義歯を外せばMRIは完全に問題ない、と思っていませんか?実はキーパーが口腔内に残ったままでも、半径4〜8cmものアーチファクトが発生し、舌や咽頭の診断を不可能にするケースがあります。
マグネット義歯(磁性アタッチメント義歯)は、義歯本体に組み込まれた「磁石構造体」と、歯根に取り付けられた「キーパー(磁性ステンレス鋼)」との間の吸引力で義歯を安定させる補綴装置です。クラスプを使わないため審美性が高く、要介護高齢者にも装着・撤去しやすい点が高く評価されています。
ここで重要なのは、MRIとの関係における「部品の分離」という概念です。磁石は義歯側、キーパーは口腔内(歯根)側という二分構造になっているため、「義歯を外す=磁石はなくなる、でもキーパーは残る」という状態になります。つまり、これが正確です。
義歯を外してMRI検査室外に置いてしまえば、義歯内の磁石はMR装置の磁場の影響を受けません。また、日本磁気歯科学会(2022年度版マニュアル)によると、キーパーは磁石ではないため、義歯を外して撮像した場合に磁石の吸着が損なわれる心配もなく、MRI検査後にキーパーへ磁力が残留する危険性もないとされています。
しかし問題はキーパーそのものにあります。口腔内に残るキーパー(磁性ステンレス:SUS XM27、SUS430、SUS447J1、SUS444等)は、MRIの静磁場・ラジオ波の影響を受けます。これを理解していないと、患者へのインフォームドコンセントが不十分になります。
キーパーがMRI検査に及ぼす影響は大きく3つに分類されます。①偏向力(磁場による力学的影響)、②発熱(ラジオ波による温度上昇)、③金属アーチファクトによる診断への影響、です。臨床的に最も注意が必要なのが③です。
| 影響の種類 | 内容 | 臨床上の判断 |
|---|---|---|
| 偏向力(力学的影響) | 3.0T MRI装置で最大キーパーに約9.0gfの力学的作用 | セメント接着強さ40N以上あれば問題なし(緩みがない場合) |
| 発熱(温度上昇) | 3.0T・20分最大RF照射で最大0.8℃の上昇 | 15分以内の撮像なら0.5℃を超えず、生体への影響は低い |
| 金属アーチファクト | SE法でおおよそ半径4〜8cmの範囲に乱れが発生 | 診断部位・撮像方法によっては診断不能になるケースあり |
日本磁気歯科学会「磁性アタッチメントとMRI」安全基準マニュアル(2022年度版)|磁性アタッチメント装着患者のMRI対応に関する公式基準が掲載されています
歯科医従事者として特に把握しておきたいのが、キーパーアーチファクトの問題です。キーパーによる金属アーチファクトの出現を阻止することは、現状の技術では困難です。これが基本です。
スピンエコー法(SE法)では、アーチファクトの範囲はおおよそ半径4〜8cmに及ぶとされています。ゴルフボールの直径が約4.3cmであることを考えると、その2〜4倍にわたる範囲がMRI画像上で乱れる可能性があるということです。口腔内という狭い領域において、これは非常に広い影響範囲です。
診断に支障が出るかどうかは、①MRIで読影する部位、②選択された撮像方法、③疑われる疾患の3点によって決まります。たとえば脳や頭蓋骨の検査であれば、口腔内のキーパーの位置から離れていることが多いため影響は少ない傾向があります。一方、口底・舌・咽頭など口腔周囲組織を対象とした検査や、磁化率の影響を強く受けるGRE(グラジエントエコー)法などを用いる場合には、アーチファクトによって診断が困難になることがあります。
意外ですね。つまり「義歯を外せば大丈夫」という説明だけでは不十分なのです。
診断困難と判断された場合は、検査機関から主治の歯科医師へキーパー除去の依頼がなされます。この際、KB法(キーパーボンディング法)でキーパーが製作されていれば、比較的容易に除去が可能です。一方、鋳接法(鋳造によりキーパーを根面板に固定する方法)では除去が難しく、エアタービンで切断・分割するなどの侵襲的な対応が必要になるケースもあります。
また、一般的に高磁場装置のほうが金属アーチファクトの影響が大きいと思われがちですが、日本磁気歯科学会の検討では「一概に高磁場装置のほうが金属アーチファクトの影響が大きいとは言えない」とされています。これも臨床的に重要な知見です。
日本歯科医学会「磁性アタッチメントを支台装置とする有床義歯の診療に対する基本的な考え方」(令和4年12月)|MRI撮影における注意点・キーパー除去の手順など臨床的指針が詳しく掲載されています
磁性アタッチメントを装着した患者がMRI検査を受ける前に、歯科医従事者が必ず確認しておくべきことがあります。これを怠ると、患者に思わぬリスクが及びます。
① MRI撮影前に義歯を必ず外し、MR室内に持ち込まない
義歯を装着したままMRI室に入ると、磁石の吸引力が喪失し、義歯が飛び出したりする危険性があります。これは患者だけでなく、検査機関スタッフへの安全指示としても徹底が必要です。義歯を外してMR室外に保管するよう、診察時から患者への説明を行っておきましょう。
② キーパーや周囲の補綴装置の緩みを事前に確認する
緩んでいないか確認することが条件です。キーパーそのもの、または根面板・インプラント・歯冠外アタッチメントなどが緩んでいる状態でMRIを受けると、MR装置の磁場によってキーパーが脱離し、口腔粘膜を損傷したり、誤嚥・誤飲を引き起こす恐れがあります。まれにMRIの磁力でキーパー周囲の違和感や疼痛を訴えるケースもあり、異常を感じたら速やかに検査を中止し、歯科医院に連絡するよう患者と検査機関双方に事前周知しておく必要があります。
③ 診断部位・撮像方法を事前に把握し、キーパー除去の要否を判断する
診断部位が口腔底・舌・咽頭などの口腔周囲組織に及ぶ場合、キーパーアーチファクトが診断を困難にします。これが原則です。担当医や放射線技師と連携し、キーパーの設置位置・サイズ・撮像方法を照合することが求められます。
この3点を患者へのインフォームドコンセントに組み込むことで、MRI検査時のトラブルを事前に回避しやすくなります。なお、日本歯科医学会の指針では、磁性アタッチメントを使用した患者には「MRIカード(磁性アタッチメント使用を記載したカード)」を必ず提供し、MRI撮影時の注意事項を十分に説明することが求められています。このカードを患者が携帯することで、他科の医師・検査機関との情報連携がスムーズになります。
2021年9月に、磁性アタッチメントがキーパーボンディング法(KB法)で製作した場合に限り、保険診療で使用できるようになりました。この制度変更は、MRI対応の観点からも非常に意義があります。
KB法とは、既製のキーパーをセメント(レジン系接着材料)によって根面板に固定する方法です。それ以前に多用されていた「鋳接法」(鋳造によりキーパーを根面板に一体化させる方法)と比べ、MRI対応において大きな違いがあります。KB法ならキーパーの除去が容易ということです。
鋳接法のキーパーを除去しようとすると、エアタービンで切断・分割するなどの侵襲的処置が必要になり、根面板にもダメージを与えるリスクがあります。一方、KB法では接着材料でキーパーを固定しているため、先端が細いインスツルメントを使って取り外すことができます。また、専用の「遁路(とんろ)」を根面板に設けておく設計にすれば、短針でキーパーを突き上げるだけで除去可能になる工夫もあります。
保険適用以前は自費診療のみで用いられていた磁性アタッチメントですが、今後は高齢者へのマグネット義歯処置が急増するとみられます。超高齢社会における義歯需要の高まりとMRI検査の増加(脳ドックを含む)を考えると、KB法での製作を標準化することが、将来的なリスク管理として非常に重要です。
なお、鋳造用磁性合金(市販のキーパー代替品)を使う術式もありますが、通常のキーパーと比べてアーチファクト・偏向力・発熱の影響がいずれも大きく、除去も容易ではないため、日本磁気歯科学会は「鋳造用磁性合金ではなくキーパーと磁石の使用を推奨する」と明記しています。これは覚えておくべき点です。
歯科診療報酬点数表「M021-3 磁性アタッチメント(1個につき)」|保険算定における磁性アタッチメントの要件・点数の詳細が確認できます
一般的なMRI注意事項の情報には「義歯を外してください」という文言が多く記載されています。しかし、患者が自分でその理由や背景まで理解しているケースは少ないのが現状です。歯科医従事者として、一歩踏み込んだ説明が患者の安全と信頼構築につながります。
まず伝えたいのは「MRIで何が危ないのか、具体的にイメージさせる」ことです。「義歯を外せばOKですよ」だけでは不十分です。たとえば、「MRI装置の入り口付近は磁力が特に強く、キーパーが緩んでいると口の中で外れて誤飲・誤嚥につながるリスクがある」という具体的な状況を説明することで、患者が検査室の外で義歯を外すという行動を確実に取るようになります。厳しいですね。
次に、全身疾患を持つ高齢者への配慮が必要です。磁性アタッチメントを使用することが多い高齢者は、脳梗塞・認知症・心疾患などの疾患をすでに抱えているケースが多く、脳ドックや頭部MRIを将来的に受ける可能性が高い患者層です。日本歯科医学会の指針にも、「全身的な既往からMRIによる頭部の検査を高頻度で要すると考えられる症例には磁性アタッチメントの適用を避けるべき」と記載されています。治療前の段階での適応判断が非常に重要です。
さらに、心臓ペースメーカーを装着している患者への注意も欠かせません。磁性アタッチメントを応用した義歯を口腔内で使用すること自体に問題はないとされています。しかし、义歯を胸部に近接させること(胸ポケットに入れるなど)は控えるべきとされており、MRI対応型ペースメーカーかどうかも確認が必要です。
患者一人ひとりの全身状態と将来的な医療ニーズを見越した対応こそ、歯科医従事者の専門性が活きる場面です。MRIカードの発行・インフォームドコンセントの徹底・KB法を念頭に置いた製作方針の標準化、この3つを日常臨床に取り入れることが、患者の安全と信頼を守る実践的な対策になります。結論はシンプルです。「義歯を外すだけでは不十分」という事実を軸に、患者・検査機関・他科の医師との三者連携を強化することが、これからの歯科医療に求められる姿勢といえます。
日本磁気歯科学会|「磁性アタッチメントとMRI」安全基準マニュアル(最新2022年度版):歯科医療従事者と診療放射線技師を対象に作成された公式ガイドラインです