歯科で「虫歯ではない」と言われたのに抜歯された患者の16%が、実は群発頭痛による歯痛だったとわかります。
虫歯がないのに歯が痛む場合、まず疑うべきは「歯そのものを原因とする歯原性歯痛」の中の虫歯以外の疾患です。代表的なものとして、知覚過敏・歯周病・TCH(歯列接触癖)による咬合性外傷の3つが挙げられます。
知覚過敏について、日本人の4人に1人が経験しているとされており、有病者率は平均33.5%というデータも報告されています。エナメル質が薄くなり、象牙質が露出することで冷温刺激に対して鋭い痛みが走ります。原因としては過度なブラッシング・酸性飲食物の頻繁な摂取・歯ぎしり・食いしばりなどが挙げられます。これが条件です。
🪥 知覚過敏の対処としては、歯科医院でのフッ素塗布・レジンコーティング、専用の知覚過敏用歯磨き粉の使用(硝酸カリウム含有タイプ)が有効で、セルフケアとプロフェッショナルケアを組み合わせることが大切です。
歯周病については、厚生労働省「令和4年歯科疾患実態調査」によると、4mm以上の歯周ポケットを持つ人の割合は全体の47.9%に上ります。30代で約70%、40代では約80%が何らかの歯周病関連の所見を持つとも言われています。歯周病は初期段階ではほとんど痛みを感じませんが、進行すると膿の貯留・歯のグラつき・強い痛みへと移行します。つまり「痛みがない=歯周病ではない」は大きな誤解です。
歯周病の管理には、スケーリングやルートプレーニングによる歯石除去に加え、患者へのブラッシング指導・定期的なメンテナンスが不可欠です。歯周病を放置した場合、歯を失うリスクだけでなく、糖尿病・心臓病・早産との関連も報告されており、全身的な健康リスクにも波及します。
参考:厚生労働省による令和4年歯科疾患実態調査の詳細データ(歯周ポケット保有率47.9%等)
TCH(Tooth Contacting Habit:歯列接触癖)は、食事・会話以外のときに上下の歯が持続的に接触し続ける癖のことです。日本人の約25%(4人に1人)がTCHの可能性があるとされています。通常、安静時に上下の歯は接触していないはずで、1〜3mmの「安静空隙」があるのが正常です。この癖が続くと歯根膜が圧迫され、歯が浮いた感じ・鈍い咬合痛・頭痛・肩こりなど多彩な症状が現れます。これは使えそうです。
TCHの改善には、仕事中に「歯をはなす」と書いた付箋をモニターや机に貼るリマインダー法が効果的で、続けることで上下の歯を接触させる習慣が自然と減少します。
虫歯が関与していなくても、歯の内部構造や支持組織に問題が生じて強い痛みが出るケースがあります。歯科従事者として特に鑑別が難しいのが「歯のひび割れ(クラックトゥース症候群)」です。
歯髄炎は虫歯由来が多いですが、外傷・過度な咬合力・深い歯周ポケットからの感染でも発症します。症状としては冷温刺激でズキズキ痛む・夜間痛・拍動性の持続痛が特徴です。放置すると歯髄が壊死し、根尖性歯周炎へ移行します。根管治療が必要になる前の段階で早期に介入することが、歯の長期保存につながります。
歯根膜炎は、歯の根と顎骨をつなぐクッション組織の炎症です。噛むと「ズン」とした強い痛みが生じ、歯が浮いた感覚を伴います。感染性(歯髄壊死後の根尖性歯周炎など)と非感染性(咬合過重・外傷)の2種類があり、原因によって治療アプローチが変わります。痛いですね。
歯のひび割れ(クラックトゥース症候群)は、特に診断が難しい疾患の一つです。X線では映らないことが多く、「噛むと一瞬だけ痛い」「冷たいものを口に含んでも、吐き出した直後に痛みが来る」といった特徴的な症状が鑑別のポイントになります。原因として多いのは、硬いものを噛む習慣・歯ぎしり・長年の詰め物による応力集中です。
クラックの確認には、コットンロール咬診テスト(特定の咬頭を分離して咬ませる)やトランスイルミネーター(透過光)での確認が有効です。亀裂が歯根方向へ進展している場合は、早期に歯冠補綴(フルクラウン)で亀裂を封鎖し、進行を防ぐことが歯の保存に直結します。
非歯原性歯痛の種類と鑑別(日本歯科医師会 テーマパーク8020)
歯に明らかな異常がないのに痛みが続く場合、「非歯原性歯痛」を疑う必要があります。これは歯原性ではなく、歯以外の組織や臓器が原因で歯に痛みが感じられる状態です。
非歯原性歯痛の中でも最も頻度が高いのが「筋・筋膜性歯痛」です。咀嚼筋(咬筋・側頭筋・顎二腹筋など)に「トリガーポイント(TP)」と呼ばれる筋肉内のしこりが生じると、そこから関連痛として歯に鈍い痛みが放散します。関連痛の発現部位は多くの場合、上下の臼歯部です。歯原性歯痛と混同されやすく、誤って抜髄や抜歯処置が行われてしまう事例があるため、注意が必要です。
診断の決め手は「筋圧迫試験」で、TPを5秒程度圧迫することで歯痛が再現されれば、そのTPからの関連痛である可能性が高まります。TP注射(1%リドカイン2〜5ml)により歯痛が消退することで確定診断できます。治療には、繊維質・硬い食物の制限・TCHの改善指導・筋弛緩薬(中枢性筋弛緩薬)が選択されます。
参考:日本口腔顔面痛学会による非歯原性歯痛の詳細解説(各疾患の診断・治療フローを確認できます)
上顎洞性歯痛は、副鼻腔の一つである上顎洞に炎症(上顎洞炎・蓄膿症)が起きることで、上顎臼歯部に持続的な鈍い痛みが生じる状態です。上顎洞炎にかかった人の18%に歯痛が起こったと報告されています。特徴は片側性の上の奥歯の鈍痛で、前屈みになると増悪する場合があります。つまり「鼻をかんだら奥歯の痛みが変化した」という訴えがあれば、この疾患を疑うべきです。
治療は耳鼻咽喉科での上顎洞炎の治療が主体です。歯科でいくら処置をしても改善しない場合、副鼻腔炎の治療を先行させることで歯の痛みも消退します。患者への説明を丁寧に行い、耳鼻科への紹介状を用意することが適切な対応です。
| 非歯原性歯痛の種類 | 痛みの特徴 | 関連臓器・専門科 |
|---|---|---|
| 筋・筋膜性歯痛 | 鈍い痛み、どの歯か不明瞭 | 咀嚼筋/歯科・口腔顔面痛科 |
| 上顎洞性歯痛 | 片側の上の奥歯、持続的 | 上顎洞/耳鼻咽喉科 |
| 神経血管性歯痛 | 発作的、数時間持続 | 脳血管/神経内科・頭痛外来 |
| 心臓性歯痛 | 運動時増悪、安静で改善 | 心臓/循環器科 |
| 神経障害性歯痛 | 電撃痛・持続性鈍痛 | 末梢神経/ペインクリニック |
非歯原性歯痛の中でも、特に見逃してはいけない疾患が「心臓性歯痛」と「神経血管性歯痛(群発頭痛)」です。
心臓性歯痛は、狭心症や心筋梗塞などの虚血性心疾患に由来する関連痛です。虚血性心疾患の発作時に、患者の38%に顔面の痛みが生じ、そのうち4%には歯痛のみが症状として現れることがあります(日本口腔顔面痛学会ガイドライン)。多くの場合は胸痛と同時に顎・歯の痛みが出ますが、稀に歯痛だけが先行するケースがあり、見逃しが重大な心疾患の発作に直結するリスクがあります。
心臓性歯痛の特徴は「歩いたり運動したりすると下顎に痛みが生じ、10分ほどで消失する」という点です。これが典型的なパターンで、安静にすると自然に治まります。歯科でのX線・口腔内検査では異常が見つからないため、このパターンを覚えておくことが命を守ることにつながります。結論は「運動で悪化し安静で消える歯痛は心臓を疑え」です。
⛑️ 当該患者には歯科治療を一旦保留にして、循環器科への緊急受診を強く勧めることが歯科従事者の適切な対応です。
神経血管性歯痛(群発頭痛)については、群発頭痛患者の34%が歯科を受診し、16%が原因不明のまま抜歯されているという報告があります(日本口腔顔面痛学会診療ガイドライン)。いかに見逃されやすいかがわかる数字です。意外ですね。
群発頭痛による歯痛は、発作的に数時間持続する片側性の激烈な痛みが特徴です。発作時に痛い側に流涙・鼻水・充血など自律神経症状を伴うことが鑑別のポイントになります。発作時以外には痛みがなく、痛みの波がある場合は群発頭痛を念頭に置くべきです。
治療は頭痛専門医(脳神経内科・頭痛外来)の領域になります。抜歯によっては根本的な解決にならないどころか、抜歯後に「求心路遮断性疼痛」を生じるリスクさえあります。片頭痛患者の20%・群発頭痛患者の20%に抜歯後幻歯痛が現れるとも報告されており、不必要な抜歯は大きなリスクをもたらします。
「歯痛錯誤」は、痛みの原因となっている歯と患者が痛みを感じる歯が一致しない現象です。歯髄炎が起きた歯の痛み信号が脳へ伝わる途中で「混線」を起こし、上の奥歯が原因なのに下の奥歯が痛いと感じたり、同じ上顎・下顎の隣の歯に痛みを感じたりします。
これが起きる理由は三叉神経の解剖学的特性にあります。上顎枝(V2)と下顎枝(V3)の痛覚信号が、三叉神経核という同じ中継点に集まるため、脳が「どの歯の痛みか」を正確に識別できなくなるのです。実際の診療で歯痛錯誤は高い頻度で見受けられると報告されており、「患者が痛いと指差す歯」がそのまま患歯と判断できない理由がここにあります。
鑑別には局所麻酔テストが有効で、患者が痛みを感じる歯に麻酔をかけても痛みが消えない場合、隣接歯または対顎歯が真の原因である可能性を検討します。段階的に麻酔範囲を変えながら確認していく手順が原則です。
多科連携の重要性についても、歯科従事者として認識を深めておく必要があります。非歯原性歯痛の原因が心臓・脳神経・副鼻腔・精神疾患にある場合、歯科単独での治療は根本的な解決にならないどころか、不必要な治療で患者に負担を与えることにもなります。
| 疑われる疾患 | 紹介先専門科 |
|---|---|
| 心臓性歯痛(狭心症・心筋梗塞) | 循環器内科・救急科 |
| 神経血管性歯痛(群発頭痛・片頭痛) | 脳神経内科・頭痛外来 |
| 上顎洞性歯痛(副鼻腔炎) | 耳鼻咽喉科 |
| 神経障害性歯痛(三叉神経痛等) | ペインクリニック・脳神経外科 |
| 心因性・ストレス性歯痛 | 心療内科・精神科 |
特発性歯痛(原因不明の慢性歯痛)は、70〜83%が抜歯などの歯科治療を契機に発症するとされています(サワイ健康推進課・樋口均也先生監修記事)。これは発症後に「なぜ治療後から痛くなったのか」と患者が混乱し、医師不信につながるケースも多い問題です。歯科治療前にインフォームドコンセントを丁寧に行い、治療後の慢性痛リスクについても事前に説明しておくことが重要です。
参考:非歯原性歯痛の各種類についての丁寧な解説記事(専門医による監修あり)
虫歯ではない歯の痛み、"非歯原性歯痛"とは(サワイ健康推進課・歯科医師監修)
虫歯以外の歯の痛みを正確に鑑別できることは、歯科従事者として患者を守るための重要なスキルです。「異常なし」と言って終わりにするのではなく、どの分類に当てはまるかを系統立てて確認し、必要に応じて他科に橋渡しする姿勢が、現代の歯科医療には求められています。