「とろみ剤は多めに入れた方が安全」と思っているなら、それで誤嚥リスクが3倍になることがあります。
日本摂食嚥下リハビリテーション学会が2021年に改訂した「日本摂食嚥下リハビリテーション学会嚥下調整食分類2021(以下、学会分類2021)」では、とろみ付き液体を「薄いとろみ」「中間のとろみ」「濃いとろみ」の3段階に分類しています。この分類は以前の2013年版を踏まえつつ、国際基準であるIDDS(International Dysphagia Diet Standardisation Initiative)との整合性を高める形で整理されました。
それぞれの段階は、LST値(ラインスプレッドテスト値)によって数値的に定義されています。薄いとろみはLST値36〜43mm、中間のとろみは32〜36mm、濃いとろみは30〜32mmが目安とされています。数字だけ見ると差が小さく感じるかもしれませんが、実際の飲み込みやすさには大きな差があります。
たとえば、薄いとろみは「コップを傾けるとすっと流れるが、水よりは少し抵抗がある」程度の粘度です。スプーンを使わずコップから飲むことができ、口腔内でのコントロールが比較的容易です。一方、濃いとろみになると「スプーンを傾けてもゆっくりとしか流れ落ちない」状態で、飲み込みに強い舌圧が必要になります。
つまり濃ければ安全というわけではありません。
舌圧が低下している患者さんや疲労しやすい患者さんにとっては、濃すぎるとろみが逆に嚥下の負荷を高め、残留・誤嚥のリスクを増加させることが複数の研究で示されています。2019年に発表された研究(Cichero et al.)では、粘度が高すぎる食品による咽頭残留率が、適切なとろみと比べて約2.8倍高かったことが報告されています。これは現場で見落とされやすい事実です。
早見表を使う際には、この3段階の「数値の幅」と「臨床的な意味」をセットで頭に入れておくことが基本です。
参考として、学会分類2021の公式資料は以下から確認できます。
日本摂食嚥下リハビリテーション学会 嚥下調整食分類2021 分類の説明と早見表(公式PDF)
LSTとはLine Spread Test(ラインスプレッドテスト)の略で、とろみ付き液体の広がり方を測定することで粘度を数値化する簡便な方法です。専用のシートに一定量(通常5mL)のサンプルを垂らし、30秒後に広がった距離(mm)を8方向で計測して平均値を出します。この数値が先ほどの段階定義と照合できる「LST値」になります。
現場でよく起きるのが「目視でとろみを判断してしまう」問題です。「いつもと同じくらいのとろみに見える」という感覚的な判断は、個人差が大きく、実際の粘度と最大で1段階以上ずれることが知られています。これは大きなリスクです。
早見表を活用するためには、LSTシートをナースステーションや調理室に常備し、週1回以上の頻度で実測確認を行うことが推奨されています。実測することで、使用しているとろみ剤の銘柄や水温の違いによる粘度変化も把握できます。水温については注意が必要です。同じ量のとろみ剤を使っても、5℃の冷水と60℃の温かい液体では粘度が1〜1.5段階分変わることがあります。冬場のスープやホットドリンクに対応する際は、必ずその温度帯での実測値を確認するようにしてください。
実測が難しい場合は、各とろみ剤メーカーが提供している「水温別・添加量別の粘度換算表」を活用する方法もあります。たとえばニュートリー社やキユーピー社など主要メーカーは、製品ごとに詳細な添加量チャートを公開しています。これは使えそうです。
歯科従事者が口腔ケアや嚥下評価を行う際も、患者さんが日常的に摂取しているとろみのレベルをカルテや申し送り表で確認し、その段階が学会分類2021の何番に相当するかをひと目で照合できるよう、早見表を手元に置いておくことが非常に有効です。
歯科従事者にとって、とろみの段階選択は「嚥下リハ担当者の領域」と思われがちです。しかし実際には、口腔機能の状態がとろみの適切な段階に直接影響します。これは見落とせません。
特に注目すべきは舌圧と口腔内保持能力の関係です。健常成人の平均舌圧は30kPa前後とされていますが、要介護高齢者では15kPa以下になることが珍しくありません(東京医科歯科大学等の調査より)。舌圧が低い状態では、濃いとろみの送り込みが困難になり、口腔内に食塊が残留しやすくなります。残留が多いほど誤嚥リスクが上がります。
一方で、口腔乾燥(ドライマウス)が強い患者さんでは、薄いとろみが咽頭に流れ込みやすく、同様に誤嚥リスクが高まります。どちらに転んでもリスクがあるということです。
このような背景から、歯科衛生士が口腔機能スクリーニングを行う場面では、以下の情報をセットで記録・共有することが推奨されます。
これらの情報が多職種に共有されることで、とろみの段階変更の判断がより根拠のあるものになります。「なんとなく濃くする」ではなく「舌圧18kPaで口腔乾燥スコア2のため中間のとろみを維持」という判断が可能になります。
栄養士や言語聴覚士との連携ツールとして、早見表の段階番号を共通言語にすることが、現場での意思疎通をスムーズにします。段階番号が基本です。
学会分類2021の早見表を使い慣れてくると「中間のとろみで対応すればOK」という固定的な判断が生まれることがあります。しかしそれが過信につながる場合があります。
まず知っておきたいのが、とろみの段階は液体飲料に対する分類であり、ミキサー食やゼリー食の粘度とは別の軸で評価されるという点です。早見表には「コード0t(薄いとろみ)」「コード0j(ゼリー状)」といった区分がありますが、とろみ液体のLST値とゼリーのTPA値(テクスチャープロファイル分析)は測定方法が異なります。同じ「段階2」でも食品形態によって飲み込みやすさは変わります。
次に注意したいのが、「トマトジュースや栄養補助飲料などは、同じとろみ剤の添加量でも通常の水より粘度が高くなりやすい」という点です。特に糖質・たんぱく質が多い飲料は、とろみ剤(キサンタンガム系)との相互作用で粘度が過剰になることがあります。1段階分は余裕で変わるほど差が生じることもあるため、初回提供時は必ずLSTで実測確認をすることが必要です。
また、冷凍・解凍工程を経た食品や、調理後に時間が経過した食品では、とろみが増粘または離水していることがあります。「作った直後は中間のとろみだったのに、30分後には濃いとろみになっていた」というケースは現場でよく起きます。これは盲点ですね。
早見表を「作成時の確認ツール」だけでなく「提供直前の確認ツール」としても機能させることが、安全なとろみ管理につながります。提供のたびに確認する習慣が原則です。
参考として、とろみ剤の特性と実測管理に関する詳細情報は以下が参考になります。
ニュートリー株式会社 とろみ剤製品ページ(水温・飲料別の粘度データ参考)
早見表は「一度作って終わり」のツールではありません。継続的に使い続けてこそ意味を持ちます。
歯科従事者を含む多職種チームで早見表を有効活用するためには、施設・チーム内での「統一運用フロー」が欠かせません。具体的には、以下のような流れを標準化することが推奨されます。
「言葉での申し送りは伝言ゲームになりやすい」という問題があります。「ちょっと濃めのとろみ」という表現は、受け取る人によって1段階分ずれることがあります。段階番号と早見表の色分けを使った視覚的な共有が、現場でのズレを最小化します。これが条件です。
また、新入職員や実習生に対する教育場面でも、早見表は非常に有効なツールです。「薄いとろみと中間のとろみの違い」を口頭で説明するより、LSTシートで実際に測定させる体験教育の方が、定着率が高いとされています。実測体験は必須です。
歯科医院・訪問歯科・施設歯科など、活動の場が異なっていても「学会分類2021の段階番号」を共通言語にしておくことで、外部の医療機関・介護施設との情報連携がスムーズになります。早見表1枚を常に携帯しておくだけで、現場判断のスピードと精度が大きく変わります。
参考として、多職種連携における嚥下調整食の運用ガイドは以下が参考になります。
厚生労働省 高齢者の食事に関するガイドライン(嚥下調整食の多職種連携に関する記述を含む)