義歯と一体で作った顎補綴の印象採得を、M025単独の点数だけで算定すると請求額が数百点単位で減る。
顎補綴(M025)は、正式には「口蓋補綴、顎補綴(1顎につき)」として歯科診療報酬点数表に定められた区分です。腫瘍や顎骨嚢胞などによる顎骨切除、または口蓋裂等による口蓋・顎骨の欠損がある患者に対して、咀嚼・嚥下・構音機能の回復を目的に補綴装置を製作した場合に算定できます。
算定の対象となる装置は、点数表の通知で次の5種類(イ〜ホ)に明示されています。
- イ:腫瘍・顎骨嚢胞等の顎骨切除に対する口蓋補綴装置または顎補綴装置
- ロ:オクルーザルランプを付与した口腔内装置
- ハ:発音補整装置(スピーチエイドなど)
- ニ:発音補助装置(舌切除後の発音障害に対するもの)
- ホ:ホッツ床(顎・口蓋裂形成手術を実施する患者向けの哺乳床)
この区分が原則として対象にするのは、がんや先天疾患など重篤な背景を持つ患者です。
重要なのは、レセプト請求時にこれらイ〜ホのどれに該当するかを診療報酬明細書(レセプト)の摘要欄に必ず記載する義務がある点です(通知第12項)。記載がないと審査で確認が入り、最悪の場合は査定対象になります。これが条件です。
参考:M025 口蓋補綴、顎補綴 点数・通知の詳細
しろぼんねっと|M025 口蓋補綴、顎補綴(1顎につき)令和6年度点数表
M025の点数は2段階に分かれています。「1 印象採得が困難なもの」が1,500点、「2 印象採得が著しく困難なもの」が4,000点です。この差は約2,500点、患者負担に換算すると3割負担で750円程度の差になります。
つまり2,500点の差です。
「著しく困難なもの」に該当するのは、次の4条件のいずれかを満たす場合と定められています。
- 硬口蓋歯槽部の欠損範囲が半側を超える場合
- 軟口蓋部の欠損が認められる場合
- 歯槽骨を超える下顎骨の辺縁切除を伴い、皮弁形成が行われているか、または下顎骨の区域切除以上の欠損が認められる場合
- 正中部における切歯間距離(または顎堤間距離)が30mm未満の開口量である場合
この最後の「開口量30mm未満」という基準は見落とされやすいポイントです。30mmというのは、指を横に2本重ねた幅よりやや狭い開口量で、成人の平均的な最大開口量(約40〜50mm)と比べると明らかに制限されている状態です。
開口障害を合併している症例で、ついつい「困難なもの(1,500点)」で処理してしまうケースは実際に発生しています。厳密な開口量の計測と記録がなければ、後から「著しく困難」の根拠を示せなくなります。これは使えそうです。
また、発音補助装置(ニ)やオクルーザルランプを付与した口腔内装置(ロ)は、区分に関わらず「1 印象採得が困難なもの(1,500点)」で算定する決まりになっています。高い方で算定できると誤解している場面もありますが、「著しく困難」への変更はできない点を覚えておけばOKです。
顎補綴を有床義歯(M018)や熱可塑性樹脂有床義歯(M019)と一体として新製する場合、算定の手順が複雑になります。ここで最も多いミスが「印象採得の合算算定を知らずに、M025の点数だけで請求してしまう」パターンです。
正しいルールは次のとおりです。
| 行為 | 算定区分 |
|---|---|
| 印象採得 | M025の点数+有床義歯(M018等)の印象採得点数を合算した点数で算定 |
| 咬合採得 | 有床義歯に係る区分で算定 |
| 装着 | M025本区分(口蓋補綴・顎補綴の区分)で算定 |
つまり、一体新製の場合でも印象採得は必ず合算規定を適用しなければなりません。M025の装置点数(1,500点または4,000点)だけを算定していると、本来受け取れる点数を取り損ねることになります。
なお例外があります。「1 印象採得が困難なもの」に該当する装置と総義歯を一体製作した場合の装着料については、M005(装着)の「2のロの(3) 総義歯」で算定して差し支えないとされています。通常のM025区分での装着とは異なる扱いが認められているため、症例に応じた確認が必要です。
旧義歯を修理・調整して製作した場合、または義歯を伴わない場合は、M025の製作に係る所定点数のみを算定する形になります。これが原則です。
参考:義歯と一体で新製する場合の算定手順(厚生労働省通知)
厚生労働省|診療報酬の算定方法の一部改正に伴う実施上の留意事項(歯科)M025関連
実際のレセプト審査や保険指導の現場では、M025に関連して繰り返し指摘されるミスがあります。4つに絞って整理します。厳しいところですね。
❶ 摘要欄にイ〜ホの記載がない
もっとも多い漏れです。M025を算定する際は、製作した装置がイ(顎骨切除に対する口蓋補綴・顎補綴装置)からホ(ホッツ床)のどれに該当するかを必ずレセプトの摘要欄に記載しなければなりません。記載がないだけで査定されるリスクがあります。算定前のチェックリストに「摘要欄記載」を加えることが確実な対策です。
❷ 広範囲顎骨支持型補綴(M025-2)との併算定
M025とM025-2は同一患者に対して同時に算定できません。点数表の通知にも「区分番号M025-2に掲げる広範囲顎骨支持型補綴は、別に算定できない」と明記されています。広範囲顎骨支持型補綴(保険適用インプラント)を行うケースでは、どちらの区分で請求するかを治療計画段階で明確にする必要があります。
❸ ホッツ床の3回超算定
ホッツ床(ホ)は、同一患者に対して3回を限度として算定できます。また、ホッツ床においては印象採得・材料・装着等の費用は所定点数に含まれるため、別途算定することはできません。4回目以降の請求や、印象採得を別建てで算定してしまうと査定されます。3回が条件です。
❹ 装置調整・修理の区分誤り
M025で算定した装置の調整は「歯科口腔リハビリテーション料1(H001-2)の『3 その他の場合』」、修理は「有床義歯修理(M029)」でそれぞれ1回につき算定します。別の区分を誤って使ってしまうと、不適切算定として指摘される原因になります。
参考:算定誤りの多い事例集(歯科)
歯科保険委員会|算定誤りの多い事例集(PDFで実務的な事例を多数収録)
顎補綴に関連してよく混同されるのが、術後即時顎補綴装置(I017-1-4)です。これはM025とは別の区分に位置します。意外ですね。
術後即時顎補綴装置とは、腫瘍や顎骨嚢胞による顎骨切除が予定されている患者に対して、術後早期の構音・咀嚼・嚥下機能の回復を目的として術前に製作する装置です。術前に患者の印象採得・咬合採得を行い、予定切除範囲を削合したモデル上で製作するという独特のフローを持ちます。
令和6年度改定時点における点数は2,800点(令和6年6月以前は2,000点)で、別途装着料として「M005装着」の「2のニの(2)印象採得が著しく困難なもの」を算定します。
算定の流れをまとめると次のようになります。
| タイミング | 算定内容 |
|---|---|
| 術前(外来) | 印象採得(連合印象)・咬合採得(多数歯欠損)・装置料2,800点 |
| 手術日(または退院前) | 装着料(装着区分:著しく困難なもの相当) |
| 装着翌月以降 | 調整または修理を月1回まで算定可 |
重要なのは、当該装置には「人工歯・鉤・バー等が含まれ、別に算定できない」という規定がある点です。装置に含まれるパーツを別途材料費として計上しようとすると査定されます。
なお、M025(顎補綴)は顎骨切除後に患者が欠損した状態で一から補綴装置を製作する場合に算定するのに対して、術後即時顎補綴装置は手術前に製作・準備しておく点で明確に異なります。「切除前か切除後か」で区分を判断するとわかりやすいです。
参考:術後即時顎補綴装置の算定フロー(日本顎顔面補綴学会)
日本顎顔面補綴学会|術後即時顎補綴装置算定の流れ(実際の病名・処置・点数を記載した事例資料)
顎補綴(M025)の算定だけに目を向けがちですが、実際の診療では複数の区分を組み合わせる場面が多くあります。これは現場でも意外と見落とされている視点です。
まず、有床義歯内面適合法(M030)との組み合わせについてです。M025のイ(顎骨切除に対する口蓋補綴・顎補綴装置)を製作する際には、義歯床用軟質裏装材を用いて口蓋補綴・顎補綴を製作することができます。その場合、新製した装置の装着時に「M030 有床義歯内面適合法の2 軟質材料を用いる場合」を別に算定できるとされています。特定保険医療材料料もM025の保険医療材料料とは別に算定できるため、漏れなく請求することで正当な収益につながります。
次に、補綴時診断(M000)との関係です。M025を算定する場合でも、補綴の全体方針を立案するにあたって補綴時診断を算定できる場面があります。ただし広範囲顎骨支持型補綴診断料(M000-3)を同時に算定した際は、M000は所定点数に含まれ別算定できません。顎補綴を含む複合的なケースでは、使える診断料区分と使えない診断料区分を整理しておくことが大切です。
また、歯科口腔リハビリテーション料1(H001-2)の「3 その他の場合」は、装置調整の際に月1回単位で算定できます。長期にわたって顎補綴装置を使用し続ける患者では、調整のたびにこの算定が可能かどうかを確認することが、継続的な適切算定につながります。
口腔がんや顎骨切除後の患者は治療期間が長くなりやすく、装着後の経過管理フェーズでの算定漏れが起きやすい傾向があります。製作・装着時のみに意識が向いてしまいがちですが、装着後の調整・修理それぞれについて区分・頻度・記録要件を整理した運用ルールを院内で共有しておくことが、査定ゼロへの近道です。
参考:顎顔面補綴診療ガイドライン(装置の種類・機能回復目標の整理に有用)
日本顎顔面補綴学会|顎顔面補綴診療ガイドライン2019(臨床的根拠の整理に活用できる)