油性造影剤を唾液腺造影の第一選択にすると、炎症性疾患で造影剤が腺内に長期残存し組織を傷める可能性があります。
歯科情報
唾液腺造影(sialography)に使用される造影剤は、大きく「油性造影剤」と「水溶性造影剤」の2種類に分かれます。歴史的には1904年にCharpyが屍体のStenon氏管に水銀を注入したのが始まりで、1926年に初めて油性造影剤(Lipiodol)が臨床応用されました。日本では千葉大学耳鼻科が長らく油性造影剤のモルヨドールを使用してきた経緯があります。
油性造影剤は、X線に対するコントラストが非常に高く、導管系の描出が鮮明になるというメリットがあります。しかし問題点も明確で、炎症性疾患のある患者に使用すると造影剤が腺内に長期間残存しやすく、唾液腺に対して為害性(組織傷害)を与えることが報告されています。これは特に慢性唾液腺炎や唾石症を抱える症例において重大なリスクです。
これが原則です。現在では、炎症性疾患の患者に油性造影剤を安易に使用することは避けるのが基本とされています。
一方、水溶性造影剤の代表格として76%ウログラフィン(イオン性)などが挙げられます。水溶性造影剤は体内での吸収・排泄が速やかで、残存リスクが大幅に低減されます。現在のプロトコルでは、可能な限り水溶性造影剤を使用し、X線透視下で管系に0.5cc程度・腺系に耳下腺で1.5cc・顎下腺で1.2cc程度を目安に注入するのが推奨されています。ちょうどスポイト1〜2滴分という非常に少量の造影剤で診断が成立する点は、患者への侵襲を最小限に抑えるうえで重要です。
油性は残存リスク、水溶性は低刺激性、という整理で覚えておけばOKです。
なお、造影剤はヨード系(陽性造影剤)であり、X線上では周囲の軟組織よりも白く描出されます。この性質を利用して、導管(唾液が流れる管)の走行・拡張・狭窄・陰影欠損・漏洩などを可視化することが可能となります。
| 種類 | 代表例 | メリット | デメリット |
|---|---|---|---|
| 油性造影剤 | モルヨドール | コントラスト良好 | 残存・為害性あり(炎症例に要注意) |
| 水溶性造影剤 | 76%ウログラフィン | 吸収・排泄が速やか | コントラストやや劣る |
参考:クインテッセンス出版による歯科臨床検査事典の唾液腺造影法の項目では、水溶性造影剤の使用が推奨される背景が詳しく解説されています。
唾液腺造影の実施手順は、まず患者に義歯やアクセサリーを外してもらうところから始まります。術者は唾液腺開口部(耳下腺ならステノン管、顎下腺ならワルトン管)を確認し、直径約1.5mmのカテーテルまたは細いチューブを逆行性に挿入します。この操作を「逆行性注入」といい、患者が少し痛みを感じることもあります。
カテーテルを挿入したら、造影剤をゆっくり注入します。注入量は前述の通り管系0.5cc・腺系1.5cc(耳下腺)が目安です。注入後はX線撮影室に移動してX線撮影を行い、撮影終了後すぐにカテーテルを抜去します。所要時間は40〜50分程度で、食事制限は不要です。
禁忌については必ず事前確認が必要です。主な禁忌・注意事項は以下の通りです。
これは必須の確認事項です。特に急性炎症期の唾液腺(例:急性化膿性耳下腺炎の発症直後)に造影剤を注入するのは禁忌で、炎症が落ち着いた後に実施するのが原則です。
また、過去に造影剤でアレルギー症状を経験したことのある患者は、早い段階で申し出てもらうよう説明が必要です。副作用は投与後60分以内の「急性副作用」が最も重篤化しやすく、軽度では吐き気・動悸・頭痛・じんましん、重度ではショック・心肺停止に至ることもあります。
新潟大学歯学部の顎顔面放射線学分野による詳細な造影検査法の解説はこちらで確認できます。
唾液腺造影で最も重要な読影指標のひとつが、シェーグレン症候群の病期評価に用いられるRubin & Holt分類です。1957年にRubinとHoltによって提唱されたこの分類は、現在も日本の厚生労働省の診断基準に組み込まれており、日常臨床で欠かせない知識です。
Rubin & Holt分類はStage 0からStage IVまでの5段階で評価します。
| Stage | 名称 | 所見の特徴 |
|---|---|---|
| Stage 0 | Normal | 異常を認めない |
| Stage I | Punctuate | 直径1mm以下の点状陰影が腺内に認められる |
| Stage II | Globular | 直径1〜2mmの顆粒状陰影が認められる |
| Stage III | Cavitary | 陰影が嚢胞状になり、大きさも不揃いなもの |
| Stage IV | Destructive | 主管部が不規則に拡張し、破壊状を呈するもの |
シェーグレン症候群(SjS)の日本の改訂診断基準(厚生労働省研究班、1999年)では、「唾液腺造影でStage I以上の異常所見」を口腔検査の陽性基準の一つとしています。つまり、1mm未満の小さな点状陰影1つでも異常所見として扱われます。これはかなり鋭敏な基準といえます。
この点状陰影は何かというと、拡張した末梢導管内に造影剤が貯留した状態です。正常な唾液腺であれば造影剤は導管系のみを染めますが、シェーグレン症候群では腺実質内の小導管にまで造影剤が漏れ出し、「点が散在する」ように見えます。病態が進行するにつれ、点→顆粒→嚢胞→破壊像と所見が変化していくのがこの分類の特徴です。
Stage IIIやStage IVは病変がかなり進行した状態です。治療反応性の評価にも同分類が用いられており、セビメリン塩酸塩(唾液分泌促進薬)投与前後の変化をStageで追跡した研究も報告されています。
シェーグレン症候群の診断基準(指定難病53号)の全文は難病情報センターで確認できます。
シェーグレン症候群(指定難病53)| 難病情報センター(厚生労働省)
唾液腺造影は、シェーグレン症候群の診断だけでなく、腫瘍性疾患・炎症性疾患・唾石症の鑑別においても重要な手掛かりを与えてくれます。特に腫瘍の良悪性鑑別に関しては、読影の知識がそのまま診断精度に直結します。
良性腫瘍の典型的な所見は「ball in hand appearance(ボールを手で包んだ状態)」と表現されます。腫瘍が腺組織を圧排するように存在するため、周囲の導管が腫瘍を取り囲むように弧状に偏位している状態です。導管系そのものは断絶しておらず、腺体内の均一な陰影欠損として描出されるのが特徴です。
悪性腫瘍では様相が大きく異なります。造影像では「中絶(abrupt ending)」「断絶(discontinuity)」「漏洩(extravasation)」といった所見が認められ、導管が途中で切れたり、造影剤が腺外に漏れ出したりします。これらは腫瘍細胞が導管壁に浸潤している証拠であり、良性腫瘍との鑑別に有用です。
ただし、高悪性腫瘍でも初期段階では所見が乏しいことがある点には注意が必要です。MRIはT1・T2の信号パターンによってさらに細かな質的診断が可能で、現在の唾液腺腫瘍診断ではCT(原則として造影CT)とMRIを組み合わせるのが主流となっています。
炎症例で造影剤注入手技を行う際は、急性炎症期を避けることが大前提です。炎症の程度と腺体の変化を知るための検査ですが、急性期に実施すると感染拡散・造影剤残存というリスクが上乗せされます。
唾液腺疾患の診断と治療について、東京女子医科大学耳鼻咽喉科によるスキルアップ講座(J-Stage掲載)では腫瘍・炎症・IgG4関連疾患の読影の要点が網羅されています。
歯科臨床において、唾液腺造影を保険診療として実施する際の算定ルールを正確に把握しておくことは、見落としによる取りこぼしや算定ミスを防ぐうえで非常に重要です。
歯科診療報酬点数表のE101「造影剤注入手技」は120点で算定できます。この手技料は、顎関節腔・上顎洞・または唾液腺に造影剤の注入を行った場合に算定可能です。1点=10円で換算すると1,200円に相当し、3割負担の患者では自己負担360円となります。
造影剤注入手技の120点が算定の基本です。
さらに、X線撮影に関しては、撮影に造影剤を使用した場合に500点の加算が認められています。この場合、造影剤注入手技料および麻酔料は加算点数に含まれる形となります。点数の二重算定にならないよう注意が必要です。
算定上の注意点を整理します。
しろぼんねっとや日本口腔外科学会が提供している点数早見表は、現場での確認に活用しやすいリソースです。
歯科診療報酬点数表のE101造影剤注入手技の詳細と算定通知は、以下のリンクで確認できます。
E101 造影剤注入手技 120点 | 歯科診療報酬点数表(しろぼんねっと)
また、日本口腔外科学会が発行する口腔外科関連点数早見表(令和4年度版)では、造影剤使用加算500点との関係性が図表で整理されています。
令和4年度版 口腔外科関連 点数早見表 | 日本口腔外科学会