正しい舌の位置とトレーニングで後戻りと誤嚥を防ぐ

正しい舌の位置を維持するトレーニングは、矯正後の後戻り防止だけでなく、舌圧30kPa未満の低舌圧による誤嚥リスク軽減にも直結します。歯科従事者が今すぐ活かせる実践知識とは?

正しい舌の位置のトレーニングで変わる口腔機能と全身リスク

舌トレーニングをいくら続けても、舌を上手に「回す」だけでは舌圧は上がりません。


この記事のポイント3つ
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正しい舌の位置「スポット」とは

上の前歯のすぐ裏にあるふくらみ(スポット)に舌先を当て、舌全体を上顎に密着させた状態が正解。低位舌はこの位置が崩れた状態で、歯並び・呼吸・嚥下に広く影響します。

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MFTの主要トレーニング(スポット・ポッピング・ティップほか)

スポット位置の習慣化から始まり、ポッピングで吸引力、ティップで舌先筋力を段階的に鍛えます。矯正後の後戻り防止にも不可欠なトレーニングです。

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舌圧30kPa未満は誤嚥リスクの目安

口腔機能低下症の診断基準である最大舌圧30kPa未満(低舌圧)は、誤嚥性肺炎のリスク上昇と直結します。高齢患者に対する舌圧測定と舌トレーニングの指導が重要です。


正しい舌の位置「スポット」のセルフチェック法と低位舌の特徴

「スポット」とは、上の前歯の歯根部のすぐ後方にある、口蓋ひだのわずかなふくらみのことです。舌先がここに軽く触れ、舌全体が上顎の天井に吸い付いている状態が、正しい舌の位置(スポットポジション)と定義されています。反対に、舌が下の歯よりも低い位置に落ちてしまっている状態を「低位舌(ていいぜつ)」と呼びます。


低位舌かどうかは、鏡を使った簡単なセルフチェックで確認できます。


- 「イー」の口で歯を噛んだ状態で唾を飲み込み、歯のすき間から舌がはみ出していないか確認する
- 舌の側面に、ぎざぎざとした「歯型の跡」がついていないか確認する
- ふと気づくと口がポカンと開いている状態が習慣になっていないか振り返る


これらが一つでも当てはまる場合、低位舌の可能性が高いと言えます。歯科従事者が患者を診る際にも、このような観察ポイントを日常的な口腔内チェックに組み込むことで、舌機能の問題を早期に発見できます。


低位舌の患者には、舌側面の歯型(圧痕)や口呼吸、就寝時のいびきなどが複合的に見られることが多いです。これらのサインを「舌の位置の異常を示すシグナル」として認識しておくことが、歯科従事者としての観察眼を高める第一歩です。「舌の側面に歯痕あり=低位舌の疑い」という視点は、問診票にも反映させやすいポイントです。


参考:低位舌の特徴や舌癖のセルフチェック方法について詳しく解説されています。


知っておきたい「正しい舌の位置」セルフチェック法と舌癖改善トレーニング方法|東京日本橋エムアンドアソシエイツ矯正歯科


正しい舌の位置のトレーニング「MFT」の主要メニューと実施手順

MFT(口腔筋機能療法:Oral Myofunctional Therapy)は、舌・口唇・頬などの口腔周囲筋を正しく機能させるためのトレーニングです。矯正歯科領域を中心に広く実施されており、舌を「スポットポジション」へ誘導する習慣形成が根幹になります。


代表的なトレーニング種目と手順は以下のとおりです。


① スポット(位置の習慣化)
アイスの棒などのスティックをスポットに当てて5秒キープ→スティックを外して舌先をスポットに5秒当てる。これを5〜10回繰り返します。舌が「どこに置くべきか」を身体で覚えさせる、最もベーシックなトレーニングです。


② ポッピング(吸引力の強化)
舌全体を上顎に吸い付けた状態のまま口を大きく開け、「ポン」と音を立てて離します。1日15〜20回が目安です。舌を上顎に保持する筋力(挙上力)を直接鍛えます。


③ ティップ(舌先の筋力強化)
スティックを口の前に垂直に構え、舌先を尖らせて3秒間押し合います。5〜10回繰り返します。舌先の力を高め、発音や嚥下の際の協調運動を改善します。


④ サッキング(側縁部の筋力強化)
舌をスポットに当てて歯を噛み合わせ、舌の側縁で顎の側方を弾くように音を立てます。10回繰り返します。食塊を正しく飲み込む動きに直結する側縁部の筋力が鍛えられます。


⑤ ボタントレーニング(口輪筋の強化)
紐を通した大きめのボタンを唇と歯の間に挟み、引っ張られても出ないよう唇に力を入れます。1回30秒×3セットで口輪筋を直接強化し、口唇閉鎖力を高めます。


MFTの実施は週2〜3回、専門スタッフによる進捗確認を交えながら継続することが推奨されています。患者への宿題設定として「1日2セット」「食後に実施」などの具体的な指示が定着率を高めます。


参考:MFTの各トレーニング手順と費用感について詳細が確認できます。


MFT(口腔筋機能療法)とは?舌の正しい位置とトレーニング方法|三鷹ハートフル矯正歯科医院


正しい舌の位置の習慣化が矯正後の後戻りリスクを左右する理由

矯正治療後の後戻り(リラプス)は、約60〜70%の患者に生じるとされる非常に頻度の高い現象です。後戻りの要因は複数ありますが、舌癖と低位舌の残存は最もコントロールしにくいリスク因子の一つです。これが重要です。


人間は1日に約1,500〜2,000回の嚥下動作を行います。舌が正しいスポットポジションではなく前歯の裏に押し付ける癖(舌突出癖)が残っていると、その回数分だけ繰り返し歯を内側から外側へ押す力がかかり続けます。矯正装置で加える矯正力は通常50g前後ですが、舌が嚥下時に歯列に与える力はそれを上回ることもあると言われています。


つまり、装置を外した後もこの習慣が継続すれば、綺麗に並べた歯は再びもとの方向へ動こうとします。矯正治療の効果を長期的に維持するためには、リテーナーの装着だけでなく、正しい舌の位置が無意識レベルで定着しているかどうかが決定的に重要です。


歯科従事者の立場から言えば、矯正終了後の患者に対して「リテーナーを入れているか」だけを確認するだけでなく、定期検診のタイミングで舌の位置や嚥下パターンを継続チェックする視点を持つことが、より質の高いアフターケアにつながります。後戻りが見られた場合、まず舌の位置を確認することを習慣にするのが原則です。


参考:矯正後の後戻りとMFTの関係について詳しく解説されています。


舌癖改善トレーニングと矯正後の安定|東京日本橋エムアンドアソシエイツ矯正歯科


正しい舌の位置と舌圧30kPaが示す誤嚥リスク——高齢患者への応用

「正しい舌の位置」は小児や矯正患者だけの問題ではありません。歯科衛生士歯科医師が関わる高齢患者においても、舌の位置と舌圧は生命に関わるレベルで重要です。意外ですね。


口腔機能低下症の診断基準の一つである「低舌圧」は、最大舌圧が30kPa未満の場合に該当します。30kPaという数値は、ほぼ常食を摂取できる目安とされており(約30kPa以上でほぼ常食が可能、約20kPa以下では何らかの調整食が必要)、これを下回ると咽頭への食塊移送が不十分になり、誤嚥性肺炎のリスクが高まることが複数の研究で示されています。


東北大学が2026年3月に発表した研究では、舌圧の低下が咽頭残留のリスクを高める可能性が改めて示唆されており、正常な口腔機能の維持が誤嚥性肺炎予防の観点からも不可欠であることが確認されています。


歯科診療所では、JMS舌圧測定器などを用いて最大舌圧を数値として把握することが可能です。30kPa未満と判定された場合には、舌圧トレーニング(バルーン型プローブを用いた等尺性レジスタンストレーニング、最大舌圧の60〜80%の力で3秒×10回×3セット、週2〜3回)が有効とされています。専用機器がない場合は「ペコぱんだ®」(株式会社ジェイ・エム・エス)や綿棒、シリコン素材のスプーンなどで代用できます。


舌圧測定の保険算定に関しては、口腔機能低下症の診断を行った場合に算定要件が整うケースがあります。該当する患者を的確に拾い上げるためにも、日常的な舌圧評価の視点を持つことが大切です。


参考:摂食嚥下における舌の役割と舌圧トレーニングの詳細が学術的にまとめられています。


摂食嚥下における舌の役割と評価・トレーニングの方法|広島国際大学 福岡達之先生


正しい舌の位置を「患者指導」に落とし込む——歯科衛生士視点の独自アプローチ

MFTのトレーニング種目を患者に伝えるだけでは、継続率はなかなか上がりません。臨床の現場で多くの歯科衛生士が直面する課題が、「患者がトレーニングを自宅で続けられない」という点です。


この問題の背景には、患者が「自分の舌が今どこにあるか」を意識できていないことが多い、という本質的な原因があります。スポットの位置を口頭で説明しても「どこだかよくわからない」という反応は珍しくありません。


そこで有効なのが、「感覚から入る指導」です。具体的には、ポッピング(ポン)の音が出た瞬間の舌の位置が、スポットポジションに最も近い位置であることを体験させます。音が鳴らないうちは正しい位置をまだ習得できていない、音が出たら「これが正解」と身体で覚えさせる、という流れで指導すると定着率が上がりやすいです。これは使えそうです。


また、患者への宿題を設定する際には「1日◯回」という回数よりも「歯磨きの後に必ず1セット」「テレビを見ながらポッピングを10回」のように、既存の生活習慣に紐づけたタイミングを指定する「習慣スタッキング」の発想が効果的です。回数だけでは挫折しやすいため、タイミングを固定するほうが継続につながります。


さらに、口腔機能発達不全症と診断された小児患者の場合は、MFTを保険診療として実施できる場合があります。算定を見据えた正確な診断と記録が求められるため、日本小児歯科学会日本老年歯科医学会の最新ガイドラインを定期的に確認しておくことを強くお勧めします。


参考:口腔機能発達不全症とMFTの保険適用について詳しくまとめられています。