Le Fort I型骨切り術を「上顎だけ動かせば治療は完結する」と思っていませんか?実際には単独適応はほとんどなく、9割近くの症例でSSROなどの下顎手術との同時施行が必要です。
Le Fort I型骨切り術(以下、ルフォーI型)とは、上顎骨を鼻腔底のレベルでほぼ水平に骨切りして分離し、上下・前後・回転といった三次元方向へ自由に移動させて再固定する術式です。1927年にWaßmundによって初めて報告され、その後ObwegeserやBellらの改良を経て現在の顎矯正手術の標準術式として確立されました。
この術式が適応となるのは多岐にわたります。上顎後退症、上顎前突症(いわゆる出っ歯の骨格的原因)、中顔面の陥凹を伴う骨格性下顎前突症、水平的に咬合平面の傾斜を伴う症例、上顎骨の左右非対称症例、垂直的過成長(ガミースマイル)、開咬症などが代表的です。つまり上顎骨が絡む骨格的問題の多くが対象になるということですね。
ただし、臨床上きわめて重要な点があります。日本口腔外科学会の顎変形症診療ガイドラインや複数の専門施設の報告によると、Le Fort I型骨切り術が**単独で適応される症例はほとんどない**とされています。上顎のみを移動させると術後の咬合に不具合が生じやすいため、通常は下顎枝矢状分割術(SSRO)または下顎枝垂直骨切り術(IVRO)と同時に施行する「上下顎同時移動術(Two-jaw surgery)」として行われます。これが基本です。
適応を判断する際には、顔貌写真分析・頭部X線規格写真(セファログラム)分析・口腔模型分析の3つを組み合わせることが不可欠とされています。特にセファログラムによる骨格型の把握は推奨Grade Sに分類されており、省略は許されません。術前計画の精度が、最終的な術後成績を大きく左右します。
公益社団法人 日本口腔外科学会「顎変形症診療ガイドライン」(PDF)|適応条件・推奨グレードの根拠となる標準的指針
手術はすべて口腔内からアプローチします。顔の表面に切開線が出ないため、術後に外側の傷跡が残らない点は患者へのインフォームドコンセントでも説明しやすい利点です。以下の5つのステップが骨格となります。
**ステップ1:粘膜切開と骨膜剥離**
上顎6番歯から対側6番歯の歯茎粘膜に切開を入れ、骨面を露出させます。切開法には「口腔前庭部切開法」と「歯肉縁切開法」の2種類があります。歯肉縁切開法は鼻翼の変形が少ない大きなメリットがある一方、歯周病が著しい症例では歯肉退縮のリスクがある点に注意が必要です。
**ステップ2:骨切り線のデザインと骨切り**
歯根尖より5mm以上離れた骨上に骨切り予定線をデザインします。レシプロケーティングソーを用いて梨状口縁から翼突上顎縫合部まで骨切りを進め、下行口蓋動脈を損傷しないよう薄刃のノミで鼻腔側壁を切離します。下行口蓋動脈までの距離は3次元実体模型で事前に計測し、ノミにテープで印をつけておくことで安全マージンを確保します。慎重な距離管理が必要です。
**ステップ3:ダウンフラクチャー(上顎骨の分離)**
骨切り終了後、Tessier改良型bone spreading forcepsを梨状口縁部に挿入して段階的に骨切り部を開大させ、上顎骨を下方に離断します(ダウンフラクチャー)。このとき左右均等な力で行うことが前提で、抵抗が強い場合は無理に進めず再度骨切り状態を確認します。
**ステップ4:上顎骨の位置決めと固定**
術前のモデルサージェリーから作製したレジン製スプリントを装着し、下顎の位置を基準として上顎骨を予定位置へ移動させます。固定にはチタンミニプレートを左右4か所(梨状口縁部と頬骨下稜部)で用います。最近は吸収性プレートが使われることも多く、再手術でのプレート除去が不要になるケースが増えています。
**ステップ5:Alar Base Cinch Sutureによる鼻翼幅の調整**
Le Fort I型骨切り術後は一般に鼻翼幅の拡大が生じます。これは必須の合併処置です。術式によって差はありますが、口腔前庭部切開では鼻筋と上唇鼻翼挙筋を4-0バイクリル糸でalar base cinch sutureとして縫合し、鼻翼の広がりを最小化します。歯肉縁切開法では筋切離がないため拡大は軽度ですが、それでも予防的縫合を行います。
なお、近年はピエゾサージェリー(超音波骨切削器具)の活用が普及しています。軟部組織への損傷を防ぎながら骨を削ることができ、出血量の大幅な軽減が報告されています。特に下行口蓋動脈周辺の操作には回転切削器具を使用できないため、ピエゾサージェリーの使用は理にかなった選択です。
武藤歯科口腔外科(所沢)「Le Fort I型骨切り術 Step by Step」|術式の各ステップと骨切り線デザインの詳細解説
Le Fort I型骨切り術の合併症は、術中と術後に分けて整理する必要があります。術中・術後を通じて最も警戒すべきリスクが、**下行口蓋動脈の損傷**です。これが見落とされやすい重大ポイントです。
下行口蓋動脈は上顎骨後方の骨切り時に最も損傷しやすく、この動脈が損傷・結紮切断されると術後の上顎骨骨片への血液供給が低下します。結果として、歯髄壊死や上顎骨骨片の広範な壊死が起こりえます。文献上でも「術後の上顎骨骨片への血液供給不良の結果、歯髄壊死・広範囲の粘膜および上顎骨壊死の報告がある」と記載されており(CiNii掲載論文)、この動脈の保存が血液供給の確保に直結します。
術中出血については、顔のクリニック金沢(金沢医科大学形成外科)の報告によると、**手術1時間あたり50〜100mLの出血が予想される**とされています。上下顎骨切り術(両顎手術)では自己血輸血を事前に準備しておくことが推奨されており、術前の準備が術中の対応力を決めます。
眼窩下神経麻痺は上顎手術後の頻出合併症のひとつです。頬部・鼻翼・上口唇・上顎歯肉・口腔粘膜にかけての知覚麻痺が生じることがあり、多くは一過性で数か月以内に回復しますが、**数%〜10数%では神経麻痺が残存する**ことも報告されています。術後に患者から「頬のしびれが続く」と相談を受けたとき、この割合を念頭に置いておく必要があります。
その他の主要な合併症を整理すると、次の通りです。
- 🔴 **感染**:不適切な手術処置・口腔清掃不良・易感染性などが誘因。プレート感染では追加処置(ドレナージ・プレート抜去)が必要になることがある
- 🔴 **術中骨折**:想定外の部位での骨折が数%で発生。術中に修復対応する
- 🟡 **後戻り**:上顎骨は下顎骨より後戻りしにくいが、下方移動・水平回転はやや不安定
- 🟡 **鼻形態の変化**:鼻翼幅の拡大のほか、前方移動量が大きい症例では鼻尖の上向き変形が生じることがある
- 🟡 **顎関節症状**:術後に顎関節の痛みや違和感が新たに出現・悪化することがある
- ⚪ **まれな重篤事例**:非常に稀ではあるが、視力障害(失明)や死亡の報告も文献上に存在する
失明リスクがある点は患者への説明が不可欠な情報です。これは知っておくべき事実です。
顔のクリニック金沢(金沢医科大学形成外科 山下昌信医師)「多分割Le Fort I型骨切り術の検討」|合併症の種類・発生率・具体的な追加処置の内容を解説
Le Fort I型骨切り術を含む顎矯正手術が**健康保険の適用を受けるためには、「顎変形症」の診断が必要**です。美容目的(見た目の改善のみ)と判断された場合は自由診療となり、費用は全額自己負担となります。顎変形症と診断される場合の典型例は、咬合機能に明らかな問題がある骨格性不正咬合(骨格性下顎前突症・上顎前突症・開咬症など)です。
保険適用が認められた場合、自己負担はおよそ3割に抑えられます。一方、自由診療でのルフォーI型骨切り術の相場はクリニックによって大きく差があり、一般的な目安として150万円〜250万円程度、施設によっては300万円を超えることもあります。費用だけが条件です。
治療全体のスケジュールについては、患者への正確な説明が求められます。治療の流れは以下の通りです。
| フェーズ | 期間の目安 |
|---|---|
| 術前矯正治療 | 6ヶ月〜2年 |
| 顎矯正手術(入院) | 手術3〜6時間・入院3〜14日 |
| 術後矯正治療 | 6ヶ月〜1年半 |
| 保定期間 | 2〜3年 |
トータルで3〜4年、長い場合は5年以上に及ぶことも珍しくありません。術前矯正が必要な理由は、術後に安定した咬合を得るための歯列の準備にあります。矯正治療で一度噛み合わせが悪化したように見える「代償性歯軸傾斜の除去」が行われるため、患者が途中で不安を感じるケースもあります。この点を事前に丁寧に説明しておくことが、治療継続率を高めます。
術後処置の面では、サージカルスプリント(マウスピース)の装着が4〜6週間、顎間ゴムによる牽引が6〜8週間必要です。この期間中は歯を使った咀嚼が禁止されるため、患者の生活面でのサポート計画も必要になります。術後管理が成否を決めます。
銀座青山You矯正歯科「顎変形症の治療に必要な術前矯正の期間」|術前〜術後〜保定期間の具体的な目安と治療フローの解説
口腔外科や矯正歯科の現場では、「なぜSSROだけでなくルフォーも必要なのか」という問いに明確に答えられることが、患者説明の質を高めます。ここは見逃しがちなポイントです。
SSROは下顎を前後に動かす術式として広く知られています。しかし、骨格的な問題が上下顎の両方にある症例では、SSROだけで対応しようとすると、移動量が過大になって安定性が損なわれたり、顔全体のバランスが不自然になったりするリスクがあります。Le Fort I型を組み合わせることで、上下顎それぞれの移動量を分散させ、安定した術後咬合と自然な顔貌変化を同時に実現できます。これが両顎手術の本質的な意義です。
さらに注目すべき点として、上顎の垂直方向の移動は顔の印象に非常に大きな影響を与えます。ガミースマイルの原因が上顎の垂直的過成長にある場合、上顎を上方に3〜6mm移動させるだけで、笑ったときの歯肉の露出量が劇的に改善されます。はがき1枚の厚みの約6倍程度(6mm)の移動が、顔全体の印象を変えることになります。この「わずかな移動量の大きな視覚的効果」を患者に伝えることは、術前カウンセリングの重要な要素です。
一方で、上顎の下方移動は骨固定の安定性が上方移動より劣るという特性があります。後戻りリスクが高い移動方向についても把握が必要です。下方移動や水平回転は術後の後戻りが起きやすいとされており、固定プレートの選択や咬合スプリントの使用期間延長など、対策を講じることが求められます。
また、近年の技術進歩として、術前の3次元実体模型(CT画像から作製)と内視鏡の組み合わせにより、従来は盲目的にならざるを得なかった翼突上顎縫合部の骨切りも直視下で確認できるようになっています。この技術の活用が、大量出血・骨片壊死・神経損傷などの重大合併症のリスクを低減させています。術式の安全性は、使用機器と術者の技術体系に依存します。
リッツ美容外科東京院「Le Fort I型骨切り術」|内視鏡・3次元実体模型を活用した安全性向上のアプローチと症例写真
十分な情報が収集できました。記事を作成します。