フェイスボウトランスファーを省略しても咬合器に模型を付けられるが、その場合の補綴調整量は省略しない場合より有意に増加し、治療時間のロスにつながる。
フェイスボウトランスファーの手順は、まずバイトフォークの準備から始まります。滅菌処理が済んだバイトフォークを用意し、その上面に咬合採得用材料(シリコーン系やコンパウンドなど)を薄く一層盛りつけます。このとき材料を盛りすぎると、バイトフォーク全体の重量が増してフェイスボウ装着中に位置がずれやすくなるため、「一層だけ」という点は臨床上の重要ポイントです。
バイトフォークの中心線が患者の正中と一致するように口腔内にセットし、上顎歯列の圧痕を付けます。材料が完全に硬化するまで患者さんには動かないよう指示し、硬化後に慎重に取り出します。圧痕のうち、咬頭頂部以外(小窩・裂溝や頬舌面など)はデザインナイフで軽くトリミングしておくと、後の咬合器マウント精度が上がります。これが基本です。
つぎにバイトフォークを再び口腔内に戻し、小臼歯部あたりにコットンロールを噛んでもらって固定します。コットンロールをはさむことで患者さんの咬みしめにより圧痕への余分な力がかかることを防ぎ、位置の安定に寄与します。フェイスボウとの接続前の段階でバイトフォークの固定がしっかりできているかを確認することが、全体の精度を担保する第一歩です。
| 準備するもの | 用途・注意点 |
|---|---|
| 滅菌済みバイトフォーク | 使用前に高圧蒸気滅菌(134℃・10分)を推奨 |
| 咬合採得用材料 | 薄く一層のみ盛る。盛りすぎ禁止 |
| コットンロール | バイトフォーク固定のために小臼歯部に使用 |
| デザインナイフ | 咬頭頂部以外の余剰部分のトリミングに使用 |
| ディスポーザブルイヤーピースキャップ | 使用のたびに交換・廃棄(感染管理上必須) |
感染管理の面では、イヤーピースキャップを毎回交換する運用が公式マニュアルでも明記されています。これは必須です。再利用は感染リスクを高めるだけでなく、外耳道への正確なポジショニングを妨げる原因にもなるため、ディスポーザブル品として徹底してください。
参考:SAM Anatomic Facebow(ATB390K)の公式取扱説明書。バイトフォーク準備から咬合器マウントまでの全手順と注意事項が詳細に解説されています。
FACEBOW TRANSFER MANUAL(JM Ortho公式)
バイトフォークをセットしたら、次はフェイスボウ本体の装着に進みます。ここが手順全体の中でもっとも誤差が生じやすいステップです。患者さん自身に親指と人差し指でイヤーピース近くの部分を保持してもらい、左右のイヤーピースを外耳道へ慎重に挿入してもらいます。「患者さん自身が挿入する」という点は、術者が外部から押し込むより外耳道の形状に自然に沿いやすいという臨床的な理由があります。
イヤーピースが適切にセットされたら、患者さんにイヤーピースを「前上方に押し上げながら耳道の内方向に押す」動作を行ってもらいます。この動作により外耳道との密着度が上がり、後方基準点としての再現性が高まります。セット後にフェイスボウ前方下のスクリューを締めてアームを固定します。
フェイスボウには大きく2つのタイプがあります。一つは後方基準点を「平均的顆頭点(耳珠後縁から13mm前方)」とするフェイシャルタイプ、もう一つは後方基準点を「外耳孔」とするイヤーピースタイプです。前方基準点には「眼窩下点」もしくは「鼻翼外側下縁点」が使われます。眼窩下点を用いた場合は上顎模型がフランクフルト平面(FH平面)基準でマウントされ、鼻翼外側下縁点を用いた場合はカンペル平面(補綴学的平面)基準でのマウントになります。この平面選択は咬合器の種類・臨床目的によって変わります。
フェイスボウが装着できたら、術者は両瞳孔線とナジオンリレーターのガイドが平行になっているかを確認します。同時にフェイスボウの上面が眼窩下縁と平行かも必ずチェックしてください。左右の眼窩下縁の高さに差がある場合は左眼を基準にするのが原則です。確認が取れたらナジオンリレーターをナジオンに当て、スクリューをしっかり固定します。患者さんに手を放してもらい、フェイスボウが上下に動かないことを最終確認してから「上顎位採得完了」となります。
参考:フェイスボウの種類・国試での出題傾向・臨床運用まで体系的に解説。
歯科器材オールガイド#009 フェイスボウ(DenSuta)
上顎位の採得が完了したら、次は咬合器へのマウントに移ります。フェイスボウを取り外す際には、ナジオンリレーターのスクリューを緩め、前方アームのスクリューを緩めた後、患者さんにアームを自ら広げてもらいます。そして術者はフェイスボウを「斜め下方向」に引くようにして口腔内から取り外します。重要なのは、取り外し後もトランスファーフォークアッセンブリーのジョイント部スクリューとバイトフォークとの接続スクリューには一切触れないことです。マウントが完了するまでこれらのスクリューを緩めると、採得した上顎位の情報が失われてしまいます。
咬合器には専用のトランスファースタンドを取り付けます。SAMシステムを例にとると、咬合器の下顎弓からインサイザルピンを取り外し、その箇所にトランスファースタンドを差し込んで固定します。次にトランスファーフォークアッセンブリーをスタンドにしっかり奥まで差し込みます。つまり、咬合器側とフェイスボウ側の接続精度がマウント全体の再現性を決定します。
模型の重みでバイトフォーク上の位置が沈んでしまう場合があります。その場合はテレスコープキャストサポート(ATB336)などの補助器具を活用することで、石膏硬化中の沈み込みによる誤差を防ぐことができます。これは使えそうです。
下顎模型のマウントはトランスファースタンドを取り外した後、インサイザルピンを付け直し、バイトの厚みを考慮して1〜2目盛りピンを上げてから実施します。上下顎模型弓を反転させ、チェックバイト(中心位記録)を噛ませた状態で下顎模型を固定し、上顎と同様に石膏を盛ってマウントします。
参考:フェイスボウトランスファーの効果と、実施しない場合の早期接触リスクについて詳しく説明しています。
フェイスボウトランスファー(加藤歯科医院)
フェイスボウトランスファーを省略して咬合器に模型を装着した場合、何が起きるのでしょうか?結論から言えば、下顎の運動軸と咬合器の開閉口軸が一致しなくなり、閉口路に誤差が生じます。
咬合器上では一見適切な咬合関係が設定されているように見えても、実際の開閉口路とは異なるため、口腔内でセットした際に早期接触が生じます。この早期接触は患者の咬合感覚の違和感につながるだけでなく、補綴装置の咬合調整量を増加させ、咬合面形態にも悪影響を与えます。厳しいところですね。
特に複数歯にわたる広範な補綴治療や、全顎咬合再構築を行うケースでは、このズレの影響が顕著になります。たとえばアンテリアガイダンスの設定が不正確になったり、バルクウィル角やボンウィル三角の再現が不完全になったりすることで、完成した補綴物のチェアタイムでの調整が大幅に増加します。臨床報告でも「フェイスボウトランスファーを行った場合と行わない場合では補綴装置の口腔内調整量に有意な差がある」とされており、精度の担保はチェアタイムの削減に直結します。
| フェイスボウトランスファー | あり | なし |
|---|---|---|
| 咬合器上の開閉口軸 | 患者の実際の運動軸と一致 | 不一致(誤差が生じる) |
| 口腔内での早期接触 | 最小化・予防できる | 発生リスクが高い |
| 補綴物の咬合調整量 | 少ない | 増加する |
| 咬合面形態への影響 | 設計通り再現 | 設計から逸脱しやすい |
| アンテリアガイダンスの再現 | 正確 | 不正確になりやすい |
特に矯正治療開始前の診断や、インプラント上部構造の設計、全部床義歯の製作においては、フェイスボウトランスファーが咬合の三次元的な再現精度を決定する根拠となっています。保険診療内では使用されないケースが多いのが現状ですが、自費の精密補綴・咬合治療においては不可欠な手順と位置づけられています。フェイスボウは自費診療の技術価値を高めるツールとして、積極的に活用を検討する価値があります。
参考:フェイスボウトランスファーの必要性と、咬合器付着の検証に関する学術的背景を解説しています。
下顎運動と咬合器(日本補綴歯科学会)
近年、フェイスボウトランスファーは従来のアナログ操作だけにとどまらず、デジタルワークフローとの統合が進んでいます。口腔内スキャナー(IOS)で取得した光学印象データを半調節性咬合器にフェイスボウトランスファーで付着し、さらにCAD/CAMシステムで補綴物を設計するというフローは、現在の精密補綴臨床において標準的になりつつあります。
さらに2025年には「バーチャル・フェイスボウトランスファー」の精度検証に関する研究発表が行われており、AxioprisaとSAM咬合器マウント・CT-RayFusionの比較など、デジタル統合環境での検証が進んでいます。これは意外ですね。デジタル技術を用いることで、「診療後に計測の誤差や手技的問題点に気づいてもフェイスボウトランスファーや咬合器装着をやり直すのは容易ではなかった」という従来の課題を解決できる可能性が示されています。
デジタルフェイスボウトランスファーへの移行を検討する際には、使用する咬合器システムとCADソフトの互換性が重要な選定条件になります。たとえばSAMシステムであれば、ATB397(FRP製・軽量)またはATB398(アルミ合金製・高精度)のどちらのトランスファースタンドを選ぶかで精度と取り扱い性が変わります。咬合器のモデルごとに推奨されるスタンドが異なるため、自院の機材との組み合わせを事前に確認することが基本です。
アナログとデジタルの統合フローは、フェイスボウトランスファーの基本的な手順理解があってこそ正しく運用できます。デジタルに移行する場合でも、従来の手順で培った「基準点の意味」「平面の選択理由」「スクリューを触るべきタイミング」という知識は、エラーの発見と対処に直接役立ちます。
参考:デジタルを用いたバーチャルフェイスボウトランスファーの精度検証に関する最新の学術発表の概要が確認できます。
日本臨床歯科CADCAM学会 第20回学術大会抄録集(2025年)
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Dr.懸田の 『誰にでもわかる咬合学シリーズ』咬合の基礎とフェイスボウトランスファーの実際[歯科 DE144-S 全1巻]