スティルマン改良法だけ行っても、歯間部のプラークは最大42%残ったままです。
スティルマン法は、1932年に米国の歯科医Stillmanが発表したブラッシング法です。発表から90年以上が経過した今も、歯科臨床の現場で使われ続けている方法です。
当時の開発背景として、Stillmanは歯周疾患患者の治療において「歯肉マッサージ」を重要な治療行為と位置づけていました。歯ブラシによる機械的刺激が歯肉組織の血流を促進し、歯周組織の抵抗力を高めると考えられていたのです。歯磨きの第一目的を「清掃」ではなく「歯肉の賦活」に置いた点が、当時としては先進的でした。
スティルマン法では、歯ブラシの毛先を歯の根尖方向(歯の根元側)に向けて45度の角度で当て、歯ブラシの脇腹(側面)を辺縁歯肉と歯面の境界部に圧迫・振動させます。つまり、毛先ではなく脇腹を主に使う点がバス法などとの大きな違いです。
その後、スティルマン法をベースに「ローリング動作」を加えて清掃性も高めた「スティルマン改良法」が普及しました。改良法との関係は後述しますが、現在の歯科臨床では、原法よりも改良法が使われる場面のほうが圧倒的に多いです。
| 比較項目 | スティルマン法(原法) | スティルマン改良法 |
|---|---|---|
| 発案者・年 | Stillman(1932年) | 原法を改良したもの |
| 使用部位 | 歯ブラシの脇腹 | 脇腹+回転動作 |
| 主目的 | 歯肉マッサージのみ | マッサージ+プラーク除去 |
| プラーク除去効果 | ほとんど期待できない | ある程度期待できる |
| 現在の使用頻度 | 低い | 高い |
参考になる用語の定義・術式については以下の歯科辞典ページをご覧ください。
OralStudio歯科辞書によるスティルマン改良法の術式解説(分野:歯内療法・歯周病)。
スティルマン改良法 − 歯科辞書 - OralStudio オーラルスタジオ
スティルマン改良法を患者に正しく指導するには、手順を段階ごとに分解して理解する必要があります。大きく「①位置決め」「②圧迫振動」「③回転」の3工程で構成されます。
① 歯ブラシの位置決め
最初に、歯ブラシのわき腹を歯肉から約2mmの位置に置きます。このとき毛先は根尖方向(歯ぐき側)に向け、歯軸に対して約45度の角度を確保します。毛先を立てる(直角に当てる)のではなく、脇腹全体が歯肉に軽く触れる状態を作ります。
② 圧迫振動(加圧振動)
歯肉にわずかに力を加えながら、ブラシを小刻みに数回振動させます。この段階で「歯肉が一時的に白くなる程度」の圧が適切で、過度な圧迫は歯肉退縮のリスクになります。圧迫振動を数回加えることで、歯肉への機械的刺激・マッサージ効果が得られます。
③ 回転動作(スイープ)
圧迫振動の後、歯ブラシを歯冠方向(噛み合わせ面側)に向かって回転させ、歯頸部〜歯冠部のプラークを払い出します。ホウキで掃くようなイメージです。これがローリング法の動作と組み合わさった部分であり、原法との違いです。
前歯の舌側は縦持ちに切り替える
前歯の舌側は口腔内のスペースが狭いため、歯ブラシを縦にして持ち替え、ブラシのかかと部分を歯肉に当て小刻みに動かしてから、かき出すように磨きます。臼歯の咬合面では、毛先を小窩裂溝にしっかり押し当てて磨きます。
臼歯部の遠心面は見落とされやすい部位です。そこは口を大きめに開けてもらい、歯ブラシのつま先をしっかり後方に差し込む必要があります。患者に口頭だけで伝えるのが難しい部分なので、実際に歯ブラシを使いながらデモンストレーションで見せる指導法が効果的です。
日本歯周病学会が解説するブラッシング全般のエビデンス情報は以下で確認できます。
正しい歯のブラッシング方法をご存知ですか?セルフケアの質を高めるために – periobook
「スティルマン改良法だけ丁寧に行えばプラーク管理は完璧」と考えがちですが、それは正確ではありません。
1975年に発表された日本の研究(山本昇ほか・日本歯周病学会誌)では、3分間スティルマン改良法でブラッシングを実施した結果、プラーク除去率は約58%にとどまったと報告されています。残りの約42%はブラシが届かない歯間部を中心に除去できていなかったのです。
スティルマン改良法単独の除去率:約58%
歯間ブラシを併用した場合:約95%
デンタルフロスを併用した場合:約86%
歯間部の清掃は歯ブラシ単体では補いきれません。
なぜ歯間部に届かないのか。スティルマン改良法の特性上、主に歯ブラシの脇腹を使い歯肉部分への接触を優先するため、歯と歯の間の狭い隙間(隣接面)にブラシの毛先が挿入されにくい構造になっています。スティルマン改良法が「歯肉マッサージ+歯頸部清掃」に優れる一方、隣接面清掃は補助的清掃用具に委ねる設計になっているわけです。
ただし、この研究には設計上の注意点もあります。対象が歯間空隙の開いた患者で、6日間の練習直後に測定した単回のデータであるため、実際の一般的な患者環境とは条件が異なります。数字をそのまま「一般的な除去率」として患者に伝えると誤解を生む恐れがあります。
指導の現場では「スティルマン改良法は歯肉マッサージとある程度の歯面清掃には有効だが、隣接面のプラークコントロールには歯間ブラシ・デンタルフロスが不可欠」という整理で伝えるのが適切です。つまりスティルマン改良法単独で完結はできません。
歯間清掃補助用具のエビデンスを詳しく知りたい方は以下の記事が参考になります。
【エビデンス】デンタルフロスや歯間ブラシは歯周病・う蝕の予防になるか? – 予防歯科.work
ブラッシング法はそれぞれ「何を目的として、どの部位に作用させるか」が異なります。歯科従事者として指導に関わる場合、代表的な方法の差異を把握しておくことで、患者の口腔状態に即したオーダーメイドの指導が可能になります。
バス法との違い
バス法は1954年にCharles Cassidy Bassが発表したブラッシング法で、歯ブラシの毛先を歯周ポケットに45度の角度で挿入し、歯周ポケット内のプラークを除去することを主目的とします。毛先を使う点で、脇腹を使うスティルマン改良法とは根本的にアプローチが異なります。バス法はプラーク除去効果が高い方法として現在最も広く用いられており、歯周ポケットの深い患者に特に適しています。
一方スティルマン改良法は、歯周ポケットの清掃よりも歯肉組織への刺激・血行促進を優先する方法です。歯肉が腫脹・出血しているが、まだ歯周ポケットが深くない初期〜中等度の歯周炎の患者に適しています。
ローリング法との違い
ローリング法は歯ブラシのわき腹を歯肉から当て、歯冠方向に回転させるだけの方法です。スティルマン改良法はこのローリング動作に「圧迫振動(マッサージ動作)」を加えたものです。いわばスティルマン改良法は「ローリング法にマッサージを組み込んだ拡張版」とも言えます。
チャーターズ法との違い
チャーターズ法は毛先を歯冠方向に向ける点でスティルマン法と逆の方向から当てる方法です。歯間部への毛先の挿入を促し、特に歯列不正・歯肉退縮のある患者や術後の回復期に適しています。
どの方法が正しいという優劣ではなく、患者の口腔状態によって使い分けるという発想が原則です。現在の歯科学校の教科書でも「1種類のブラッシング法に統一するのではなく、状態に応じて数種類を使い分ける」と記述されています。それが条件です。
各ブラッシング法の比較については以下が参考になります。
歯ブラシの仕方についての説明 – 祖師谷デンタルクリニック
スティルマン改良法の指導において見落とされやすいのが「ブラッシング圧の管理」と「歯ブラシの選択」の2点です。
ブラッシング圧のコントロール
適切なブラッシング圧は100〜200gとされています。この重さは、ティースプーンを軽く持って力を加えた程度をイメージしてください。強すぎる圧力は歯肉退縮(歯茎が下がること)を引き起こし、歯根露出・知覚過敏のリスクに直結します。歯茎が下がると一度露出した歯根面は自然には元に戻らず、長期的な健康リスクになります。
スティルマン改良法は脇腹で歯肉を圧迫する性質上、「ちゃんとマッサージしている感」を求めるあまり、ブラッシング圧が過剰になりやすいという特性があります。患者に練習してもらうときは、爪を立てずに指の腹で軽く触れる感覚を手の甲で体感してもらうデモが効果的です。
歯ブラシの硬さの選択
スティルマン改良法のように「主に脇腹を使う方法」では、一般的には中等度以上の硬めの歯ブラシが推奨されます。しかし、歯周病が存在していて歯肉炎症が強い状態では、まず軟毛の歯ブラシを選びます。炎症が落ち着いてブラッシング圧もコントロールできるようになった段階で、普通の硬さに切り替えるのが基本です。
「歯肉が腫れている=やわらかめを使う」だけ覚えておけばOKです。
歯ブラシの毛先が開いてくるとプラーク除去効果は大幅に低下します。通常1〜2か月で新しいものに交換することを患者に伝えておくのも、継続的な指導の重要なポイントです。
患者に伝える際の工夫
多くの患者は「力強く磨くほど綺麗になる」という誤解を持っています。歯科衛生士として、スティルマン改良法の指導をする際には、最初に「歯ブラシは鉛筆持ちで持ってください」と伝えるだけでブラッシング圧が自然に下がります。グリップ式(握り持ち)だと力が入りすぎるためです。
適切なブラッシング圧と歯ブラシ選択に関する参考情報。
歯ブラシの毛の硬さは、歯周病の進行度によってどう変えるべき?
スティルマン改良法を患者に正確に教えられたとしても、実際に自宅で継続して実践してもらえるかは別問題です。
多くの歯科衛生士は「正しい手順を教えること」に集中しますが、継続率を左右するのは「患者が手順を理解しているか」ではなく「患者が自分で確認できる基準があるかどうか」です。
スティルマン改良法のように複数の動作が組み合わさった方法は、患者が自己評価しにくいという弱点があります。手順が多いため、どこかのステップが曖昧になっても患者自身では気づけないのです。これは使えそうな視点です。
そこで有効なのが、「終わりの確認ルーティン」を持たせることです。磨き終わった後に舌で歯の表面を撫でて、「すべすべ感があるか」を確認するという動作を習慣化させると、患者が自分で清掃状態を判断できるようになります。ざらざらした感触が残っている部位は、プラークが残っている可能性が高いというサインです。
もう一つの視点として、歯間ブラシとの組み合わせ順序があります。研究によると「歯ブラシの前に歯間ブラシを使う順序」と「後で使う順序」でプラーク除去率に統計的な有意差はなかったという報告があります。どちらが先でも変わらないわけです。
この情報は実は患者のモチベーション維持に使えます。「どちらが先でも大丈夫なので、自分がやりやすい順番でOKです」と伝えるだけで、患者の心理的ハードルが下がり、補助用具の使用開始率が上がりやすくなります。完璧な順序を強いるよりも、継続できる環境を作るほうが長期的な口腔健康につながります。
さらに、スティルマン改良法の指導で特に時間をかけるべきなのは、患者が「どの部位が磨けていないか自覚していない箇所」です。染め出しを活用して視覚的に残存プラークを示すことで、手順を口頭で説明するよりも速く患者の行動変容を促せます。患者が「自分の磨き残し部位を画像で見た記憶」は、言葉の指導よりもはるかに記憶に残ります。
患者の継続率を左右するもう一つの要素として、歯間ブラシのサイズ選択があります。スウェーデンの歯科用品メーカーTePeの調査では、「患者は指示がなければ本来のサイズより小さい歯間ブラシを選ぶ傾向がある」と報告されています。サイズが小さすぎると清掃効果が落ちてしまいます。
スティルマン改良法とセットで歯間ブラシを指導する際は、歯科衛生士が患者個人に合ったサイズを1本決めて具体的に伝えてあげることが、実際の使用継続につながりやすいです。「LLサイズ以上が通れる部位にはS〜Mを選ぶと抵抗感なく使いやすい」という具体的な目安を伝えると患者が選びやすくなります。
プラークコントロールレコード(PCR)の活用方法や指導法については、日本歯周病学会の専門的な情報が参考になります。
歯科衛生士コーナー 歯ブラシを使いこなそう – 日本歯周病学会(PDF)