紡錘細胞癌が肺に発生しても、歯科とは全くの別世界だと思っていませんか?
歯科情報
「紡錘細胞癌(Spindle cell carcinoma)」という名称を耳にしたとき、肉腫と癌が混在したような奇妙な腫瘍を想像する方も多いでしょう。実際のところ、この腫瘍は見た目が肉腫に似た紡錘形細胞のみで構成されながらも、本質は上皮由来の悪性腫瘍です。
肺における紡錘細胞癌はWHO第5版(2021年)の胸部腫瘍分類において、肉腫様癌(Sarcomatoid carcinoma)のサブタイプとして正式に位置づけられています。肉腫様癌には多形癌・巨細胞癌・紡錘細胞癌・癌肉腫・肺芽腫の5種類が含まれ、原発性肺癌全体の約1.4%を占める希少グループです。
そのなかでも紡錘細胞癌は特に頻度が低く、原発性肺癌の約0.2%程度とされています(肺癌学会誌, 2021)。これは肺がん患者を1,000人診たとき、2人前後しかいない計算です。まさに希少疾患のカテゴリーに入ります。
組織学的には「紡錘形の腫瘍細胞のみからなる腫瘍」と定義されています。免疫組織化学染色では、上皮性マーカーであるサイトケラチン(AE1/AE3など)が陽性となることで、肉腫や中皮腫との鑑別がなされます。見た目は肉腫そっくりでも、ケラチン陽性という点が「癌である」証拠となるわけです。つまり見た目と本質は違うということですね。
| サブタイプ | 主な特徴 | 頻度(全肺癌中) |
|---|---|---|
| 多形癌 | 紡錘細胞・巨細胞を含む非小細胞癌 | 約0.3% |
| 紡錘細胞癌 | 紡錘形細胞のみからなる癌 | 約0.2% |
| 巨細胞癌 | 多核巨細胞のみからなる癌 | 稀 |
| 癌肉腫 | 癌成分+肉腫様成分(異所性組織含む) | 約0.1% |
| 肺芽腫 | 胎児性腺癌成分+原始間葉系成分 | 約0.2〜0.5% |
なお、千葉大学の肉腫様癌スペクトラムに関する資料では、紡錘細胞癌は肺以外にも「上気道・食道・乳腺・胆嚢・膀胱」などで報告されており、扁平上皮癌だけでなく腺癌に紡錘形細胞が混在するケースも多いと指摘されています。肺だけの問題ではないということです。
参考:肉腫様形態を含む肺腫瘍のスペクトラムに関する千葉大学の詳細解説(肉腫様癌の分類・免疫組織化学・遺伝子変異情報を含む)
千葉大学 肉腫様形態を含む肺腫瘍のスペクトラム
肺の紡錘細胞癌には、臨床的に際立った特徴があります。まず発症年齢は31〜70歳(中央値57歳)と比較的幅広く、2025年の症例報告では65歳男性への報告も確認されています。重要なのは、報告された症例の全例に喫煙との関連が認められたという事実です(宮崎県立延岡病院、2025)。
喫煙は肺癌全般のリスク因子ですが、紡錘細胞癌においては特に強い関連性が示唆されています。喫煙は肺癌全体のリスクを男性で約4.4倍、女性で約2.8倍に高めますが(国立がん研究センター)、肉腫様癌グループではその傾向がさらに顕著です。喫煙歴は要注意です。
症状として特徴的なものはなく、胸痛・咳・呼吸困難・背部痛などが初期症状となります。発見時にはすでに進行している場合が多く、骨転移(溶骨性変化)・肝転移・胸膜転移を伴う症例も報告されています。
腫瘍の増大スピードは想像以上です。ある症例では治療開始までの約3週間で腫瘍が3.2cmから5.6cmまで拡大したと報告されています(宮崎県立延岡病院、2025)。3週間で腫瘍が倍近くなるイメージです。
歯科従事者の視点からは、患者の全身既往歴・喫煙歴の確認が治療計画上重要であることが改めて示されます。癌化学療法や免疫療法を受けている患者の口腔管理において、その治療背景にこうした希少癌が含まれている可能性があることを念頭に置く必要があります。
参考:日本国立がん研究センターによる喫煙と肺がんの関係性に関する疫学情報(リスク倍率・予防法の解説)
肺がん 予防・検診 - がん情報サービス(国立がん研究センター)
紡錘細胞癌の診断で最も難しいのは、「肉腫か癌か」の鑑別です。光学顕微鏡だけでは肉腫様の形態を示すため、病理医でも診断に苦慮するケースがあります(東京歯科大学報告)。難しいのは当然です。
現在の診断では免疫組織化学(IHC)が不可欠で、主に以下のマーカーが使用されます。
千葉大学の資料によれば、紡錘細胞癌(多形癌)においてはケラチンとビメンチンの「共発現」パターンが見られ、腫瘍内の部位によって異なる染色パターンを示すことが報告されています。これは腫瘍の上皮→間葉転換(EMT)を示唆するものとして注目されています。
歯科従事者との関連で重要なのは、口腔領域にも全く同一の組織型・病名で紡錘細胞癌が発生するという点です。 上顎歯肉・口底・舌・下顎骨中心性など、口腔のあらゆる部位への発生報告があります(日本口腔外科学会誌)。東京歯科大学の症例報告では、口腔領域の紡錘細胞癌は扁平上皮癌成分を目立たない形で内包し、診断に苦慮したと記載されています。
口腔の紡錘細胞癌も予後は非常に不良で、88歳女性の上顎歯肉症例では術後8週間で急速に転移・増悪し死亡した報告があります。また、術後2週間で両側頸部リンパ節転移が発見されるという急激な進行も報告されています(日本口腔外科学会誌, 2003)。これは決して見逃せない速度です。
口腔紡錘細胞癌の遠隔転移先として多いのが肺です(口腔癌診療ガイドライン2019年版より)。口腔から肺、あるいは肺から口腔という連続性を理解することが、歯科従事者にとって重要な視点となります。
参考:日本口腔外科学会誌に掲載された上顎歯肉発生紡錘細胞癌の症例報告(診断・治療経過の詳細)
肺の紡錘細胞癌を含む肉腫様癌グループは、一般的な非小細胞肺癌に比べてはるかに予後不良です。これが基本です。
プラチナ製剤を中心とした従来の化学療法(一次治療)を実施した場合、進行・再発肺肉腫様癌の無増悪生存期間(PFS)の中央値はわずか2.0ヶ月、全生存期間(OS)の中央値は6.3ヶ月という報告があります(Vieira T, et al., 2013)。一般的な肺腺癌の5年生存率が40%以上であることを考えると、非常に厳しい数字です。
では外科的切除はどうでしょうか? 千葉大学の文献では、多形癌(紡錘細胞癌を含む)の5年生存率は約12%と報告されています。手術で取り除いても再発リスクは高く、完全切除から5ヶ月後に再発死亡した紡錘細胞癌の事例も報告されています。手術だけでは不十分ということです。
| 治療法 | PFS中央値 | OS中央値 / 5年生存率 |
|---|---|---|
| プラチナ系化学療法(一次治療) | 約2.0ヶ月 | 約6.3ヶ月 |
| 外科的切除(多形癌含む) | — | 5年生存率 約12% |
| ペムブロリズマブ(免疫療法)※後述 | 15.2ヶ月 | ORR 68.2%(奏効率) |
予後不良の大きな理由の一つは、診断が遅れやすいことにあります。画像検査で「肉腫のようにも見える」ために診断が難渋し、確定に至るまでに時間がかかる場合があります。また、気管支鏡生検では採取量が限られるため、腫瘍全体の組織型評価が困難な場合もあります。
歯科従事者が直接治療に関わることはなくても、化学療法・免疫療法を受ける患者の口腔管理において、患者の全身状態や治療背景への理解は欠かせません。この疾患の厳しい予後を知ることは、患者への共感と適切な配慮に直結します。
予後不良とされてきた肺の紡錘細胞癌に、ここ数年で新たな光が差し込んでいます。それが免疫チェックポイント阻害薬(ICI)とMET阻害薬の登場です。
まず注目されるのがPD-L1発現率の高さです。肺肉腫様癌(紡錘細胞癌含む)では、PD-L1発現率50%以上の症例が73〜77%に達するという報告があります(academia.carenet.com, 2025年7月)。PD-L1高発現は免疫チェックポイント阻害薬の効果予測因子であり、この数値は他の肺癌組織型を大きく上回ります。これは使えそうです。
ペムブロリズマブ(キイトルーダ®)による第II相試験(NCCH1603/NCCH1703)では、進行・再発肺肉腫様癌に対してPFS中央値15.2ヶ月、奏効率(ORR)68.2%という非常に良好な成績が報告されています(Annals of Oncology, 2021)。肺癌学会誌(2021年)に掲載された2症例報告では、ペムブロリズマブが奏効し長期生存(29コース以上継続、画像上ほぼ完全寛解)を達成した事例も報告されています。
次に重要なのがMET exon 14 skipping変異です。非小細胞肺癌全体での陽性率が3〜4%であるのに対して、肺肉腫様癌では約22%という高頻度で認められるとの報告があります(Liu X, et al., 2016)。一般的な非小細胞肺癌の5倍以上の頻度です。
2025年に宮崎県立延岡病院から報告された症例では、MET exon14 skipping陽性かつ紡錘細胞癌成分を含む65歳男性患者に対してカプマチニブを投与したところ、6ヶ月後に腫瘍が70%縮小し、8ヶ月後も治療効果が継続したと報告されています(肺癌, 2025年8月号)。
つまり治療戦略の鍵は、病理診断と同時に遺伝子プロファイリング(MET exon14 skipping変異・PD-L1発現率など)を実施することです。現在では「オンコマイン Dx Target Test」などのマルチプレックス遺伝子変異診断が活用されています。遺伝子検査が治療を変えます。
歯科従事者にとっての実践的な知識として、免疫チェックポイント阻害薬を使用する患者では免疫関連有害事象(irAE)として口腔内炎症・粘膜炎・唾液腺障害などが生じる可能性があります。口腔管理の場で患者から「キイトルーダを打っている」と聞いた際には、こうした治療背景を念頭に置いたケアが必要となります。
参考:ペムブロリズマブが奏効した肺紡錘細胞癌の2症例(J-Stage、肺癌学会誌2021年)
参考:カプマチニブが奏効した紡錘細胞癌を含むMET exon14 skipping陽性肺癌の最新症例報告(2025年)