凍結切片でも、固定を省いて染色すると抗原は保たれるが組織が崩れて再現性を失います。
免疫蛍光染色(IF:Immunofluorescence)は、蛍光色素で標識した抗体を使って、細胞や組織内の標的タンパク質の局在を可視化する手法です。凍結切片(クリオスタット切片)は、その試料作製方法の中でも特に**抗原性の保持に優れた**アプローチとして広く用いられています。
凍結切片の最大の特長は、パラフィン包埋切片で必須となる「固定→脱水→キシレン透徹→パラフィン浸透」という複数の加熱・有機溶媒処理を省ける点です。これが何を意味するかというと、ホルムアルデヒドによる架橋形成(タンパク質同士がつながり、抗体の認識部位が隠れてしまう現象)が起きないということです。つまり抗原賦活化(加熱処理で埋もれた抗原を掘り起こす操作)が不要になるケースが多い。これが原則です。
特にリン酸化タンパク質や翻訳後修飾を伴う分子の検出では、この利点が非常に大きく働きます。歯科領域の研究でも、口腔粘膜ケラチノサイト・歯根膜組織・歯槽骨骨芽細胞など、細胞増殖マーカー(Ki67など)や幹細胞マーカー(p63など)を評価する際に凍結切片の免疫蛍光染色が活用されています。日本歯科大学の研究グループが口腔粘膜由来ePUKs(epithelial Pop Up Keratinocytes)を凍結切片で作製し、O.C.T.コンパウンドで包埋後にFITC標識二次抗体で評価した事例もあります(科学研究費助成事業 課題番号19K10275)。
一方で、凍結切片には明確なデメリットも存在します。組織中に氷晶が形成されやすく、細胞内の微細構造が壊れることがあります。また、パラフィン切片よりも切片が厚くなりがちで(5〜10 µm が標準)、顕微鏡の解像度に影響することも覚えておきましょう。長期保存にも向かず、未使用の切片は−80℃で最長1年が目安とされています。
| 項目 | 凍結切片 | パラフィン包埋切片 |
|---|---|---|
| 抗原性の保持 | 🟢 優れている | 🔴 ホルムアルデヒド架橋で低下しやすい |
| 抗原賦活化 | 多くの場合不要 | 通常必要 |
| 組織形態の保持 | △ 氷晶形成リスクあり | 🟢 優れている |
| 長期保存 | △ −80℃で最長1年 | 🟢 室温で無期限 |
| 作製時間 | 🟢 短時間(数時間〜) | 🔴 12〜24時間以上 |
| 切片の厚さ | 5〜10 µm(やや厚め) | 2〜5 µm(薄く精密) |
参考にすると実験設計に役立つ、凍結切片を用いたIHC(免疫組織染色)の信頼性の高いワークフロー解説:
IHC-Frozenプロトコール(Abcam日本語版)
凍結切片の作製は、大きく「①急速凍結 → ②クリオスタットによる薄切 → ③スライドへの貼付」の流れで行います。それぞれのステップで失敗すると、後続の染色がうまくいかなくなります。手順は確実です。
**① 急速凍結(snap freezing)**
採取した組織はできるだけ速やかに凍結させる必要があります。凍結が遅いと、組織内で大きな氷晶が成長し、細胞構造を物理的に破壊します。一般的な方法は、ドライアイス上で冷却したイソペンタン(2-メチルブタン)を使った急速凍結です。手順としては、断熱容器にドライアイスを敷き、金属製の小容器にイソペンタンを入れてドライアイスで冷却します。5分ほど待つとイソペンタンが適切な低温(約−80〜−100℃)になります。なお、イソペンタンを完全に凍結させないよう注意が必要です。
組織は事前にO.C.T.コンパウンド(Optimal Cutting Temperature Compound)で包埋します。O.C.T.コンパウンドは水溶性の包埋剤で、凍結切片作製用として世界中で標準的に使用されています。組織をモールドに入れ、O.C.T.コンパウンドで満たしてからイソペンタン浴に浸けると、10〜20秒で不透明になり凍結完了です。凍結ブロックは薄切まで−80℃で保存します。
**② クリオスタットによる薄切**
クリオスタットは専用の低温ミクロトームです。庫内温度は通常−15〜−20℃に設定します。凍結ブロックを使用前日からクリオスタット内に置き、庫内温度に慣らしておくことが大切です。使用する器具類も同様に庫内で温度を揃えておきましょう。切片の厚さは免疫蛍光染色では5〜8 µmが一般的です。最初の数枚はトリミングによる穴が生じやすいので廃棄し、その後の切片を回収します。
切片をスライドガラスに貼付する際は、スライドの体温(手の熱)で切片をスライドに吸着させる方法が定番です。シランコートスライドや接着剤でコートしたスライドを使うと、後工程での剥離を防げます。
**③ 乾燥・固定**
スライドに貼付した切片は、まず室温で15分間程度、空気乾燥させます。これが意外と重要で、乾燥が不十分だと固定液を加えた際に切片が浮き上がったり剥離したりする原因になります。乾燥後に固定液を適用します。固定液の選択については次のセクションで詳しく解説します。
凍結切片の免疫蛍光染色で多くの研究者が悩むのが固定剤の選択です。固定は「組織形態を保つ」「抗原を保持する」という2つの相反する要求を同時にクリアする必要があります。難しいところですね。
**固定剤の選択ガイド**
凍結切片に用いる固定剤は主に「アルデヒド系」と「有機溶媒系」に分かれます。
| 固定剤 | 適した標的 | 主な特徴 |
|---|---|---|
| 4% PFA(パラホルムアルデヒド) | 低分子量タンパク質、ペプチド | 形態保持良好・エピトープマスクに注意 |
| 10% 中性緩衝ホルマリン(NBF) | 同上(PFAとほぼ同等) | 汎用的・室温保存可 |
| 100% メタノール(−20℃) | 免疫グロブリンなど大型タンパク質 | 透過処理を兼ねる・膜抗原に適す |
| アセトン(−20℃) | 大型タンパク質・膜タンパク質 | 強力な脱水剤・組織が脆くなりやすい |
アルコール(メタノール・エタノール)で固定した場合、透過処理は別途不要です。なぜなら、アルコール固定そのものが膜を溶かして透過性を高めるからです。反対に、PFA固定後に細胞内タンパク質を検出する場合は、Triton X-100(0.05〜0.25%)などの界面活性剤で透過処理を追加する必要があります。
**ブロッキングの重要性**
ブロッキングは非特異的なバックグラウンド染色を抑えるために不可欠なステップです。一次抗体・二次抗体が組織上の無関係な部位に結合することを防ぎます。一般的には1〜3% BSA(ウシ血清アルブミン)/PBSや、二次抗体の宿主と同じ動物種の正常血清(2〜10%)が使用されます。ブロッキング時間は室温30〜60分が標準です。
ここで重要な注意点があります。ブロッキング血清には、一次抗体の産生動物種の血清を絶対に含めないこと。たとえばウサギ由来の一次抗体を使用する場合、ブロッキングにはウサギ正常血清を使ってはいけません。バックグラウンドが高くなる原因となります。
また、蛍光検出では組織の「自家蛍光(autofluorescence)」がバックグラウンドとして問題になることがあります。ホルマリン固定が長すぎると自家蛍光が増えやすいことが知られており、口腔組織では特に結合組織の自家蛍光に注意が必要です。自家蛍光の抑制には、Sudan Black B溶液やナカライテスクのAutofluorescence Quencher試薬が活用されることがあります。
参考:免疫組織染色(IHC)のトラブルシューティングと各ステップのコツを詳しく解説した資料:
免疫組織染色(IHC)のトラブルシューティング:うまくいくコツ(Sigma-Aldrich)
抗体の選択は免疫蛍光染色プロトコルの中で最も結果を左右するステップです。適切な抗体を選べていれば、多くのトラブルは未然に防げます。これは使えそうです。
**一次抗体の選択と希釈**
一次抗体は、使用する試料(凍結切片・パラフィン切片・培養細胞)と対応しているか、必ずデータシートで確認します。抗体によっては「凍結切片には使用できても、FFPE切片(ホルマリン固定パラフィン包埋)では反応性がない」というケースが存在します。抗体の希釈濃度はデータシートの推奨値を参考にしつつ、実験室の条件に合わせてタイトレーション(段階希釈による最適化)を行うことが理想的です。
インキュベーション条件は「室温で1〜2時間」または「4℃で一晩」が標準的ですが、抗体によって最適条件が異なります。4℃一晩のインキュベーションは感度が上がりやすい一方、バックグラウンドも増えやすい傾向があるため、一次抗体反応後の洗浄(PBS×3回、各5分)をしっかり行うことが大切です。
**二次抗体の選択**
間接法(二段階法)では、蛍光色素標識済みの二次抗体を一次抗体の産生動物種に対して選びます。たとえば「ウサギ由来の一次抗体を使用する場合 → 抗ウサギIgG二次抗体を選ぶ」というルールです。基本が原則です。
蛍光色素の代表的な選択肢としては、FITC(励起波長498 nm / 蛍光波長522 nm:緑色)、Alexa Fluor 488(緑)、Alexa Fluor 594(赤)、Cy3(赤〜橙)、Cy5(近赤外)などがあります。多重染色(multiplex staining)を行う際は、各蛍光色素の励起波長・蛍光波長が十分に離れていることを確認し、スペクトルオーバーラップを避ける必要があります。
**多重染色プロトコルの手順**
複数の標的を同一切片で同時に可視化したい場合、以下の2つのアプローチがあります。
- **同時インキュベーション法**:産生動物種が異なる2つ以上の一次抗体を同時に反応させ、続いて対応する二次抗体(異なる蛍光色素で標識)を同時に反応させる方法。手順がシンプルで時間も節約できる。
- **逐次インキュベーション法**:1種類目の一次抗体→二次抗体→ブロッキング→2種類目の一次抗体→二次抗体、という順序で行う方法。抗体間の交差反応が心配な場合や、同じ動物種由来の一次抗体を使わざるを得ない場合に選択する。
核の対比染色にはDAPI(励起波長360 nm / 蛍光波長460 nm:青色)が広く用いられます。DAPIは最後に追加し、室温5〜10分のインキュベーションで十分です。退色防止封入剤に含まれるタイプも市販されており、手順をさらに簡略化できます。
参考:免疫蛍光染色(IF)の原理と基本プロトコルについて、フナコシ株式会社が日本語で詳しく解説しています:
免疫蛍光染色(IF)の原理と基本プロトコル(フナコシ株式会社)
せっかく染色が成功しても、封入・保存のステップで失敗すると蛍光シグナルが急速に失われます。気をつけることは1点です。
**封入の手順**
蛍光染色後の切片は、退色防止効果のある専用の蛍光用封入剤(例:Fluoroshield™、Vectashield®など)を使って封入します。通常の有機封入剤(キシレン系)は蛍光色素を退色・消失させるため、蛍光染色には使えません。蛍光用封入剤は基本的に水性です。
封入の手順は以下の通りです。
1. 最後の洗浄後、スライド上の余分な水分をやさしくふき取る(切片自体は乾かさない)
2. 封入剤をスライドに数滴(切片を覆う最小限量)滴下する
3. カバーガラスを鉗子で静かにかぶせ、気泡を入れないよう注意する
4. マニキュア液またはシーリング材でカバーガラスの縁を封止する
5. 遮光して4℃で保存する
カバーガラスをかぶせる際に気泡が入ると、その部分の画像が取れなくなります。スライドをわずかに傾けながらゆっくりかぶせると、気泡が逃げやすくなります。
**よくあるトラブルと対処法**
| 症状 | 主な原因 | 対処法 |
|------|----------|--------|
| シグナルが全く出ない | 抗体のIHC非対応、固定条件の不一致 | データシートを再確認・別の固定条件で試験 |
| バックグラウンドが高い | ブロッキング不足、二次抗体の非特異結合 | ブロッキング時間延長、二次抗体希釈率を上げる |
| 切片が剥離した | スライドコーティング不足、乾燥不十分 | シランコートスライドに変更・十分な空気乾燥 |
| 蛍光が退色した | 封入剤のミス、長時間光照射 | 蛍光用封入剤に変更、遮光保存を徹底 |
| 自家蛍光が強い | 固定過剰、組織由来の蛍光物質 | 固定時間の短縮、Sudan Black Bで自家蛍光消去 |
**ネガティブコントロールの設定**
免疫蛍光染色では、一次抗体を省いてその他の操作をすべて行った「一次抗体省略ネガティブコントロール」を必ず設定してください。これにより、二次抗体由来の非特異的シグナルやバックグラウンドを正確に把握できます。ポジティブコントロールとして、目的タンパク質の発現が確認されている細胞や組織を同時に染色することも再現性の向上に直結します。
**保存方法**
染色済みスライドは遮光して4℃で保管します。長期保存する場合は−20℃も選択肢になりますが、融解と再凍結を繰り返すと蛍光シグナルが低下します。蛍光色素の種類によっても耐光性や保存安定性が異なるため、NorthernLights(NL)シリーズなどの退色しにくい蛍光色素標識二次抗体を選ぶことも実験の質を高める方法のひとつです。
参考:免疫染色の工程(抗原賦活・ブロッキング・発色・封入)を日本語でわかりやすく解説した記事:
免疫染色の工程を解説(nonbiri-english.com)
一般的なプロトコルには書かれていない「歯科・口腔組織ならではの注意点」があります。意外ですね。
**口腔組織特有の問題:歯や骨を含む硬組織のアプローチ**
歯牙や歯槽骨などの硬組織は、そのままではクリオスタットで薄切できません。硬組織には石灰化した無機成分(ハイドロキシアパタイト)が含まれているため、刃が通らないのです。このため、通常は脱灰処理(EDTA法または酸法)を行ってから凍結切片を作製します。
しかし、ここに落とし穴があります。脱灰に酸(塩酸・ギ酸など)を使うと、タンパク質の変性が強く起こり、免疫蛍光染色の感度が著しく低下することがあります。歯根嚢胞や歯根肉芽腫の病理組織では、クリオスタットで5 µmの凍結切片を作製する手法が用いられていますが、この場合は脱灰方法の選択が染色結果を大きく左右します。EDTA(エチレンジアミン四酢酸)を用いたキレート脱灰は酸法より穏やかで、抗原性の保持には有利とされています。脱灰法の選択が条件です。
**口腔粘膜組織の自家蛍光問題**
口腔粘膜は、ケラチンや結合組織の膠原繊維由来の自家蛍光が比較的強い組織です。特に蛍光励起波長が短い(紫外〜青色領域)FITCを使用する場合、自家蛍光との識別が難しくなります。この問題を回避するには、蛍光波長が赤色〜近赤外領域(Alexa Fluor 647、Cy5など)の蛍光色素を使うことが有効です。長波長の蛍光色素は自家蛍光が少ない波長域で検出できるため、S/N比(シグナル対ノイズ比)が改善されます。これは使えそうです。
**スクロース処理(凍結保護)の活用**
口腔組織や神経組織を含む試料では、凍結前にスクロース(ショ糖)溶液に浸すことで氷晶形成を抑制し、組織形態の保持が改善されます。20〜30%スクロース/PBS溶液に一晩(4℃)浸し、組織がスクロース溶液中に沈んだら包埋の準備ができたサインです。組織が沈まない間は浸透が完了していません。スクロース処理後にO.C.T.コンパウンドで包埋すると、氷晶アーティファクトが大幅に減少します。
**歯科研究での実際の応用例(参考)**
日本歯科大学が行った科研費研究(19K10275)では、口腔粘膜由来幹細胞様ケラチノサイトで作製した粘膜細胞シートをO.C.T.コンパウンドに包埋して凍結切片を作製し、ケラチン3・ケラチン4・IV型コラーゲン・p63といった複数マーカーの免疫蛍光染色評価を行っています。このようなマルチマーカー評価こそ、凍結切片が真価を発揮する場面です。
| 口腔組織の種類 | 凍結切片作製上の主な注意点 |
|-------------|-------------------------|
| 口腔粘膜(軟組織) | 自家蛍光が強い → 長波長蛍光色素の使用推奨 |
| 歯根膜・歯肉 | 結合組織の膠原繊維による自家蛍光あり |
| 歯槽骨・硬組織 | 脱灰必須 → EDTA法で抗原性を保持 |
| 歯根嚢胞・肉芽腫 | 5 µm凍結切片が可能 → 脱灰方法が染色品質を左右 |
参考:口腔粘膜の幹細胞研究における凍結切片と免疫蛍光染色の実際の活用例(科研費データベース):
口腔粘膜由来幹細胞様ケラチノサイトを用いた新規粘膜再生医療戦略(日本歯科大学)
十分な情報が集まりました。記事を生成します。