唾液腺腫瘍の種類と病理組織学的分類について

唾液腺腫瘍の種類と病理組織学的分類について詳しく解説します。WHO分類に基づく最新の知見や、良性・悪性腫瘍の特徴、発生頻度、治療法まで網羅的に紹介。臨床現場で役立つ知識を身につけたいと思いませんか?

唾液腺腫瘍の種類と病理組織学的分類

唾液腺腫瘍の基本情報
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発生部位

大唾液腺(耳下腺・顎下腺・舌下腺)と小唾液腺に発生

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発生頻度

頭頸部がんの3~5%程度と比較的まれ

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分類の特徴

WHO分類で20種類以上の組織型に分類される複雑な腫瘍群

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唾液腺腫瘍の基本と発生部位による種類

唾液腺腫瘍は、唾液を作る組織である唾液腺に発生する腫瘍の総称です。唾液腺は大きく分けて大唾液腺と小唾液腺に分類されます。大唾液腺には耳下腺、顎下腺、舌下腺の3つがあり、小唾液腺は口腔粘膜やのどの粘膜の一部に存在しています。

 

唾液腺腫瘍は発生部位によって以下のように分類されます:

  1. 耳下腺腫瘍:唾液腺腫瘍の中で最も頻度が高く、全体の60~70%を占めます。耳下腺腫瘍のうち良性腫瘍が70~80%、悪性腫瘍が20~30%とされています。

     

  2. 顎下腺腫瘍:唾液腺腫瘍の20~30%を占め、顎下腺腫瘍の中では良性が60~70%、悪性が30~40%と耳下腺と比較して悪性の割合がやや高くなっています。

     

  3. 舌下腺腫瘍:非常にまれで、唾液腺腫瘍全体の2~3%程度です。しかし、発生した場合は悪性である可能性が高いとされています。

     

  4. 小唾液腺腫瘍:口腔内や咽頭、喉頭などの粘膜下に存在する小唾液腺から発生します。発生頻度は低いですが、悪性腫瘍の割合が高いことが特徴です。

     

唾液腺腫瘍の発生頻度は頭頸部がんの3~5%程度と比較的まれな腫瘍です。頭頸科を初診するがん患者さんの中では、20人に1人程度の割合とされています。

 

唾液腺腫瘍のWHO分類と最新の知見

唾液腺腫瘍の分類は非常に複雑で、2017年のWHO分類では20種類以上の組織型に分類されています。これは他の頭頸部がん(口腔がん、咽頭がん、喉頭がんなど)がほとんど扁平上皮がんという単一の組織型から構成されているのと大きく異なる点です。

 

2017年のWHO分類による主な唾液腺腫瘍の種類は以下の通りです:
良性上皮性腫瘍

  • 多形腺腫(最も頻度が高い)
  • ワルチン腫瘍
  • 基底細胞腺腫
  • 筋上皮腫
  • 細管状腺腫
  • 導管乳頭腫

悪性上皮性腫瘍

  • 粘表皮癌
  • 腺様嚢胞癌
  • 腺房細胞癌
  • 多形腺腫由来癌
  • 上皮筋上皮癌
  • 多型低悪性度腺癌
  • 基底細胞腺癌
  • 唾液腺導管癌

2022年には、WHOの第5版が発行され、分子生物学的特徴を取り入れた新しい分類体系が提案されています。特に注目すべき新しいエンティティとして、微小分泌腺癌(Microsecretory adenocarcinoma)が追加されました。この腫瘍は特徴的な形態学的外観と免疫プロファイルを持ち、MEF2C::SS18融合遺伝子が一貫して検出されることが特徴です。

 

唾液腺腫瘍の悪性度分類と予後の関係

唾液腺の悪性腫瘍は、その組織型によって低悪性度、中悪性度、高悪性度の3つに分類されます。この悪性度分類は予後と密接に関連しています。

 

低悪性度腫瘍

  • 腺房細胞癌
  • 低悪性度粘表皮癌
  • 多型低悪性度腺癌
  • 上皮筋上皮癌
  • 基底細胞腺癌

低悪性度腫瘍は正常な唾液腺細胞に非常によく似た外観を持ち、成長が遅く、一般的に予後は良好です。5年生存率は約85~95%と高値です。

 

中悪性度腫瘍

  • 中悪性度粘表皮癌
  • 一部の腺様嚢胞癌

中悪性度腫瘍は低悪性度と高悪性度の中間的な外観と予後を示します。5年生存率は約70~85%程度です。

 

高悪性度腫瘍

  • 高悪性度粘表皮癌
  • 唾液腺導管癌
  • 扁平上皮癌
  • 未分化癌

高悪性度腫瘍は正常細胞とは大きく異なる外観を持ち、急速に成長・拡大する傾向があります。予後は一般的に良くなく、5年生存率は約30~50%程度です。

 

腫瘍の悪性度は、治療方針の決定や予後予測において重要な指標となります。低悪性度腫瘍では手術単独で治療が完結することも多いですが、高悪性度腫瘍では手術後の放射線治療化学療法が必要になることが多いです。

 

唾液腺腫瘍の代表的な組織型と臨床的特徴

唾液腺腫瘍の中でも特に臨床的に重要な組織型について、その特徴を詳しく見ていきましょう。

 

1. 粘表皮癌(Mucoepidermoid carcinoma)

  • 唾液腺悪性腫瘍の中で最も頻度が高く、全唾液腺癌の約30%を占めます
  • 主に耳下腺に発生しますが、小唾液腺にも発生します
  • 粘液産生細胞と扁平上皮様細胞が混在する特徴的な組織像を示します
  • 低悪性度、中悪性度、高悪性度に分類され、悪性度によって予後が大きく異なります
  • 低悪性度の場合は5年生存率が90%以上と良好ですが、高悪性度では50%程度に低下します

2. 腺様嚢胞癌(Adenoid cystic carcinoma)

  • 小唾液腺に発生する悪性腫瘍の中では最も頻度が高いです
  • 成長は緩徐ですが、神経浸潤性が強く、顔面神経麻痺や疼痛を引き起こすことがあります
  • 篩状構造(ふるい状の穴が多数ある構造)が特徴的な組織像を示します
  • 長期経過後(10年以上)に肺などへの遠隔転移をきたすことがあります
  • 治療後の長期間にわたる経過観察が必要です

3. 腺房細胞癌(Acinic cell carcinoma)

  • 主に耳下腺に発生し、女性にやや多い傾向があります
  • 唾液を分泌する腺房細胞に類似した腫瘍細胞からなります
  • 一般的に低悪性度で成長は緩徐ですが、再発することもあります
  • 疼痛が比較的多い症状として認められます
  • 5年生存率は約80~90%と比較的良好です

4. 多型低悪性度腺癌(Polymorphous adenocarcinoma)

  • 以前は「多型低悪性度腺癌(Polymorphous low-grade adenocarcinoma)」と呼ばれていました
  • 主に小唾液腺に発生し、腺様嚢胞癌に次いで2番目に多い小唾液腺癌です
  • 名前の通り、多様な組織学的成長パターンを示します
  • 低悪性度で、局所再発はあるものの遠隔転移は稀です
  • 5年生存率は約95%以上と非常に良好です

5. 唾液腺導管癌(Salivary duct carcinoma)

  • 高悪性度の腫瘍で、乳腺の浸潤性乳管癌に類似した組織像を示します
  • 主に高齢の男性に発生し、急速に増大します
  • HER2過剰発現やアンドロゲン受容体発現が見られることがあり、分子標的治療の対象となる可能性があります
  • 早期から頸部リンパ節転移や遠隔転移をきたすことが多いです
  • 予後不良で、5年生存率は約30~50%程度です

唾液腺腫瘍の分子生物学的特徴と最新治療戦略

近年の分子生物学的研究の進歩により、唾液腺腫瘍の発生や進展に関わる遺伝子異常が次々と明らかになってきています。これらの知見は診断の精度向上だけでなく、新たな治療戦略の開発にも貢献しています。

 

主な分子生物学的特徴

  1. 分泌癌(Secretory carcinoma):以前は「乳腺相似分泌癌」と呼ばれていましたが、ETV6-NTRK3融合遺伝子が特徴的です。この遺伝子異常の発見により、TRK阻害剤(エヌトレクチニブやラロトレクチニブなど)が治療選択肢となっています。

     

  2. 腺様嚢胞癌:MYB-NFIB融合遺伝子が高頻度に検出されます。また、NOTCH経路の変異も認められ、これらを標的とした治療法の開発が進んでいます。

     

  3. 粘表皮癌:CRTC1-MAML2融合遺伝子が低・中悪性度の粘表皮癌で高頻度に検出されます。この融合遺伝子の存在は良好な予後と関連しています。

     

  4. 唾液腺導管癌:HER2の過剰発現やアンドロゲン受容体の発現が認められることがあり、乳癌や前立腺癌の治療薬が応用されています。

     

最新の治療戦略

  1. 分子標的治療:特定の遺伝子異常を標的とした治療薬の開発が進んでいます。例えば、NTRK融合遺伝子陽性の腫瘍に対するTRK阻害剤、HER2過剰発現腫瘍に対するトラスツズマブなどがあります。

     

  2. 免疫チェックポイント阻害薬:PD-1/PD-L1阻害薬が一部の唾液腺癌、特に高悪性度腫瘍に対して効果を示す可能性が報告されています。

     

  3. 個別化医療:腫瘍の分子プロファイリングに基づいた治療選択が可能になりつつあります。次世代シーケンサーを用いた包括的な遺伝子解析により、個々の患者に最適な治療法を選択することが目指されています。

     

  4. 新規放射線治療:重粒子線治療や強度変調放射線治療(IMRT)などの高精度放射線治療が、周囲の正常組織への影響を最小限に抑えながら腫瘍に対して効果的な照射を可能にしています。

     

これらの分子生物学的知見と新たな治療法の開発により、特に進行期や再発性の唾液腺腫瘍に対する治療成績の向上が期待されています。しかし、唾液腺腫瘍は希少がんに分類されるため、大規模な臨床試験の実施が難しく、エビデンスの構築には課題が残されています。

 

唾液腺腫瘍の新しい分類と概念に関する最新の研究論文

唾液腺腫瘍の診断と臨床的アプローチ

唾液腺腫瘍の適切な診断と治療計画の立案には、系統的なアプローチが必要です。歯科医療従事者として知っておくべき診断から治療までの流れを解説します。

 

臨床症状
唾液腺腫瘍の初期症状は、多くの場合、無痛性の腫脹として現れます。しかし、腫瘍の種類や進行度によって以下のような症状が見られることがあります:

  • 唾液腺の無痛性腫脹(最も一般的な症状)
  • 顔面神経麻痺(特に耳下腺の悪性腫瘍で見られることがある)
  • 疼痛(特に腺房細胞癌や進行した悪性腫瘍で見られる)
  • 皮膚や周囲組織への浸潤による外観の変化
  • 口腔内の腫脹(小唾液腺腫瘍の場合)
  • 開口障害や嚥下障害(進行例)

診断方法

  1. 視診・触診:腫瘍の大きさ、硬さ、可動性、周囲組織との癒着の有無などを評価します。

     

  2. 画像診断
    • 超音波検査:初期評価に有用で、腫瘍の性状(充実性か嚢胞性か)や血流の評価ができます。

       

    • CT検査:腫瘍の広がりや周囲組織との関係、骨浸潤の有無を評価します。

       

    • MRI検査:軟部組織のコントラスト分解能が高く、腫瘍の内部構造や神経浸潤の評価に優れています。

       

    • PET-CT:悪性度の評価や遠隔転移の検索に有用です。

       

  3. 穿刺吸引細胞診(FNAC):比較的低侵襲で実施できる検査で、腫瘍の良悪性の鑑別に役