患者のむせ、声がれ(嗄声)、食後の湿性嗄声に気づいたときは、声門閉鎖不全の疑いとして歯科医師へ報告・連携することが大切です。これが条件です。
嗄声・湿性嗄声には特に注意が必要です。湿性嗄声とは食後に声が「水っぽくくぐもった」状態になることで、食塊が声帯周辺に残留しているサインです。声が「ゴロゴロ」「ガラガラ」する場合は、食後にすぐ気づけることがあります。
参考リンク(片側性喉頭麻痺と誤嚥の関係について)。
Wiley Online Library(2021):片側性喉頭麻痺症例の約50%に嚥下時声門閉鎖不全による誤嚥が生じることを報告した臨床研究
声門閉鎖力の低下に対しては、訓練によって改善が可能です。日本摂食嚥下リハビリテーション学会(2014年版訓練法まとめ)に収載された代表的な手技を紹介します。
① 息こらえ嚥下法(声門閉鎖嚥下法)
「鼻から息を吸い込む → 息を止める → 飲み込む → 口からハーと息を吐く」という手順で行います。息を止めることで声門が能動的に閉鎖され、その状態で嚥下動作に入ることで、声門レベルの気道防護を意識的・訓練的に行えます。適応は声門閉鎖の遅延や減弱がある患者で、嚥下中に誤嚥をきたしやすい方が対象です。
② 強い息こらえ嚥下法(声門越え嚥下法:Super-supraglottic swallow)
通常の息こらえ嚥下に加え、嚥下前に「力を入れてぐっとこらえる」ように強調することで、仮声帯(前庭ひだ)レベルまでの閉鎖を促す方法です。披裂軟骨が前方に傾斜し、喉頭前庭のより広範な閉鎖が起こります。息こらえの強度が上がる分、心肺疾患を持つ患者には注意が必要です。
③ プッシング訓練(Pushing exercise)
壁や机を両手で押す、あるいは椅子の座面を押し上げるなど、上肢に等尺性収縮を加える運動を発声と同時に行います。上肢に力を入れると反射的に声門が閉じる性質(Valsalva反射に近い原理)を活用したものです。声門閉鎖の強化・喉頭挙上の促進を目的とします。
これは使えそうです。
歯科衛生士として口腔ケア現場でこれらの訓練を患者へ案内する場合、まず「指示の理解が可能かどうか」の確認が条件になります。重度の認知症や意識障害のある患者へは直接適用できず、体位管理・食形態調整などの代償法と組み合わせることが基本です。なお、訓練の適応判断と指示は歯科医師・言語聴覚士が行うため、歯科衛生士は見守りと継続支援の役割に徹することが適切な連携につながります。
連携が原則です。
参考リンク(息こらえ嚥下法の詳細手順・適応について)。
日本摂食嚥下リハビリテーション学会「訓練法のまとめ2014版」:息こらえ嚥下法・プッシング訓練など各訓練の根拠・対象・手順が詳述されている(PDF)
声門閉鎖不全に関連する診断は医師・耳鼻科・言語聴覚士の領域ですが、「最初に気づく場面」が最も多いのは口腔ケアの現場です。歯科衛生士は患者の口腔内を定期的・近距離で観察する立場にあり、嚥下異常の早期発見者として重要な役割を担っています。
以下のサインに気づいたときは、声門閉鎖不全を念頭に置いた対応が求められます。
これらを発見した際の対応フローを整理します。まず、異常を発見した日時・状況を記録します。次に、同日または次回診療の際に歯科医師に口頭+記録で共有します。歯科医師の判断のもと、必要に応じて耳鼻咽喉科・嚥下外来・言語聴覚士への紹介や嚥下評価(嚥下造影・嚥下内視鏡)につなげます。この流れを院内で統一しておくことが、患者の誤嚥性肺炎リスクを下げる最短ルートになります。
記録が必須です。
なお、口腔ケア中に誤嚥リスクが高い患者に対しては、体位を30〜45度のリクライニング姿勢にする、頸部を軽く前屈させる(Chin down姿勢)などの工夫が声門閉鎖への負担を軽減します。Chin down姿勢を取ることで、喉頭蓋谷が広がり食塊が気管に流入するリスクが減ることが嚥下造影でも確認されています。
参考リンク(嚥下障害の観察ポイントと多職種連携について)。
健康長寿ネット「嚥下障害のリハビリテーション(基礎訓練)」:口腔ケア・訓練の基礎知識と観察ポイントが医療従事者向けにまとめられている