保険診療で機能印象を行うと採算割れします。
機能印象は、義歯が実際に口腔内で機能している状態を再現した印象採得方法です。単なる静止状態の型取りではなく、咀嚼や嚥下、発語といった動的な口腔機能を考慮した印象を採得することに特徴があります。
この方法は主に粘膜負担が求められる症例で用いられます。無歯顎や多数歯欠損の患者では、義歯の支持を歯ではなく粘膜に求めなければなりません。そのため床下粘膜に適切な咬合圧を加えた状態での印象が必要になるのです。
つまり機能時の形態を記録することが基本です。
機能印象の目的は大きく分けて3つあります。第一に床下粘膜の加圧印象により粘膜支持を増強すること、第二に小帯や粘膜反転部の動きを正確に印記すること、第三に義歯床を拡大可能な範囲と辺縁形態を探ることです。これらの目的を達成することで、義歯の維持・安定・支持が向上し、患者の咀嚼機能回復につながります。
ただし全ての症例で機能印象が必要というわけではありません。例えば45欠損(少数歯欠損)のように歯牙支持要素が強い症例では、義歯床を歯肉頬移行部まで拡大する必要がなく、機能印象を行わないケースもあります。
症例に応じた適切な判断が求められます。
上記のリンクでは機能印象の概要と目的が詳細に記載されており、臨床での判断基準を確認できます。
機能印象で使用される印象材には複数の選択肢があり、それぞれ異なる特性を持っています。代表的なものとして、モデリングコンパウンド、ティッシュコンディショナー、シリコーン系印象材などが挙げられます。
モデリングコンパウンドは熱可塑性の印象材で、温めることで柔らかくなり冷却すると硬化する性質があります。主に筋圧形成時の辺縁形成に使用され、顎堤周囲の筋の動きを記録する際に有効です。トーチで軟化させてからウォーターバスに浸漬し、口腔内に挿入して辺縁形成を行います。操作性に優れており、必要に応じて何度でも修正できるのが利点です。
ティッシュコンディショナーは粘膜調整材としても機能する印象材です。ゆっくりと変形する徐硬化性を持つため、採得に時間のかかる機能印象に適しています。義歯床粘膜面に裏装して使用することで、咬合圧などの機能圧が加わった状態の粘膜表面形態を再現できます。松風ティッシュコンディショナーⅡやコンフォートティッシュコンディショナーⅢなどの製品が臨床で広く使用されています。
シリコーン系印象材は精密な印象採得に優れた材料ですが、機能印象においては注意が必要です。硬化が早すぎるシリコーン材料では、患者が口腔内で様々な機能運動を行う時間が確保できません。機能印象においては、ある程度の作業時間を持つ材料選択が重要になります。
結論は材料特性の理解が必須です。
印象材の選択を誤ると、せっかく時間をかけて採得した印象が適切な機能形態を反映できません。症例の特性や目的に応じて、最適な印象材を選択することが精密な義歯製作の第一歩となるでしょう。
筋圧形成は機能印象の中核をなす技術で、顎堤周囲の筋の動きを義歯辺縁に記録する方法です。この手順を正確に実施することで、義歯装着時に筋の動きと調和した辺縁形成が可能になります。
まず概形印象を採得し、その模型上で個人トレーを製作します。個人トレーの外形は筋圧形成を行う辺縁にモデリングコンパウンドを添加できるよう設計し、筋圧形成を行わない残存歯部は歯頸部から3mm程度下方まで覆うように設定します。トレーにストッパーを付与することで、口腔内での位置決めが正確に行えます。
次に個人トレーをトーチで加温し、モデリングコンパウンドを軟化させてからウォーターバスに浸漬します。適温になったトレーを口腔内に挿入し、患者に口唇や頬を動かしてもらいながら辺縁形成を行います。上顎では口唇を前後左右に動かし、イーウーなどの発音をしてもらうことで、頬小帯や口唇小帯の動きが記録されます。
下顎の筋圧形成では特に舌の動きが重要です。舌を前後左右に動かし、舌尖を口蓋に押し付けるような動作をしてもらいます。これにより舌小帯や舌側の粘膜反転部の形態が正確に記録できます。どういうことでしょうか?
加圧印象は咬合圧を粘膜に加えた状態での印象採得です。治療用義歯やコピーデンチャーを使用して、患者に実際に咬んでもらいながら印象を採得する方法が一般的です。ティッシュコンディショナーを義歯床内面に盛り、患者に数日間使用してもらうことで、日常の咀嚼や嚥下時の粘膜形態が自然に記録されます。
これが基本です。
加圧印象においては、どの部位に加圧を求め、どの部位をリリーフするかの判断が重要になります。顎堤頂部など咬合圧を負担させる部位にはスペーサーを設置せず、骨隆起など加圧を避けたい部位にはパラフィンワックスなどでリリーフを行います。
機能印象が特に有効な症例は、粘膜支持を主体とする義歯が必要な場合です。具体的には無歯顎の総義歯、遊離端義歯(Kennedy分類のⅠ級やⅡ級)、多数歯欠損の部分床義歯などが挙げられます。
無歯顎の総義歯では、義歯の維持・安定・支持のすべてを粘膜と筋、そして吸着力に求めなければなりません。特に下顎総義歯は顎堤の吸収が進んでいるケースが多く、機能印象による精密な辺縁形成と床下粘膜の形態記録が義歯の成否を左右します。機能印象を行うことで、義歯装着時の吸着力が向上し、咀嚼時の安定性が大幅に改善されます。
遊離端義歯においては、オルタードキャスト法と組み合わせた機能印象が効果的です。この方法では、残存歯部と粘膜負担部の被圧変位量の差を補償できます。残存歯にかかるバネの部分と粘膜に接する床の部分を別々に印象採得することで、義歯が機能時に沈み込んだ状態での粘膜形態が正確に再現されるのです。
意外ですね。
機能印象による義歯の効果は数値でも示されています。一般的な解剖学的印象で製作した義歯と比較すると、機能印象で製作した義歯では咀嚼効率が約20~30%向上するという報告があります。つまり食事の際に食べ物をより細かく咀嚼でき、消化吸収にも良い影響を与えるということです。天然歯の咀嚼力を100%とした場合、通常の総義歯では10~20%程度しか回復できませんが、精密な機能印象で製作した義歯では25~35%まで向上する可能性があります。
また義歯の適合性が向上することで、疼痛の発生率も大幅に減少します。不適合な義歯を長期間使用すると、床下粘膜の炎症や顎堤の吸収が進行し、さらに義歯が合わなくなるという悪循環に陥ります。機能印象による精密な義歯は、このような長期的なリスクを回避する予防的効果も持っています。
機能印象の臨床応用において、閉口機能積層印象という特殊な技術があります。これは口を開けた状態だけでなく、閉じた状態でも印象採得を行う方法で、より機能的な義歯製作が可能になります。
閉口機能積層印象では、まず開口状態で粘膜面の基本的な形態を記録し、次に閉口状態で咬合圧を加えた状態での粘膜形態を重ねて記録します。この方法により、実際に咀嚼する際の粘膜の沈み込みや変形を正確に再現できます。通常の開口状態での印象では、重力の影響で粘膜が下方に垂れ下がった状態が記録されますが、閉口状態では咬筋や頬筋の緊張により粘膜の位置関係が変化するのです。
さらに高度な技術として、ダイナミック印象という方法も臨床で応用されています。これは使用中の義歯または最終義歯をトレー代わりとして、患者の日常生活における機能時の粘膜動態を採得する方法です。患者に義歯内面にティッシュコンディショナーを盛った状態で数日間生活してもらい、咀嚼・嚥下・発語といった様々な機能運動を通じて自然に印象が形成されます。
これは使えそうです。
ダイナミック印象は加圧印象であると同時に機能印象でもあり、患者自身の日常的な口腔機能が義歯形態に反映されるという利点があります。特に高齢者や神経筋疾患を持つ患者では、診療室での短時間の印象採得では記録しきれない特異な口腔機能パターンを持つことがあり、ダイナミック印象がその解決策となります。
オルタードキャスト法と機能印象を組み合わせる際の工夫として、金属床義歯への応用があります。金属床は薄く製作できるため装着感に優れますが、精密な適合が求められます。機能印象で得られた模型上で金属フレームを製作し、その後遊離端部のみを再度機能印象で記録することで、高い適合精度と機能性を両立できます。
臨床での成功のポイントは、患者への説明と協力です。機能印象は通常の印象採得より時間がかかり、患者に口を動かしてもらうなどの協力が必要になります。どのような動作が必要か、なぜそれが重要かを事前に丁寧に説明することで、良好な機能印象が得られる確率が高まります。
結論は患者協力が不可欠です。
このページでは機能印象の実際の臨床例と患者説明の方法が詳しく紹介されており、日常診療での応用に役立ちます。
機能印象を実施する際には、いくつかの重要な注意点があります。
まず時間的コストの問題です。
通常の印象採得が10~15分程度で終わるのに対し、機能印象では筋圧形成や複数回の印象採得が必要となり、1症例あたり30~60分以上かかることも珍しくありません。
保険診療の枠組みでは、機能印象に対する十分な評価がなされていないのが現状です。有床義歯の印象採得料は保険点数で60点(600円)程度しか算定できず、材料費や技工料、そして何より歯科医師の技術料と時間を考えると、採算が合わないケースが多くなります。このため機能印象を含む精密な義歯製作は、多くの歯科医院で自費診療として提供されています。
自費診療での機能印象を含む精密義歯の費用相場は、片顎で15万円~50万円程度です。金属床やオルタードキャスト法を併用する場合はさらに高額になることもあります。患者にとっては経済的負担が大きいため、機能印象のメリットと費用について十分な説明とインフォームドコンセントが必要になります。
厳しいところですね。
技術的な注意点として、印象材の選択ミスが挙げられます。硬化時間が短すぎる印象材を使用すると、患者が十分な機能運動を行う前に硬化してしまい、機能形態が記録できません。逆に硬化時間が長すぎると、患者の疲労や唾液の混入により印象精度が低下します。
筋圧形成時の注意点として、患者に過度な筋運動をさせてしまうリスクがあります。極端に大きな口の開閉や舌の運動を行わせると、実際の機能時とは異なる非生理的な辺縁形成になってしまいます。日常的な咀嚼や会話程度の自然な動きを再現してもらうことが重要です。
顎堤の状態によっては機能印象が適さないケースもあります。極度に顎堤が吸収している症例や、鋭利な骨隆起が存在する症例では、加圧印象により粘膜損傷のリスクがあります。このような症例では、外科的な前処置(骨整形など)を先行させるか、加圧を避けた印象法を選択する必要があります。
印象採得のタイミングも重要な要素です。抜歯直後や粘膜に炎症がある状態では、正確な機能印象が採得できません。抜歯後は最低3ヶ月程度の治癒期間を待ち、粘膜が健康な状態になってから機能印象を行うことが推奨されます。粘膜炎や義歯性潰瘍がある場合は、まずティッシュコンディショナーによる粘膜調整を行い、健康な粘膜を回復させてから機能印象に移行します。
また歯科技工士との連携も成功の鍵となります。せっかく精密な機能印象を採得しても、技工所での模型作製や義歯製作の段階でエラーが生じれば、その努力が無駄になります。機能印象の意図や症例の特徴を技工指示書に詳しく記載し、信頼できる技工所に依頼することが重要です。
つまり連携が必須です。
患者の全身状態も考慮すべき要素です。認知症や神経疾患により指示に従えない患者、嘔吐反射が強い患者では、機能印象の実施が困難な場合があります。このような症例では、簡便法での義歯製作やインプラント治療など、代替手段を検討する必要があります。無理に機能印象を試みると、患者の苦痛や診療トラブルにつながるリスクがあるため、症例選択の判断が重要になります。
Please continue.