単純縫合だけで閉創しても、GBR後のメンブレンが3週以内に露出するリスクがあります。
水平マットレス縫合とは、縫合糸が創縁(切開線)に対して水平方向に走行する縫合法です。1回目の運針(往路)と2回目の運針(復路)が互いに平行になるよう、同一フラップに対して2度針を通すことが最大の特徴です。この動作により、縫合糸は4点で歯肉弁を保持します。
単純結節縫合と比べると、縫合回数が約半分で同じ創面を閉鎖できます。これは手術時間の短縮につながる大きなメリットです。
歯科領域でのマットレス縫合の位置づけは「Holding Suture(保持縫合)」です。フラップ先端を"閉じる"のではなく、頬側・舌側のフラップを保持してテンションを逃がすことが主目的です。クインテッセンス出版の歯周外科教本にも記されているように、マットレス縫合によるHolding Sutureと単純縫合によるClosing Sutureは目的が異なり、この2層縫合の組み合わせがGBRやインプラント外科の基本原則とされています。
水平マットレス縫合には大きく分けて「内側性」と「外側性」の2タイプがあります。内側性は縫合糸が組織の内側(創縁の下)を走行し、歯肉弁の辺縁を骨面から持ち上げる力が働きます。一方、外側性は縫合糸が組織の外側(創縁の上)を走行し、歯肉弁を骨面に押しつける方向に力が働きます。どちらを選ぶかで術後の歯肉弁の挙動が180度変わるため、目的を明確にして使い分けることが重要です。
また「マットレス縫合変法」として垂直・水平の複合型もあり、臨床状況によってバリエーションが選択されます。つまり水平マットレス縫合は1つの手技ではなく、複数の変法を持つファミリー技術と理解するのが正確です。
クインテッセンス出版 歯周病学事典「マットレス縫合」定義と内側性・外側性の違いについて
水平マットレス縫合が特に力を発揮するのは、「フラップを開けたときに粘膜が届かず、減張切開が必要な場面」です。これが最も代表的な適応です。
🦷 歯科での主な使用場面
- GBR(骨誘導再生法)施術後のフラップ閉鎖
- インプラント1次手術・2次手術後の縫合
- 歯周外科フラップ手術(APF・ウィドマン改良フラップ)
- 結合組織移植術(CTG)の採取部位閉鎖
- 抜歯後の骨造成を伴う症例での閉創
GBRの場面では縫合の重要性が特に高くなります。フラップへの血流を確保しながらテンションフリーで閉創しなければ、術後にメンブレンが露出し、感染が発生するリスクがあるからです。このとき、水平マットレス縫合が「Holding Suture」として頬側・舌側フラップを保持し、後から行う単純縫合(Closing Suture)のテンションを大幅に下げる役割を担います。
MSD Manualsの記述によると、水平マットレス縫合は「2回目の運針が1回目と平行であるため、単純縫合の約半分の縫合回数で創を閉鎖できる」とされています。これは歯科臨床においても有利に働き、フラップへの侵襲を最小限にしながら確実な閉創が可能になります。
また、岡山大学歯科のプロトコールでは前歯部インプラント手術において「欠損部に水平マットレス縫合を行い、その後隣接歯間乳頭部に単純縫合を行う」という2段階の縫合手順が示されており、水平マットレス縫合が主縫合として機能することが確認されています。
一方、「水平マットレス縫合は臨床であまり行う機会がない」という意見もSNS上で見受けられますが、これは主に一般的な単純抜歯では適応が少ないためです。骨造成を伴う外科処置では必須テクニックとなります。適応かどうかはフラップの可動性と張力次第です。
MSD Manuals「水平マットレス縫合による裂創の修復」適応・禁忌・合併症の詳細解説
ここでは歯科での実際の手順を整理します。基本的な器具は、持針器・有鈎鑷子・縫合糸(非吸収性モノフィラメント糸が一般的)です。
📋 水平マットレス縫合の基本手順
1. 1回目の運針(往路): 創縁から0.5〜1cm離れた位置にフラップ外側から刺入し、対側の創縁から同距離で刺出する。刺入点と刺出点は左右対称にする。
2. 針の向きを逆転: 持針器で把持する針の向きを逆方向にセットする。
3. 2回目の運針(復路): 1回目の刺出点から0.5cm隣に刺入し、反対側も同距離・同深さで刺出する。往路と復路は完全に平行になるように意識する。
4. 牽引と結紮: 縫合糸の両端を愛護的に引いて創縁を密着させ、表皮を外反させながら結紮する。
運針は正確です。それだけで術後の治癒が変わります。
重要なのは「刺入位置が創縁から0.5〜1cmしっかり離れている」という点です。創縁に近すぎると、締結時に粘膜が切れてしまいます。特にGBR後はフラップが減張切開によって伸展している状態のため、張力に耐えられる十分な組織量を確保した位置から針を入れる必要があります。
また過度な締め付けは厳禁です。縫合糸を強く締めすぎると組織の虚血・壊死を招きます。これは単純縫合よりも水平マットレス縫合で発生しやすい合併症として、MSD Manualsにも記載されています。「ちょうど創縁が合わさる程度」の張力が原則です。
さらに、半埋没水平マットレス縫合(Half-buried horizontal mattress suture)という変法があります。これは「tip suture」や「corner suture」とも呼ばれ、V字・Y字形の裂創や、弁状創の先端(フラップの尖端)を角に合わせる際に使用します。皮弁先端部分の縫合糸のループを完全に真皮内に埋没させることで、皮弁先端にかかる表皮の張力を最小化できます。歯科では結合組織移植術や歯肉弁の尖端閉鎖に応用されます。
新谷悟の歯科口腔外科塾「GBR・GTR」Holding SutureとClosing Sutureの役割分担・減張切開の重要性
水平か垂直かを間違えると、治癒結果が大きく変わります。この選択は非常に重要です。
| 縫合法 | 針の走行方向 | 力の方向 | 主な適応 |
|---|---|---|---|
| 水平マットレス縫合(内側性) | 創縁に対して水平 | 弁辺縁を骨面から持ち上げる | 減張切開後、GBRのHolding Suture |
| 垂直マットレス縫合(外側性変法) | 創縁に対して垂直 | 弁を骨面に押しつける | 歯周フラップの骨面への密着が必要な場面 |
| 単純結節縫合 | 創縁に直角 | 創縁同士の接合 | 一般的な閉創・Closing Suture |
| クロスマットレス縫合 | 斜め交差 | フラップ断面を骨に押しつける | 垂直マットレスと同様の場面で代替可能 |
水平マットレス縫合(内側性)の特徴は、「歯肉弁の辺縁を骨面から少し持ち上げるように保持する」動きにあります。GBR後の1層目のHolding Sutureとして使う場合、フラップを引き伸ばして閉じることが主目的なので、このリフト方向の力が創閉鎖に貢献します。
一方、垂直マットレス縫合(変法・外側性)はフラップを骨面に「押しつける」方向に作用するため、再生外科や骨移植後に骨膜と歯肉弁を密着させたい場面に向いています。
「クロスマットレス縫合(交叉水平マットレス縫合)」は水平マットレスのバリエーションです。2本の縫合糸を交差させて結紮するため、より広い面積でフラップを保持できます。明海大学PDI東京歯科診療所では結合組織移植術の採取部位などに使用されている実績があります。
また、連続水平マットレス縫合は、「創が開きやすい長い切開創」の閉鎖に有効です。1針ごとに結紮する必要がなく、術者の操作効率が向上します。ただし1カ所が切れると全体が緩む弱点があります。これが条件です。
クインテッセンス出版「歯周外科ベーシックテクニック」内側性・外側性マットレス縫合の力の方向の違い
水平マットレス縫合は「歯科医師が縫う技術」と思われがちです。しかし実際には、歯科衛生士や研修医がその原理を理解しているかどうかで、術後のアシストや患者説明の質が大きく変わります。
術後に患者が「糸がいくつ入っているか」「抜糸はいつか」を聞いてくることは珍しくありません。水平マットレス縫合は1針で縫合糸が4点にかかるため、外見上は複数の縫合があるように見えます。患者が不安を感じやすいポイントです。「これはマットレス縫合といって、1針で2か所をしっかり保持する方法です」と説明できると、患者の安心感が大きく違います。
術後管理の知識も重要です。GBR後の水平マットレス縫合の抜糸は、フラップの閉創状態を確認しながら行います。一般的に口腔内の縫合では7〜14日後が目安ですが、骨造成を伴う場合は術後10〜14日程度が多いです。抜糸が早すぎると創離開(フラップが開く)のリスクがあり、遅すぎると縫合糸周囲のプラーク蓄積による感染リスクが上がります。
また、縫合糸の素材選択も実は術後の経過に影響します。歯科外科での水平マットレス縫合に使用される糸は、主に「非吸収性モノフィラメント(ナイロン・ePTFEなど)」と「吸収性糸(PGA、ポリグリコール酸系など)」に分かれます。
- 非吸収性糸(ナイロン等): 表面が滑らかでプラーク付着が少なく、一定期間フラップを確実に保持。GBRのHolding Sutureに向いている。
- 吸収性糸: 抜糸不要だが、吸収時期が組織の状態に影響を受けやすく、早期に吸収されると保持が弱まる可能性がある。
GBRや骨造成のHolding Sutureには非吸収性糸が原則です。感染リスクと抜糸の手間を天秤にかけながら、術者が症例ごとに判断します。縫合糸の種類まで理解しておくと、術中のアシストで適切な糸を準備できます。これは使えそうです。
研修中に縫合技術を練習したい場合、豚顎(ブタ実習)を使ったシミュレーションモデルが有効です。クインテッセンス出版などから歯周外科サブノートが出版されており、水平マットレス縫合変法の手順を実習形式で学べます。シミュレーション材料での反復練習が、実際の臨床での確実な運針につながります。
クインテッセンス出版「ブタ実習から学ぶ歯周外科サブノート」水平マットレス縫合変法の実習手順

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