下顎大臼歯に歯根分割掻爬術を行っても、CAD/CAM冠用材料(Ⅴ)は一切使えません。
保険診療の現場では「歯根分割」と「ヘミセクション(分割抜歯)」が混同されやすいですが、この2つは手技も算定方法も全く異なります。まずここを正確に整理しておくことが、CAD/CAM冠の正しい算定への第一歩です。
歯根分割掻爬術(260点) は、臼歯の根を分割して根分岐部の病変(中隔部の骨吸収・肉芽形成)を掻爬し、歯を保存する処置です。病名は「Per・分岐部病変」「P・分岐部病変」「中隔部肉芽形成」などが該当し、下顎大臼歯(6番・7番)が主な対象となります。歯を「残す」ことを目的とした手術です。
これに対して ヘミセクション(分割抜歯)(470点) は、複根歯の保存可能な歯根を残しながら、病変のある歯根を抜去する処置です。歯を「一部抜く」点で歯根分割掻爬術と根本的に目的が異なります。
両者の違いは下表のように整理できます。
| 項目 | 歯根分割掻爬術 | ヘミセクション(分割抜歯) |
|---|---|---|
| 点数 | 260点 | 470点 |
| 目的 | 歯を保存する(根を残す) | 病変根を抜去し保存可能根を残す |
| 主な対象 | 下顎大臼歯(6・7番) | 上下顎大臼歯(6・7番) |
| CAD/CAM冠との関係 | 連結CAD/CAM冠(Ⅲ)が適応 | 上顎大臼歯のみ(Ⅲ)で単冠が適応 |
CAD/CAM冠を装着する流れに影響するのは「どちらの術式か」だけでなく、「上顎か下顎か」「単冠かブリッジか」「残した根が何本か」の組み合わせです。これが基本です。
疑義解釈(2010年6月)では、「歯根分割をせずに根分岐部病変を掻爬した場合に歯根分割掻爬術は算定できない」と明確に示されています。単なる根分岐部掻爬では算定できない点も覚えておく必要があります。
歯科診療報酬点数表|M015-2 CAD/CAM冠の通知・算定要件(しろぼんねっと)
上顎大臼歯(6番・7番)は、分割抜歯(ヘミセクション)後にCAD/CAM冠を算定できるケースがあります。ただし条件が非常に細かく、一つでも外れると算定不可になります。
2024年6月の診療報酬改定によって、上顎大臼歯の分割抜歯後のCAD/CAM冠適用要件が明示されました。具体的には、3根のうち2根(口蓋根+近心頬側根または遠心頬側根のいずれか)を残して分割抜歯した場合に限り、大臼歯としてCAD/CAM冠の算定が認められます。
残した根の組み合わせによって算定の扱いが変わります。
- 💡 口蓋根+頬側根(いずれか1本)を残した場合 → 大臼歯扱いで単冠修復が可能
- ⚠️ 頬側2根(近心・遠心)を残した場合 → 大臼歯扱いだが、ポンティックが不要
- ❌ 頬側1根+口蓋根1根のみを残した場合(2根保存・小臼歯2歯扱い相当) → 支台歯は小臼歯扱いとなりブリッジのポンティックが必要
- ❌ 1根のみの保存 → 歯科医学的に不適切とされ、算定不可
使用できる材料は CAD/CAM冠用材料(Ⅲ)のみ です。材料(Ⅴ)は分割抜歯後には適応外であることが通知で明確に規定されています。これは見落としやすいポイントです。
また、通常の大臼歯へのCAD/CAM冠には「対側の大臼歯による咬合支持」という条件がありますが、分割抜歯後に(Ⅲ)を使う場合でも同条件が適用されます。残根の状態が歯科医学的に適切かどうかの判断も求められ、単純に「2根残った=OK」ではありません。
8番(第三大臼歯)は対象外である点にも注意が必要です。
愛知県保険医協会|2024年歯科診療報酬改定情報:分割歯への修復の取扱い詳細
下顎大臼歯では、ヘミセクション(分割抜歯)後のCAD/CAM冠は算定できません。これは上顎とは真逆のルールです。
しかし、歯根分割掻爬術後であれば、下顎大臼歯にCAD/CAM冠を装着することが保険上認められています。この場合は「近心根と遠心根の両方を保存した上で連結した補綴物を製作する」という独自の算定方法が適用されます。
具体的な算定の流れは以下の通りです。
| 算定項目 | 算定単位 | 備考 |
|---|---|---|
| 歯内療法(根管治療) | 大臼歯×1歯単位 | 近遠心根それぞれに実施 |
| 支台築造(失PZ) | 小臼歯×2 | 形状に関わらず算定単位は小臼歯×2 |
| 歯冠形成(失PZ) | 小臼歯×2 | 加算も×2 |
| 印象採得 | 小臼歯×2 | |
| 咬合採得 | 小臼歯×2 | |
| 歯CAD(CAD/CAM冠) | 1,200点×2 | 近心根・遠心根それぞれに算定 |
| 材料料(CAD/CAM冠用材料Ⅲ) | 350点×1歯分 | 材料は1歯分のみ算定(重要) |
| 装着料・補管 | 1歯分として算定 | 補管も1歯分 |
この算定の最大のポイントは「歯CADは×2で算定するが、材料料(Ⅲ)は×1歯分だけ」という点です。補綴物は2つに見えても、1つのブロック材料から製作するため、材料は1歯分の算定になります。
つまり材料を2歯分で算定してしまうと過剰算定となり、個別指導や返戻の原因になります。
補管(クラウン・ブリッジ維持管理料)も1歯分です。ここは単独冠の場合と変わりません。
レセプト入力に際しては、傷病名部位を「右下66」のように1歯として入力し、「歯冠修復及び欠損補綴のその他」欄に点数・回数を別途記載する必要があります。システムによっては分割歯の表示にならない場合があるため、手動で「FMC FMC」を選択するなどの操作が必要なこともあります。
Dental E|レセプトナビ:ヘミセクションと歯根分割掻爬後の算定・入力方法の解説
CAD/CAM冠用材料(Ⅴ)は2023年12月の保険改定で導入された比較的新しい材料で、すべての大臼歯に条件なく使えることから広く普及しています。しかし、歯根分割後・分割抜歯後の歯への使用は明確に適応外とされています。
これは見落とされやすい落とし穴です。
なぜ材料(Ⅴ)が使えないのかという理由については、公式には「分割後の補綴に(Ⅲ)を使うよう規定されている」という通達の表現のみが示されています。臨床的な背景としては、分割後の歯は通常の大臼歯より咬合支持が限定的で、材料強度や接着の要件が異なる設計になっているためと解釈されています。
見落とした場合は次のような問題が起きます。
- ❌ 材料(Ⅴ)を使用して請求→返戻または減点
- ❌ 個別指導で「適応外材料の使用」として指摘される
- ❌ 追加の自費負担を患者に求めた場合は医療費のトラブルになる可能性もある
こうした事態を防ぐために、歯根分割・分割抜歯歴のある歯に補綴を行う場合は、カルテと口腔情報の両方で術式と保存根を確認してから材料を決定する手順を徹底することが重要です。
また、2024年の改定で新たに追加された規定は、しろぼんねっとや各保険医協会のQAページで随時疑義解釈が更新されています。定期的に確認することが算定ミスの予防につながります。
兵庫県保険医協会|CAD/CAM冠用材料(Ⅲ)を使用する場合の疑義解釈Q&A(2024年9月更新)
歯根分割後のCAD/CAM冠は「算定要件が複雑で誤りやすい」という特性から、個別指導での指摘事例が散見されます。実際の指摘傾向を把握しておくことで、事前に対策を立てることができます。
よく見られる指摘事例は次の通りです。
- 🔴 使用材料のロット番号・製品名のカルテへの未記載:CAD/CAM冠用材料(Ⅲ)(Ⅴ)を大臼歯に使用した場合、製品に付属のシール等をカルテに貼付することが義務です。これを怠ると必ず指摘されます。
- 🔴 内面処理加算の誤算定:アルミナ・サンドブラスト処理とシランカップリング処理を実施していないにも関わらず内面処理加算(45点)を算定しているケース。
- 🔴 補管の誤算定単位:歯根分割掻爬後の連結CAD/CAM冠に対して補管を2歯分で算定しているケース(正しくは1歯分)。
- 🔴 分割抜歯後の下顎大臼歯へのCAD/CAM冠算定:下顎大臼歯の分割抜歯後はCAD/CAM冠(単冠)は認められないにもかかわらず算定しているケース。
- 🔴 7番の咬合支持条件の確認不備:CAD/CAM冠用材料(Ⅲ)を使用する際に、対側の大臼歯による咬合支持の有無をカルテに記載していないケース。
対策として最も効果的なのは、術式ごとに算定チェックリストを作成して院内で共有することです。特に「歯根分割掻爬後」「分割抜歯後(上顎)」「分割抜歯後(下顎)」の3パターンを明確に分けて、それぞれの算定フローを確認できる書式を準備しておくと安心です。
レセプト上の記載漏れ対策としては、算定時に「歯冠修復及び欠損補綴のその他」欄に部位・点数・回数を正確に記入することが必須で、傷病名部位からも対象部位が特定できるよう病名入力を整理しておくことが重要です。
これらを一つの確認フローにまとめておくだけで、返戻件数は大幅に減らせます。
地方厚生局(東北)|保険診療と個別指導(歯科)第11回:分割抜歯後の補綴に関する指摘事例を含む公式資料