投与が終わってからも、半年後に重篤な副作用で歯科処置が中断になる患者がいます。
デュルバルマブ(商品名:イミフィンジ)は、アストラゼネカが製造する抗PD-L1モノクローナル抗体であり、免疫チェックポイント阻害薬(ICI)の一種です。PD-L1というタンパク質に結合することで、がん細胞が免疫細胞の攻撃から逃れるブレーキを解除し、T細胞ががん細胞を攻撃できる状態を維持させます。
2026年1月時点の添付文書(第10版)によると、現在の主な適応疾患は、非小細胞肺癌・小細胞肺癌・胆道癌・肝細胞癌・子宮体癌・膀胱癌などに及んでいます。つまり、歯科を受診するがん患者のなかに、デュルバルマブ投与中または投与歴のある方が一定数いるということです。
歯科従事者にとって重要なのは「なぜこの薬剤の知識が必要か」という点です。デュルバルマブは、従来の細胞傷害性抗がん剤とまったく異なる副作用プロファイルを持ちます。従来薬が骨髄抑制・口腔粘膜への直接的な細胞毒性を主な問題としていたのに対し、デュルバルマブは免疫の過剰反応を全身のあらゆる臓器で引き起こす可能性があります。
実は口腔領域もその対象です。添付文書には、頻度不明の副作用として「歯周病(歯肉炎・歯周炎・歯感染)」「口腔感染」が記載されています。これは歯科従事者が見落としてはならない情報です。
投与量は成人1回1500mg(体重30kg以下は20mg/kg)を60分以上かけて点滴静注する方法が標準的であり、病態により3〜4週間隔で繰り返されます。投与期間は疾患によって最長12〜24ヵ月に及びます。これほど長い投与期間を伴う薬剤であるため、歯科治療の機会と重なる可能性が非常に高くなります。
参考リンク:最新の添付文書(イミフィンジ、2026年1月改訂第10版)を確認できる公式データベース
KEGG MEDICUS:イミフィンジ添付文書情報(2026年1月改訂)
デュルバルマブによる副作用の最大の特徴は「発現時期が予測しにくい」点にあります。これが他の薬剤と決定的に異なるところです。
まず副作用の大枠として「免疫関連有害事象(irAE)」という概念を理解する必要があります。免疫のブレーキを外す薬剤であるため、本来自分自身を攻撃しないようにしている免疫細胞が、誤って正常な組織を攻撃してしまうのがirAEです。この「誤攻撃」がいつ・どこで起きるかは、患者個人の免疫状態によって大きく異なります。
副作用の発現時期は大きく3段階に分類できます。
| 発現時期の区分 | おおよその目安 | 主な副作用の種類 |
|---|---|---|
| 早期(比較的速やかに現れる) | 投与後2〜8週間以内 | 皮膚障害(発疹・掻痒)、下痢・大腸炎、肝機能障害、Infusion reaction(投与24時間以内) |
| 中期(数ヵ月かけて現れる) | 投与後4〜12週間、数ヵ月 | 間質性肺疾患(放射線肺臓炎含む)、甲状腺機能障害、腎機能障害 |
| 遅発性(かなり遅れて現れる) | 6ヵ月以降〜投与終了後2年超 | 1型糖尿病、神経障害(重症筋無力症・脳炎)、副腎機能不全、口腔顔面神経障害 |
特に重要なのが遅発性の副作用です。国立がん研究センター中央病院の報告によると、デュルバルマブを含むICI投与終了後から遅発性irAEが現れるまでの期間の中央値は約6ヵ月とされています。さらに、高崎総合医療センターの連携だよりでは「薬によっては投与終了後2年経過してからirAEを認めるケースもある」と明記されています。
これは非常に重大な意味を持ちます。患者が「もう薬は終わりました」と言っても、安心はできないということです。
Infusion reaction(輸液反応)については特別な注意が必要です。これは点滴投与中または投与24時間以内という非常に短い時期に、発熱・悪寒・ふるえ・発疹・呼吸困難などが現れるもので、Grade1〜2では投与速度の減速で対応、Grade3〜4では投与中止となります。初回投与時に最も起こりやすいとされており、患者が受診当日に点滴を受けてくることがある場合には、その当日は侵襲的な歯科処置を避ける配慮が望まれます。
irAEの発現頻度は個人差が大きく、発現時期も人によってまったく異なります。これが条件です。「○週目に何が出やすい」という目安はあっても、必ずその通りになるとは限りません。
参考リンク:免疫チェックポイント阻害剤の副作用全般と発現時期について詳しく解説
免疫チェックポイント阻害剤の副作用とは?発現時期や対処法(がんメディ)
歯科従事者として特に把握すべきなのが、口腔・口腔顔面領域に現れるirAEです。意外に思われるかもしれませんが、免疫チェックポイント阻害薬の単独療法を受けた患者の約10%に口腔顔面部のirAEが発生することが、2025年9月にOral Surgery誌に発表された大規模実世界データ研究で明らかにされています。
口腔顔面部irAEの内訳は以下のようなものです。
注意すべき点は、従来の細胞傷害性抗がん剤による口腔粘膜炎が「投与後2〜10日で発症し2〜3週間で軽快する」という明確なパターンを持つのに対し、ICIによる口腔粘膜障害は発現時期が「治療中のいつでも、そして終了後も」起こりうるという点です。
デュルバルマブの添付文書(KEGG MEDICUS)には、頻度1%未満の副作用として「口腔カンジダ」、頻度不明として「歯周病(歯肉炎・歯周炎・歯感染)、口腔感染」が記載されています。これらは、免疫が活性化されるはずの薬剤を使っているにもかかわらず、免疫調節の乱れによって口腔内の感染防御が不安定になることで起きると考えられています。
歯科従事者として実践的に覚えておきたいのは次の2点です。まず、患者の問診で抗がん剤使用歴を確認する際、「免疫チェックポイント阻害薬(イミフィンジ、オプジーボ、キイトルーダなど)を使用中または使用歴がありますか?」という確認を習慣にすることが重要です。次に、治療が「終わった」と言われた患者でも、終了後6ヵ月〜2年間は遅発性irAEのリスクが続く事実を念頭に置いた対応が求められます。
口腔衛生状態を良好に維持することで歯性感染源に起因する局所・全身感染リスクを低減できるというエビデンスが示されており、ICI治療患者への口腔ケア介入は非常に意義が大きいです。これは使えそうです。
参考リンク:ICI患者の口腔irAEに関する最新研究報告(10%に口腔顔面部有害事象)
免疫チェックポイント阻害薬単独療法、口腔顔面部の有害事象が10%に発生(ケアネット、2025年10月)
デュルバルマブの添付文書(第10版)に記載されている重大な副作用は、以下の10項目です。間質性肺疾患、大腸炎・重度の下痢、甲状腺機能障害、副腎機能障害、下垂体機能障害、1型糖尿病、肝機能障害・肝炎、腎障害、筋炎・横紋筋融解症、Infusion reaction。これらはそれぞれ発現しやすい時期が異なります。
間質性肺疾患は中期(投与後数ヵ月以内)に多く、息切れ・乾性咳嗽・呼吸困難が初期サインです。これは患者が息切れを訴えて歯科を受診した際、デュルバルマブ投与歴があれば一般的な心肺機能の問題と見誤らないよう、主治医への確認が必要です。
内分泌障害(甲状腺機能障害・副腎機能不全・下垂体機能低下症)は中期から遅発性にかけて現れます。甲状腺機能異常は約15%と高頻度で、倦怠感・体重変動・動悸が主な症状です。患者が「最近だるい」「体重が急に変わった」と訴えた場合、ICI投与歴を確認することが重要です。
1型糖尿病は遅発性に現れやすく、口渇・頻尿・急激な血糖上昇が特徴です。歯科の処置中に全身状態が急変した場合には、こうした内分泌irAEを念頭に置くべきです。
神経系irAEには重症筋無力症・脳炎・ギラン・バレー症候群などがあり、いずれも遅発性に生じやすく、症状は眼瞼下垂・嚥下困難・手足のしびれなど多彩です。重症筋無力症は嚥下障害を引き起こすため、義歯調整や口腔機能管理を行う際に気づくべき所見となりえます。
| 重大副作用 | 発現しやすい時期 | 歯科での注意点 |
|---|---|---|
| 間質性肺疾患 | 数週間〜数ヵ月(中期) | 息切れ・呼吸困難がある患者の処置体位・鎮静に注意 |
| 甲状腺機能障害 | 数週間〜数ヵ月 | 頻脈・体重急変など全身状態の変化に注意 |
| 副腎機能不全 | 遅発性(6ヵ月以降も) | ストレスによるアジソンクリーゼのリスクあり、侵襲的処置に際し主治医連携が必要 |
| 1型糖尿病 | 遅発性 | 血糖コントロール不良の患者では創傷治癒遅延や感染リスクが上昇 |
| 重症筋無力症 | 遅発性 | 嚥下困難・開口障害に影響する可能性あり |
副腎機能不全は特にリスクが高い副作用のひとつです。副腎皮質ホルモンの分泌が低下している状態で外科的処置などのストレスが加わると、副腎クリーゼという生命に関わる状態に至ることがあります。デュルバルマブ投与歴のある患者に抜歯や歯周外科を行う際は、主治医に副腎機能の確認をしてから処置することが原則です。
主治医への確認が条件です。
参考リンク:irAEの分類と各臓器への対応についての医療者向け詳細資料
国立がん研究センター中央病院:薬薬連携研修会 irAE発現時期と遅発性リスク
歯科従事者が最も見落としやすい盲点が、投与終了後の遅発性irAEです。
「抗がん剤はもう終わりました」という患者の言葉を聞いて安心する方もいますが、デュルバルマブのような免疫チェックポイント阻害薬は、投与を止めた後も免疫活性化状態が長期間続くという特性を持っています。これはメリット(抗腫瘍効果の持続)でもある一方、irAEという形のデメリットとして現れる場合があります。
ICI投与終了後から遅発性irAEが発現するまでの期間の中央値は6ヵ月というデータがあります(J Immunother Cancer. 2019;7:165)。しかし高崎総合医療センターの資料にも示されているように、2年経過後に初めてirAEが認められたケースも存在します。つまり、「治療終了から2年以上経っているからといって安全とは言い切れない」のです。
これを踏まえると、歯科の問診票の「現在服用中のお薬はありますか?」という質問だけでは不十分です。「過去に免疫療法(チェックポイント阻害薬)を受けたことがありますか?」という質問を別途設けることが、歯科における安全管理の観点から非常に有効です。
遅発性irAEで歯科診療に実質的な影響を与える可能性が高いのは、内分泌障害(副腎機能不全・甲状腺機能障害)、神経障害、口腔乾燥症、免疫機能の変動に伴う口腔感染リスクの変化などです。
口腔乾燥症(ドライマウス)が遅発性irAEとして現れた場合、唾液分泌が著しく低下しているために歯周炎・口腔カンジダ症・う蝕の急速な進行が起きやすくなります。これは見落とすと患者に大きなデメリットをもたらします。問診や口腔内観察でドライマウスの徴候(粘膜の光沢消失・舌乳頭萎縮・口角炎)に気づいた際は、ICI投与歴を確認する契機にしてください。
また、投与終了後の患者に侵襲的な処置(抜歯・インプラント・歯周外科)を行う場合には、主治医・担当腫瘍内科医への事前確認が欠かせません。「投与終了後○ヵ月で副腎機能は回復しているか」「現在の骨髄機能・凝固機能に問題はないか」を確認したうえで処置に臨むことが、患者と術者の双方を守ることになります。
参考リンク:ICI治療終了後の遅発性irAEについての解説(薬薬連携の観点からの詳細資料)
国立がん研究センター中央病院:ICI終了後の遅発性irAE発現期間(中央値6ヵ月)のデータ
ここまで紹介した知識をどう歯科臨床に活かすか、という実践的な視点を整理します。
がん薬物療法を受ける患者への口腔管理については、日本歯科衛生士会・歯科医師会も推進しています。しかしデュルバルマブに特有の「時期の多様性」という問題を意識した歯科対応フローは、現場でまだ十分に整備されていないのが実情です。
歯科として押さえるべき対応は、以下の3段階で考えるとわかりやすいです。
処置当日の注意も必要です。
デュルバルマブ投与日(点滴の当日)またはその翌日は、Infusion reactionが出る可能性が最も高い時期です。そのため、投与日の前後24時間以内に侵襲的処置を行うことは望ましくありません。「次回の点滴はいつですか?」という質問を問診に加えることで、処置日程の調整に活かすことができます。
口腔粘膜の状態を毎回確認することも重要です。白板・紅斑・潰瘍・出血傾向・乾燥・口腔カンジダ様所見など、通常の歯科処置で確認できる口腔内変化をていねいに記録します。特に口腔乾燥症・口腔粘膜炎・歯肉炎の変化は、irAEの兆候である可能性を念頭に置いてください。
現状の問診票で「使用中の薬」しか確認していない場合は、「過去6ヵ月以内・2年以内のがん治療歴」まで範囲を広げる改訂を検討することが実用的な一手です。問診票の見直しが、リスク管理の第一歩です。
高崎総合医療センターではirAE対策チームに「歯科口腔外科医長」が参画しており、口腔内疾患担当として位置づけられています。これは歯科が全身のirAE管理チームの一員として機能できることを示す好例であり、今後の地域医療連携における歯科の役割の広がりを示しています。
参考リンク:がんを患う患者の口腔ケアについて、日本歯科衛生士会が作成した参考資料
日本歯科衛生士会:すべてのがん患者さんに適切な口腔管理を(2025年12月)
Please continue. Now I have sufficient research data to write the article.