巨顎症の原因と症状、診断と治療

巨顎症は下顎の過剰発達により咬合や顔貌に大きな影響を及ぼす顎変形症です。原因、症状、診断方法から矯正治療や外科手術まで、歯科医療従事者が知るべき治療の流れとポイントを解説します。患者対応にどう活かせるでしょうか?

巨顎症の原因と治療法

術前矯正は半年で終わると思っていませんか?


この記事のポイント
🏥
巨顎症の定義と原因

顎骨の過剰発達により生じる顔貌と咬合の異常、遺伝的要因や成長ホルモンの関与

🔬
診断と検査プロセス

臨床所見、画像診断、セファロ分析による正確な診断手順と鑑別診断のポイント

⚕️
治療法と保険適用

術前矯正から外科手術、術後矯正までの流れと保険適用条件、費用の詳細


巨顎症の基本的な定義と発症メカニズム

巨顎症は、顎骨が通常のサイズを超えて異常に発達した状態を指す疾患です。特に下顎の過剰な成長により、顎が前方に突き出した外見的特徴を示します。この状態は単なる審美的な問題にとどまらず、咬合機能や顎関節、さらには気道にまで影響を及ぼす可能性があります。


発症メカニズムには複数の要因が関与しています。最も多いのは遺伝的要因で、家族内に同様の顎変形症を持つケースが少なくありません。親から子へと骨格の形態や成長パターンが受け継がれることで、下顎前突の傾向が現れるのです。


内分泌的な要因も見逃せません。特に先端巨大症の患者では、下垂体腫瘍から過剰に分泌される成長ホルモンにより、顎骨を含む骨格が異常に発育します。成長ホルモンは骨端線が閉鎖する前であれば全身の骨格を巨大化させ(巨人症)、閉鎖後であれば手足や顎などの先端部分が肥大化します(先端巨大症)。これは全体の巨顎症症例の中では比較的まれですが、鑑別診断において重要な疾患です。


環境的要因として、幼少期の習癖も影響することがあります。舌を前方に突き出す癖や口呼吸の習慣は、長期的には顎の発育バランスに影響を与える可能性があります。ただし、多くの症例では明確な原因を特定できないのが現状です。


巨顎症の発生率は人種によっても差があり、日本人を含む東アジア系の集団では下顎前突症の頻度が比較的高いことが知られています。


つまり遺伝的背景ですね。


巨顎症の主要症状と患者への影響

巨顎症の症状は多岐にわたり、機能的問題と審美的問題の両方が患者のQOLに大きな影響を与えます。最も顕著な症状は咬合不全で、特に前歯部での開咬や反対咬合(受け口)が典型的です。前歯で食べ物を噛み切ることができず、奥歯だけで咀嚼する状態が続くため、特定の歯に過度な負担がかかります。


顔貌の変化も重要な症状です。下顎が前方に突出することで、横顔がコンケイブタイプ(凹型)になります。下顎の長さや大きさが目立ち、顔全体のバランスが崩れて見えることがあります。上下の唇を合わせて口を閉じることが困難な症例も存在し、無意識のうちに口が開いてしまう状態(口唇閉鎖不全)を呈することがあります。


顎関節への影響も無視できません。顎関節症のリスクが高まり、顎を動かす際のクリック音や痛み、開口障害などの症状が現れることがあります。長期的には変形性顎関節症に進行する可能性もあるため、早期の対応が重要です。


発音障害も患者を悩ませる症状の一つです。特にサ行やタ行の発音が不明瞭になりやすく、コミュニケーションに支障をきたすことがあります。これは社会生活において大きなストレス要因となります。


驚くべきことに、下顎前突の人は「80歳で20本以上の歯を残す」8020運動の達成率が0%というデータも報告されています。咬合の不均衡により特定の歯に過度な負担がかかり続けることで、歯周病や歯の喪失リスクが著しく高まるのです。


歯を守るためにも重要ですね。


さらに、下顎が小さい症例とは逆ですが、巨顎症でも顎の位置関係によっては気道スペースに影響を及ぼし、いびきや睡眠時無呼吸症候群のリスクが高まる場合があります。特に術後に下顎を後方移動させた場合、気道が狭窄する可能性があるため、術前の気道評価が不可欠です。


厚生労働省難病情報センター - 下垂体性成長ホルモン分泌亢進症についての詳細情報


巨顎症の診断プロセスと鑑別診断のポイント

巨顎症の正確な診断には、体系的なアプローチが必要です。初診時には詳細な問診から始まり、患者の主訴、症状の発現時期、家族歴、既往歴などを聴取します。成長期における顎の発育パターンや、先端巨大症を示唆する全身症状の有無を確認することが重要です。


臨床検査では、まず視診と触診により顔貌の左右対称性、下顎の突出度、口唇の閉鎖状態を評価します。口腔内検査では咬合状態を詳細に観察し、オーバージェット(水平的被蓋)、オーバーバイト(垂直的被蓋)、臼歯関係(アングル分類)を記録します。開口度の測定や顎関節の触診も忘れてはいけません。


画像診断が診断の中核を担います。パノラマX線写真では顎骨全体の形態や歯の配列を把握し、側面頭部X線規格写真(セファログラム)では頭蓋顔面骨格の計測分析を行います。セファロ分析により、SNA角(上顎の前後的位置)、SNB角(下顎の前後的位置)、ANB角(上下顎の前後的関係)などの数値を算出し、骨格性の問題か歯性の問題かを判別します。


CT検査やMRI検査は、より詳細な三次元的評価が必要な症例で実施されます。特に先端巨大症が疑われる場合、下垂体腫瘍の有無を確認するためにMRI検査が不可欠です。3DCTは術前のシミュレーションにも活用され、手術計画の立案に役立ちます。


鑑別診断では、真性の巨顎症と他の疾患を区別することが重要です。先端巨大症では成長ホルモン(GH)やインスリン様成長因子-1(IGF-1)の血中濃度が上昇しているため、内分泌学的検査が診断の決め手となります。これらの数値が正常範囲内であれば、単純な顎変形症と判断できます。


顎関節症との鑑別も必要です。顎関節症では顎運動に伴う痛みや関節音が主症状ですが、巨顎症では骨格的な変形が主体となります。ただし、両者が合併している症例も少なくないため、慎重な評価が求められます。


骨腫瘍との鑑別では、画像診断における骨破壊像の有無や病変の進行速度が重要です。腫瘍性病変では急速な骨の膨隆や神経症状を伴うことが多く、生検による組織学的診断が必要になることもあります。


診断には最低6か月の経過観察期間が設けられることがあります。保険診療で顎矯正手術を行う場合、治療開始の診断から6か月を経過しなければ、術前矯正治療が完了していても手術前の診断ができないという規定があるのです。


治療計画に影響します。


巨顎症の矯正治療と外科的アプローチ

巨顎症の治療には、矯正治療のみで対応可能な軽度の症例と、外科手術を併用する必要がある重度の症例があります。治療方針の決定には、骨格的なズレの程度、患者の年齢、治療に対する希望などが考慮されます。


矯正治療単独での対応は、骨格的なズレが比較的軽度で、主に歯性の問題による場合に適応されます。抜歯を伴う矯正治療により、歯の位置を調整して咬合を改善します。ただし、骨格的な変形が顕著な症例では、矯正治療だけでは根本的な解決に至らないことが多いです。


外科的矯正治療(顎変形症の手術)は、矯正治療と顎矯正手術を組み合わせた治療法です。この治療は保険適用となるため、患者の経済的負担を大幅に軽減できます。ただし、保険適用には「顎口腔機能診断施設」での治療が条件となります。


治療の流れは、まず術前矯正治療から始まります。期間は個人差がありますが、通常1年から2年程度かかります。この段階では、手術後に最適な咬合が得られるように歯の配列を整えます。一般的な矯正治療とは異なり、一時的に咬合のズレが大きくなることもありますが、これは手術後の最終的な咬合を見据えた計画的な処置です。


顎矯正手術は全身麻酔下で行われ、入院期間は10日から2週間程度です。手術術式には、下顎枝矢状分割骨切り術(SSRO)が最も一般的に用いられます。下顎骨を内側と外側に分割し、下顎を後方に移動させた後、チタンプレートとスクリューで固定します。上下顎両方に変形がある症例では、上顎にルフォーI型骨切り術を併用することもあります。


手術はすべて口腔内から行われるため、顔の表面に傷跡が残ることはありません。手術時間は2から3時間程度で、下顎のみの手術であれば比較的短時間で終了します。


安心材料ですね。


術後は顔の腫れが2から3日目にピークを迎え、その後徐々に軽減します。術後の知覚異常(下唇や顎周辺のしびれ)は約40から50%の患者に出現しますが、多くは数か月から1年以内に改善します。ただし、完全に消失しない症例もごく一部に存在します。


術後矯正治療は手術後6か月から1年半程度行われ、上下の歯を精密に咬み合わせる最終調整を行います。この期間中は月に1から2回程度の通院が必要です。


全治療期間は術前矯正から保定期間まで含めると、3年から5年程度に及びます。長期間の治療になるため、患者のモチベーション維持が重要です。


日本口腔外科学会 - 顎変形症診療ガイドライン(治療計画の詳細な指針)


巨顎症治療における保険適用と費用の実際

顎変形症の治療では、一定の条件を満たすことで健康保険が適用されます。保険適用の条件は、「顎骨の外科手術が必要である」という診断と、「顎口腔機能診断施設」での治療という2点です。指定された医療機関でなければ保険診療ができないため、事前の確認が必要です。


保険適用時の費用は、3割負担の場合で術前術後の矯正治療が約20万円から30万円です。入院手術費用は、下顎のみの骨切り術で約25万円から30万円、上下顎両方の骨切り術で約40万円から50万円が目安となります。総額では40万円から70万円程度の自己負担が一般的です。


高額療養費制度の適用により、さらに負担を軽減できます。所得に応じて自己負担限度額が設定されており、限度額を超えた分は後日払い戻されます。一般的な所得区分(年収約370万円から770万円)では、1か月の自己負担限度額は約8万円から9万円程度です。これにより実際の入院手術費用は大幅に軽減されます。


具体的には使えますね。


保険診療では矯正装置が表側のワイヤー矯正(マルチブラケット装置)に限定されます。審美的な裏側矯正やマウスピース型矯正装置は保険適用外となるため、これらを希望する場合は自費診療となります。


自費診療を選択した場合、総額で100万円から300万円程度の費用がかかることが一般的です。ただし、治療期間の短縮や審美性の向上、より精密な治療計画など、自費診療ならではのメリットもあります。患者のライフスタイルや希望に応じて、保険診療と自費診療を比較検討することが重要です。


医療費控除の対象にもなります。年間の医療費が10万円を超えた場合、確定申告により所得税の還付を受けられる可能性があります。治療費の領収書は必ず保管しておくよう、患者に助言しましょう。


サージェリーファースト(手術先行)アプローチを選択する場合、通常の術前矯正期間を省略して先に手術を行うため、全体の治療期間を短縮できます。ただし、この方法も保険適用の条件を満たす必要があり、すべての症例に適用できるわけではありません。


適応は慎重ですね。


巨顎症治療のリスクと術後管理の重要性

顎矯正手術には、他の外科手術と同様にリスクが存在します。歯科医療従事者として、患者にこれらのリスクを事前に十分説明し、インフォームドコンセントを得ることが不可欠です。


全身麻酔に伴うリスクは、どの手術でも考慮すべき点です。日本における全身麻酔による死亡事故の確率は0.06%とされています。1000人に1人未満という低い確率ですが、ゼロではありません。麻酔科医による術前評価と適切な麻酔管理が重要です。


出血のリスクは、顎骨周囲には多数の血管が存在するため、予想外の出血が生じる可能性があります。通常は輸血が必要になることはまれですが、大量出血に備えて自己血貯血を行う施設もあります。


術中の止血操作と術後の観察が重要です。


神経損傷による知覚異常は、最も頻度の高い合併症の一つです。下顎枝矢状分割骨切り術では、下歯槽神経を保護しながら骨を分割しますが、手術操作により神経が圧迫や伸展されることで、術後に下唇や顎周辺のしびれが生じます。約40から50%の患者に出現し、多くは6か月から1年以内に改善しますが、完全に消失しない症例も存在します。


感染のリスクは、口腔内から行う手術であるため、術後感染の可能性があります。予防的抗生剤の投与と、術後の口腔衛生管理が感染予防の鍵となります。患者には術後の口腔ケアの重要性を強調すべきです。


骨の再形成不全や固定不良は、骨切り部の癒合が不十分な場合、計画した顎の位置が維持できないことがあります。術後の顎間固定や咬合管理が重要で、患者には固い食べ物を避けるよう指導する必要があります。


気道狭窄のリスクは、特に下顎を後方に移動させる手術では、舌根部が後退することで気道スペースが狭くなる可能性があります。術前に気道評価を行い、睡眠時無呼吸症候群のリスクが高い患者では、術式の選択や術後の経過観察に注意が必要です。


術後管理では、定期的な経過観察が不可欠です。手術直後は顎の骨が不安定なため、通常の矯正治療時よりも通院頻度が高くなります。腫れや痛みの管理、食事指導、口腔衛生指導を継続的に行うことで、合併症の早期発見と対処が可能になります。


長期的な経過観察も重要です。術後10年以上経過した患者における睡眠時無呼吸症の発症リスクについての研究も進められており、顎骨移動の方向によっては気道スペースが狭窄し、将来的な健康リスクとなる可能性が指摘されています。


術後も定期的なフォローアップが必要ですね。


患者の心理的サポートも忘れてはなりません。顔貌の大きな変化に戸惑いを感じる患者もいるため、術前のカウンセリングで期待される変化について3Dシミュレーションなどを用いて具体的に説明し、術後の心理的な準備を整えることが重要です。


後悔を防ぐためにも大切です。


日本顎関節学会 - 顎関節症治療の指針2020(鑑別診断と管理の詳細)