スタイナー分析の基準値は、日本人ではなく白人のデータをもとに作られています。
スタイナー分析は、1953年にセシル・スタイナー(Cecil C. Steiner)が、先行するダウンズ(Downs)分析を改良して発表したセファロ(頭部X線規格写真)分析法です。矯正治療において「骨格の状態を数値で客観的に把握する」ための代表的な手法として、現在も世界中の歯科医師に使用されています。
分析の核心は3つの角度値にあります。まずSNA(エスエヌエー)は、S点(トルコ鞍中心)・N点(ナジオン)・A点(上顎骨前縁)の3点が作る角度で、前頭蓋底に対する上顎骨の前後的な位置を示します。基準値は82°±2°です。次にSNB(エスエヌビー)は、S点・N点・B点(下顎骨前縁)の角度で、下顎骨の前後的な位置を示し、基準値は80°±2°です。
そして最も臨床で頻繁に参照されるのがANB(エーエヌビー)で、SNAとSNBの差から求められる角度です。これは上顎骨と下顎骨の前後的なズレを表します。基準値は2°で、これを大きく外れると骨格的な不調和があると判断されます。つまり、SNA・SNB・ANBが基本です。
さらにスタイナー分析では、上顎切歯のNA lineに対する角度(1 to NA:基準値22°・4mm)、下顎切歯のNB lineに対する角度(1 to NB:基準値25°・4mm)、下顎下縁平面とSN平面のなす角(Go-Gn-SN角:基準値32°)なども計測します。これらの数値を組み合わせることで、骨格性の異常なのか、歯槽性(歯の傾斜)の問題なのかを区別できるのが、スタイナー分析の強みといえます。
矯正患者の視点で重要なのは「自分のANBが何度か」を把握することです。ANBがマイナス1°より小さければ骨格性下顎前突(受け口)傾向、4°以上では骨格性上顎前突(出っ歯・口元の突出)傾向と解釈されます。ただし数値だけで全てが決まるわけではなく、他の計測項目との複合的な判断が原則です。
参考:スタイナー分析の計測項目の詳細と分析表の読み方については以下の資料が参考になります。
セファロの研究 スタイナー法 分析表の読み方(きたざわ歯科)
矯正治療において、最も患者が気にするポイントのひとつが「歯を抜くかどうか」です。スタイナーの抜歯基準はまさにこの判断に直結しています。
スタイナーの抜歯基準は、頭部X線規格側貌写真(セファロ)分析と模型分析の両方を組み合わせて判定するという考え方です。具体的には以下の要素を評価します。
ここで注目すべきは「アーチレングスディスクレパンシー」の数値です。歯列弓に必要なスペースが実際のスペースより4mm以下の不足であれば非抜歯が基本とされ、10mm以上の不足では抜歯が原則となります。この「4mm」という数値はハガキの短辺の約4分の1程度、「10mm」は人差し指の横幅に相当するほどの差です。これは使えそうです。
スタイナー分析の数値に基づいてANBが大きく上顎前突が骨格性の場合、切歯を後退させるための空間が多く必要になるため、抜歯(多くは第一小臼歯4本)が選択されるケースが増えます。反対に、スタイナー分析で歯槽性の問題(骨格は正常だが歯の傾斜が問題)と判定された場合は、非抜歯での治療方針が取りやすくなります。
ただし、プロフィト(Proffit)の抜歯基準でも指摘されているように、抜歯か非抜歯かは「最終的に切歯をどの位置に持っていくか」という治療ゴール設定と、患者さんの骨格・軟組織の状態を合わせて総合的に判断されます。スタイナー分析はその判断のための重要なデータを提供する手段です。
参考:抜歯基準の詳細比較(スタイナー法・ツイード法・プロフィト法)については以下が参考になります。
歯列矯正治療における抜歯の必要性は?(矯正歯科アラインクチュール名古屋栄院)
スタイナー分析を理解する上で、多くの患者が見落としがちな重要な点があります。それは、スタイナーの標準値がもともと白人成人(ユーカサイト)のデータに基づいているということです。日本人(モンゴロイド)にそのまま当てはめると、全ての数値にずれが生じます。
この問題を受け、ウエサト(Uesato)らが日系アメリカ人男女各25名を選び、スタイナー分析の計測項目について平均値を求め、日本人の治療目標として用いる標準値として発表しました。クインテッセンス出版の歯科専門辞典に掲載された日本人向けのスタイナー法標準値によると、以下のような数値が示されています。
| 計測項目 | 白人標準値(Steiner原法) | 日本人標準値(Uesatoら) |
|---|---|---|
| SNA | 82° | 79.8° |
| SNB | 80° | 77.0° |
| ANB | 2° | 2.8° |
| SND | 76° | 74.8° |
| 1 to NA(距離) | 4mm | 4.1mm |
数値の差は一見小さく見えますが、SNAで2.2°、SNBで3.0°の差があります。矯正の診断ではわずか2〜3°の差でも骨格の評価が「正常範囲内」か「異常あり」かに関わってくるため、この差は臨床上無視できません。日本人の矯正患者が白人基準値のまま評価されると、本来正常範囲内の顎の位置が「後退している」と誤診断されるリスクがあるのです。
さらに注意が必要な点として、ウエサトらの日本人標準値も「11歳〜18歳の日系アメリカ人」のデータを含んでいます。純粋な成人日本人のデータとは言い切れないという限界もあります。日本人基準には注意が必要ということですね。
実際に矯正相談を受ける際は、担当医に「どの基準値を使って評価しているか」「日本人向けの標準値で判断しているか」を確認することが、適切な治療計画を受けるための第一歩です。
参考:日本人のスタイナー法標準値と白人との比較については以下を参照できます。
セファロの研究 スタイナー法 日本人のスタイナー法の標準値(きたざわ歯科)
スタイナー分析を行うには、セファロ写真(頭部X線規格写真)の撮影が前提となります。セファロはただのレントゲンではありません。イヤーロッドという専用器具で頭部を正確に固定し、X線管球からフィルムまでの距離を一定(管球から正中矢状平面まで150cm、正中矢状平面からフィルムまで15cm)に保って撮影します。これにより、どの歯科医院で撮影しても同じ規格の写真が得られます。
この「規格化」こそがセファロの最大の強みです。規格が統一されているため、日本人の平均値と比較したり、治療前後の写真を正確に重ね合わせて歯の移動量を評価したりすることが可能になります。
スタイナー分析を含むセファロ分析が特に重要になるのは、以下のような場面です。
気をつけたいのはセファロの欠点です。人間の頭部は実際には左右非対称ですが、セファロ写真は左右対称として撮影・分析する性質があります。そのため、顔の著しい非対称がある場合は正確な診断に限界が生じることもあります。この点を補うために、近年では3次元CTによるセファロ分析(3D Cephalometrics)も登場しています。
また、マウスピース矯正(インビザラインなど)ではセファロ撮影が必須とされていないクリニックも存在します。しかしセファロ分析なしでは、骨格性の問題が見逃されたり、マウスピース矯正に不向きな症例と判断されるべき状態が見落とされたりするリスクがあります。マウスピース矯正を検討している場合も、セファロ撮影・分析を行うクリニックを選ぶことが安心につながります。
セファロ撮影は保険適用の矯正治療の場合、「歯科矯正セファログラム(N003)」として保険点数300点(約900円)が設定されています。自由診療での矯正では自費となり、クリニックによって費用は異なります(精密検査費用の一部として3万〜7万円程度に含まれる場合が多い)。費用が気になる方は初診時に確認するのが確実です。
参考:矯正治療における精密検査費用と保険適用については以下が参考になります。
矯正歯科で保険適用が認められる条件とは?対象疾患と費用を解説
スタイナー分析は優れた手法ですが、これ一つで全ての矯正診断が完結するわけではありません。この事実は、矯正に詳しくない患者には意外と知られていないポイントです。
たとえば、骨格性反対咬合(受け口)を診断するケースを考えてみましょう。ダウンズ分析やノースウェスタン分析では「骨格性反対咬合ではない」と判定されたにもかかわらず、スタイナー分析やリケッツ分析では「骨格性反対咬合あり」と判定されることがあります。つまり分析方法によって診断結果が異なるケースが実際に存在するのです。
これはそれぞれの分析法が着目するポイントが異なるためです。スタイナー法はSN平面を基準とした上下顎の前後関係の評価に強みがあります。一方、リケッツ(Ricketts)分析は成長予測に重点を置き、ダウンズ分析はフランクフルト水平面を基準とした骨格型全体の評価を行います。複数分析を組み合わせるのが原則です。
実際の矯正臨床では、スタイナー分析にプラスして以下のような分析が組み合わせて使われます。
なぜ複数の分析を組み合わせるかというと、人の顔の骨格は非常に多様で、一つの分析法の基準値に当てはめるだけでは見逃しが生まれるからです。とりわけ日本人は、欧米人に比べて前後的な奥行き(上下顎の突出量)が小さく、口輪筋が弱い傾向があることが指摘されています。そのため同じANB値でも、治療後のバランスが欧米人とは異なる場合があります。
矯正を検討している方が歯科医院を選ぶ際のポイントとして、「どの分析法を使っているか」「複数の分析法を組み合わせているか」を質問することが有効です。スタイナー分析のみで一括判断しているよりも、複数の分析法を使いこなして診断してくれるクリニックの方が、精度の高い治療計画を立ててもらえる可能性が高まります。
さらに近年では、従来の2Dセファロに加えてCBCT(コーンビームCT)による3次元分析を取り入れるクリニックも増えており、歯槽骨(ボーンハウジング)の幅と歯根の位置を立体的に確認した上で治療計画を立てることが可能になっています。スタイナー分析は「入口」であり、そこからいかに精度の高い治療設計へ進めるかが、矯正治療の成否を分けるといえます。
参考:複数のセファロ分析法の特徴と選び方については以下が参考になります。